第37話 化鳥、奮闘記6
親分は、部屋のあちこちから集めた書物や巻物を一同の前にどさどさと積み上げた。
「お、親分、これはいってぇ何……」
五郎蔵が興味津々で覗き込むがすぐに顔を顰めた。横から覗いた熊八もひえっ、と悲鳴をあげた。
「五郎蔵、おれぁ化け物の絵図見たのは初めてだ」
「おれだって……」
おっかねぇ、と朝顔長屋の二人が震え上がる。
「ほう、これは鳥山石燕の『画図百鬼夜行』か。初めて見るぞ」
英次郎は英次郎で好奇心で目を輝かせ、親分の傍らにある本を摘まみ上げる。
それは大陸より伝わった『山海経』であるらしかった。見たためしのない妖たちの絵姿と説明が書いてある。
「親分は南蛮文化だけでなく、様々なことに明るいな」
「いやいや英次郎、その書物もこれもな、うちに学者先生たちが持ち込んだ質草じゃ。ちと面白そうだったゆえちらりと読んだだけのことよ」
言いながらせっせと頁をめくっている。化け鳥を調べているのだろう。その姿を見れば、切った張ったの荒事よりもこのような書物に囲まれている方が親分の性分にあっているのだろうと察せられる。
「ううむ、死体を持って行く鳥……これは火を運ぶ化鳥ゆえ違うな。こっちは瑞鳥か……」
妖怪の図を次々見せられる熊八と五郎蔵はたまったものではない。顔を引きつらせながらそれを恐る恐る見る。
「熊さんや……こんなのが本当にいるのかね?」
「そりゃあ……いるだろうよ」
身を寄せ合う二人の方へ、親分が目線を向けた。
「むむ、化鳥はどこへ二人を持ち去ったのじゃ? もう一度よく、思い出してくれ」
「親分……それが……化け鳥は江戸橋で一度止まって二人を掴みなおした後、また飛びあがって……豆蔵は、大きな殿様のお屋敷のな、庭の大木のてっぺんに置かれて、新吉は同じお屋敷の、蔵の屋根に……なぁ、熊八……」
「ああ……恐ろしいやら可哀そうやら……」
「なんと。それは百舌鳥の早贄のようじゃな」
「親分、百舌鳥の早贄とはなんだ?」
「おや英次郎、そなたは知らぬか。百舌鳥という鳥は、とらえた獲物を木の枝などに突き刺すのよ」
「なんと! あの可愛い鳥が惨いな」
英次郎が顔をしかめながら茶を飲む。
「親分、お侍、あっしらは、化け鳥退治も退治だが……あの二人を女房子どもの元へ帰してやりてぇんで」
「自身番やら南町やら火消しやら、あらゆるところに駆け込んだが、誰もまともに取り合っちゃくれねぇんだ。気でも触れたか夢でも見たかと、追い払われてさ。このままだと、弔いのひとつも出来ねぇって具合でさぁ……」
困り果てた二人はここへ駈け込んで来たのだろう。
「しかし親分、どうやって大名家の屋敷から遺体……いや、ふたりを回収するのだ?」
「それは、わしが昵懇の御坊やら職人やらを用意して掛け合う。あちらも困っておろうゆえ、必ず連れ帰るでな」
ありがてぇ、と朝顔長屋の二人が親分を拝んだ。
「しかし、化け鳥はどうしたものかな。放っておくとおそらくまた犠牲者がでるような……」
英次郎の言葉に、座敷に沈黙が落ちた。が、化け鳥退治の方法などわかろうはずもない。
ぱら、ぱら、と書物を捲っていた親分の手がとまった。
英次郎が何かを言う前に太一郎が「わかったぞ」と返事をしていた。
「親分、何がわかったんで?」
と、五郎蔵が聞く。
「退治の方法よ。ちと、思いついた」
「お、親分! そんな、見知らぬ化け物を相手にしようと……」
英次郎が悲鳴に近い声を上げた。
「英次郎、案ずるな。これまで、化け刀や動く屍、道場破りと対峙してきた我ら、怖いものはあるまい?」
「やはりおれも一緒に行くのか……いや、そうだろうな」
英次郎が苦笑した。
太一郎が、すかさず江戸の詳細な絵地図を広げた。
「よいか。日本橋がここじゃ。大きなお屋敷は……酒井様のお屋敷かな? 或いは……河内守様か松平様か」
そこまでは行ってねぇ、と五郎蔵が言う。
「あっしらが化け鳥に見つかって追い回されたのが、銀座のあたりだったなぁ」
と、熊八が地図を指さす。
「けど、どこをどう逃げたのか覚えてねぇ……」
二人は朧げな記憶を一生懸命親分に伝える。
よし、と、太一郎は頷いて立ち上がった。
「新吉と豆蔵を迎えに行ってやらねばなるまい。行くぞ、英次郎」
「承知」
朝顔長屋の二人を送り届けた太一郎と英次郎は、無言のうちに急ぎ足で歩く。乾いた空気だが時折生温い風が肌をなぞる。
英次郎は暑かろうが風が吹こうが顔色ひとつ変えないが、太一郎は手拭いでひっきりなしに汗を拭う。
「……英次郎、おそらく、抜いてもらうことになる」
「承知」
「いつも、すまぬな」
「なんの」
英次郎はにっと笑った。日に日に頼もしくなるな、と、親分は胸の内で呟いた。
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