七角柱の走馬燈は少々毀たれても止まらない

敗綱 喑嘩

序章 コドクなるコドク

01節から21節

   序章 コドクなるコドク


「さて、皆さんに集まってもらったのは他でもない。当然でしょう、皆、今はこの問題以外のことなど考えられない筈ですから。

 我々は確かに生き残り、勝利した筈です。この忌まわしい、悪夢のような煉獄のような日々を、食べるものも儘ならず一時も気を休ませられない、そして、人を信じることすら極めて自由でない日々を、生き延びた筈でした。

 しかし、何故かこの殺し合い生活の終了が未だ宣言されません。故に我々はこの問題を、この謎を解決せねばなりません、我々自身が生き残る為に、そして、この戦いで敗れ、命を落としていった彼らに報いる為に、です。」

「本当に、そんな大袈裟に構えることなのか? 誰か一人――例えばお前なんかを――追加で殺してしまえばいいだけじゃないのか?」

「いいえ。既に申し上げたと思いますが、そうとは限らないのですよ、この問題を起こしている原因の種類によってはね。確かに、一人分の誤集計の様なものが有るのならば、あなたの言う通り、私を殺せば大団円を迎えるでしょう。しかし、このとやらが、きっかり一人分だけである保証は御座いますか? そのエラーの幅は、もしかすると二人分、三人分、あるいはそれ以上かもしれない。もしかすると七人分すら超えているかもしれない。もしそうだった場合、ここに居るあなた以外の六名をどうにかあなたが殺害しても、尚も終了が宣言されないことになります。その時、一人きりとなったあなたは問題を解決出来るでしょうか。一切の情報も助けもなしにそれが要求されるのです。もしそれが果たせなければ、緩慢な死、餓死があなたを襲うことになるでしょう。

 つまり、我々は、七名全員がそれなりに健全な状態で生き残っている今の内に、全力で協力し、全力で考えることで、この問題に全力で取り組むべきです。これは難しくないと思います。何せ、これが上手くいった暁には、我々全員がここから生きて、勝者として脱出することになり、これを言い換えれば、協力しないことによる利益が殆ど有り得ないことになるのですから。

 宜しいですか? 宜しいならば考えましょう。何故、生き残り七名を決める為のこの戦いが、ここにいる七名以外に生き残りが有り得ない状況にもかかわらず終了しないのか。この為に皆、まずは、お互いに知っている情報を出しあおうではないですか!」


01

 僕の名前は迚野とての良人りょうと、何事においても可もなく不可もない高校二年生である。小さい頃はこの名前が好きだったが、去年背伸びして手に取った純文学の小説に〝良人〟と書いて〝おっと〟と読ませる表現を見つけてから、あまり好きでなくなった。苗字の方は携帯電話で変換出来ないから最初から嫌いだ。

 さてそんな僕は、二時間前程からサバイバル生活を余儀なくされている。この〝サバイバル〟というのは、南国の無人島かどこかで食料や飲み水を自分で見つけて生き残れ、というやわなものではない、人と人が殺しあう、悪夢のような環境だ。この二時間、僕はずっととある教室の片隅で顫えている。このサバイバル生活は、それぞれ廃校が決まった、互いに隣接するマンモス高校とマスプロ大学を適当に改築したものを会場としており、僕はそのうちの高校側の会場に放たれたのであった。その後すぐに手近な教室へ飛び込んだが、それ以降、幸いなことに誰もここへ来る気配がない。しかしこのサバイバル、実は隠れてばかりいるわけにも行かないのだ。忌ま忌ましいことに、こちらからある程度の殺人を犯さないと生き延びられないシステムというか、ルールが取り決められているのである。何故僕がこんな目に遭わされているのか、それを説明すると長くなるが、とにかく一つだけ言っておくと、このサバイバル生活に参加すること自体は、僕にとってこの上なく有意義なことなのだ。ただ、こんな殺し合いに参加することで利得を得るようになったという巡り合わせ自体は、それこそ、一体僕が何をしたというのだと嘆きたくなるような現実であった。

 このサバイバルに参加するにあたり、僕は武器を持ち込んでいた。右手に箒、左手に塵取り、以上だ。何を馬鹿なと思うかも知れないが、これは事実だし、また、僕は本気だ。これらの掃除用具が、今の僕にとっては最も素晴らしい武器となるのである。これの理由については、後に説明を加える必要があるのだろう、その時まで僕が生き延びているかどうかは分からないが。僕は両手の武器、ここではこういうものを〝聖具せいぐ〟という仰々しい名前で呼ぶらしいが、とにかくそれら箒と塵取りを強く握り直した。殺されて堪るものか、絶対に、最後まで生き残ってやるんだ。


02

 私の名は霜田小鳥しもだことり、二ヶ月前までは一日たりとも休まなかった通い先の高校の制服を今も纏っている。幼少の頃はともかくとして、ある程度の知性が身に付いてからは自分の名前が好きでなかった。そもそも〝小鳥〟という響きがやや恥ずかしいというもの多少あったが、なによりも、これまでの人生で私の背丈は同級生よりも常に大きく、今となっては女の身にして170センチをいくらか超えているのだ。これでは〝小鳥〟という愛らしい名など、とても似合わない。私の身に流れる四分の三のアメリカ人の血が、この背丈と、手を加えずともブロンドに輝く自慢の髪をもたらしたのだろう。ちなみに、顔だけは日本人じみている。どちらかといえば器量には自信のある方だ。

 さて実は、このサバイバル生活が始まっていくらか経過してからは、この小鳥という名前がとても好きになっている。いくらか経過して、と言うのは、現在も私の仕えるあまね響子きょうこ様に出逢ってしばらく経ってからのことだ。今私の脇に立っている霧崎きりさきと、姉妹と、私を合わせての四名の女子高生が周姉様にお仕えしているわけだが、この四名の下の名前が、何とも美しい調和を為しているのだった。もっとも、我々の誰もが、周姉様に指摘されるまでこの事実に気が付かなかったわけで、姉様の教養の深さと明察にはほとほと感服するしかない。とにかく、いくら風流を愛する姉様といえども、この極限状況において名前で部下を選るわけもないのだから、我々下々の者四名の名の調和は偶然によって、つまり運命によってもたらされたことになる。! ああ、この感動を誰かと共有出来ないものだろうか! これを以前、今私の脇で頭一つ半低い位置で欠伸をしている霧崎に話したところ鼻で笑われたし、あの姉妹に語ってもどうせ生き生きとした反応は返ってこまい。姉様に直接お話しするのは、どうにも勇気が出ないし、そもそもつまらないことだ。我々が命を賭す覚悟で周姉様にお仕えしていることは最早当然の事実なのだから(これは明らかに、私の脇で無風流が服を着たかのような佇まいをしている霧崎すらをも含めての話だ!)、それをわざわざ再びお伝えするほど下らないことはない。私の体は四半分を除いてアメリカ人のそれの筈なのだが、あの国の家庭における、四六時中「愛している。」と言わねば愛を確認出来ないという態度を半ば軽蔑している。本当に深い愛であるならば、口に出す必要などない筈だ。こういう考えを持つあたり、私は精神上生粋の日本人なのだろう。別に、私の英語の成績がいつも赤点すれすれであることとは関係ない、と思いたい。

 私がそんなことを考えていると、先程から絶え間なく聞こえてきていた水音が止まった。今我々二人が入り口を守っているシャワー室において水を浴びていた周姉様とあの姉妹がもうすぐ出てくる筈である。このサバイバルではシャワーを浴びたり用を済ますのも命懸けであるので、こうして誰かが見張りに立つのが定石なのだ(まあ、我々の聖具は皆水に濡れても良いものなのでシャワー中に襲われてもなんとか戦えるが、それでも用心するのが普通だろう。)。というわけで、現在誰とも組まずに一人でこのサバイバルを戦っている者は殆ど居ない筈だ。そもそも単独行動だと、寝る時はどうするつもりなのかという話になる。

 さて今、周姉様とあの姉妹がシャワーを浴びていたと言ったが、このシャワー室にはトイレのように仕切られた一人用のシャワーが五台備えられているので、別に三人が狭い部屋の中で裸の付き合いとしたわけではない。もしも間違ってそんなけしからんことがあったら、私はあの姉妹を殺してしまうかもしれない。……まあ、返り討ちに遭うような気もするが。


03

 私の名前は絵幡蛍子えばたけいこ、親には悪いが、この名前は無為な短命に繋がるような気がしているのであまり好きではない、ましてやこんな状況下では尚更だ。

 私は美術部に在籍する高校生であるが、ここ二ヶ月はこの不気味な廃校での殺し合いに勤しんでいる。人を殺めることに大分慣れ始めたあたり、もしも最後まで生き延びたところで全うな生活に戻れるのかという不安は多少あるが、今からそんな心配をしても仕方ない。皮算用をする暇があったら、このサバイバルを生き延びる為に役に立つ何かを思いつくべきだ。もっとも、私の命よりも井戸本いともと様のそれの方が断然重いわけで、あの方を守る為であれば、私は喜んでこの安い命を捧げるであろう。何事においても、玉を守る為に石を抛つのを惜しんではいけない、それは、最も軽蔑されるべき吝嗇である。例えば、ここに来る時点の私は髪を胸元まで伸ばしていたが、今はばっさりショートの長さに切りおとしてある。戦闘中に髪を摑まれて命を落とすような馬鹿げたことがもしもあっては、井戸本様に殉ずることが出来なくなってしまうからだ。

 さて、今述べた私の考えには一切の誇張がない。が、実は今、そういう高尚なことを考えている場合ではなかったのである。我々井戸本様に与する者を全員合わせるとかなりの大所帯になるので(この大人数は、我々から井戸本様への絶対の忠誠を証明する最も明瞭な証拠のうちの一つである! 実際、これだけの大所帯を平然と維持しているのは我々だけだろう。)、我々はいつも幾つかの班に分かれて行動しているのだが、私の所属する班がどうにも訳ありなのだ。いや、今私に伴って駈けている紙屋かみや半四郎はんしろうは実に清々しい男だし、戦友としてもなんら誹るべき点のない素晴らしい同志だ。しかし、その、もう一人の班員の綾戸あやど彩子あやこが少々厄介な奴で、

「どうかな。前の時はこのあたりに居たよな。」

 おっと、紙屋が話しかけてきた。私は応じる。

「ええ、そうよね。ただ、彼女はどこで居なくなるか分からないから、」

「だよな。全く、何かの天才としか思えんね。三人で歩いている最中、どうやったら逸れることが出来るんだ。」

「余所見でもしているのかしら? でもねえ。」

 我々二人は突然居なくなった綾戸を探しているのであった。私と紙屋の聖具は、特に私のそれにおいて顕著だが、走るのに非常に向いていないのでこういう事態になる度に辟易する(かと言って聖具無しで彷徨するのは自殺行為であるしなぁ。)。先程まで、確かに三人で歩いて適当な獲物を探していた筈なのに、何故か綾戸がいつの間にか消えていたのだ。これは珍しい話ではなく、これまでに何度も綾戸は勝手に逸れており、その度にこんな大騒ぎである。この殺し合い環境、ただでさえ単独行動が極めて危険であるのにもかかわらず、彼女は極端に小柄な女の身で、しかも、その、一人になると少し問題を起こすのだ。こんなことでは、いつ彼女が犬死にしてもおかしくない。ふざけるな。こんなところで死ぬなど決して許さないぞ、私の命を井戸本様に捧げねばならないのと同じように、貴様も、

「えばたー、かみやー、どこぉー?」

 苛立ちながら紙屋と共にそこいらの廊下を駈け巡っていると、嗚咽に濡れた声が俄に聞こえてきた。

 その、親と逸れた小学生のような喘ぎを聞き、私は酸欠と相まって眩暈を覚える。ああ、アイツはまたやっているよ。あんな無様に騒いで――流石と言うか何と言うか――よくもまあこれまで生き延びてきたものだ。立ち止まった我々を取り囲むかのように綾戸の泣き声が相変わらず響く中、紙屋が私に話しかけてくる。

「さて、お姫さまが見つかったわけだけれども、具体的にはどこにいるのかな。」

「まあ、ここいらの教室を全部当たるしかないでしょう。」

「いっそ、俺達も叫んでみるか? 『あやどー!』ってさ。」

「馬鹿言わないで。そんな危険は冒せないわ、私達はアイツじゃないんだから。」

 私はますます苛立ちながら、まず、一番手近な2ーK教室のドアに手をかけた。


04

 俺は躑躅森つつじもり馨之助けいのすけと言う名の男子高校生だ。この名前は、試験で自分の名前を書く時に時間的なわりを喰っている気がするので、あまり喜ばしく思っていない。大体、なんで中国人は植物の名前に足偏の漢字を宛てがったのだ、お蔭で初見で誰にも読んでもらえやしない。

 さて俺は今何をしているのかと言うと、戦友である路川みちかわひとし葦原あしはら太一たいちの兄貴が眠っている間の見張りをしているのである。このサバイバルは二十四時間ぶっ続けなので、睡眠を取るのにも一苦労だ。この生活に入る際に配布された端末、普通の腕時計のように手首に纏わる、しかし時計と比べると遥かに巨大なそれによると、現在は十四時だ。夜に寝なければならないと言うルールもないので、俺達三人はいつもこれくらいの時間に睡眠を取っていた。寝所を襲おうとするこすい連中へ隙を見せない狙いがあるわけだが、やはり昼に寝るというのは体に望ましくないらしく、それなりにリスキーでもある。しかしこれが今の俺達のスタイルだ。

 見張りの間は退屈なので、俺はいつも余計な事を考えてしまうのであった。例えば、ここに来る直前まで嫌が応にも俺を支配していた、あのクソッたれな高校生活とかをだ。しかし、今はもう関係ない。路川や葦原兄貴は本当に気持ちの良い男達で、ここを出てからもこの二人とは付き合って行きたいと思っている。この二人自体は互いに結構近くの場所に住んでいるのだが、俺だけは大分離れた場所に居住し、すなわち大分離れた高校に通っていた。ここから無事生還したら、何らかの手段を使ってこの二人の住む辺りに引っ越せないかと本気で考えている。こんな無茶苦茶な状況から生還した一人息子の頼みだ、親も我が儘を聞いてくれるのではないかと密かに期待しているし、それが叶わぬのなら一人暮らしでも中卒就職でも何でもしてやる。それくらいの覚悟が俺にはあった。しかし、この覚悟を活かす為には、まずここを出なければならないし、葦原の兄貴や路川も生還させなければならない。見ていろよ、絶対に成し遂げてやるからな。


05

 私の名前は鉄穴凛子かんなりんこ。この「鉄穴かんな」というのは大工の使っているあれではなく、かつて冬の季節に行われていた採鉄作業に関わる苗字だ。だもんで、「凛」という、寒いという意味のある漢字を持つ名前とは相性が良いのだろうと思っている。

 さて、私はこの間までちょっと成績と視力の悪いだけの普通の眼鏡っ娘女子高生だったが、今ではこの殺しあい生活にどっぷりつかっている、もっとも、私は前線に出ないのだけども。

 私は彼方おちかた海斗かいとを中心とする七人からなるチームに属していた。この、「七人」というのは重要で、基本的にはチームを組む最大人数だ。だってさ、このサバイバル、生き残りが七人になった時点で終了するのだから、それ以上の人数だと裏切りが必須になってくるのよね。「最後に自分たちだけが生き残ってから、正々堂々と勝負して生き残り七名を決めよう。」という寒気がするような殊勝さを吐く連中も居るかも知れないけど、私なら、敵が六人以下になった時点で味方全員の寝首を掻くよね、それで生還確定なのだしさ。そういう類の理屈で、普通は七人以下のチームを組むのが適当とされているのよ。いやまあ、確かに、井戸本組の連中は二十人とか言うとんでもない人数だけれども、ほら、アイツら皆頭おかしいからさ、七人に収まらない余りは普通に自害でもする気なんでしょう、ああ、気持ち悪い。ええっと、さて、チームの人数というのは基本的に多ければ多いほど何かと有利だけれども、多いほどに最終盤での裏切りが怖くなると言う懸念があるから、七名以下の中で何人のチームを組むべきなのかは難しい話なのよね。もっとも、まずは最終盤まで生き残らなければいけないのだから、下らない心配はしないで最大の七名で組むのがいいんじゃないかと我々は思っていて、事実そうしているわけだ。まあ、「裏切りの心配がある」というのは、実は「自分からの裏切りによって状況を打開するチャンスがある」という意味でもあるので、そこまで悪い話でもないしね。

 ところで、私はこのチームに入ってからも一度も人を殺していないし、そもそも戦闘で直接役に立ったことがないのだ。しかし、それでも私は皆から可愛がられ、頼りにされており、実際、皆がせっせと稼いできたポイントを分けて貰って毎日のご飯を食べている、それも結構豪勢にだ。また他にも、睡眠時の見張り役も免除されていたりとか、とにかく私はちやほやというか、大袈裟な表現をすれば、愛されているのよね。まあ、それも致し方ない話なのだろう、だって、私が居なくなったら、いや、より言えばそもそも私のような存在に出会ってなかったら、この彼方組は一体どうやって戦えばよかったのやら。全く、私以外皆同じような聖具を使うものだから、こんな目に遭うのだろう。もっと散らせたメンバーで組めば良かったのにね、まあ、私個人としてはこの状況悪くないけれどもさ。

