第17話 これが俺のスキルだ

 相棒の声で平静を取り戻した。


 ついに来たか!! いったいどんな能力が覚醒したんだ!?


 神様に説明された通り、乳首から母乳が出る能力だったらいいなぁ……。他の能力だったら、そうだなぁ……。


 様々な妄想を繰り返す。ようやくビーチクスキルが使えるようになったんだ。


 それもこれもエルのおかげだ! そう……エル、の……!


 眼前にそびえる大迫力のバストに再び意識が向く。いったん落ち着いたところに強大な性的衝動が再度襲撃。


 処理の限界を超え、脳がオーバーフローを起こした。


 プツリ、と何かが切れる音を聞き、景色がぐるぐると回りだした。


 ――――そのまま、俺の意識は暗黒に包まれた。デジャヴだ……。




    ◇    ◇




「大丈夫ですか?」


 ほんわかした声が優しく目覚めを促す。


「…………う、……ん?」


 俺は横になっているようだ。おかしいな。なぜ俺は寝ているのか、その記憶が一切ない。


 重い瞼を開くと、まぶしい光が目を刺す。朝か。


 日の光と一緒にサラサラしたライトグリーンが目に入る。エルが俺に呼び掛けているのか。


「よかった! 目を覚ましたんですね! 体調は悪くありませんか?」


「……ああ。気分は悪くない」


「昨日は突然鼻血を出して倒れたから驚きました。のぼせてしまったんですね」


 鼻血出して倒れるなんてマヌケなやつがいたものだ。漫画のキャラかよ。


 ……それ俺か。なんでそうなったんだっけ?


 ゆっくりと体を起こした。徐々に意識がはっきりしてくる。


 昨日はたしか家に帰ってシチューを食べて、そのあとは…………


 ――――思い……出した!


 俺は昨日エルと一緒に温泉に入って、彼女が湯から上がる際見てしまったんだ!


 それで、興奮のあまり鼻血を出して倒れ、そのまま疲れて寝てしまったのか。情けない話だ。


「……また、迷惑をかけたみたいだな。悪かった」


「そんなことないですよ。ツバキさまが無事でよかったです!」


 エルは相変わらずの笑みを浮かべた。


 ……俺は思わず目線を下げエルの体を凝視してしまう。


「…………っ!」


 昨日……この体の、すべてを、見た……のか……。脳裏に焼きついた温泉での光景がちらつく。俺の前で立ち上がったときの一糸まとわぬ裸の姿……。


 ヤバい、また鼻血が出そうだ。煩悩を消し去らないと……あれは刺激が強すぎる。危険物だ、何とか処理しなくては……。


 別のことを考えよう。えーと……エルの裸以外、裸以外を……。


 ……女の子の裸見るの初めてだったなぁ。しかもすべすべで綺麗だった。


 鼻に血流が上っていく。ダメだ! そのことが頭から離れない!


「どうしたんですか? 様子がおかしいです」


 エルは前かがみになって俺の顔を覗く。例によって下着をつけていない寝間着の隙間から、どんなものでも挟んでしまえそうな谷間が垣間見えた。あと少しでその先端も……。


「う、うわああああああああああ!」


 俺は叫びながらベッドから跳ね起き、家の外に飛び出した。


 なんだあれは!? 俺を殺そうとしているのか?


 つい逃げてしまった。でも逃げなければ俺はやられていた。不可抗力だ。


 落ち着け……落ち着け……クールになれ、高梨椿……。


 ゆっくり深呼吸をして、ゆっくり息を吐く。あれは忘れた方がいい。身が持たない。


 そう、さっきは失敗したが別のことを考えるんだ。何か……そうだ! 乳首のことを考えよう、いや、やっぱり乳首はダメだ。いや、それでも乳首を。乳首を英語で言うとなんだ? ……ビーチクか? 待てよ、ビーチクだと……!?


 ――――思い……出した!


