第4話 勇者さま、お食事です
勇者さま? 俺のことだろうか。
だが、俺は勇者ではない。きっと俺は異世界で死んだあと再び異世界に転生して勇者になったのだ。神に感謝だ。
ゆっくりと瞼を開いた。目の前では、少女が心配そうな顔で俺を上から覗き込んでいた。
ウェーブがかかったライトグリーンの髪がふんわりと揺れている。眺めるだけで安らぎを感じさせるホンワカした顔立ちだ。まるで森の深部の泉に住んでいる妖精のような少女だ。
ふと、清澄な空色の瞳と目が合った。
「目が覚めたみたいですね。今お食事をお持ちします」
柔らかな笑みを浮かべ、少女は俺のそばを離れた。
俺は起き上がろうとしたが、その瞬間に足腰が激痛に襲われたので諦めた。
室内には、まろやかで香ばしい匂いが立ち込めている。そういえば俺はずっと何も食べていないんだった。思い出すと急に空腹感が増した。一刻も早く食事が欲しい。
体は痛むし、腹が減っている。俺はまだ死んでいなかったのだろうか。
そうであるなら、ここはいったいどこだ?
視線の先には木材で組まれた天井が見える。木製の家なのだろう。
背中には柔らかい感触があった。指先で寝床を確認すると薄い布が敷かれているようだ。布の下にはカサカサした感触の草みたいなものが積まれている。
そして俺の体の上には毛織の布がかけられていた。
要するに俺はベッドの上で寝かされていた。どうしてこうなったのかはわからない。
少女がいる方に頭を傾ける。少女は、家の中央にある石を積んで作られた暖炉の上で、何かを作っているようだ。鍋の中を木のスプーンでかき混ぜている。
少女はその中身をスプーンで掬うと口に運んだ。「うん!」と大きく頷くと別の器にそれを注ぎ入れて、俺のもとへかけよってきた。
「勇者さま、シチューです。今食べさせてあげますからね」
少女はスプーンに少量のシチューを乗せ、ふーふーと息を吹きかけ始めた。
これは『はい、あ~ん♡』というシチュエーションだな! 実際にやってもらうのは初めてだ!
寝たままの俺の口元に少女が持つスプーンがゆっくりと迫ってくる。大きく口をあけるとそこにスプーンを差入れて、時間をかけながら徐々にスプーンを傾けつつ食べさせてくれた。
流し込まれたのは、とろりとしたまろやかな味わいのクリームシチューだった。一見すると具なしだが、かなり小さい固形物が入っている食感がある。きっと、俺が食べやすいように具材を細かく刻んでくれたのだろう。ありがたい配慮だ。
少女は2回目も3回目もペースを乱すことなく少量を掬い取り、俺の口にゆっくりと流し入れる。寝たきりの俺にシチューを食べさせるのはかなり根気のいる作業だろう。4回目、5回目……普段の食事の何倍も時間がかかっていた。
けれど、少女の表情はずっと変わらず温かな笑みを浮かべていた。どうして見ず知らずの俺にこんなに親切にしてくれるのだろうか。不思議でたまらない。
俺は遠い昔の出来事を思い返した。そういえば、以前もこんな風に甲斐甲斐しく世話を焼いて貰ったな。
じんわりと、確かな温もりが胸いっぱいに広がっていく感覚がした。
◇ ◇
誰かの腕に抱かれている。俺は赤ん坊のようにその腕に寄りかかっていた。
目の前の女性は胸をさらけ出した。そして、その先端にある純真無垢な薄桃色の突起を俺に差し出した。
俺は恥ずかしがりながらも、その突起を咥えた。口の中に生暖かく甘い味わいが広がった。
一瞬にして俺の世界は一変した。こんなにも素晴らしいものがこの世界にあったとは今まで知らなかった。
――フローラルな香りが鼻腔をくすぐる。とてもいい匂いだ。手のひらにはマシュマロのようにふんわりとしていて、癖になりそうな程よい弾力を持つ塊がずっしりと乗せられている。
まるで夢のような時間だ。そう、これはまさに夢――
「………………ん?」
壁の隙間から入り込んだ日ざしが目に突き刺さり、意識が覚醒した。内容は思い出せないが欲望丸出しの夢を見ていたことは覚えている。
そういえば昨日はシチューを食べたあと、またすぐに寝てしまったんだったな。
食事後、少女が布団を丁寧にかけ直してくれたことを思い出した。
あの少女は今どこに? というかここはどこなんだ?
ゆっくりと体を起こそうとして――気づいた。
右手に……何か重量感のある物体が乗せられている。それが何か確認しようと思い、指で掴むようにして感触を確かめた。
むにゅむにゅしていて柔らかく、人肌のように温かい、そして相当なボリュームがある。その心地よい感触に、思わず病みつきになって一心不乱に指で形を変えて楽しむ。
これは……なんだ? つい最近似たようなものを触った気がするが、それよりかなり大きいような……。
「……んっ、んんっ…………」
突然、色っぽい囁き声が耳に届いた。傍に誰かいるのだろうか。
俺は寝ぼけ眼をカッと見開いた。寝起きでぼやけた視界が徐々に鮮明になっていく。そして目の前には――
「――――っ!?」
俺の方に顔を向けてすーすーと寝息をたてる妖精のような少女が映り込んでいた。そう、昨日俺を看病してくれた少女だ。
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