 さて、そろそろ仕事に取り掛かるかな。私は今、〝狩り〟に出ている三名を除いた彼方組四名が居る部屋の奥に座っている。もし敵が来ても、彼ら三人が私を守ってくれると言う寸法だ。そこで私は安心することができ、自分の聖具であるヘラを使っての作業に専念出来ると言うものなのだ。全く、ウチの家業がお好み焼き屋であることがこんな形で役に立つとはね。まあ、生き延びてから笑顔でお好み焼きを食べられるかどうかは、ちょっと疑問だけれどもさ。


06

 僕は簑毛圭人みのもけいとという、私立潮崎高校に通う高校二年生だ。苗字の漢字から連想してか、下の名前を「毛糸」の発音で呼び揶揄ってくる輩が時々居て、そういう奴にグーパンチをお見舞いするのが少々手間ではあるが、それにさえ目を瞑ればよい名前を貰ったと思っている。

 今僕は、箱卸はこおろし沙保里さおりふし美鈴みすずを連れ立って廃校の中を彷徨っていた。彼女らは僕同様、武智たけちめぐむ君をリーダーとしてこのサバイバルを生き延びようとしている、謂わば仲間である。今の僕は所謂両手に花の状態なわけだが、正直あまり嬉しいものではない。いや、別にこの女性に不満があるとかそういう話ではなくて、まず、今僕たちは決して楽しい名目でうろちょろしているわけではないと言うことだ。このサバイバル生活、食料や飲み物は各地点に設置された自動販売機で購入することが出来るのだが、その自動販売機は現金を受け付けない。では何で支払うのかと言うと、各の腕に取り付けられた端末に記録されるポイントを使って購入するのだ。例をいくつか挙げると、朝食程度の軽いものは5ポイント、しっかりとした夕食程度の重いものは10ポイントと言う風になっており、500mLのソフトドリンクは1・5ポイントで購入出来る。しかしまあ、朝起きての食事やジュースなんてものを贅沢に取っている連中は、もし居たとしても極少数だろう。水道はタダで使えるのだし、寧ろひもじいグループならば、ポイントをケチって本来朝食向けの軽い食事を一日に一二回取ると言うのが精々の筈だ。なにせ、このポイントというものは非常に貴重なものなので、飢え死にしない為には大事にせねばならないのである。

 我々三人はそんなポイントを稼ぐ為に、この廃止が決まった大学の死骸の中を彷徨っているわけだ。こうして廊下を歩いていると、所々床がひび割れていたり、壁が抜けていたりと言う凄惨な状況が目に入ってくる。多くは聖具が勢い余って建物の方を破壊してしまった痕跡なのだろう。我々参加者は殺しあっているのだ。そう、殺しあいだ。この殺しあいこそが、基本的にはポイントを稼ぐ唯一の手段なのである。一人殺すたびに100ポイント入り、また、その人物が所有していたポイントも丸々頂くことが出来るというルールだ。このルールによって、サバイバル生活の最後まで隠れて生き延びるという卑怯気味な戦略が防止されている、そんなことをすれば、遅かれ早かれ飢え死にするしかないのだから。

 と言うわけで我々三名はポイントを得るべく、仕留めるのに適当な参加者を探し求めているのだ。一人の殺害につき100ポイント、すなわち十食分が手に入るのなら余裕だろうと思われるかも知れないが、決してそんなことはない。例えば僕が一人殺したからと言って、そのポイントを僕一人で使うわけではないからだ。我々武智組を含めての六名全員が喰いっぱぐれないようにしなければならないので、結構なペースでポイントを稼ぐ必要がある。勿論僕以外の活躍でポイントが獲得される事もあるけれども、だからといって一人でいる時の六倍の効率には遠く及ばないわけで――例えば今僕たちは三人で獲物を探しているけれども、かといって三倍の頻度で他生徒と遭遇出来るわけではあるまい。勿論、遭遇後の戦闘では三人であることが大いに有利に働くわけだが――意外と余裕はないのである。

 さて、僕がこの両手に花の状況を楽しめないのは、色々な意味で「命懸け」であるポイント稼ぎの真っ最中ということもあるが、それ以外の理由として、この彼女達の人となりがある。僕らは他の参加者を見つけるべく、先程から目に付く教室の中を片っ端から窺っているわけだが、その際に毎度先陣を切るのが箱卸さんなのだ。彼女の聖具は防禦向けなので、この斬り込み役の任に就くのに相応しいのである。

 またとある教室の扉の前に辿り着いたところで、先頭を歩く箱卸さんが僕に目で合図を送ってきた。中に居るかもしれない誰かに気取られぬよう、僕も声ではなく、顎の動きで了承を示す。箱卸さんは右手で彼女の聖具、体を半ば隠せるほどの大きな、寸胴鍋の蓋を盾のように構え、左手を扉の取っ手に宛てがった。僕と節さんは扉から少し離れて待機する。万が一の時に、彼女が後ろへ飛び退けられるようにする為の工夫だ。

 彼女が思い切り扉を開き、慎重に中へと数歩進んで行った。箱卸さんはその階段教室内の様子をしばらく窺ってから、前を向いたまま左手をくいくいと曲げ、こっちに来いと僕らに合図を送る。僕と節さんはここまで来てようやく中に入るのだ。その大きな教室には隠れられる場所がいくつもあったが、いくら探しても結局人っ子一人居なかった。こういう場合、本来はさっさと次の部屋を当たるべきなのだが、今朝から度重なる徒労に疲れ果てた我々三人は、この教室で少し休憩を取ることにした。教台を動かして出入り口の扉につっかえさせ、容易に中に入れないようにしてから気を休める。箱卸さんは僅かな時間をも惜しがるような調子で、適当な席に急いで腰を下ろした。そのどっぷりと座り込んだ様子は、小柄な彼女の体躯がまるで椅子に溶けいるかのようだ。

「あーあ、本当に疲れたよ。」

 無理もないだろう。彼女は我々三人の中で一等重い聖具を、常に構えながら行動しているのだ、道具の威力や強度が上がるという性質を持つ聖具とはいえ、別に重量が軽くなるわけではない。この箱卸さんには本当に助けられている。なにせ僕の聖具はあまり防禦向けではないし、節さんの聖具に至っては攻撃一辺倒と言ってもよいだろう。実際、箱卸さんの鍋蓋に守られたのは一度や二度ではない。そんな健気で有り難い彼女がどんどん疲れて行く様を見せられて、浮かれる気分にはならないと言うのが、両手に花どころではないという理由の内の一つだ。

「ところでさ、みのもー、」

 いつの間にか机に座っていた節さんが話しかけてきた。彼女は僕と同じくらいの背丈を持つ高校生で、その勝ち気な性格が滲み出たかのような吊り気味の目と、整った鼻筋を有しており、所謂綺麗どころの女性であった。僕も適当に腰を下ろしてから彼女に応じる。

「何かな。」

「いまさ、武智組ウチのポイントって、どれくらいあんの?」

「ええっと、別に今日狩り損ねたからと言って、いきなり今夜食事に困るほどではないとおもうよ。その後どれだけ持つかは疑問だけれども。」

「あっそ、じゃあそんなに焦らなくてもいいのね。」

「いや、どうかな。最近、〝逸れ〟の学生は大分狩り尽くされてきたから、これまで通りの効率でポイントが稼げるとは限らない。少し危機感を覚えるくらいで丁度いいと思う。」

「危機感っていってもさー、具体的にどうしろって言うのよ。ブランチ後に散々探し回っているのに、人っ子一人見つかりやしないじゃない。」

「まあ、うん、それでも一生懸命探すしかないよ。頑張ろう。」

「このまま誰も見つけられなかったらさ、もういっそさ、『おおい、誰か来い、勝負だ!』って大声で喚き立ててみるのはどうよ。それでどっかのグループに襲われても、飢え死にするよりマシっしょ?」

「いや、駄目だよ美鈴さん。」

 箱卸さんが口を挟んで来た。

「向こうも私達みたいな戦い方ならまだいいけれども、彼方組みたいな連中に見つかったら大変だよ。」

「ああ、そっかぁ。全く、アイツらっては本当にやり方が汚いわよね、ぶっ潰してやりたい。……ねえ、みのもー、いっそさ、彼方組の卑怯者共をぶっ叩くと言うのはどうよ。ポイントも沢山溜め込んでいるでしょうし、一石二鳥よ。」

「いや、そんな大それたことを決めるのは僕じゃないよ。武智君に相談しないと。」

「たけちーはおいといてさ、アンタはどう思うのよ。」

「うーん、どうだろう。そりゃ、上手くいけば魅力的な話だけれども、あんなに嫌われているのに未だ全員が健在の彼方組でしょ? きっと相当手ごわいよ。多分僕らの手に負える相手じゃなくてさ、」

「アタシら三人で駄目なら、六人がかりで、」

「ああ、いや、そう意味じゃなくてさ。僕たち六人全員で挑んでも、多分返り討ちにされるよ。」

「……え、マジ? そんなに厳しい?」

「だからさ、もしそうするなら、どこか他所のグループと同盟を組んでから彼方組へ攻撃を仕掛ける必要があってさ、そんな大それたことはそれこそ武智君にいろいろ考えてもらわないと実行出来ないよ。」

「でもさぁ、そうは言うけれどもさぁ、アタシ達六人で全っ然敵わないグループが存在しているのって、それだけでヤバくない? 最後にそいつらとアタシ達だけになったらどうするの。アイツらは七人組なんだから、アタシらはきっかり全滅することになるじゃない!」

 僕は少し考えてから、

「確かにそれもそうだよね。彼方組は早いうちに何とかすべきなのかもしれない。」

「はこおろしーは、どう思う?」

 箱卸さんはまだ少しぐったりしていたが、節さんの問いに応えた。

「難しい、よね。美鈴さんの言うことも圭人君の言うことももっともだし、後で皆で話しあうべきじゃないかな。」

「あら、そう。まあ、そうすべきかもね。」

 節さんはそう言いながら彼女の聖具の電源を徒に入れた。聖具としての力によって、充電切れの心配はないらしい。きゅるきゅると白銀の先端部が回転するその調理器具、ハンドミキサーは数多の者の血肉や臓物を抉り飛ばしてきた筈だが、彼女の手入れの賜物か、未だにそこら辺の台所から持ってきたかのような清潔さを漂わせている。

「まあ、あうことになったら任せて頂戴。皆ぶっ殺してあげるからさ。」

 とりわけケーキを作るのが小さい頃からの趣味であったと言う彼女、今やこの生活を経て、一端の殺人鬼の雰囲気を纏うようになっていた。こんな危なげな花からは安らぎを得られない、これが、僕が両手に花の状態を疎んじる最後の理由である。


07

 俺は頗羅堕はらだだ。いや、別に暴走族趣味とかで名乗っているわけではなく、本当にこう言う名前なのだ。まあ、Bharadvājaバラダージャを無理矢理漢字にした結果「頗羅堕」となったらしいので、当て字であることには変わりないのだが。ちなみに憶える必要はないと思うが、下の名前は俊樹としきという。

 餓鬼の時分から体を鍛えてきたので、体力には相当の自信がある。その上でこんな殺しあいに参加させられたわけだから大分有利になるだろうと思っていたのだが、そうは問屋が卸さなかったようで、今この時点で遭遇する生き残りにもひょろひょろとした男女がよく見られる。

 そもそも何故俺達はこんな殺しあい生活に参加しているのかと言うと、これは選別作業なのであった。どこかの国立の研究施設から爆発的に漏れ出たおかしなヴィールス、俺を含む参加者は皆それに感染したのだ。不幸なことに、十五から二十年前に国主導の予防接種の制度改革が行われていて、接種の内容が毎年細かく変わっていたらしいのだが、その結果、丁度俺達の世代のみが、あるヴァクシン接種を行っていなかったのだ。本来は、そのヴァクシンがたまたま例のおかしなヴィールスへの抵抗力を培ってくれる筈だったらしいのだが、この世代のみは無防備となってしまい、結果として大量の高校生二年生がこのヴィールスに感染することとなった。更に不幸であったのが、他の世代に対して行われたヴァクシン接種も、完全な抵抗力をもたらすわけではなく、「症状が出るわけではないが感染自体はする。」という不顕現感染を許してしまう程度だったのだ。つまり、病人にはならないが運び手キャリアにはなり得るということで、これでは感染が爆発的に拡がるのも無理はない。さて、当然国を挙げてこのヴィールス感染への治療をすることになったのだが、そこで使う特効薬と言うのが、俺達に致命的な症状が発現するまでの期間に百人分も用意出来ないらしい。感染者が何万と居るのにもかかわらずだ。最初は抽籤で治療の対象者を選ぶと言う方法が提案されたらしいが、そのうち、本当に価値のある人材を生き残らせるべきだろうという話になったらしく、その挙げ句がこのサバイバル生活である。知略と体力と競って生き残ることで能力を証明しろと、そういうことらしい。この地区には七名分の治療薬が割り振られることになっているので、残りが七名になるまで殺し合いが続けられる予定である。他所の地区でも同じようなサバイバルが行われている筈だ。

 さて、我々が感染したこのヴィールスだが、感染して半年から一年後にだんだんと良からぬ症状が出始め、その後数ヶ月で死に至る予定らしい。しかし、そのような病的症状が発現する前には、望ましい変化が体に表れることになっている。いや寧ろ、例の間抜けな研究所はそういう目的でこのヴィールスを開発していたようで、薬で言うところの副作用のような効果、死に至る症状の発現をどうにか抑制出来ないかとヴィールス株をこねまわして研究していたところで、この不始末を起こしたそうだ。で、このヴィールス感染による望ましい変化とは何かと言うと、所謂超能力じみた力が身に付くことになっている。超能力といってもスプーンを曲げるとか透視するとかそういうのではなく、皆一様な能力を得ることになっているようだ。それは、身近な道具、愛着のある道具の耐久性や性能などを著しく向上させることが出来ると言うものだ。例えばこの間、とある剣道少年が竹刀を振るうことで薄いコンクリート壁を切り裂いたのを俺はこの目で見た。彼にとって、その竹刀はそうとうに大切なものであったのだろう。他にも大きな物を盾のように使うとか、まあ、いろいろあるが、とにかく様々な道具が武器として扱えるようになるのだ。また、どうやら単純に強度が増すだけではないようで、思いきり振り抜かれたバットの一撃を、鍋の蓋と思しき丸板で軽々と防いだ女を見たこともある。きっと、この超能力じみた力によって衝撃が軽減されるのであろう。こうして、非科学的で非論理的な力の蔓延る空間に俺達は置かれているわけだが、実際にこういう現象を目に留め、そして自分でも大いに活用しているという現実がある以上、その実在と有用性は認めざるを得まい。

 俺達は大海おおがいわたるを中心とした七人の男達でグループを組んで行動している。今は同志の順藤すどうかける額賀ぬかが健太けんたが買ってきてくれた食事を、人のあまり来ない一室に持ち込んで皆で食べている最中であった。精悍な男子達が並ぶ食卓、暑苦しいと思う者もきっと居るだろう。本来我々に体力面で敵う連中など一人も居まいと思うのだが、懸念もある。まず、その愛着を持った道具、所謂〝聖具〟と呼ばれる物だが、この愛着の度合いが、どうやら我々大海組においてはやや薄い傾向があるようなのだった。俺自身としては相当に愛着をもっている品を持ち込んだつもりだったのだが、上には上が居ると言うか、とにかく、他所の強豪のグループの連中と比べると見劣りする感が否めない。恐らくは、俺達は自らの肉体に自信を持っているので、ヒョロい連中と比べると道具に頼る部分がどうしても少なくなってしまうのだろう、という結論で俺達は自尊心を守っていた。また、この、我々の〝聖具〟の性能が劣るということの他にも、懸念事項は幾つかあるのであった。

 今は順藤が喋っている。

「それで、現在残っている強豪グループは、周組、井戸本組、葦原組、彼方組、武智組、われわれ大海組、そして強いて言うなら那賀島なかじま組だな。」

 リーダーの大海が反応する。

「那賀島組はもう崩壊しただろう。那賀島が生きているのかどうかは知らんが、少なくとも〝強豪〟ではあるまい。」

「じゃあ、残るのは我々含めて六グループだな。」と返してから順藤は続けた。「さて、どこが一番厄介だろうか」

 順藤の横の額賀が口を開いた。

「そりゃ、彼方組だろ。あのうざったるい戦い方はどうにかせねばならん。」

 俺が反駁する。

「そうか? 人数がやたらと多い井戸本組も相当煩わしいと思うのだがな。」

「人数が多すぎるからこそ大したことないさ。最後には裏切りあって自滅するだろうよ。」と額賀。

 俺は納得しなかった。「いや、あの連中は心の底から井戸本に入れ込んでいる。最早、〝信仰〟のレヴェルだ。アイツらの自壊など考えにくい。早いうちから少しずつ人数を切り込んでおかないと、最後に苦しむことになるぞ。例えば、我々とアイツらが最後に生き残って、その人数が今のままの七対二十だとしたら、我々七人を殺す為に十三人死ねる向こうの方が圧倒的に有利だ。どうせ最後には七人以下にせねばならないのだからな。」

「とは言うがよう、頗羅堕、」と切り込んできたのは、我々の中で一番の伊達男の須貝太すがいふとしである。「以前井戸本組の構成員を二人仕留めたという三觜さんすい組の連中の末路を憶えているだろう? 当時最強とされていた三觜組に居た八人が、その日のうちに全滅したんだ、井戸本組の報復に遭ってな。井戸本組も五人を失う事態になったが、やはり数の優位かね、個々の実力で遥かに勝っていた筈の三觜組よりも少ない被害で終わっている。

