第5話 男女逆転世界は素晴らしい

 じゃ、じゃあ……あの柔らかい感触は……。


 俺は自分の右手の位置を確認した。右手は……横向きに寝転ぶ少女の胸に押しつぶされていた。


 なんてことだ! あれはおっぱいの感触だったのか!


 見た感じ少女は白い布で作られた服を一枚着ている。その内側にブラを着けているような固さは、先ほど微塵も感じなかった。


 要はさっきまで俺は彼女の生おっぱいを楽しんでいたのだ。そう思うと人並みの男子高校生らしく血が沸騰するほど激しい興奮を覚えたが……。


『この少女には昨日助けられたからな。失望させるようなことはしたくない。気がつかれないうちに腕を退けよう』


 そう思い冷静に対処することにした。少女が目を覚ましてしまわないように慎重に腕を動かそうとする、が――


「う……うごかない…………」


 ものすごい質量の爆乳が俺の手のひらを固定して離さない。しかも横向きに寝ているので左右両方の膨らみを合わせた重さがのしかかっていた。


 もちろん強引にすれば引っこ抜けないことはないだろう。だが間違いなくその反動で少女は起きてしまう。


 ……万事休すだ。もはや打つ手がない。


「……んぅ…………」


 眠気が混ざった声を上げた少女の瞼がゆっくりと開き、目が合った。そして違和感を覚えたからだろうか、自らの胸に視線を向けた。


 ああ、終わったな。間違いなく嫌われてしまった。


 少女はのっそりと体を起こし、ぐ~っと伸びをすると顔を俺に向けた。


 きっと『昨日ご飯たべさせてあげたのに寝込みを襲うなんてドン引きです。早く出て行ってください』とゴミを見るような目で言われるのだろう。


 だが俺の予想に反して少女は昨日と同じくにっこりと柔和な笑みを浮かべると、


「おはようございます、勇者さま。お身体の調子はいかがですか?」


 俺がおっぱいを触っていたことを気にも留めないようすでそういった。どうしてだ? この少女はおっぱい揉んでも許してくれるほどの聖人だからか? それとも、俺に一目ぼれでもしたのだろうか。


 そんな風に考えを巡らせると少女はググッと顔を近づけてきた。


「顔が赤いですね。まだ熱が残ってるみたいです」


 そんなことを呟いた。けれど今の俺にその言葉は届かなかった。なぜなら――


 顔が――近い! あと数センチ近づけたらキスできそうなんだが大丈夫か!? 距離感近すぎないか!?


「顔が真っ赤になりました! まだ体調はよろしくないようですね。朝食の準備をするので勇者さまはそのまま寝ててください」


 少女はそう言うとベッドを離れた。そして寝間着と思われるワンピースのように上下一体となっている服を脱ぎだした。


 俺はサッと素早く逆向きになるよう転がった。彼女は着替えを覗かれることを気にしているようすを見せなかった、しかし何故か目を背けてしまった。


 普段であれば間違いなく『やったぜ! 乳首見放題だ!』とか考えてじっくり視姦するとこだが……。あまりにも堂々としている態度が、無垢な少女を穢すことに対する罪悪感を増長させているのだろうか。


 とにかく救って貰った恩もあるし、性欲の赴くまま行動するのは控えよう。


 そういえば先ほどちらっと見えたがあの服の中は何も着ていなk――――ダメだ。さっき邪な考えは捨てたはずだ。このことは忘れよう。


 邪念を振り払うようにブンブンと首を振った。それにしてもどうして彼女はあんなに羞恥心が無いのだろう。女だったら誰でも知らない男におっぱいを触られたり裸を見られるのを嫌がるはずだ。それともここは異世界だから違うのか? もしかして逆に女が男を襲うような世界観なのか!?


 それは夢のある話だな。男女逆転世界、いいじゃないか! …………ん? 男女逆転? そういえば――――


 そうだった! 俺は女になったんだった! だから彼女は俺に対して無防備だったのか!


 女になったことを完全に忘れていたわけではない。単純に女として誰かと関わり合いを持つ経験が無かったのだ。俺が元々男という事実を知らせないうえで接する初めての相手が彼女だった。だから彼女が俺を同性として扱っていることをすぐに理解できなかった。


 そうか、女同士だったら別に警戒する必要ないよな……。だったら……。


 現状を認識した俺はひっそりと少女の方に振り返った。そうだ、女同士なのだから裸を見ても問題ないはずだ。さっきまでは自制しようと誓ったが、非難される可能性がゼロだとわかってしまったら欲望を抑えるのは無理だ。少しくらいなら裸を拝見しても罰が当たらないだろう、と思ったのだが……。


 少女はとっくに着替えを済ませていて、朝食の準備をしていた。


 …………なんだか損をした気分だ。見れるはずだったものが見れなかったのは何とももどかしい。


 俺は嘆息しながら布団を剥いで上体を起こした。少し体は痛むが、問題なく立ち上がれそうだ。気分も悪くない。


 自分の服装を確認するとモフモフして温かい毛皮のコートを羽織っており、中に少女と同じ寝間着を身に着けていた。俺は男子制服を着ていたはずだが着替えさせられたのだろう。2日も歩き続けて汚れていたしな。


 改めて、周囲を見回す。この木の家は仕切りがないようでワンルームとなっていた。中央には昨日使っていた暖炉。他は衣類が入っている収納箱、何が入っているかわからない樽に壺、少女が朝食の準備をしているテーブル、そして俺が今寝ている藁の上にシーツを敷いたベッド。


 木材で組まれた壁から冷たいすきま風が吹いている。とても自然が感じられる家だ。素晴らしい。


 俺は起き上がりベッドの横に立った。すると少女はすぐに気がつき俺に声をかけた。


「勇者さま! まだ寝てないとダメですよ!」


「いや、体調はもう大丈夫だ。面倒をかけて悪かったな」


「面倒だなんて、そんなことないです」


 頭を左右に振って優しく否定された。


「……でも、たしかに顔色は良くなったみたいですね。ではテーブルで一緒に朝ご飯を食べましょう」


 少女は木目が美しい丸太の椅子を引いて「ここに座ってください」と促した。


 俺はそこに腰かけた。うん! 丸太そのものって感じだ! 


 俺は天然素材が好きだから、この家はとても気に入った。将来は目の前に座る少女みたいなかわいい子と一緒に人里離れた土地で二人きりの時間を過ごすのもアリだな。


「どうぞ召し上がってください!」


 薄く切られたパンにバターが塗られている。飲み物として木製のコップに水が注がれていた。


 香ばしいパンの匂いが食欲をそそる。すぐに手を付けたいところではあるが、彼女には訊きたいことが山ほどあった。


「食事の前にいくつか訊きたいことがあるんだが……。そうだな、とりあえず自己紹介からだ。俺の名前は高梨椿たかなしつばきだ。そっちの名前を教えてくれるか?」


 神様には名前を聞きそびれてしまったからな。だから今回は最初に名前を尋ねよう。




「タカナシツバキさま、ですね。わたしはエルフィーラといいます。ふつつか者ですが、どうかよろしくお願いします」

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