第11話 神直伝の奥義だ

「覚悟を決めたか。だったら見せて貰おうじゃねーか!」


「ああ! 目ん玉ひんむいてよく見ておけ!」


 そう言うと、俺は…………直立不動のまま微動だにしない。


 …………


 ……そのまま死んだように黙り込む。


 周囲の野次馬やプレイヤーはこれから何が起こるのだろうとゴクリと息をのんで静かに見守っている。


 唯一、城崎しろさきだけは呆れ顔で肩をすくめていた。


 しばらく沈黙が続き、しびれを切らしたように赤髪が俺に問いただす。


「オイ! 何も起きねーじゃねーか!?」


「いや、俺はすでにスキルを使い終わったぞ」


「はァ? 何言ってやがンだ?」


「わからなかったのか? 俺はさっき3mm!」


 そう、これは神殿で神様に教わった神直伝の奥義だ。まさかこんな場面で役に立つとは思わなかった。ありがとう、神様。


 シーンと誰も一言も喋らない時間が続く。俺のスキルがあまりに凄すぎてあぜんとしているようだ。


「オォ! そりゃすげぇスキルだなぁ!」


 赤髪が沈黙を破り賞賛する。それほどでもあるな。


「だが、わかりづらくねぇか? もっと高く浮遊してくれよ!」


「それはできない相談だ。俺のスキルの限界は3mmだ」


「そうか、だったら本当に浮いてるのか確かめてやるからもう一回やれ」


「それも無理だ。今ので魔力が無くなった」


「……じゃあ仕方ねぇな! でもいいもん見せて貰ったぜ!」


 少し威圧的な気配を感じるが納得してくれたみたいだ。なんとかなったな。


「――――とか言うわけねぇだろうがッ! 俺様を嘗めてンのかクソアマがあああああああ!」


 激しく怒りを爆発させた赤髪が俺の首を掴み、軽々と持ち上げた。


 そりゃこうなるわな。正直あれでやり通すのは無理があると思っていた。


 俺は今スキル(嘘)の100倍くらい浮いている。い、息ができねぇ……。


「ヴォル! 女性に暴力を振るってはダメだよ!」


「ちょ、止めなさいよ! 怒る気持ちはわかるけどやり過ぎだって!」


 静観していた金髪王子と青髪ポニテが止めに入る。だがそいつらを軽く振り払うと赤髪は自分の眼前に俺を引き寄せて恐喝する。


「早くスキルを見せろ、そうすれば解放してやる。できねーならここで殺す」


 滅茶苦茶怒ってるじゃねぇか……。俺のせいだけど。


 参った、これはバッドエンドに直行するパターンだ……。


「…………っ、はっ……」


 く、苦しい……。あたまが……まっしろに…………。


 ぼやけていく視界の中でライトグリーンが動いた気がした。


「止めてくだ――」


「止めんか、ヴォルドバルト」


 一瞬、エルが俺を助けようと声を上げて近づく気配があったが、それはプレイヤー集団にいた古豪の軍人のようにたくましい体つきをしている銀髪のじいさんに遮られた。


 じいさんは腰に下げていたショートソードを抜き、切っ先を赤髪に突きつける。


「彼女を離したまえ、でないとワシがおぬしを斬る」


 冷静で落ち着いた声音だったが、赤髪に向けられた瞳は真剣そのものであり、脅しではなく本当に斬り殺すという覚悟が読み取れた。


「…………ちぃっ!」


 赤髪はじいさんの指示に従い俺を放り投げた。気道が解放されゲホゲホと咳き込む。


「君! 大丈夫かい?」


「アンタ無茶したわねぇ……」


 金髪と青髪が俺に近寄って心配そうに覗き込んだ。


「オイ! ジジイ邪魔すんじゃねぇよ! こいつがスキル見せねーのがわりぃだろうが!」


 赤髪がじいさんに不満を吐き散らす。


「そう怒るなヴォルドバルト。元々はその子が勇者か確認することが目的だったはず。それなのに真偽を確認しないまま先走ってスキルを披露したのはおぬしの責任ではないか?」


 先ほどの殺気など最初から無かったかのように、じいさんは心静かに返答した。


「うるせぇなァ! この女は俺様がスキルを見せたら自分も披露すると言った! 約束を破ったこいつがわりーだろ!」


「そうであったかな? ワシはその子がその約束に合意したとは思っていなかったが? おぬしが自分勝手に話を進めただけではないかね」


 確かに、最初に軽い挑発はしたけど『お前がやったら俺もやる』とまでは言ってなかった。いい指摘だ。


「だがよォ! 俺様がスキルを見せたら、こいつも見せるのが筋ってもんだろ! 黙って見学しておいて自分はやらねぇなんて通らねぇよ!」


「先ほども話したが彼女は勇者である証拠が無いし、仮に勇者であっても事情があってスキルが使えないとも考えられるではないか。畳み込むようにおぬしが事を進めたから言い出せなかったかもしれん」


 このじいさんの推測は当たっている。俺にはスキルを使えない事情があった。なかなか鋭いな。


「それに、おぬしは言っていたではないか『スキルの一つや二つ披露するのはわけない』と。そうであるなら寛大な心で彼女を見逃してあげるのも道理ではないかね」


「………………クソがッ!」


 じいさんの意見に反論できなかったようだ。そして赤髪は再び俺に近づいてきた。


「今回だけはジジイの頑張りに免じて特別にテメーを見逃してやる。だが今度ふざけたマネをしたら次は必ずぶち殺すからな」


 『先行ってるぜ』と他プレイヤーに告げると赤髪はズンズンと野次馬に向かって歩を進め、彼の迫力に気圧されて空けられたスペースを通って去っていった。


「ごめんね、僕も用事があるからここで失礼させてもらうよ」


「アタシも行くね。アンタは反省しないとダメよ」


 金髪&青髪もそれに続いた。


 城崎は――


「………………」


 俺に見向きもせず立ち去った。赤髪と揉めたのは半分くらいお前のせいなんだから何かしら声をかけても良くないか……。




 最後に、さっきのじいさんが残った。このじいさんには礼を言わないとな。

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