 というわけでだな、井戸本組に手を出したら偉いことになるぜ。とても賛成出来ないね。アイツらはお前の言う通りまともじゃない、触らぬ神になんとやらだ。」

 俺はすぐに言う。

「しかしそれでは奴らの思うつぼだ。そうやって参加者全員が井戸本組を叩くことを避けていては、アイツらが増長するばかりだぞ。」

「じゃあどうしろと言うのだ? 頗羅堕。」と須貝が訊いてきた。

「最高なのは、どこかのグループが井戸本組と喧嘩をするように仕向けることだ。我々が痛手を負うことなく、井戸本組の戦力を大きく削ることが出来るだろう、しかし、」

 待ちきらずに須貝が言葉を挟んでくる。

「そんなことが出来たら苦労しない。そもそも、そういうこすい権謀は俺達からもっとも遠いものだろうよ。」

 俺は話を続けた。

「確かに須貝の言う通りだ、全く現実的ではない。よって、この最善の策を棄てて、次善の策に走るべきだと思う。」

 ここで大海が興味を示す。

「次善の策? なんだいそれは。」

「出来る限り多くのグループと組んで、協力して井戸本組を叩くんだ。アイツらを疎んでいるはどの組も同じことだろう。協力を得るのはそこまで難しくない筈だ。」

 須貝は大袈裟に手を振った。

「おいおい、馬鹿言えよ。そもそも、どうやって交渉の卓に着くつもりなんだ? 俺達と他所の組の連中が出会ったら、鬼ごっこか殺し合いのどちらかがその場で始まるに決まっているだろう。話しあいなど不可能だ。」

「不可能ではない。」と俺が言う。「いいか、鬼ごっこであろうと殺し合いであろうと、我々が実力で圧倒してやれば良いではないか。そして、その圧倒してやった相手を殺さなければいいのだ。」

 大海が笑った。

「馬鹿げているな。殺せる相手を生かしてまで協力を求めると言うのか。しかしまあ、その意見も嫌いではないぞ。井戸本組の連中を討つ為には、それくらいの無謀をするべきかもしれない。」

 俺達はそこからも議論を交わした。


08 逸れ、迚野良人

 結局僕は未だに、初めに入った薄寒い教室で座り込み、うずくまっていた。机や椅子は乱雑に積み上げられ、教室後方に無秩序なゴミ山を為しており、僕は丁度その脇の陰に潜んでいる形である。右腕に付けられた端末、携帯電話くらいの大きさの画面を持ったそれを覗く。その時間表示によると、ここに連れ込まれてから八時間が経過しているらしかった。窓の外はとっぷり暗く、この教室も、高窓を介して廊下から漏れ込む光でぼんやりと明るいだけだ。ああ、お腹が空いた。事前に受けた説明によると自動販売機で食べ物を購入出来るらしいし、その場所も端末から見ることが出来るのだが、この教室から外に出る勇気がどうしても得られなかったのだ。だって、ここから出たら、そこは人殺しがうようよしている世界で、僕はそいつらに対して、この箒と塵取りで戦わなくてはならない。全く馬鹿げた話だ。当初の意気はこの寒さと空腹によってとうに毀たれており、痛い目や恐い目に遭うくらいなら、このまま飢え死にしたほうがマシなのではなかろうかと僕は思い始めていた。このまま静かに、清らかに、臆病に死なせて欲しい。

 しかし、現実は儘ならぬものであった。突然、教室の教卓側の扉が開かれたのである。誰かが入ってくる! 僕は思わず上げそうになった叫び声を、手で口を塞ぐことで無理矢理飲み込んだ。幸い僕はこの薄暗い教室の後方、すなわち開かれた扉の反対側に座っているので、このままじっとしていれば気付かれずに済むだろう。そんな望みの元に息を潜めていると、開かれた扉から差し込む光を追うようにして、一人の男が入ってきた。半端な長さの短髪の男で、バットを片手に持っているが、あれがあの男の〝聖具〟なのだろうか。僕はその、いたる箇所がべこべことへこんだ金属棒を見てますます戦慄を深め、顔に張り付けた手を乗り越えてうめき声を漏らしそうになってしまった。その男はうす暗さに眉を顰めながらきょろきょろと教室内を見渡している。お願いだ、そのまま出て行ってくれ!

 しかし、男は何かに気が付いたかのような素振りを見せ、入り口付近の壁に手をやった。その刹那、ぱちん、ぱちん、と聞きなれた音が聞こえてくる。その音の意味を知覚した僕の恐怖が絶頂に至ろうとした瞬間、天井の蛍光燈に忌まわしい光が宿り、教室内の全てが白々しくなった。男はすぐに僕と目を合わせ、にんまりと笑ってくる。こんなに恐ろしい笑顔を、僕は知らない。

「おおい。那賀島、一匹居たぜ。」

 その声を聞いて、数秒後にまた別の男が入ってきた。その無造作な髪の男は、派手な柄のシャツにジーパンという出立ちで、ワイシャツに学生ズボンという恰好の僕とは大分様子が違った。その、ナカジマと呼ばれた男が口を開く。

「んー。如何にも頼りなさそうだね。」

「だよな、殺していいよな。」

「ああ、サクッとやっちゃってよ、串山くしやま。」

 最初に入ってきた方、クシヤマと呼ばれた男がバットを右手に下げてこちらに寄ってきた。悪魔というものがこの世にいるのならば、きっとこういう表情を湛えるのだろう、クシヤマが見せているのは僕にそう思わせるような笑顔であった。赤暗い口腔内が窺えるほどに大きな口を開けて、未だ座り込むままの僕へ言葉を投げてくる。

「さあ、坊主。大人しくしているのなら、一撃でして楽にしてやるぜ。」

 男が一歩一歩近づいて来るに連れて、その、僕よりも頭一つ分は大きそうな背丈が露になる。ああ、何でだよ、この間まで普通に過ごしてきた僕が、何故こんなに恐ろしい目に遭わなければいけないんだ、僕が何をしたと言うんだよ! ああ、何とかせねばと思うのだが、僕の声帯は何かで締めつけられたかのように震えず、脚も、その場に縫い付けられたかのように動かない。ただ、目を見開いて乱れた呼吸を繰り返すことしか出来ない僕のすぐそばまで串山は悠然と寄ってきて、バットを両手で握り直し、まっすぐ振りあげる。

「動くなよ、頭を外すと中途半端に痛いだろうからな。」

 串山が振り下ろし始めようとする兇器、僕は、いっそ目を閉じて楽になろうかとも思った。……しかし、しかしやはり、死にたくない! 右手に握ったままだった箒を、僕はがむしゃらに振り上げる。

「おらぁ!」

 いつのまにか縛めがけていた喉から迸る声とともに、座った体勢から無理に放った箒のえがく斬撃の軌跡は、丁度目の前の空間を薙ぐような形になり、鉛直を描く串山のバットの軌跡とは、僕の鼻のいくらか先で激突した。その刹那、俄には信じ難いことが起きた。串山のバットが粘土のようにひしゃげ、更には弾かれることで僕の箒に道を譲ったのである。

「はあ?!」

 何とか手放しはしなかったものの、得物の変わり果てた姿を見て間抜けた声を発する串山、その一瞬を盗んで、僕は立ち上がった。そして叫んだ。力の限り叫びつつ、箒を振り上げ、そして、それを、戦く串山へ、


 僕は息をますます乱して立ち竦んでいた。このサバイバルに参加するにあたって僕は、もしも本当に人を殺すことがあれば、きっとそれは大いに衝撃的なものになるだろうと、決して忘れられずに、僕の精神を生涯にわたって毒する悲劇になるだろうと想像していた。しかし、実際にはそうでもなかった、少なくとも今の僕はそう感じている。僕の小さな身の隅から隅までを易々と満たしきる興奮が、僕の心のそういう感傷的な機能を、つまりは弱さを殺してしまっていたのだ。自らの死に直面したことによる興奮、他者の死に相対あいたいしたことによる興奮、そして、またもう一つの死、それが僕のものかどうかはまだ分からないが、とにかく新鮮な死が再びこの場に訪れるということへの期待による興奮、そう言ったものが、今この瞬間の僕を歪め、つまりは強くしていたのだ。

 僕は眼下で二つに割れた、かつて串山だったものから視線を切り、もう一人の闖入者、ナカジマと呼ばれた男へと向き直った。変わらずに乱れ続けている息すら、僕のことを奮い立たせているかのようで心地よい。これまでにないほど、今や僕の頭はすっきりしている。右手の箒をそのナカジマへと突きつけて、僕ははっきりと意思を告げた。

「来いよ、君も殺し合おう。」

 これを聞いたナカジマは、しかし手を口元に当て、なんと、笑ったのだ。それも声に出して笑ったのである。しばらくそうした後、呆気に取られる僕を見て、ナカジマはこう言ってのけた。

「ああ、すまないすまない。いや、まさかさ、君がこんなにも遣り手とは。いや、確かに串山の聖具はどうしようもないものだったけれども、それでもよもや。いや、お見逸れしていたよ。」

 何だこいつ。僕は毒気を抜かれ、先程まで煮え滾っていたはずの士気もどこかへ見失ってしまった。ナカジマは言葉を続ける。

「そこでさ、もし君がよかったら、僕と組まないかい。」

 僕はその言葉にも呆気にとられ、とうとう堪らずに間抜けな声を出した。

「はあ? 何を言って、……だって、僕は今、お前の仲間を殺したんだぞ!」

「ん? ああ、いやいや、串山と僕は仲間って程じゃないよ。このサバイバル、独り身だと何かと不便だからね。たまたま出会った逸れ者同士で連れ添っていただけさ。しかし、君は素晴らしいよ。僕は、是非君と協力してこのサバイバルを生き抜きたいと思ったね。」

「な、何を言っているんだ、僕がそんなとりわけな奴だなんてこと、あるわけが、」

「いや。いくら串山の聖具が良くないものであったとは言え、それでも、あんな無理な体勢から放った一撃で金属バットをひしゃげさせるだなんて、尋常ではないよ。まず、聖具への愛着が立派でないといけないし、かつ、あのバットの打撃を妨げるだけの瞬発的な行動が可能であることも要求されたのだからさ。君の力は素晴らしい、これは間違いない事実だ。今問題であるのは、君が僕と組んでくれるのか、そこだけだ。」

 生涯で初めて受ける〝絶賛〟というものを伴う、ナカジマの申し出に僕は困惑し、そして悩んだ。そりゃ、こんな右も左も分からない殺し合い空間に押し込まれて、もしも協力者が得られるならば、それ以上のことはない。しかし、こいつは信用出来るのか? こちらが油断した隙にばっさりとか、そういう懸念はないのか? そうこう考えているうちに、ナカジマは、またも僕の度肝を抜いてきた。空手で、すなわち、聖具も何も持たない丸腰のまま、僕の方へと歩み寄ってきたのである。その顔は不気味なほど安らかであった。

「な、おい、おいおい、」

 武器を尋常に構えている僕の方が無様に顫え始めた。こいつは何だ、何で、初対面の僕に、そんな平然と、

 結局ナカジマは僕の目の前までやって来て、悠然と右手を差し出してきた。

「僕の名前は那賀島なかじま聡志さとし、どうかな宜しくしてもらえるかな。」

 僕はクシヤマの血にまみれた箒を構えたままだ。その気になれば、今すぐこれをナカジマへ振り下ろすことが出来る。こんな不気味な奴、聞く耳など持たず、有無を言わさずに討つべきではないのだろうか。

 しかし、しかしちょっと待て。この殺し合いサバイバル、仲間を作ると言う時には、これほどまでに気違いじみた真似をせねばならないのかもしれない、だって、もともとは皆出会った端から殺し合うだけの間柄である筈なのだから。となると、このナカジマの申し出はこの上なく貴重で有意義なものであり、無下にする手はないのではないか? だが、どうなのだろう。このナカジマという男が、どこまでも狡猾な奴で、握手に応じた瞬間僕に攻撃を仕掛けたりとか、あるいは、今さっきのクシヤマのように捨て石のごとく扱ったりとか、有り得ぬ話ではない。どうだ? この男はどうなのだろう? そもそも、自らの生き死にの話という段に、単に度胸があると言うよりも、もはや精神のどこかが壊れているのではと訝らせるほどの、この、悠然超然とした態度を、まるで食前の手洗いのように当たり前に取れる人間と、僕は付き合うことなんて出来るのだろうか。

 僕はそうやって色々なことを悩み、怖れた。しかし、それらの疑懼は、ふと、目の前のナカジマの足下を見たことで全て吹き飛び、それで僕は思わず笑ってしまったのである。

「何がおかしいのかな。」とナカジマが訊いてきた。

「いや、なんだかとんでもない人が現れたなと、人間離れしているなと思っていたのだけれども、案外そうでもないんだね。膝ががくがくじゃないか。」

 ナカジマは手を差し出したまま自身の足を確認し、顫える膝を視認した後、照れを隠そうと左手の指先で頬の辺りを撫でた。

「いや、正直怖くてね。君が、僕を受け入れてくれるかがさ。」

 ああ、騙し討ちをするような狡猾な人間が、こんな無様な命の賭け方をするものか。そして、このナカジマは、やはりちゃんとした、恐怖を感じることが出来る人間であったのだ。最早、拒否する理由は一つも残っていない。僕は急いで箒を左脇に挟み、そうして空いた手でナカジマの右手を引っ摑む。

「迚野良人だ。宜しく。」


08・5 那賀島組、迚野良人

 あれから僕は那賀島君から、端末の使い方だとか、食事のとり方とか、そういう基本的なことを説明してもらっていた。流石に死体の脇で話し込みたくはなかったので、教室を移っている。

「しかし、まさか君が途中参加の新参者だったとはね。てっきりこの二ヶ月を一人で生き延びてきた強者かと思っていたよ。まあ、逆に言えば、最初からあれだけ戦えると言うことで、ますます君には期待したくなるわけだけれども。」

「ええっと、そう、買われても、」

 しかし、ナカジマと聞いててっきり「中島」だと思っていたのだけれども、「那賀島」と書くのだなあ。端末で名前を確認した時には大層驚いた。

「まあ、というわけでね、今僕は、一人で行動している人間、所謂〝逸れ〟を仲間に引き入れようと思っているんだ。一人で生き延びられているということは、戦力として期待出来るし、また、既に他所のグループに入っている高校生に比べれば、説得も容易だろうからね。」

 ここで僕が訊く。

「君も、もとは多人数で行動していたの?」

「ああ、つい最近まではそうだったよ。もっとも、僕のグループに属していた人間は、もう誰も生き残っていないけれどもね。」

 ああ、そうか。そういうことか。人の死。僕の心の中に、先程串山を斬り伏せた時の感覚が、鯨頭に持ち上げられつつある海面のように、ぼんやりと、しかし力強く浮かび上がってきた。肉を裂き、骨を砕く感触。血の香り。興奮という外套を失った僕の心は、それらのおどろおどろしさをもろに受けてしまい、堪らずに、僕は虚ろな胃から形のないものを戻しそうになった。

「おっと、大丈夫かい? ……ああ、そうか。つまり君は、初めて人を殺したのだったね。いや、すまない。なにせこんな地獄で二ヶ月も過ごしていると、感覚がおかしくなってきていてさ、もう、そんな嫌悪感のことなんて忘れていたよ。気が利かなかったね。」

 僕は那賀島君の気遣いを急いで遮った。そうやって、僕の精神もいつか普通でなくなるのではないかということに対する懸念に耐え難かったからだ。僕はまともでいたかった。

「それよりも一つ聞きたいのだけれども、あの串山って人のバットに僕の箒が打ち勝った理由って何なのかな。」

「ん? そんなの、串山よりも君の方が優れているからでしょ。」

「いや、そうじゃなくてさ。金属バットを、木製の箒の柄がへこませるって、物理的におかしいじゃないか。」

「ああ、そうか。君は〝聖具〟の性質をまだ理解しきっていないんだね。いや、すまない。なにせこんな地獄で……」

 僕はまた慌てて遮った。

「え、えっと、その聖具の性質って何なの?」

「ん? つまりさ、ヴィールス感染者本人が愛着を持った道具のみが聖具の性質を帯びるわけだけれども、この〝愛着〟というものは、単純にオン・オフの話じゃなくてさ。つまり、愛着が深ければ深いほど、聖具としての性質が強くなるんだ。丈夫になり、攻撃に用いた時に威力が増し、防禦へ用いた時に衝撃を軽減する度合いが増す。つまり、よい武器になるわけだね。」

「ええっと、串山のバットに対する愛着がそれほどでもなかったということ?」

「そういうことだね。彼は野球少年だったらしくてさ、」

「そのわりには髪が長かったね。」

「まあ、二ヶ月もここに居ればね。誰しも邪魔にならない程度に髪を切るくらいはするだろうけれども、丸刈りにする道具も理由もないさ。」

「ああ、そうか。」

「で、串山はずっと小さい頃から野球小僧だったらしいけれども、とは言えさ、グローブならいざ知らず、バットって、そんなに一本に固執して使い続けるものじゃないらしくてさ、」

「そうなの?」

「いや、僕も串山の話を聞き流していただけだから詳しくないけれども、金属バットって普通に使っていてもだんだん表面が球威に押し負けて変形してきて、ちゃんと打球が飛ばなくなるんだってさ。」

 僕は串山の下げていた、そこら中がべこべことへこんだバットを思い起こした。成る程、聖具の状態ですらあそこまで変形するのであれば、平時の使用でもそんなものなのかもしれない。もっとも、人と打ち合うのとボールを打つのとでは話も変わるだろうが。

「というわけで、串山は年に何度もバットを買い替えていたらしくて、そりゃ、愛着も何もないよね。いくら彼が真剣に野球に打ち込んでいようとも、ころころと交換される道具に対しては思い入れを擦り込む隙がない。」

