魔獣の友

猫山知紀

第1話 冒険者リディ


「そっちに行ったぞ―!!」


 森の中から男の声が木霊する。その声と同時に藪を突き破り、森から何かが飛び出してくる。


 飛び出してきたソレは逃げ道を探すように周囲を見回す。そして、一点に狙いを定めると、前足で地面をかき鳴らし、村人たちによる包囲網に突進していった。


「おいっ!あんた避けろー!!」


 突進してきたのは魔獣だ。体高は周囲を囲む村人の臍のあたりまであり、突き出た鼻の横には下顎から鋭い牙が生えている。太った体の割に俊敏なその魔獣は、短い足を素早く動かし、機敏な動きで狙いを定めた女に向かっていく。


「このブータは丸々と太っていてうまそうだな」


 村人の警告など聞こえなかったように、向かってくる魔獣を冷静に見ながら、女は右手で剣を抜き、半身に構えて魔獣を待ち受けた。


 女が待ち構えるのを見てブータは動きを変える。女をまっすぐに狙うのを止め、鼻の向きを女の隣にいる男に向ける。そして鼻の向きに合わせて、土を撒き散らしながら体が急転して動く。


「ひっ!?」


 ブータに狙いを定められた男が怯むのを見て、ブータの勢いが加速する。


「そっちじゃない!」


 最初にブータが狙っていた女は、空いていた左手から火球を放ち、ブータの前方に落とす。爆発を避けるためにブータの進路は変わり、また女の方へと戻る。


「そうだ、来いっ!」


 戦意の高揚に依るものか、魔獣を意のままに動かした征服感か、女の口元はニヤリと緩んだ。


 もはや進路を変えられる距離は残されておらず、ブータは後ろ足で強く土を蹴り上げながらそのまま女に突進してくる。牙で狙いを定めるため鼻が地面スレスレになるほど頭を低く落とし、女の目の前に来たところで突き上げるように頭を一気に振り上げた――。


 しかし、ブータのその攻撃は空振りに終わった。


 頭を持ち上げた時、ブータの目の前に女の姿はなかった。突然開けた視界に『なぜ?』と考えるよりも、包囲網を抜けることをブータは選ぶ。女に向かって突進した勢いのまま、このまま逃げ失せるためにブータは土を蹴り続けようとする。

 踏ん張りを効かせ、後ろ足に力をため、ブータが地面を思い切り蹴ろうとした時だった。


 『ガンッ』という音とともに頭に衝撃を受けたところでブータの意識は途絶えた。


「はっはっは、私の勝ちだな」


 気絶したブータを足元に女は勝ち誇った笑みを浮かべる。


 女は突進してきたブータが頭を落とした瞬間、瞬時にブータの横に回り、振り上げた剣の腹で思い切りブータの頭を叩いた。そうして気絶させたブータが女の足元に転がっている。


「や、やったのか?」

「おぉ、すげぇ……」


 包囲網を敷いていた他の男達から感嘆の声が漏れ、女とブータを囲むように周りに集まってくる。


「これどうします?このまま血抜きとかします?」


 気絶したブータを見ながら、女は周りの男達に声をかける。


「あぁ、いや、解体はこっちに任せてくれ。そうだ!せっかくだし今晩酒場で出してもらおう、あんたもどうだい?」

「いいんですか!?是非ご相伴にあずかります!」


 男たちのリーダーの男性から受けた招待に、女は喜んで乗っかる。


「じゃあ、夜になったら酒場に来てくれよな」

「はい、クレアちゃんのところですよね?」

「あぁ、こういう狩りの後はあの酒場で飲むのがお決まりなんだ」

「へー、いいですね、いいですね。へっへっへ」


 夜に出てくるであろう酒場の料理や酒を思い浮かべ、女は不気味に笑う。


「じゃあ、夜に酒場にうかがいまーす!」


 ブータの解体などの後処理は男たちに任せて、本日の立役者となった女は村の宿へと戻っていった――。


 ヨルクル村は王都から離れた場所にある小さな村である。国による管理はあるが、小さな村であるため自警自治は領主を経由した国による指示ではなく、基本的に村人たちに一任されている。そんな辺境の村だ。

 小さな村ではあるが、ヨルクルには酒場があった。毎夜のように村の男達が昼間の仕事の疲れを忘れようと酒を飲みにやってくる村唯一の酒場だ。カウンター席を含め、全部で二十席ほどのちいさな酒場だが、昼には食事も楽しめる村人たちの憩いの店である。

 そんな酒場は、ここ数日普段より賑やかになっていた。外から来た旅人が遊びに来るようになったためだ。


「ほーら、もっとお酒持ってきてよ」


 周りの面子に酒を要求したのは金髪の女性だった。髪は短く、短刀で雑に切ったように荒く切り揃えられており、お世辞にも整っているとは言い難い。サラサラというより、ボサボサという言葉が似合う髪である。化粧っ気はないが、それでも顔は整っており、年齢は二十歳前後に見えた。

 そんな彼女をみて、金髪にあこがれを持っている村酒場の店員のクレアは『もったいない』と、彼女の元へ運ぶ酒を用意しながらその容姿を評価していた。

 この村の住人の髪の毛は皆黒や茶、赤毛であるため、狭い酒場ということもあり、女性はよく目立ち、酒場の主役になっていた。


「お、姐ちゃんいける口だな」

「あったりまえでしょ、あたしを誰だと思ってんの?あの有名な女冒険者リディとはあたしのことよ?」

「な、何!?あんたがあの有名な女冒険者リディか!?」


 リディの話し相手になっていた男が、リディの名前を聞いて目を見開いて驚いた。それを見ながら、クレアが持ってきたジョッキを一気に空けたリディが、ジョッキをテーブルに叩きつけながら答える。