「相棒! 俺はスキルが使えるようになったんだよな?」


『YES、ビーチクスキルは新しい能力を習得しました』


「よし! それはどうやって使うんだ?」


『まずは乳首を露出してください』


 俺はエルの寝間着と同じ上下一体となった服を着ている。その下は何も着ていない。これを脱いだら身に纏うものが靴以外無くなってしまう。


 ――だけど、そんなことはどうでもいい。スキルの効果が気になって仕方ない。俺は即座に服を脱いだ。


 ひんやりした風が解放感満載な身体を襲う。冬の晴れた日に裸で外に出ている感じだ。


 でも気分は晴れやかだ。俺に露出癖があるわけではないが、人気が一切ない高原に全裸で立ち尽くすのは心地いい。自然と一体になれる。


「それで? これからどうすればいいんだ?」


『走ってください』


「了解だ!」


 俺は走りだした。肌を爽快感が駆け抜けていく。木すら見当たらない高原をひたすら走り続ける。


『左の乳首を押してください』


「まかせろ!」


 指示通り左の乳首の先端を左手の人差し指で押した。冷たくかじかんだ指先が上半身でもっとも敏感な箇所にあたり、ピクッと刺激が走った。


 女性特有の身体反応を無視して俺は左乳首を押し続けた。


「――――うそだろッ!」


 眼前には衝撃的な光景が広がっていた。


 速い、目の前を流れていく景色が異常な速度で加速している。まるでフォーミュラカーのドライバー視点のような速度だ。


 そう、俺は今ありえない速度で走行している。


『その能力は【スイッチング】と呼ぶべきでしょう』


 【スイッチング】か。言葉通り俺は今、左乳首を押している。


『左の乳首を押している間は高速で移動できます』


 凄いスキルだ。かなりの速度が出ている。たぶんサラマンダーより、ずっとはやい。ドラゴン並みの速度が出せているはず。このスピードなら王女をNTRことが可能だ。


 左は高速移動。じゃあ右は?


 ウズウズする衝動を抑えられず、右手の人差し指を右乳首の前に移動させた。


『マスター待っ――――』


 相棒の制止を待たず、先走った俺は右乳首を押した。再びピクリとした感覚がした、その直後――


 ――――今度は地面が徐々に遠ざかっていく。


 予備動作なしで、靴の裏が大地を離れていく。フリーフォールタイプのアトラクションで落ちているかのような浮遊感がある。


 浮遊能力……てことか?


 しかし身長の4倍くらい上昇した後、頂点に到達したようで今度は落ち始める。


 これはジャンプだったのか!


 左の乳首を押すと高速移動し、右の乳首を押すと高くジャンプする。


 これって――――


「スーパー〇リオじゃねーかッ!」


 この能力は俺の乳首をファミリーが遊ぶコントローラーのボタンに見立てているらしい。【スイッチング】とはそういうことか……。


 神様が俺の神器は強いか弱いかわからないと言っていた理由を実感できた。俺にも判断できない。ただユニークな能力であることは間違いない。


 それにしてもよく飛ぶなぁ。高速移動中にジャンプしたから、ものすごい速度で前に等速運動しながら落ちていってるぞ。


 そして――――気づいた。このままだと着地前に一本だけそびえ立っている大樹にぶつかる。


「相棒! 木にぶつかりそうだ! 空中で方向転換するにはどうすればいい?」


『申し訳ございません。空中で移動を制御する方法はありません』


 うそだろ!? 〇リオはできるじゃないか! なんでそこだけ魔界の村仕様なんだよ!


 為す術もなく、高速で水平方向に移動を続けながら木にぶつかる、その時を目をつぶって待っていた。


 この速度であれに衝突したら俺は死ぬだろう。我が生涯に一片の悔いなし。いや、マンマミーアの方が適切か。あのゲームに激突死は無いけど。




 この後、俺はバラバラになって死んだ、おそらく。

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