「それで、僕の箒に打ち負けたと、」

「そういうことだね。ところで、君の箒はどうなの? 愛着の深いものなのかな。」

 僕は少し間を置いてから答えた。

「そう、かな。僕の家って、小さい小売店をやっているんだけれども、子供の頃から軒先とか店内とかを掃いて綺麗にするのが僕の仕事で、この箒と塵取りは、小学生の頃からずっと毎日使ってきたものなんだ。」

 那賀島君は興味深げに頷いてから応じた。

「成る程。それは素晴らしい。聖具としても素晴らしい筈だし、君も素晴らしいよ。是非とも生き残って、またお家の手伝いをしなくてはね。」

 僕ははっとした。そうだ、帰らないといけないんだ。どうせもう一度手を汚したんだ、生き残る為ならこの先なんだってやってやるぞ。


09 周組、霜田小鳥

 私と霧崎は買い出し、すなわちは自動販売機での購入作業を終えて帰路についている。ルール上自動販売機前で陣取っての封鎖行為は禁止されているが、買い物の前後を狙う待ち伏せは全く制限されていない為、こうして食料を入手してくるのも命懸けなのである、そもそも普通はポイントを手に入れるのも一苦労だというのに。

 我々周組が現在アジトとしている、高校側の3ーN教室はこのフロアの端のあたりに存在しており、そこに行き着く為には必ず廊下のある部分を通過する必要がある。我々はその地点に簡素なバリケードを構築していた。攻撃型の聖具で打ち据えられれば容易く破られるような代物であったが、それにしてもいくらかの音を発すことになるだろう。我々の目的はそこであった。すなわち、アジトに待機している人員が、侵入者の気配をその破壊音で知ることさえ出来ればいいのである。

 幸い私と霧崎は誰とも遭遇することなく、件のバリケード前に到達した。さて、もしもこのバリケードをいきなり崩そうとすれば、私と霧崎も侵入者と思われて攻撃されてしまい兼ねない。そこで私は端末を操作し、姉妹へ通話を繋ぐのである。受話音量と感度を共に低く設定しているので、右手首の端末を口元に持ってきた状態で向こうが出るのを待機し始めた。まもなく繋がって、

「……霜田?」

 双子姉妹の姉の方、霊場たまば千夏ちなつのか細い声が、相変わらず生気を欠いた様子で聞こえてきた。私は応答する。

「ああ、私だ。霧崎と共に戻ってきた。」

「そう、では待っている。」

 私と霧崎はその無風流なバリケードを崩し始めた。霊場姉妹は手伝いに来てくれない、そんなことをすれば周姉様を一人にしてしまうからだ。例え安全が確保されている場所でも一人にならない、一人にさせない、これは我々周組が定めたルールの一つである。そもそも周姉様を危険になど晒せるものか。

 数分格闘した後、我々二人はようやくバリケードの突破と再構築を済ませ、教室に入る。

「たっだいまー。」

 入室一番、霧崎が子供じみた挨拶を放った。外での行動中は、他の参加者に察せられぬように出来る限り喋らないのが常識なのだが、霧崎にはそれが我慢ならないらしく、帰還の後にはいつもこうして馬鹿げた声を、限界を超えて膨らませられた風船が弾けるかのごとく、発するのであった。適当な場所に立っていた霊場姉妹は、その各の人形のように大きな瞳と無表情を湛えた顔を使ってこちらに視線を寄越してきたが、特に何を言ってくるでも無い。まあ、こいつら二人はいつもよく分からないのでいいだろう。周姉様は、椅子に座って窓の外の様子を眺めてらしたが、すぐに我々二人を見やった。そうして露になる周姉様のお顔、その、秀麗な眉と細く美しい目が、どこか憂いを帯びた脣と共に凛とした美を白い肌の上に形成し、その美の海原の中央に、汚れを知らぬ氷山の如き鼻尖を浮かべたそのお顔を、帰還の折りに拝する度に、私は一種の法悦を得、此度も無事生還出来た喜びを、そして、続けて周姉様にお仕え出来る喜びを実感するのであった。

「二人ともお疲れ様。」

 その、姉様の福音が如きお言葉は、まことに遺憾であるが、虚しく響くのみであった。霧崎は喰い意地を張っており意に介せず、私は、周姉様への思いに打ち震えるこの身を律するので忙しく、やはりそのお言葉をじっくり聞くことが出来ないであったから。


 我々は机を突き合わせて島を作り、食事を始めた。この光景だけ見れば、市井の高校と何ら変わりない、気心しれた女学生達が学校の昼休みに仲良く中食ちゅうじきをとっているかのような印象を受けるであろう。それは我々が制服を身に着けているのと、聖具があまりにも日常に溶け込んでいることと相俟ってだ。自販機で購入出来る重めの食事、コンビニ弁当のような――実際それを流用しているのかもしれないが――それは、時々内容が適当に変わるが、ここ数日は米とハンバーグに付け合わせの野菜がついたものであった。コンビニで買う弁当と違うのは、それが温められずに冷たいままであることだが、運ぶ道中で臭いをまき散らす危険を考えれば、むしろこのほうが有り難い。

 食事をなさる周姉様は、やはりこの上なく美しいのであった。この方の手にかかれば、弁当についてきたプラスチック製のフォークとナイフですら、流麗なる逸品と化して、昼餉の嫋やかな所作を彩るのである。脇でぼろぼろと食べ零す霧崎を視界にいれぬように気をつけながら、私は霊場姉妹の方を何となく見やった。判で捺したように同じ顔面を備えた姉妹は、相変わらず、最初に主菜のハンバーグを食べきり、次に副菜の野菜を平らげ、今となっては白米のみをもそもそと咀嚼するという、よく分からない食べ方をしている。こいつらには味を楽しむ感覚がないのだろうか?

 概ね食べ終える頃、私はあることをふと思い出した。食事を続けている姉様に問いかける。

「周姉様。」

「何か?」

「今日端末に来た通知メール、御覧になりましたか?」

「いえ、まだ見ていないわ。何か興味深いことでもあって?」

「少しおかしいのです。通知そのものというより、通知の届き方が。」

「届き方?」

「はい。昨日に、参加者の残り人数が百人になったという通知が来たではないですか。」

「そうね。」

「ところが、今日も同じ内容の通知が来ているのです。」

「はい?」

 姉様は手首の端末を操作した。

「あら、確かに、同じ件名の通知が二通が来ているわね。千夏さん? 小春さん? 霧崎さん?」

 呼ばれた三人も端末を弄り始めた。「アタシにもそうやってダブって来てますよーっと。」と返すのが霧崎で、「「私も同じです。」」とそれぞれ応えるのが姉妹である。

「成る程、我々五名全員にそのような重複メールが来ているのね。果たしてどういう意味なのかしら。霜田さん、内容はどうなっているの?」

「やはり同じ内容なのです、それこそ判を捺したように。まあ電子物なので実際にコピーしているのでしょうが。」

「不可思議ね。これまで誤送信のようなものは一度もなかったのに。」

「では誤送信じゃなくて正しいとかー?」とさしはさんだ霧崎に、

「そうだとすれば、」「百名になったタイミングが二度生じたことになるが、」「九十九人が百人に増えたのか、」「それとも百人が一度百一人に増えてその後減ったのか、」「いずれにせよ増加が必要になる、」「故に不可能。」「意味不明。」

 と霊場姉妹が応えた。姉妹のどっちが何を言ったのかは私にもよく分からない。この双子は本当に良く似ているのだ。

 周姉様が窘める。

「確かに不可解ではあるけれども、でも結局、それを考えるしかないのではなくて? 何らかの理由で、参加者が増加した。」

 霧崎が文句を言った。

「えー? 死んだ奴が生き返ったとかー? あまねえ様、それはいくら何でも、」

 私がこれを遮る。

「確かに蘇生を考えるのは馬鹿馬鹿しい。物語のように死者が甦るなど考えられんし、また、瀕死者が死亡扱いされてから奇跡的に恢復したというのもやはり難しいだろう。このサバイバルでは、死亡判定がされてから死体の回収がされるまでに時間がかかる筈だ。かりに早まった死亡判定がなされても、そこまで死にかけていれば、回収までの間に本当に死んでしまうだろう。そもそもそうやって生き返ったところで復帰を認めるのかどうかは疑問だ、放っておけば必ず失われた命を外での治療で拾ったことになるわけだからな。これによる復帰を認めてはあまりに不公平だろう。」

「そう、有り得ない。」と周姉様。「だから、もしかしたら中途参加者が居たのではなくて? ヴィールス検査で一度陰性だったのだけれども、何かの拍子で再検査したら感染が発覚したとか。」

 霊場姉妹は素直に肯んじなかった。

「何かの拍子、」「とは?」

「意外と簡単な話だと思うわよ。例えば庖丁が聖具であったのなら、野菜を切るついでに俎板まで真っ二つにしてしまったとか。」

「成る程。」「しかし、」「庖丁ならばその日のうちに気が付くでしょう、」「なにせ聖具になるくらいなら毎日のように調理している筈で、」「謂わば毎日俎板を攻撃することになるのですから、」「故にナンセンスです。」

「ええ。だから、例えばの話よ。恐らくはもっと攻撃的でない聖具なのでしょうね。」

 霊場姉妹や霧崎は、いつも今のように忌憚の無い意見を周姉様に申し上げる。この、遠慮せずに議論をするということは、この先の戦いを生き残る上で有利に働く気風であろう。恐らく霊場姉妹はそれを弁えて、畏れ多くも周姉様に反駁するという素晴らしい忠義心を持っているのである。霧崎は、まあ、……多分何も考えていないだけだ。


10 井戸本組、絵幡蛍子

 私は今、ここ数日井戸本組が塒としている教室で待機している。休んでいるというよりは、眠っている同志達を守っているわけだ。大学の教室というのはみな階段のような机をずらりと並べているのだろうと想像していたのだが、存外そうでもないらしく、ここは高校の教室をそのまま持ってきたような部屋であった。今、我々の班三名が見張りに付いているわけだが、そのうちの綾戸は地べたに座り込み、一所懸命に自身の聖具を、どこからか拾ってきたらしい布きれで磨いている。紙屋の方は横たわる同志達の様子をじっと見守っているようだ。この眠りの番という仕事、同志の睡眠の都合を考えれば何かを喋って煩くするわけにもいかないので、いかにも退屈であった。あまりの無聊に耐え兼ねた私は、何となしに端末を弄り始め、そこで、思い出す。そうだ、このサバイバルの残り人数が百人になったという知らせが――何故か御丁寧に二度も――来ていたのであった。残り百人か。まず我々が二十人だろ、那賀島組は壊滅したと専らの評判だから無視すると、周組が五人、葦原組が三人、彼方組が七人、武智組が六人、大海組が七人、つまり、ええっと、……四十八人か。つまり、強豪と称される組に属する者を除いた、所謂〝逸れ〟の者共はもう五十名程しか残っていないことになるな。五十名か、いかにも少ない。大所帯の我々としては、獲物の数が減ることは非常に困ることなのであった。ただでさえ、日頃から充分に喰えているとは言い難い状況なのだ。これ以上困窮しては、もう堪らなくなってしまう。となると、ここからは、逸れを狩るばかりでなく、他の強豪組と戦争をすることが要求されてくるのであろうか。しかし、どうなのだろう。我々井戸本組は、これまで他の組との戦いを最大限に回避してきた。以前三觜組の愚か者達が我々に楯突いてきた時は、井戸本組の総力を上げてあの馬鹿共を殲滅したわけだが、そういう場合以外ではなるたけ大人しく過ごしてきているのだ。つまり、手を出すと面倒な連中だという印象を与えることで、降りかかる火の粉を最小限にしているのである。このような戦略を井戸本様はずっとお取りになってきているわけだが、獲物数の減少から来る食料難に我々が直面しつつある今、方針の転換が求められるのかもしれない。つまり、他所の組に戦いを仕掛けるのか、あるいは、を取るのか。

 もしこの、を取るとなったらどうなるのであろう、私はいつでも身を抛つ所存だが、しかし、こういう時に命を惜しむ軟弱者がもし居るとして、もしもそういう軟弱者が望み通りに生き残るとしたら、本来価値の低く真っ先に消費されるべき命がだらだらと生き残ってしまうという矛盾が生じてしまわないだろうか。仮にそうなったら、そんな軟弱者に井戸本様の御身をお守りすることが出来るのであろうか、恐らくは、不可能だろう。ならば、名乗り出るのでは駄目だ。井戸本様が名指しで、もっとも価値の低い命を糾弾し、その者が命を抛つことによってこそ、軟弱な悲劇は回避されるであろう。しかし、問題となるのは、あれほどお優しい方である井戸本様に、そのような、残酷な選別が出来るであろうかということだ。

 ああ、もしもこのようなが取られ、名乗りにせよ名指しにせよ、私の命が同志達の糊口の資の為に抛たれることとあいなった時には、どうか、私のことを罵って欲しい、蔑んで欲しい、辱めて欲しい、それらこそが、死に行く私に、私は死んでもよいのだと、どうせ生きていても尊き者をお助けすることは出来ぬのだと思わせ、安らかなる死出の旅路を与える、無上の弔辞となるのであるのだから!


 私がそんなことを考えていると、右手首の端末がぶるぶると震え始めた。同志の緑川みどりかわゆいからの着信だ。ボタンを操作して通話を許可する。

「こちら絵幡。」

「ああ、蛍子。こちら緑川班三名、戻ってきたわ。」

「了解、迎えに出るわ。」

 私は自分の聖具を手に取ってから、今の通話が半ば聞こえていたであろう紙屋に目で合図し、扉に手をかける。一応その直前に綾戸にも視線を送ったのだが、案の定彼女はぼんやりとして私の挙動など気にも留めていない様子であり、私は溜め息を飲み込むのに少し苦労したのだった。

 扉を開け、廊下を少し進み、トラップとして張り渡してある、目を凝らさぬと気付かぬ程度の細紐をえいやと跨ぎ越える。何も知らないものがこれを足に引っかけると、物陰に積み上げてある空き缶の山が崩れてがらんがらんと大きな音を出す仕組みだ。こういう小細工によって我々は不遜な侵入者、あるいは不幸な迷い子の存在を察知することが出来、即座に臨戦態勢へ入れるのである。その地点を越えるとすぐに見えてくる三叉路を右に曲がると、緑川班の三名が待っていた。前述のようなトラップは度々作り変えている為、こうして迎えの者がでないと面倒なことを招きかねないのだ。

 私が話しかける。

「お疲れ様、首尾は?」

 班長の緑川が申し訳なさそうに口を開いた。

「残念だけれども、」

 私は慌ててそれを遮る。

「そう、まあ、仕方ないわ、ゆっくり休んで頂戴。トラップは今朝と変わっていないから、慎重に越えてね。」

 この言葉を聞いた、緑川の後ろにいた二名の男達は、狩りに出たことによる疲れを全身に帯びた様子で我々の塒に向かったが、緑川だけはその場に残った。私はその様子を訝って、

「緑川さん、どうしたのかしら。」

「ああ、ええっと、あなたに渡したいものがあって。」

 緑川はそう言うと、ごそごそと彼女自身の学生服を漁り、何やら取り出してきた。

「はい、これあげる。」

 私は受け取った。あまり冷えていない、半リットルのペットボトル飲料だ。かつて私も大好物としてよく飲んでいた炭酸飲料である。本来はなんでもない代物であるが、この、われわれの今置かれた状況下ではまるで話が違った。

「ちょっと、これ、どうしたのよ。」

「帰り際に自動販売機を通る機会があったから、その時に、」

「いや、販売機に行く手間のこともあるけれども、そうじゃない。このポイント、どこから持ってきたのよ。」

「いいじゃないの。受け取ってよ。」

「良くない。教えて。」

 緑川は、たっぷり躊躇ってから口を開く。

「以前、三觜組との戦いが終わった時に、井戸本様が私の働きを褒めて下さって、その時に、自由に使っていいポイントを下さったのよ。そこから出したの、何も後ろめたいことはないわ。」

 私は、安心するよりも戦いた。

「何を言っているのよ! 下さったといっても、どうせ高々二三ポイント程度でしょう? そんな、貴重なものを、どうして、」

「あなた、もうすぐ誕生日だそうじゃない。それで、あなたの好きなものをと思って、」

 私は驚愕した。その、緑川の厚情に。日々喰うものにすら困る中で手にした数ポイント、それを、私の為に易々と使ってしまう、その愚かさに私は感激したのだ。

「御免なさい、気が抜ける前に頂きたいから、ここで飲んで行くわ。あなたは疲れているだろうから先に戻っていて。」

 私はそう言って緑川を追い払った。情けない涙を隠すにはこれしか手段がなかったのだ。彼女が何も逆らわずに素直に塒に向かった辺り、上手く隠しおおせたのかは甚だ疑問であるのだが。


11 葦原組、躑躅森馨之助

 俺は今日も路川と葦原の兄貴との三人で獲物を探していた。最近あまり釣果がなくひもじい思いをしているので、是が非にでも誰かを仕留めたいところなのだが、生憎未だ誰とも出会えていない。あまりに成果がないので、俺達は高校側のある棟の階段、その最上部に陣取り、休憩を取ることにした。誰かが来れば足音で気が付くし、万が一交戦となってもこちらが上で向こうが下だ。この狭い場所では数の優位に訴えることも困難だろうし、つまりはこの場所が充分安全であろうという判断されたのである。

 葦原の兄貴は両手に聖具を嵌めた状態で座り込んでいて、一見すると滑稽な姿であるが、兄貴の戦いぶりを一度でも見たものであれば、むしろその禍々しさに怖れ戦くだろう。その彫り深い精悍な顔立ちも、迫力を作るのに一役買っていた。そんな兄貴が口を開く。