「そのとおり!!」

「で、その女冒険者リディって誰だ?」

「知らんのかーい!!」

「「「だーっはっはっはっは」」」


 村の男達とリディとのくだらないやり取りで、今日の酒場は盛り上がっていた。テーブルには女と男たちで空けたジョッキが並び、本日仕留めたブータを料理した皿が所狭しと置かれている。


「いやー、今日の魔獣退治は姐ちゃんのおかげで助かったぜ」

「あんなブータなんて、十匹いたところで大したことないですよ」

「お、さすが女冒険者リディ、言うことがでかいねぇ」

「えぇ、体力、魔力を使い切る寸前ぐらいに、なんとか倒せると思います」

「苦戦してんじゃねーか!!」

「「「だーっはっはっはっは」」」


 今日の昼間は村の男達で魔獣退治を行っていた。この村は辺鄙な場所にあり金目のものも少なく、盗賊団などに狙われることはなかったが、人が少ないということは魔獣が増えやすいということも意味する。そのため、村人たちは男たちを集め、自警団を結成していた。

 そんな自警団の魔獣退治にリディは参加していた。この村の住人でないリディは基本的に昼間も暇である。そこで、村に滞在させてもらうお礼として、自警団に参加し魔獣退治を手伝ったのだ。


 普通の動物であれば、大型のものでも人を恐れ、人に見つかれば逃げることが多いが、魔獣の性質はそれとは異なる。彼らは皆赤い目を持ち、好戦的で好んで人を襲う。村の農作物を荒らしに来た今回の魔獣も、発見した自警団に襲いかかってきた。

 今回の魔獣はブータと呼ばれる魔獣であり、体高は大人の腰ほど。突き出た鼻と大きな牙を持っており、その殆どがまるまると太った体型をしている。太ってはいるが、野生動物のそれらしく動きは俊敏であり、その豊満な体による体当たりは強力だ。村の自警団だけでは、けが人が出ることは避けられなかっただろう。

 リディが魔物退治への参加に名乗りをあげた時、自警団の面々は女性であるリディの参加に反対していた。しかし、リディは旅の中で戦い慣れていると自警団の面々を説得し、先頭を買ってでた。その実力は彼女の言葉通りであり、リディの活躍により人的被害を出すことなくブータを退治することができたのだ。


「でも、リディさんって本当に王都では有名な人じゃないんですか?」


 酒をリディに運んだ後、近くで話を聞いていたクレアがそんなことを言った。


「あ、それは俺も気になる。剣も魔法も俺からしたらめちゃくちゃ凄かったからな」

「たしかに、あんだけ強ければ王都でも有名になってそうだ。この村には情報が全然入ってこねぇからな。実際のところ女冒険者リディの知名度ってのはどうなんだい、姐ちゃん」


 近くにいた男たちがクレアの質問に同調する。


「いやいや、あたしの実力なんて王都では大したもんじゃないですよ。王城にはバケモノじみた実力の精鋭たちがいますし、さっきの『有名な』女冒険者リディっていうのは嘘ですよ、うーそ」

「ひぇー、リディさんでも大したことないとか、王都ってのはすげぇところだな」


 確かに、という声が今日の魔獣退治に参加していた面々からあがった。

 リディは腰に剣を携え、戦いの時には魔法も使う、魔法剣士というスタイルだった。今日の魔獣との戦いでも、火球を放ったり剣を振るったりして、その実力を遺憾なく発揮し、魔獣を圧倒していた。先程はおちゃらけて今日の魔獣十匹に苦戦すると言っていたが、戦いに参加していた男たちは十匹でもリディは余裕だろうと思っていた。


「リディさんは、どうして旅をしてるんです」

「何? クレアちゃん、あたしに興味深々だね。あたしのこと好きになっちゃった?」

「……何、言ってるんですか?」

「いや、なんでもないです」


 クレアが自分に興味を持っていることに、いい気になったリディは、ふざけてそんなことを言ってみたが、クレアからはただ白い目でみられる。


「わ、私が旅している理由ね。私はね、王都育ちで旅に出るまで王都の外には全然出たことがなかったのね。でも、数年後には実家を継がなきゃいけない。だから、実家を継いで自由がなくなる前に、一度国中を見て回ってみたくって、旅に出たってわけ」

「へぇ、国中を廻る旅なんて私と同じ女性なのに、リディさんかっこいいですね!」

「でしょ、もっと褒めてちょうだいクレアちゃん」

「リディさん、かっこいいです!」

「でっへっへ」


 クレアにかっこいいと褒められたリディは、後頭部に手を回しながらだらしない笑みを浮かべた。せっかくの可愛い顔が台無しである。


「すげぇなぁ、でも国中っていうと。北の高山地帯とか恐ろしく強い魔獣がいる地域もあるんだろ。大変そうだよなぁ。泊まったりするには金もかかるだろうし、数年で回れんのかい?」

「まぁ、やってみないとわかんないけど、ここまで一月ほどは順調だったし。なんとかなるでしょ。胸はちっさく、夢はでっかくってね」


 リディは椅子から立ち上がり、どんと平らな胸を叩きながら、無い胸張ってそう言った。


「……お、おう……」

「ちょっとー!笑うところなんですけど、そんな悲しい目をするところじゃないんですけどー!!」


 リディの体を張った笑いに、客達は何とも言えない反応を示した――。


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