「しかし、本当に誰も居ないな。こりゃ参るぜ。」

 兄貴と対照的に女っぽい顔立ちの路川がこのぼやきを茶化した。

「葦原さんがそんな弱気でどうするのです。もっと、こう、僕たちを発奮させて下さいよ。『苦しい状況だが、俺に任せておけ!』みたいに見栄を切るとかして。」

「俺がそんなキャラじゃないのは知っているだろう。体育系のお前や躑躅森の方がそう言うのは得意なんじゃないのか。」

「ああ、いえ、僕は、寧ろそういうノリを暑苦しいと辟易していたたちなもので。」

「じゃあねだるなよ。」

 そんな二人の掛け合いを眺めながら、俺は思った。実際どうしたしたものだろうか。この食糧難、どうやって乗り越えればいいのだろう。どこか他所の組と組むべきなのだろうか、しかし、この二人以外の者と共闘するなど、今の俺には想像することすら出来なかった。


12 彼方組、鉄穴凛子

 私は今日もこねこねとヘラを振るい、皆の為に働いている。このまま、血を見ることもなくサバイバル生活を乗り切れればいいなと思っていたのだけれども、生憎、暗雲が立ちこめてきた気配があるのよね。最近獲物を探すのが一苦労らしくてさ、ほら、私達のチームって、面と向かって戦うにはやや不利な聖具ばかりじゃない、だから、相手が複数だと実は結構厳しいらしくてさ、ようは一人仕留めても残りに報復されうるものらしくて。だから、逸れの参加者を獲物にするのが基本なのだけれども、そろそろその逸れの学生の数が減ってきたらしくて、ようは、狩りに出ても上手いこと殺せなくて、ひいてはポイントも稼げないと、こういうことらしいのよ。実際、皆が私に分けてくれるポイントもめっきり減っていて、あまり贅沢が出来なくなってきている。まあ、別に多少ひもじくてもいいけれども、餓え死ぬのだけはいやだなあとぼんやり思っているのよね。

 リーダーの彼方君が、頭のいい針生はにゅう君あたりと相談してこの状況を打開しようと考えてくれているらしいけれども、どうなんだろうね、難しい気もする。私も私なりに無い頭を振り絞って、色々と今後のことを考えてみようかな。


13 武智組、簑毛圭人

 腹が減った。死にそうだ。僕はそんな事ばかり考えながら、今日も今朝から箱卸さんや節さんと一緒に廃校内を彷徨っており、今は適当な部屋で休息を取っている。いまのところ今日も繰り返されている無収穫を恨む、僕の口から、思わず深い溜め息が漏れた。

「へい、どうしたのよ、みのもー。」

 顔を上げると、節さんの眩い笑顔が見える。僕は思ったままのことを口にした。

「節さんは、良くそんなに元気でいられるね。」

「ふっふっふ、もともと乙女には、勝負時に空腹と戦わねばならないという宿命があるもの。これくらいのひもじさ、慣れっこよ。」

 僕は少し考えてから、

「ええっと、それは所謂、ダイエットのことかい?」

「そうそう。いや、アタシ、作るのだけじゃなくて、当然、ケーキを食べるもの好きでさ、油断するとどうにもうっかり、ね。」

「ケーキかぁ……おいしいよね。 ああ、食べたいな。」

 この箱卸さんの弱々しいぼやきを、節さんは逃さずに捕まえた。

「ここから生き延びたら、とびっきりのを私が作ってあげるわよ。はこおろしーはどんなケーキが好きなの?」

「ええっと、やっぱり、苺のショートケーキとかが、」

「ああ、いいわね、王道ね。任せときなさい、ウチの店の売り物用の上等な苺をこっそり回してあげるからさ。」

 そう言うと、節さんはまたこっちを向いてきた。図らずも彼女と目が合う。

「あら、アンタも物欲しそうね、みのもー。」

 僕が気恥ずかしさに窮していると、彼女は勝手に言葉を続けて、

「まあ、いいわよ。ウチら六人がかりでも持て余すくらい、でっかいケーキを拵えてあげる。皆で食べようじゃない。」

 僕は応じた。

「じゃあ、その時には僕もきっと腕を振るうよ。僕からも、皆においしいものを食べてもらいたい。」

「あ、私も、私も何か作るよ。」と箱卸さん。

 すると節さんは嬉しそうに、

「じゃあいっそ、六人皆で、思い思いに腕によりを掛けた品を各々用意するというのはどうよ?」

「ああ、それもいいね。パーティみたいで。」

「それなら、いっそ、持ち合うんじゃなくて、料理も一緒にしたら楽しいんじゃないかな。私のウチの厨房なら相当大きいから、十分出来ると思う。」

「それはいいわね、はこおろしー。是非そうしましょう。」

 僕たちはそのまましばらく、久しく堪能していない、各々の得意とする食の話題で気を紛らわせた。


 休憩の後、僕らはまた校内を彷徨っている。胃袋が空であることにより、寧ろどんどん体が重くなっているというのは皮肉な話だ。

 大規模な高校であったが故にか入り組んだフロア構造は、まさに迷路のようであったが、二ヶ月を過ごした今となってはまるで自分の生まれ育った小路であるかように把握出来ていた。そんな中を歩きながら、空腹感に頭を侵されてぼんやりとしがちであった僕の肩を、節さんがつんつんとつついて来る。彼女が何かまた小洒落た冗談でも思いついたのかと思った僕は、丁度弱っていたので、そういう諧謔に対する呆れと期待を込めて振り返ったのだが、生憎そこにあったのは真剣極まりない様子の彼女の顔であった。先行する箱卸さんも、僕らの足が止まったことを察してかこちらへ振り返る。節さんが、鋭い顎をしゃくって右方の窓を示した。

 ここはいくつかの大きな吹き抜けを囲むようにして廊下が張られているフロアであり、それぞれの吹き抜けの四方には窓が抜かれている。つまり、僕らがいる廊下から、吹き抜けを挟んで反対側の廊下の様子を窓越しに窺うことが出来るのだが、そこに、一つの人影があった。

 女学生のようだ。その、腰まで届かんとする濡れたような黒髪が、窓を抜けた陽の光を受けて煌めいているのがここからでも窺い知れる。僕はその姿を見て、もしかしたら、平時であればどきりとしたかもしれない。しかし、今この時は平時ではなく、つまり空腹に苛まれる僕は、ものの例えではないほうの狼の気持ちになるのみであった。僕は身振り手振りで仲間達に指示を出す。いつも通り、僕が単独で、箱卸さんと節さんが二人組で行動し、獲物を挟み撃ちにする算段だ。右方の廊下に見える女学生は、そのまま前に進めばまもなく丁字路にぶつかるので、もしもその際に左に曲がれば、いま僕らのいる廊下の先の丁字路に右方から現れることになる。機動力に劣る箱卸さんの事情を慮り、彼女と節さんがその丁字路で待ち伏せし、僕が女学生の後ろに回り込むことにした。僕は指示を出し終えると、神妙に頷く二人の顔をじっくり見る余裕もなく、急いで、しかしなるべく音を出さずに大回りを敢行する。例の女学生の背中を僕の目が直接捕らえる頃には、彼女は丁字路に到達したばかりで、少し考えるような素振りを見せた後で左に曲がり始めた。曲がるついでに見咎められては敵わないので、僕は一旦物陰に身を隠す。よし、上手くいったぞ。僕はもう、然程足音を気にかけずに、一気にその丁字路まで早歩きで寄った。丁字路の角に張り付いて、そこから頭の先だけを覗かせて左方の様子を見ると、その濡れ髪の女学生は、先程の僕の足音を聞きとめてか、訝しげにあたりをきょろきょろとしている。彼女は手ぶらで、僕の居る丁字路と節さん達が潜む丁字路の間、ごく短い距離の半ばで立ち竦んでいる恰好だ。よし、絶好だろう。合図として、僕は端末を手早く弄り、箱卸さんへ通話を繋げる。彼女はそれに出る代わりに、動いた。

「やあぁああ!」

 普段の箱卸さんからは想像も出来ないような、校舎を揺るがさんとするばかりの勇ましい雄叫びが、その場を俄に支配した。女学生がそちらへ、つまり僕と反対側の方へ直ると、鍋蓋を掲げた箱卸さんが飛び込んでくる様子がしかと目に入った筈だ。女学生はいくらか取り乱した様子で、ブレザーから何やら取り出す。それは巾着袋のようだったが、やたらと、長い紐が絞り口から伸びていた。彼女は、その紐の遠い先を左手で握りながら、右手では絞り口より幾らか手前の辺りの紐を摑み、巾着をだらりとぶら下げる。遠的武器か! 僕はそう思いながら飛び出した。その直後、女学生が、重力に任せていた巾着を、前方へ振り、そのまま縦円を描くようにして、下から上へ、上から下へと、くうに翔けさせ、その回転を三度繰り返した後に、四度目に巾着が最下端に到達する直前、右手を、獲物へ飛び掛かる蛇のように前方へ突き出した。それに従い、発射された巾着は尾のような絞り紐を右袖に擦りながら飛び出し、箱卸さんの頭部目掛けて飛翔する。彼女は重い鍋蓋を懸命に持ち上げきり、その飛来物を受け止めた。銅鑼を叩き壊すかのような轟音が響いた後、箱卸さんは強か吹き飛ばされる。そして彼女はそのまま後方の床に叩きつけられ、力なく呻いた。僕は箱卸さんの身を案じるが、しかし今はそれどころではない、この隙にいくらかでも接近出来たことを利用し、女学生を仕留めなければならないのだ。

 僕はぐいと女学生に詰め寄る。このまま攻撃出来れば最も良かったのだが、彼女がやや向こうの側よりに位置していたことが災いしたようで、まだ僕の聖具の間合いに入り切らぬうちに女学生はこちらへ向き直り、攻撃の反動を利用して手早く手許に引き戻していた巾着を再度振り回し始めた。僕は自分の聖具を、一メートルばかりの鮪庖丁を、いつも通り日本刀のように構え、彼女を睨みつける。この距離では、女学生の方にのみ攻撃の手段があることになるが、かといって、巾着による最初の一撃を外せば、もう彼女に対抗手段はなくなるだろう、ちんたら巾着を引き戻している間にこちらから斬りつけてしまえば終わりなのだから。向こうもそれは承知のようで、ぶんぶんと禍々しく巾着を振り回しながらじっと睨んでくるだけだ。彼女は僕の隙を窺っているのだろう、しかし、僕の方は彼女の隙など窺っていなかった。女学生の様子を眺めるふりをして、僕は、向こうの丁字路の角、そこから半身を覗けている節さんの顔を見た。目が合うと、彼女はすぐに頷く。僕はそれを受けて、庖丁を構えつつ女学生に踏み寄る、有らん限りの咆哮と共に。

「いやああぁああ!」

 このタイミングでの攻撃の決行が意外であったのか、女学生は一瞬だけ狼狽の表情を見せたが、しかし、すぐに顔を引き締め直して右腕を突き出し、巾着を放ってきた。覚悟をしていた僕は、既に、それを受け止めるべく、庖丁を自らの身に貼り付けるようにして構えている。大丈夫だ、きちんと聖具で受け止めればきっと死にはしない。僕はそう思いながら、女学生の向こうに一度目をむけ、見開かれた目の下で舌を舐めずりつつ、ぎゅんぎゅんと回転するハンドミキサーを振り上げて、声もなく躍りかかろうとしている節さんの様子を確認した。よし、これでもう数瞬後には、血肉が撒き散らされる中で成功裡に終わった狩りを祝うことが出来るだろう。

 しかしその刹那。僕の防禦態勢をいち早く認めていたか、女学生はこちらに向けて伸び切ろうとする巾着紐の、手許の辺りを右手で引っ摑み、何やら手繰った。僕は一瞬だけその行為を訝しむことが出来たが、しかし、すぐに恐ろしい情景が目に入ることになったのだ。そうやって飛翔を縛められた巾着は、くうを横に薙ぐようにして、彼女を支点とした衛星の如き回転運動を始める。半径を失ったことで加速したその公転は、一瞬の内に半年分の回転を達成し、すなわち、その地点にあったのは、

 音が鳴った。轟音だ。まるで奇妙な植物が植え付けられたかのように、床の方から宙に向けて延びる脚が一瞬だけ見てとれた。彼女は、そのまま、赤い汁気をそこらへ撒き散らかしながら、地面に叩きつけられて思い切りひしゃげる。つまり、頭部を打ち据えられた節さんが、その勢いで宙を、体の上下をひっくり返しながら舞ったのだ。

「節!」

 僕は叫んでいた。女学生はそんな僕を尻目に、踵を返して駈け出す。そして、行きがけのついでと言わんばかりに、未だ倒れたままだった箱卸さんの顔面を思い切り踏み抜いて行った。彼女は堪らず、打擲された犬のような呻き声をあげ、鼻の辺りを抑え始める。

「貴様ぁ!」

 当然のことながら、女学生は立ち止まることなくそのまま駈け去って行った。僕はあの女を追いかけたい気持ちに駆られるが、しかし、そうするわけにもいかない。なぜなら仲間を保護するほうが先であるからだ。これだけ騒いだあとで、すなわち、物音や叫び声を聞きつけた誰かがやって来るやもしれぬ中で、手負いの仲間を放置することなど出来なかった。まず、……、僕は箱卸さんの方へ駈け寄る。

「大丈夫?」

 彼女は目を固く絞ったままの顔を顰めつつ、だらだらと血を流す鼻の辺りを両手で抑えていたが、そのうちの片方の手を外して、OKサインを作ってくれた。何が大丈夫なのかは分からないが、とにかく死にはすまい、僕はそう安心した。

 この安心の後、僕はより気を落ち着けようと深呼吸を試みた。今から行わねばならないことが恐ろしすぎた為だったが、しかし、これは良くなかった。深く吸った息が、忌まわしい香りを、鉄の錆びたのような香りを僕の鼻腔へ存分に届けたのだ。僕はその悍ましさに身の毛をよだたせたが、しかし、だからといってこのまま帰るわけにもいかない。意を決して、振り返る。

 打ち据えられて窪んだ、その側頭部からこんこんと沸き出る血が、悪趣味で斑な化粧を顔一面に施していた。勝ち気であった吊り目は、今や間抜けに見開かれ、右目と左目が各々勝手な方向を向くことで忌まわしい醜さを演出している。口もぽかんと開けられ、知性の喪失を物語っていた。整った鼻筋だけは以前の通りであったが、その、今となっては孤独で不釣り合いな美しさが、周囲と不調和をなすことで、やはりこの上のない醜さを形作っている。つまり、そこには、生前の美しさを全て失った骸が転がっていたのだ。手に握られたハンドミキサーの力ない回転、もはや一般の調理器具となんら変わらないそれも、節美鈴の死を声高に主張していた。

 ようやく重い責務を果たした僕は、箱卸さんを抱き起こして皆の元へ引き返し始める。僕は何も言わなかったが、彼女も察しているらしく、何も言わなかった。互いの聖具と、疲労と、そして感情が邪魔となってこの上なく歩き辛い。死や死体はこれまでに何度も見てきた筈であったが、仲間の死を体験するのはこれが初めてだ。ついさっきまで、普通にコミュニケーションを取り、他愛もない夢を語り、今日の糊口を凌ぐべく共に協力していた仲間、そんな彼女が、呆気なく死んでしまった。なんだろう、こんな暗く熱い思いを抱くのは、この下らない二ヶ月で、いや、僕の生涯においてもこれまでに一度もなかった筈だ。


14 大海組、頗羅堕俊樹

 俺はいつものように、大した目的もなく、単独で高校の校舎内をうろつき回っていたが、そこで面白いものを目にした。三人組の連中が、逸れに向けて攻撃を仕掛けており、その攻撃は、まあ、それほど悪いものではなく、二段構えの挟み撃ちとしてきちんと完成されていたもののように思えたのだが、しかし、逸れの方が場を制してしまったのだ。あの様子から察するに、おそらくあの逸れは、後ろから不意打ちを仕掛けようとしていた背丈の高い女に何らかの手段で気が付いていたのだろう、見事なものだ。吹き抜けを挟んでの窓越しにその様子を眺めていた俺は、誰も居なくなってからその場に足を運んでみた。あの弱々しく去って行った男女を叩くのも面白そうだったのだが、こちらが単独である以上、半端な手負いの者に手を出すという危険は冒せなかったのである。

 先程紙屑のように薙ぎ払い飛ばされていた女の体が、そこに酷い有り様で転がっていた。どう考えても死んでいるのだが、万が一の誤作動に期待し、その右腕の端末を弄ってみる。エラー音が発せられるのと共に、「節美鈴: 死亡。装着者の死亡により操作出来ません。」という文字が画面に浮かんできた。やはり駄目か。この、端末の死亡判定の精度は相変わらず大したものだ、手首に付けることを利用して脈でも取っているのだろうか。時折ぴくりと痙攣する女の体を不気味がりながら、俺はその右手に握られた聖具に注目した。えーっと、これは、あれだ、ほら、……名前が出てこないが、あれだよ、ケーキとか作る時に、……ゲレンデ? だったか? とにかく卵白を混ぜて例の白いもん作る時に使うあれだ。もしやするとこの女は、これを穿鑿機のように使っていたのか? そうだとすると、ぞっとする。そして同時に、〝聖具〟に対する愛着のレヴェルの違いを俺は実感した。俺達の聖具では、そんな大いに道具の本分を外れたような使い方は出来ん。

 俺はその場を充分観察した後、一度大海達の元へ戻ることにした。去り際に、その女の端末を踏み抜いて破壊しておく。


 今現在俺達が住処にしている教室に戻ると、大海と須貝、そして額賀と順藤が待機していた。その内の須貝が声をかけてくる。

「よう、頗羅堕、またうろついていたのか? 危なっかしい奴だ。」

「へまなんて踏まないさ。やばいと思ったら一目散に逃げる。」

「逃げると言ってもよ、〝ジャック〟みたいな化け物にでも会ったらどうすんだよ。」

「まあ、今はそれよりも、大海に報告したいことがあるのだ。」

 椅子の上で船を漕いでいた大海を起こし、俺は先程見てきたことを皆に話した。一通り聞いた大海が口を開く。

「成る程。三人組を組んでいたということは、どこかの強豪組の一員だったのかな、その女は。で、その、頗羅堕の言う、……何て言うのだろうかな、あれは、」

「俺も何て言うのか良く知らないでな、ゲレンデを作るのに使うというのは知っているのだが。」

 須貝が口を挟んだ。

「台所でスキー場作ってどうすんだよ。頗羅堕の言ってるそれは多分、ゲレンデじゃなくてメレンゲだろ。」

 ああ、何か違うと思ったらそんな名前だったか。

「恐らくそれだ。とにかくあの、……セツ? よくわからんがとにかくあの『なんとかみすず』って女は、その、泡立てに使う調理器具を握って絶命していた。あんな廊下で料理の道具なんか持っている意味が分からんから、あれが聖具で間違いないだろう。」

「そもそも聖具じゃないと持ち込めないさ。」と返して来る額賀。

 結局俺達はしばらく話しあってもあの調理器具の名前を誰も思い出せなかったが、まあ、そんなことはどうでも良かった。調理器具であるということが、大事なのだからな。

 順藤が切り出す。

「調理器具を聖具として使っていた以上、武智組の連中だろうかな。なあ、大海、確かめておくべきじゃないのか。」

 普段から批判の過ぎる嫌いのある須貝が、これにも文句をつけた。

「ちょっと待てよ順藤、実際問題その女は武智君で半ば決まりだろ。こんなことを確かめるのにポイントなんて使っていいのか?」

 これに対抗したのは、日頃順藤に味方しがちな額賀で、

「いやいや、待て。我々は、近いうちに井戸本組だか彼方組だか、あるいはその両方をどうにかしないといけないんだ。そしてそれは、我々七人だけで出来る仕事ではなく、他の組に対して、協力を要請するなり、あるいはそれらの組へ喧嘩を売るように扇動するなりという工作が必要となる、ということだったよな。となれば、今は各組の動向を少しでもよく知っておくべきだろう。それにだ、もしもその女が武智組なのなら、むしろおつりが返ってくるんじゃないのか? なあ、大海?」

「どうだろうな、その辺は佐藤さとうの気分次第というところもあるようだ。まあ、大した出費にはならないことだけは確かだろうから、俺としては佐藤と取引してもいいと思うのだがね。どうだい、須貝。」

「ん? いや、まあ、お前がそう言うのであるなら、任せるさ。」

 須貝のつけるケチは大抵そこまで本気でなく、多くの場合はこうやって大人しく引き下がるのであった。こういう須貝の癖は煩わしいこともあったが、希望的になりがちな議論に冷や水をかけてくれるという意味では、一定の価値のある存在であった。

「じゃあ、決まりだな。善は急げだ。」

 大海はそう言うと、端末を操作し、受話音量を大きめにして、すなわち俺達にも向こうの声が聞こえるようにしてから、佐藤に通話を繋げようとした。思いの外長い時間待たされたが、しかし、佐藤はちゃんと出て、

『いやはや失礼、いま、立て込んでいまして。ええっと、大海さん、何か僕に御用ですか。』

 大海が応じる。

「買いたい情報と売りたい情報がある。」

『ああ、そうですか。毎度どうも。では、まず、その売りたい情報から教えてもらえますか。』

「先程女が死亡していたのを俺の同志が見つけた。端末を破壊したそうだから、もう、その名前を確認する術はない筈だ。」

『その死亡者の名前を買えと、そういうことですね。お値段はそのネームバリューによりますが、宜しいですか。』

「ああ、構わん。」

『ではそのお名前とは?』

「実はよく読めんのだがな。関節の節に……」

『ああっとすみません、「カンセツ」と言っても色々ありますが、どれでしょう。』

「あれだ、膝とか肘の「関節」だ。その漢字一文字の苗字に、下の名前が美鈴だ。」

『成る程、それは恐らくフシミスズさんですね。その方が死亡していたと。』

「ああ。」

『参考までにお聞きしたいのですが、その女性の聖具はなんだったでしょうか。ああ、疑るようですみません、しかし、僕も根も葉もない情報を受けとるわけにもいかないので。』

「ん? あれだよ、ほら、めれんげ? とかいうのを作るに使う、こう、手に持ってだな、」

『ええっと、それはもしかして……』

「おい待て、教えんでいいぞ。」

『え? ……いやいや、勘弁して下さいって、いくら僕でもこんなしょうもない情報でポイントをねだりませんよ。それは多分、ハンドミキサーという道具です。』

「よく分からないが、恐らくそれだ。」

『成る程、わかりました。確かに節美鈴さんのようですね。ええっとでは、大海さんが買いたい情報とは何でしょう?』

「まず、その節美鈴の所属するグループがもし存在するなら教えろ。」

『ああ、そういうことですか。他にまだありますか?』

 大海は俺の方に一瞬目をやってから応じた。

「あとはな、巾着袋を振り回す女が居たらしいのだが、こいつについて名前やら所属やらを教えて欲しいね。」

 佐藤は沈黙した。その後たっぷり時間をとり、俺達が焦れる頃になってようやく声を発す。

『すみませんが、その情報は高いですよ?』

「いくらだ?」

『ええっとですね。そうですね、節美鈴さんの情報だけなら、死亡したことを教えてもらったことと差し引いて、寧ろこちらから2ポイント程差し上げます。しかし、その巾着の女性の名前が知りたいのであれば逆に60ポイント頂きましょう。更に所属を教えろと言うのであれば、110ポイントですね。』

「本当に高いな。まあいい、巾着の女に関しては訊きたくなったらまた聯絡する。」

『あれ、宜しいのですか。それまで僕が生きているとは限りませんよ?』

「じゃあ値下げろ。」

『済みませんが、こっちも命が懸かってまして。』

「では交渉決裂だ。節のことだけ教えてくれ。」

『それは残念です。ええっと、はい、節美鈴さんは武智組に属していた筈です。』

「そうか、分かった。ではもう用はない。」

『では、ポイントを大海さんに送信しておきますね。毎度どうも。』

 通信が切られた。佐藤というのは、今のように情報を遣り取りすることで日々の飯の分のポイントを稼いでいる男で、この先殺人を犯さずに生き残るつもりらしい。正直気に喰わない姿勢だ。人を殺すことが間違っているから殺さない、というのは通らない、何故なら、最後の七名に生き残るには、たとえ自分の手を下さずとも、誰かが誰かを殺してくれることを大いに期待している筈だからだ。つまり、自殺や棄権をせずに、生き残りを画策している以上、たとえ手を汚さないのであろうとも、奴と殺人者との間に明瞭な一線を画すことは不可能だ。しかし、もっとも、自殺や棄権をしても、ここでの殺し合いが行われることは防げないので、究極的にはこの殺人ヴィールスに感染した時点で、殺し合いの片棒を担ぐことになるのだろう。つまり、殺さなくても殺しても結局は同じなわけで、言い換えれば、いくら殺しても全く殺さないのと同じであるわけだ。ならば生き残りたい、今ここで戦っている者は皆同じくそのような思いを胸に、命をぶつけあっているだろう。しかし、あの、佐藤という男はどうにも女々しい、いや、女身でも立派な〝戦士〟はいくらかいるから、女々しいという表現は良くないだろうが、とにかく、男らしくないのだ。まあ、佐藤の情報のお蔭で、我々が無茶苦茶な行動を取らずに済んでいるという効用もあるにはあるのだが。


15 那賀島組、迚野良人

 僕と那賀島君はポイント稼ぎ、所謂〝狩り〟に出ていた。僕が奪った、串山の持っていたポイントは大して多くなかったので、また、これすなわち、アイツと組んでいた那賀島君の所持ポイントも多くないということをも意味するので、喰いっぱぐれない為には積極的に稼いでいく必要があるそうだ。那賀島君はここ数日高校側の校舎で狩りを試みていたらしいのだが、その際あまり結果が芳しくなかったとのことで、僕らは今大学側のある棟に入っている。獲物に気取られぬよう、そして他の強者達に見つからぬよう、慎重に出来る限り物音を立てずに歩み進んでいる。

 瓦礫の多い廊下を、きょろきょろと辺りを見回しながら歩いていた僕は、俄な人影を視界の端に認めた。しゃがんで物陰に隠れると、その僕の所作だけで察した那賀島君に対して、人影の方向を指で指すことで示す。同じくしゃがみこみ、瓦礫の山の上辺から目の辺りだけを出すようにして、まるで水面に浮かんで様子を窺う海獣のようにそうして人影の方を見た那賀島君も、その、そわそわしている頼りない涙ぐんだ女学生の姿を確認した筈だ。その背丈は小さく、顔も幼く、先入観がなかったら中学生と思ったかもしれない。僕は小声で那賀島君に話しかけた。

「どうなのかな。一人のようだけれども、」

「それを判断する為には、彼女の素性を知らないとね。ほら試しに、教えた通りにやってみてよ。」

 僕はその勧めに従って、瓦礫の陰から右腕と顔だけを覗かせ、その、おどおどし続けている女の子の方に狙いを定めた。つまり、丁度リモコンでテレビを狙うかのようにして、端末の左端部の赤外線発射部を目標に差し向けたのだ、右手首を折り、橈骨の遥か延長線上に女の子が来るようにすることで。そのまま然るべきボタン操作を行うと、不可視の赤外線が発射され――た筈で――僕の端末の画面上に情報が現れた。

『綾戸彩子、所有ポイント0点。』

 僕が向けた画面を覗き込んだ那賀島君は、渋い顔を作った。

「おっとっと、これはこれは、井戸本組の構成員じゃないか。」

「イトモト?」

「詳しいことはいつか説明するけれども、彼女を仲間に引き込むのは不可能だね。」

「そう、か。」

 僕はがっかりした。まだ日常的な感覚、すなわち殺人行為への忌避衝動に駆られている僕は、可能であれば、それをいつかはせねばならぬとは理解していても、やはり人を殺すなどということは出来る限りせずに、つまり、この狩りの副次的な目的の、逸れを仲間に引き込むという方に専念出来ればよいなと考えていたのだ、ああ、実に甘ったるいことに。

 那賀島君は小声のまま続けた。

「さて、出来ることなら井戸本組とは関わりたくないのだけれども、しかし今ここで綾戸君を仕留めてしまえば、その下手人が僕たちであることは誰にも特定出来なくなる、別に問題ないだろう。」

 問題がない。その、本来好ましい那賀島君の通達は、しかし、僕の耳朶に届いてから脳へ駈け登るまでの間に、残酷な布告に変貌していた。ああ、僕はまた、あのような強烈な体験を経なければならないらしい。人間を、打ち、砕き、解体し、骸にする忌まわしい瞬間を。

 そんな僕の心の暗みを払ったのは、突然の泣き声だった。粘り付くような泣き声が、僕と那賀島君の方へ俄に降り注いできたのだ。おいおいと響くそれにぽかんとした僕と那賀島君が顔を見合わせる中、その元、綾戸という女の子が、辛うじて意味のある言葉を、嗚咽に混ぜ込むようにして届けてきた。

「えばたー、かみやー、どこにいっちゃったのさー、ねえー、どこー?」

 僕がまた様子を窺うと、綾戸は、元の場所に立ち竦んだまま顔に手を当てて咽び泣いていた。それを見てますます呆気にとられる僕の背へ、那賀島君が話しかけてくる。

「よく分からないけれども、早い内に済まさないと綾戸君のお友達が来てしまいそうだね。」

 そちらへ振り返ると、那賀島君は、右手に彼の聖具を握り込み、顔を引き締め、臨戦態勢であった。こうなっては、僕は最早意を決すしか無かった。仕方がなく頷き、それぞれの聖具、箒と塵取りを両手に構え、彼と呼吸を合わせて物陰から飛び出る。

 存外すぐにこちらに気が付いた綾戸は、それを契機に、しとどに濡れた顔の上に驚愕の色を塗りこめた。僕と那賀島君が駈け寄る中、彼女は、そそかしげな所作で、朽葉色のブレザーの内側に両手を突っ込む。出てきた右手に握られていたのは、いかにも頼り無げな金属棒。あんなにか弱い聖具など武器として通用するのだろうかと僕が訝ると同時に、遅れて飛び出てきた彼女の左手に握られていたのは、紐にぶら下がった金物であった。銀白色に輝く、もともと長細い直棒であったのであろうそれが、捩じ曲げられたことで空間を正三角形に切り抜いている様を見て、僕は、ああ、あんな楽器を小学校の時に弄った気がするなぁと、懐かしみ始め、そしてこのどうでもよい心の機微は、綾戸の叫び声によって咎められた。

「こないでぇ!」

 喉の限界を超えたが故にか半ば嗄れながら飛び出てきたその声は、僕に些かの動揺を与えたが、しかし、大変なのはこの後であった。綾戸が右手を振りかぶり、その握ったままの可愛らしい金属棒で、左手のそれを、トライアングルを、目一杯ひっぱたいたのである。

 その刹那、美しいフォルムを有するその楽器から凄まじい音撃が放たれ、マッハの速度で僕らの耳を侵した。いや、物理的常識で考えれば確かにその筈なのだが、僕には、まるで、不可思議な力で頭蓋骨を乗り越えた衝撃波が、僕の脳を直接揺るがしたのではないかとすら思われた。それほどの大音量であったのである。僕と那賀島君は堪らずに顔を顰めつつ、聖具を手放し両耳を押さえ、ただ立ち竦む。全力での駈け込みの状態から、そのような無様な立ちぼうけに移行したので、やや不細工となったその所作は余計な時間を喰い、その結果、僕が何とか前を見やった頃には、もう、向こうに駆け逃げていく綾戸の小さな背中を窺うのみであった。僕と那賀島君は互いを気遣い、声をかけあうのだが、生憎自分の発している声も向こうの届けてくる声も、同様に、きぃんとした耳鳴りに阻まれ、一切のコミュニケーションを取ることが出来ないのであった。

 数分後にようやく耳がいくらか働くようになった僕らは、近くの教室に入り込んで腰を落ち着けていた。那賀島君が、いまだ脂汗の引かない顔を動かして喋り始める。

「いや、はや、とんでもないだったね。大変な目に遭った。」

 僕は疑問に思ったことを訊ねた。

「あの凄い音を発するトライアングルってどうなっていたの? 聖具になったら物理的な力以外も強化されるのか?」

「え? いやいや、多分あれは、単に聖具として『空気を揺るがす力』が強まった結果だと思うよ。楽器なんてものはどれも、突き詰めれば物理的作用をもたらすものでしかないからね。そりゃバットとかに比べればいくらか神秘じみて見えるけれども、それは我々人間の錯覚さ。ああいう道具がなすのは、結局は空気を打ち震えさすことのみ。それが強化されただけなのだから、不可思議なことは何もないと思うよ。」

 不出来なりに一応物理の授業を受けていた僕は那賀島君の説明で納得し、そして怖れた。そんな調子であるのならば、この先も、思いも寄らぬ力を発揮する聖具と出会すことがあるのではないだろうか。それは恐ろしく厄介なことであるように思えた。


16 周組、霜田小鳥

 我々は五名で大学内を歩き回っていた。いつものように、私と霧崎が前に横並び、霊場姉妹が後ろに並ぶことで、中央の周姉様をお守りしている。私は前方を警戒しながら進んでいたわけだが、ふと、突然背後の周姉様の気配を失ったような気がした。不審に思い振り返ると、実際、姉様が端末に目を落として立ち止まっていたのだ。どうやらなにかしらの着信が来たらしい。周姉様は空手の右手で近くの部屋を指し示した。そこで一度落ち着こうという意味だろう。私は、暢気に先へ進もうとしていた霧崎を引っ摑みつつ、姉様や霊場姉妹に続いてその部屋へ入った。

 我々が入った先は、授業というよりも、ええっと、サークル活動、というのか? 大学のことはよくは知らないが、とにかく課外活動に使われていたことを想像させる、秩序を欠いた、雑然とした狭い部屋だった。手近な椅子や机で入り口を塞いでから、我々は適当に腰を落とす。聖具を手放してそこらに立て掛けた周姉様は、立てた左手の人さし指を脣へ当て、考え込んでいた。どうやら、受話音量をどうするか決めあぐねているらしい。結局、全くここらに人気ひとけがなかったことを鑑みてか、周姉様は受話音量を大きめに設定し、それから、先ほどかかってきた通信に掛け返す。まもなく向こうが出た。

『はい、周さん、まいどどうも。佐藤です。』

 なんだ、佐藤か。先程の音量設定の結果、その浅薄そうな声は私の耳朶の元にも悠々と届く。姉様はすぐそれに応じ始めた。相手が目の前に居るわけでもないのに、今や、周姉様のお顔は非常に険しいものとなっている、すなわち、美麗な眉を顰めて、我々に対する普段の様子からは考えられないほどの厳しさを湛えて。姉様が他所の人間に対する時は、いつもこうなるのであった。

「何のようだ。」

 やはりいつもの姉様からは考えられない、海獣をも凍てつかせそうな、冷たい声音。

『ああ、いえですね、先程、所謂〝強豪組〟の中から脱落者が出まして、その情報は御入り用ではないですか、と。』

「いくらだ?」

『5ポイントでどうでしょう?』

「1ポイントなら出そう。」

『ええっと、それはいくらなんでも、』

 周姉様は全く表情を動かさぬまま出し抜けに通信を切り、その後も端末を見つめ続けた。こちらの思惑通り、佐藤はまたすぐに通信を繋げて来て、

『ああ、分かりましたよ分かりました。2ポイントでどうですか?』

 周姉様はやはり顔を乱さぬままに再び端末を操作した。これほどまでに流麗な指捌きは、姉様だからこそ出来るものだ。

 我々に向けては決して飛んできたことのない、暗く低い、その恐ろしい声で、周姉様はぽつりと言った。

「送った。」

『え? ええっと、……はい、確認しました。』

「では、どこの誰が脱落したと?」

『武智組の、節美鈴さんですね。彼女がいなくなり、武智組はこれで残り五名かと。』

「成る程。では、またな。」

 姉様は通信を切り、お顔の力みを解いた。そのすぐ後に繰り出された言葉は、いつもの周姉様の声であり、つまり、美しく、優しかった。

「お聞きの通り、皆さん。武智組の節さん、と言う方が亡くなったそうだけど、誰か、彼女について何か知っているかしら?」

 霊場姉妹は互いに見合わせ、こちらに向き直してから首を傾げた。私も何も知らないので、首を軽く横に振る。残った霧崎も知らないようだった。周姉様は、諦めるようにして目を閉じ、

「まあいいでしょう、構わないわ。とにかく、強豪組から久々に脱落者が出たようよ。これは喜ばしいことでしょう。」

 ここで霊場姉妹が咬みついた。

「しかし姉様、」「喜ばしいこととは仰いますが、」「所詮武智組はもともと六名という中くらいの所帯、」「だからといって少数精鋭という感じもなく、」「謂わば、〝強豪組〟と呼ばれる中でも貧弱なグループ、」「すなわち、」「とにかく少しでも数を減らしてもらわねば困る、超大所帯の井戸本組、」「あるいは、人数以上に厄介な彼方組、」「これらをさしおいて、」「言ってしまえば〝どうでも良い〟武智組が戦力を喪失したのは、」「大局から見れば、」「必ずしも望ましいことではありません。」「故に、手放しには喜べず。」

 これを聞いた姉様は、寧ろ楽しそうに眉を持ち上げた。

「その通り。しかし、千夏さんに小春さん。これで残り人数が減ったことは確かなことで、すなわち、我々が生き残りに一歩近づいたことは紛れの無い事実、例えこの先の道程が厳しい道のりに差し掛かろうとしていても、よ。私とあなた達四人が力を合わせれば、いかなる苦難も乗り越えられると私は信じているわ。だから、結局これは喜ぶべきことなのよ。」

 私はこの周姉様のお言葉を一種の法悦を感じながら聞いていたし、霧崎すらもそれなりに心地よさそうにしていたのだが、しかし、霊場姉妹はあまり納得しなかったようだ。彼女達は更に反駁を試みる。

「姉様、」「私達も同じく信じております、」「周姉様に従えば、必ずや我々に勝利がもたらされると。」「しかし、しかしそれでも我々五名は、」「無限の力を持つわけではないのです。」「先程の佐藤との通信を行うまでの、」「我々の挙動がその証拠です。」「こそこそと、余計な声や物音を出さぬように努め、」「ああやって入り口を封鎖せねば安心出来ぬのです。」「もしも我々の勝利が約束されているのであれば、」「どうしてあのように小心な気遣いをせねばならぬのでしょう。」「故に、矛盾。」「撞着。」

 周姉様は諭すような口調を返す刀に選んだ。

「ええ、確かに少し言い過ぎたわ。でも、あなた達は誤解している。私の言う、いかなる苦難も乗り越えられるというのは、当然、我々五名が全力で努力して、という前提を踏まえているのよ。なにも、のんびりしていても勝利が転がり込んでくるという、愚かな期待は抱いていない。」

「周姉様、」「はっきり申し上げますが、」「姉様の方こそ誤解されているようです。」「私と千夏は何も、」「姉様の油断を糾弾するつもりではないのです。」「存在しないものは責め立てられませんから。」「私と小春は、姉様にどこまでもついていきます。」

「では、何を言いたくて?」

「姉様も仰いましたが、」「我々は無限の力を持たない、」「故に最善を尽くすべきです、」「単純な努力以上に、という意味で、です。」「その為には、」「より積極的に動き、」「すなわち他のグループに接触を試み、」「協力を要請すべきではないかと思うのです。」「彼方組や井戸本組を何とかする為にも。」「あの二グループを疎ましく思っていない組は、」「恐らく当人達以外に皆無。」「故に、共闘も現実的かと。」

 この霊場姉妹の挑戦を受けて、周姉様はじっくりと考えられた。結論を導くことよりも、言葉を選択に時間を費やしているかのような印象を私は受けた。

 その姉様がゆっくりと仰るところ曰く、

「そうやって、我々皆の為を思って意見を述べてくれるあなた達の気持ちは本当に嬉しいわ。でも、御免なさい、私は、これ以上同志を募るつもりはないの。どうか、分かって。」

 霊場姉妹は互いに見合わせると、それぞれの聖具を握って腰を上げた。

「「はい、周姉様。」」

 それを合図にしたかのように、周姉様も聖具を押っ取り、立ち上がられて、

「ではそろそろ参りましょうか。我々の勝利の為に。」

 私と霧崎も急いで立ちあがる。


17 井戸本組、絵幡蛍子

 私と紙屋は、また、……いいか、だぞ! またも綾戸を探していた。確かに彼女の聖具はただならないものだから、私なんかと違って多少単独行動をしても大丈夫そうな印象は覚えるが、それにしたって、こんなことを繰り返していてはいつか不覚を取りえるだろう。ああ、アイツは本当に、毎回どういう魔法を使って我々と逸れているのだ?

 闇雲に駈け続けた挙げ句に丁字路――すなわち分岐点――にぶつかったことで、私が紙屋を相談しようと口を開いた、その刹那、耳を劈く快音が突然飛んできた。綾戸だ! 綾戸が戦闘をしている! 我々はその音がした方向、左方に、曲がって廊下を駈けていく。すると、しばらくもしないうちに、瓦礫の山で先が塞がれている地点にぶつかってしまった。私が何も言わなくとも、紙屋はその聖具を、竹刀を中段に構える。そしてそれを、すぐさま横に薙いだ。斬りつけられた瓦礫は、まるで熱したナイフでバターを裂いたようにして容易く切り払われ、その上部が軽やかに宙を舞う。私は紙屋の前に飛び出て、自分の聖具を、身を半ばおおえるほどに巨大な画板を両手で捧げた。いくつもの瓦礫の破片、時々私の頭よりも大きなコンクリートのそれらが、掲げられた画板を打ち据えるが、それらは一切の衝撃を与えることも能わずに、ただ虚しく砕けていく。数瞬後には、舞い上がる灰色の煙を除いては全てが静かになった。画板を下ろした私が紙屋にちらと視線を送ると、彼は左手の親指を立てて無事を知らせてくる。私は前へ振り返ると、紙屋がついてくる気配を確かめながら開けた道の先に進んだ。

 駈ける我々はまもなく新しい丁字路にぶつかったが、すると、左の方の道から見知った女の姿が出てきた。彼女は、こちらを認めるやいなや、それまでのおずおずとした歩調をかなぐり捨てて駈け寄ってきて、

「えばたー!」

 背の低い綾戸が遠慮なしに突っ込んできたものだから、私の制服の胸部は彼女の涙で濡れてしまう。私は腕と胸でその頭を包み込むようにして言った。

「全く、どこに行っていたのよ。」

 私のこの問いかけへの答えは、いつも通り、まともに帰ってこなかった。綾戸はおいおいと泣くままだ。紙屋と互いに呆れた表情を見交わしてから、私は、問いかけを続けた。

「ほら、そんなに泣かないの。あと、せめてこれくらいは教えてもらえないかしら。さっきトライアングルを鳴らしていたみたいだけれども、一体何があったのよ。」

 それからしばらく待たせて、ようやく歔欷が収まり始めた綾戸は、肩を震えさせたまま、嗚咽混じりの聞き取りにくい声で語り始める。

「変な二人が、私に襲いかかってきて、それで、鳴らして、怯んだ隙に、逃げてきて、」

 そこまで何とか語ると、綾戸はまたおいおいと深く泣き出してしまった。呆れながら私は考える。こんなに臆病な人格が、よくも一人で何度も死地を生き延びてきているものだ。それはやはり綾戸の聖具、トライアングルの威力が素晴らしいことによるのであろう。我々井戸本組は、そのまま班長が泣きやむまで立ちぼうけることになった。彼女の泣き声で周囲に我々の存在が知れてしまうのも、最早そこまで怖くない。何故なら、今や我々のもとには、この上なく頼もしき綾戸彩子がいるのであるから。綾戸がいれば、どんなに恐ろしい外敵も、例えば〝ジャック〟ですらも、恐るるに足らずだ。


18 葦原組、躑躅森馨之助

 相変わらず腹を減らしながら高校の廊下を彷徨している俺達三人であったが、路川がいきなり明後日の方向を指し示した。俺と兄貴がそちらを見ると、おや、女が居るな。一人で居るその女はこちらの存在に気がついていないようで、のんびりと端末で何か操作をしている。俺達は物陰に隠れて小声で相談した。結果、路川よりもコントロールに自信がある俺が仕掛けることになり、適当な建材片の破片を拾ってから、再び女を見ることが出来る位置まで出る。反対側を向いているその女はまだこちらに気が付かない様子で、俺は悠然と建材を足下に置き、自らの聖具、サッカーシューズで目一杯それを蹴り上げた。相当の重量がある筈だったその丸っこい建材片は、聖具の力を受けて軽々と跳ね上がり、概ね狙い通りの軌道を描く。女も流石に飛来の気配には気が付いた様だったが、時既に遅く、奴がこちらへ向ききることも叶わぬうちに、我が砲撃は彼女の右手に命中した。手首の先の肉と骨が弾き飛び失せ、そこから遠慮のない血潮が湧き出始める。遠くにいるその女は、一瞬だけぼんやりとした表情を作り、そして、次の瞬間には、

「あぁぁあぁぁぁああぁあ!!」

 俺達三人は、その心地よい、腹の底から出ているかのような赤黒い叫び声を鬨の声の変わりにして、女の方へ飛び込む予定だった。しかし、異変を察した俺が二人を身振りで制し、三人とも再び物陰に引っ込む。ひょっこりと俺だけがそこから顔を覗かせ、様子を窺う。

「おい、どうした、唯!」「大丈夫か!」

 どこに居たのか、男二人がさっきの女に駈け寄ってきた。こりゃ危ない、アイツは独り身ではなかったのだな。しかし、一等都合が悪いのは、まだ危機が過去形ではないということだ。

「唯、どうした、誰にやられた!」

 駆け寄った男の片割れが、拳を失った女に必死に訊ねる。まずいな、あの女がこちらを指し示しでもしたら、戦闘は避けられないぞ。おいおい、勘弁してくれ。何度かの食事の為に真っ正面からぶつかって、いちいちまともに命を懸けていては、計算が合わんだろうが。では、逃げるか? しかし、今物音を立てるのもまずい。

 俺がそうやって、どうしようか悩みながらそいつらの様子を覗き続けていると、俄に異変が起こった。女と男二人が固まって喚き続けている辺りの床、その一ヶ所が、突然、ばかん、と派手に爆ぜ飛んだのである。何事が起きたのか察した俺がめぐるましく視線を揺蕩わせると、居た。近くの教室の天窓から身を乗り出し、禍々しい、まるで殺意を結晶化させたかのように黒々しいそれ、ライフル銃を模したエアガンを覗かせている女が居る。彼方組だ! 俺がどうするか悩んでいるうちに、その女は、なにやら忙しない操作を手許で行い、そして、再び引き金を引いた。すると爆ぜたのだ、今度は床ではなく、男の頭が。

「うわぁあぁあぁあ!!」

 生き残った男の方は、脳漿や血にまみれた身を気にかける余裕もなく、ユイと呼ばれた女の肩を抱えて逃げ去っていた。呆気にとられた俺がその光景に見惚れていると、その天窓の女が、確かに、……こちらを見た!

 俺は急いで身を引っ込めて、何故か共に身を乗り出していた路川と、後ろに待機していた葦原兄貴の身を叩き、この場を逃げ去るように煽りたてる。三人で立ち上がって駈け始めたその直後、俺達が隠れていた曲がり角の壁が、何かに貫通されて大きな風穴を開け、その延長線上の床が、半径1メートルに渡って抉り取られた。ふざけろ、あんな威力、喰らったらお終いだ! 俺達はそのまま逃げ続けた。


19 彼方組、鉄穴凛子

 未だに血を見たことがない私は、今日も後方支援に精を出すのであった。まず、誰かがどこかから見つけてきたプラスチック製の大きな椅子の端っこを、自慢のヘラを中華庖丁のように振るうことで、少しだけ切り落とす。その後それを、しばいたり叩いたり削ったり、こねこねしたり、まあ、色々と頑張りながら六ミリ位の球、お手製のBB弾にする。以前は皆にぶうぶう文句を言われたけれども――いびつだと弾道が乱れるんだってさ――もう大分上達してきたもんで、自分でもほれぼれするほどの真球を拵えることが出来るようになっていた。一時間で二個くらい作れるようになったし、ちょっと胸を張れるんじゃないかな、うん。

 わたしがそうやって作業に没頭していると、何者かがこの部屋に入ってきて、ずかずかとこちらに向けて歩み寄ってくるような物音を寄越してきた。一緒にいる筈の彼方組のチームメイトが誰も騒がない所を見るに、味方のうちの誰かの帰還らしい。というわけで、私は面倒くさがってそちらへ振り返らないのであった。まあ、一所懸命お仕事をしていて忙しいというのには違いないしね。

 いくらかの御座なりな挨拶の遣り取りを乗り越えて、その侵入者の足音は、床に座っている私のすぐ後ろまでやって来た。

「はーい、凛子。」

 凛子というのはどうやら私の名前である。ここまでされたら仕方ない、私はしぶしぶ振り返った。ニコニコとした、いかにも上機嫌な顔を下げた、私を除けば紅一点のチームメイト、鏑木つみきあんずがそこに立っていた。私は適当に応じる。

「何ー?」

「いや、聞いてよ。さっき、久々に獲物を一人仕留められてさ、」

 鏑木の話に、私は少しだけ興味を起こした。

「へぇ、何発使ったの?」

「三発。」

「ふーん。微妙ね。」

「あら、ウチの補給隊長(私のことらしい)は相変わらず手厳しいわね。これでも大分節約しているほうよ。まあ確かに、私の腕で一発、欲張りで一発の、計二発を無駄にしたわけだけれども。」

「次からは百発百中を期待するわ。狙撃手スナイパー鏑木あんず殿。」

「無理無理、そんなの無理よ。大体、もう獲物の絶対数が減ってきているから、多少の無駄玉を覚悟してでも確実に仕留めるようにしないと。ああ今回も、アイツらが死角に隠れなければ、もう二三にさんKILLいけたでしょうに。」

 鏑木はそう言いながら、彼女の抱えている、スナイパーライフルとかいう銃を模したとかいうエアガンを愛おしげに撫でた。全長1メートル以上あるそれも、妙に背が高い鏑木の手許では身に余るという感じもなく、中々に似合っている。この、似合っているというのも、嫌な感じでさ、いや、なんかさー、高校生の身分から、ああいう玩具で遊んでいたって、まあ、引くよね。見るだけならともかく、サバゲーとかなんとかいって、人と撃ちあってたんでしょ? 男の子なら、まあ、そういう馬鹿みたいな思考回路があるのかなとも思うけれども、この鏑木は女だしなあ、ますます、引く。いや、まあ、こういう状況では味方として頼もしいのだけれどもさ。鏑木の嬉しげに上気した顔も、正直気持ち悪い。絶対それ、これでしばらく糊口を凌ぐことが出来るということ以上の喜びがあるでしょ、人間を撃ち抜いたこと自体の喜びがさ。

 さて、もしも私が心底鏑木を嫌っていることが露見すると、この先生き辛くなるよね。だもんで、私は彼女に早々に離れてもらうべく、鏑木が私の元に来た用事を、彼女が言いだす前に済ませてやることにした。私は、作り立てほやほやの鉄穴印のBB弾の中から、二粒を拾い上げて立ち上がり、鏑木の手の平を摑んでそこに載せてやる。すると鏑木が「三発使ったって言ったわよね?」と言いたげな顔を向けてくるので、私は、聞き分けの悪い子供を諭す母親のように、鏑木のその手をグーにさせ、上からぎゅっと握ってやるのであった。すると鏑木は肩を竦めて、

「しょうがないわよね、弾も無限にあるわけじゃないんだし。これで頑張らせて頂くわ。」

 まあ正直、ここで五六発くれてやっても良いくらいに余裕はあるのだけれど、いつも私は意図的に、相手の要求を少し下回るくらいの弾数を渡すようにしていた。ほら、沢山弾を与えて、私の有り難みが薄まると困るじゃない? まあ、本当にケチりすぎると戦果が落ちて、私も喰いっぱぐれることになるから難しいのだけれどもさ。でも、今のところこのチームにおいては戦死者も居ないし、まあ、この私の匙加減は一定以上の正解なんじゃないのかな。

 まんまと鏑木が私の元を去ろうとした時に、ああ、間の悪いことに、彼方君がこちらへやってきてしまった。彼方君は、少し鼻が大きい憾みはあるけれども、まあ、基本的には整った顔立ちで、私を拾ってくれたことも相まって、正直私は彼に好感を抱いている。ああ、これで、妙なサバゲー趣味がなければもう言うことがなかったのだけれどもね。そんな彼方君が私とサバゲー趣味の女、主に後者に話しかけてきた。

「やあ鏑木。一人仕留めたそうじゃないか。流石だね。」

「ありがと、彼方。ヘッドショット一発で決めたわよ。」

 他に二発外したんだろうが。

「お美事、それなら定めし弾も節約出来ただろうね。」

「それが、これでもウチの補給隊長殿は御不満なんですって、厳しいのだから。」

 私に振るな。

「おやおや。ああ、それで、君が仕留めた獲物の情報って分かるかな。」

「そこは抜かりなく、ちゃんと撃つ前に赤外線で情報を抜いておいたし、そもそも、死体が置き去りにされたから、直接確認出来たわ。」

「宜しいね。では、何という名前だったかな。」

「聞いて驚きなさい、織田おだ五郎ごろうよ。」

 彼方君はその名前を聞いてもきょとんとしていたが、しかし私は、気が付くと鏑木の胸倉を摑んでいた。私の方がずっと背が低いのでいまいち恰好がつかないが、そんなことなど気にしていられなかった。

「ア、ア、ァンタ、なぁにやっているのよ、このぉ、馬鹿女!」

 鏑木も流石に焦ったようで、

「ま、待ちなさいって。最後まで話を聞きなさい。」

「何やっているんだ鉄穴! 手を放せ!」

 私は彼方君に止められ、手は引っ込めたが、口までも閉じるつもりはなかった。

「鏑木、アンタはぁ、何を、考えて、いるのよ、」

「いや、だからそれは今から、」

「やめろ鉄穴! どうしたというんだ。」

 彼方君に叱られ、私は釈明と説明をする。

「忘れたの? 彼方君。この間佐藤に高いポイントを払って一通りの生き残りの情報を確認したじゃない。その、織田って男、井戸本組の人間よ。」

 ようやく状況を把握した彼方君は色をなし、鏑木の方へ向き直った。騒ぎを聞きつけた他のチームメイトもこちらに寄ってくる。口を開いたのは彼方君であった。

「鏑木、どういうことだ。皆で生き残る為に、井戸本組には決して手を出さないと、この間決めたばかりだろう。知らずに射殺してしまったならまだしも、確認した上でのその行動、確かに許し難いぞ。」

 鏑木は皆に睨まれ、すっかり恐縮していた。

「待ちなさい、待ちなさいって。説明をさせてよ。」

「何か間違いがあるのか?」と訊くのは、四角い眼鏡を掛けた、これまたサバゲー趣味さえなければ言うことのない好男子、針生はにゅう博之ひろゆき君であった。彼は続ける。「今確かに、君が井戸本組に手を出したと聞こえたぞ、事実でないというなら幸いだが、どうなんだ。」

 鏑木はますます言い辛そうであった。

「間違いないわ。私は、井戸本組の織田五郎をヘッドショットで殺した。」

 苛立った誰かが言う。

「お前、何を」

「最後まで聞きなさい!」

 鏑木のその叫びに、私達は気圧されて大人しくなった。バツの悪そうな鏑木が続ける。「ああ、御免なさい、大きな声出して。でも、皆さっぱり話を聞いてくれないのだもの。いいこと? 確かに私は井戸本組の連中の内の一人を狩った。でも、その結果、このチームに不利益を与えたとは露ほども思っていないわ。」

「どういう意味だ?」彼方君が訊く。

「だからそれを説明したいんだってば。いいこと? まず、私が獲物を待っていたところに、井戸本組の三人組が来たわけよ。それも全然こちらに気が付いていない、と。で、思うじゃない、ああ、撃とうと思えば撃てるんだけれどもなぁって。」

「それで素直に撃ったと。」

「そんなわけないでしょ! 最後まで話を聞きなさいよ銅座どうざ。ええっと、そう、で、未練がましくそいつらを眺めていたらさ、」

「『アタシはどうしても撃ちたくなって、』」

、その、減らず口を閉じないと、そろそろ許さないわよ。」

 二度も無用な茶々を入れた銅座どうざ優心ゆうしん君がとうとう鏑木に睨まれた。彼は少し空気を読めないところがあり、しかも、別に見た目も中身も好男子ではない。悪い人じゃないんだけれどもね、多分。

「僕からも命じる、銅座、鏑木の話が終わるまで黙っていてくれ。」

 あーあぁ、こんなしょうもないリーダー命令、これまでの人生で初めて聞くよ。しゅんとした三枚目を尻目に、鏑木が話を続ける。

「ええっと、どこまで話したかしら。……そう、私はその井戸本組の連中を眺めていたのよ。そうしたら、そのうちの女一人が、ふらっと他の二人から離れて、おやおや、この女は危なっかしいな、と思っていたら案の定、」

 鏑木は興奮した様子で、自身の右の拳を左手でひっぱたいた。おい、私謹製のBB弾、無くしたら承知しないぞ。

「どこからともなくさ、妙な鉄塊だか石塊だかがとんできて、その女の右手を吹き飛ばしたのよ。」

 思わぬ展開に、私を含めた何人かが興味深げにする中、彼女は続けた。

「つまり、第三者が近くにいて、その女に攻撃を仕掛けたわけよね。当然井戸本組の連中は狼狽え始めてさ、で、私は思ったわけよ。これって、恨みを買わずに井戸本組の連中を殺す千載一遇の好機じゃないの? とね。だって、もし何人か撃ち殺し漏らしても、私ではなくてその第三者に仲間が射殺されたと、哀れな井戸本組の連中はそう思うに違いないと思って。」

 私達はようやくいくらか納得した。針生君が問いかける。

「で、結果は? 君は実際バレなかったのか?」

「多分、大丈夫よ。あの、手を砕かれた女、攻撃されてからも健気に端末を操作していたから、下手人の名前を赤外線で知ろうとしていたのでしょうよ。で、私の方へはついに一瞥もくれずに、その、妙な塊が飛んできた方向、真反対ばかりを睨んでいたから、きっと、そいつらが全てを行ったと信じているに違いないわ。私とその第三者が共に遠距離攻撃であったことも幸いしてね。」

 私はこの鏑木の言い分に愚かにも納得しかけたが、針生君はそうでなかった。

「おい、ちょっと待て。赤外線というのは、漫画や映画のレーザービームのように直進するものじゃないぞ。光である以上、電磁波である以上、波紋のように拡がりながら進むんだ。君の端末は本当にその女からの赤外線を浴びていないのだろうな?」

「え? 本当それ? え、まずいんだけれども、それは、」

 鏑木が慌て出し、私達もどきまぎし始めた頃、申し訳なさそうに手を挙げる男がいた。彼方君がその三枚目に発言を許可する。

「ふざけないというのなら構わない。銅座、喋りたまえ。」

「ああ、御免よ。ええっと、前に一度実験したことがあるのだけれども、この端末、そんな真後ろまでは赤外線が届かないみたいだよ。ほら、テレビのリモコンだって、結構狙いをつけないと赤外線が届かないじゃん? この端末、ああいうリモコンよりは許容角度が広いけれども、それでも、全方位に飛ぶわけじゃないみたいだ。しかも、あんずさん(これは鏑木のことだ)はどうせ変な場所に居たんでしょ?」

「教室内の机を積み上げて、天窓から廊下を見下ろしていたわ。」

「じゃあ、十中八九大丈夫。まず届いていないはずだよ。だって、真後ろの天井近くだなんてところにまで届くようなら、普段まるで狙いが定められないもの。具体的に言えば、赤外線を放つたびに必ず同行者の端末を拾うくらいになる筈だけれども、そんなことないでしょ、皆?」

 私達は互いに見合わせ、それでも誰も何も言わないことで銅座の質問に肯った。中央に立つ鏑木が胸をなで下ろす。

「ああ、良かった、肝を冷やしたわ。」

 口を開いたのは彼方君で、

「確かに良かった。しかしだ、鏑木、端末の性能云々を別にしても、君の行為は危険だったぞ。そこまで細かい状況に関しては取り決めていなかったということと、貴重な井戸本組への打撃の機会を活かそうとした君の素晴らしい機転を汲んで今回は不問とするが、今度は、もう、こんな危なっかしい真似はやめてくれ。」

 鏑木は素直に応じた。

「諒解。あと、もう思わせぶりな口調は自重するわ。またあんな目に遭っては堪らないしね。」

 そう言いながら鏑木は私の方をちらりと見てきた。私は、この態度を受けてますますこの女が嫌いになったが、しかし、しかし、……私は素直に頭を下げた、それも、床の木目がよく見えるほどに深く。

「御免なさい、妙な早とちりをして。」

 だが、私の体は無理に起こされた。すると眼前には鏑木の顔があり、

「や、やめてよ凛子、冗談よ! 私が悪かったんだってば、」

 意外だった。鏑木がこんなことを言ってくるような奴だとは、この瞬間まで思っても見なかったのだ。

 彼方君は何やら満足げに、

「やれやれ、これで、鏑木と鉄穴は仲違いせずに済んだわけで、あと、さっき銅座も面目を躍如していたよね。いやいや、良かったよ。仲間割れなんてしているようでは、この先不安だからね。」

 それもそうだ。私にとってこのチームのチームメイトは、皆正直あまり好きなタイプの人間じゃないし、また、そもそもつまらない喧嘩や諍いが多いチームだなとも思っていた。しかし、なんだかんだ言って、これまでなんとかやってきたのだ。例えその仲を繋ぐものが現金な相互扶助だとしても、私達は上手いことやってきたのだ。ならば、もう少しだけ、互いに頑張るべきだろう、外の世界に帰る為に。これだけ雨を浴びてれば、もういい加減、地面が固まっても良い頃だろうしね。

 彼方君は続けた。

「それに、今回の鏑木の行動は決して褒めるわけにはいかないけれども、しかし、得られた結果は素晴らしい。どうしようか悩んでいた井戸本組の戦力を、奴らの恨みを買わずに削ることが出来た。更に言えば、」

 ここで彼方君は鏑木に訊ねた。

「鏑木、その、井戸本組の女の手を吹っ飛ばしたのって、何者だったか分かるかい?」

「ええっと、……いえ、そっちは確認していないわ。一発銃撃をその男に撃ち込むだけで精いっぱいだったもの。結局逃げられてしまったのだけれどもね。」

「おや、その言い分だとその男の顔は見たのかな。」

「そうよ。ただ、特に見覚えはなかったわ。聖具も何なのかよく分からなかったし、正直申せば、ノー情報に等しいわね。」

 彼方君は特に残念がらなかった。

「まあ、構わないよ。とにかく、その第三者が井戸本組から恨みを買ってくれたわけだ、これは素晴らしい。だって、これで井戸本組がまたムキになっておかしな総攻撃をしかけるのなら、それによって彼らは更なるダメージを負ってくれるだろう。これはつまり、また井戸本組の戦力が削れるということになる、あの、一人殺すのにすらこっちの全滅を覚悟しなければならない井戸本組の戦力がだ!」


20 武智組、簑毛圭人

 まるで重湯の中のような、そういう、呼吸するのも怠い空気の中、僕と箱卸さんは仲間達の帰還を待っていた。もう、武智君には聯絡を入れてあるので、まもなくここに帰ってきてくれる筈である。もっとも、戦闘中に煩いを起こさせるわけにはいかないので、委細については、というか、全くもって、先程の出来事は通達していないのであるが。僕たち二人の間は、会話もなかった。只管に、不機嫌げに鼻を押さえる箱卸さんの姿を僕が眺めているだけである。

 そのまま辛抱強く待っていると、ようやく、同志達が部屋に帰ってきた。扉を開けて先陣を切ってきたのは、持ち主の顔の倍はあるであろう巨大なへら面と、持ち主の背丈をいくらか凌ぐ程度の全長を誇る、巨大な杓文字、〝掘返べら〟を抱かえた竿漕さおこぎ美舟みのりさんだ。念の為の安全を確認した彼女が手で合図を示すことで、後ろに連れ立つ二人の仲間も中へ入ってくる。それぞれ電気式の聖具を抱えた、武智君と、筒丸つつまる桃華ももかさんだ。武智君がその大きな目で部屋の中を見回し、力なく座っている僕達を認めると、

「おや、節は?」

 僕は頑張らねばならなかった。

「ああ、今から話すよ。三人とも座ってくれるかな。」

 彼らは不思議な顔をして、それぞれ適当に腰を下ろした。僕は、その様子を見てつい気を散らす。ああ、この三人も、どうにも元気がいいのだよな。節さんも見た目元気だったけれども、やっぱり、彼女はここ最近でいくらか窶れていた、つまりは、空元気だったのだ。でも竿漕さんと筒丸さん、それに武智君は、血色がいいし、今の着座の所作も余裕あり気であった。僕らが狩りの最中の休憩で座る時は、いつも、一刻も早く身を休めるべく腰を急いで落下させる、そんな感じであるというのにね。何だろうか、何か、人間としてのタフさというか、そういう違いが彼らと僕との間には有るのだろうか。

「で、一体どうしたのですか。節さんは、にでも?」

 柔らかい物腰から、しかしはっきりと物を言うたちの竿漕さんが、その、未だに皸一つ入らない潤った脣を開いて、僕を急かしてきた。僕はとうとう意を決して、ぼそぼそと語り始める。


 話が進むにつれ、三人の、気の抜けていた空気は次第に引き締まり、絞られ、暗いものへと塗り替わった。僕の話が終わった時に、いの一番に口を開いたのは、意外なことに箱卸さんである。

「アイツ、あの、あの、……クソ女、そう、クソ女よ。アイツ絶対、絶対に許さないんだから。美鈴を、よくも、よくも美鈴を、……それに、私の鼻も、」

 彼女はずっとあれきり顰め続けたままで、そして、鼻を手で押さえる仕草も持続させていた。あれ以来鼻血はなんとか止まったのだが、しかし、どうやら骨折も起こしているらしい。痛みを和らげる為、そして、少しでも形を悪くしないまま骨を癒合させようという企みの為に、懸命に鼻を押さえているのだが、しかし、後者はそう上手くいくものなのだろうか。

 竿漕さんが彼女に話しかける。

「箱卸さん、大丈夫です。鼻筋くらいなら、いくらでも後から手術で修正出来ますから。それについてはここを生き延びた後に考えましょう。それよりも、あなたの鼻と、節さんの頭を砕いたそのクソ女について、教えてもらえませんか?」

 苛立ち、それでいて意外気な鼻声という、世にも珍妙な声音で箱卸さんが応じた。

「え? 美舟さん、どういう意味?」

「どういう意味、ですか。ええっとそうですね、例えば、その女性に遭遇した時に警戒するですとか、あるいは、頑張って節さんの復仇を果たすとか、そういうことを可能にするために、その女性の容姿などを知っておくべきだと思いまして。」

「えっと、そう言われても、……髪の長い女で、よくあり気な学生服、ブレザーを着ていて、それだけ。あんまり特徴はなかった気がする。」

 次に竿漕さんは僕の方を見てきて、

「簑毛君、どうですか?」

 僕は考えて見せるが、しかし、

「残念だけれども、箱卸さんと同意見。あまり特徴はなかったね。当然、戦闘中にはじっくり見ていられなかったし。」

「じゃあさ、」今度は筒丸さんが、頬の雀斑を掻きながら僕に訊ねてくる。「その女の武器に、というか、聖具についてもう少し訊きたいのだけれども、巾着袋ですって?」

「そう、長い紐のついた巾着だった。何かしら重いものが入っているらしくて、しっかりとした慣性を持っている様子だったよ。攻撃する前には、こう、手許、いや、手許というのはちょっと半径が大きい気もするけれども、とにかく、右手を中心とした、床に付くか付かぬかくらいの縦回転を巾着にさせて、そして、回転運動の最下点から、こう、手を突き出すことで、巾着を発射するような感じで、」

 筒丸さんは遮ってきた。

「流星錘かしらね。」

「……りゅーせーそー?」

「流星錘よ、簑毛。〝流れ星の錘ながれぼしのおもり〟と書いて流星錘。紐の先に錘をつけた中国武術の武器で、ちゃんとした歴史のあるやつ。遠心力の利用と、練達の手にかかればどこからどう攻撃してくるかが分からないのが強みな武器ね。まあ、本物の流星錘が巾着に見えるわけないから、その女は巾着に適当な重さの中身を入れて代用しているのでしょうけれども。」

「ああ、確かに、節さんもとんでもない方法で攻撃されていた! あの女の真後ろに居た彼女が、突然、側頭部を打ち据えられたんだから。」

「そう、あの武器は危険よ。例えば、初撃を上手く回避しても、間に髪を容れない二撃目三撃目が飛んでくる可能性もあるし、」

「ねえちょっとさ、いい?」

 いつの間にか鼻から手を外していた箱卸さんが、注目を集めてから続けた。

「えっとさ、いや、その、……なんでそうなの?」

「どういう意味かな、箱卸。」

 応じた武智君の方へ彼女が向き直る。

「だってさ、美鈴さんが、死んだんだよ? 何で皆、そんな、平然としてるの?」

 これを受けてふためいた僕の言葉は、

「あ、いや、そういうことじゃ、」

「圭人君は黙ってて。君がさっきまで塞ぎ込んでいたのは知ってるからさ。」

 熱くなった彼女に、そうやって切り捨てられた。箱卸さんはそのまま、人さし指を立てて挑戦の意志を表す。

「美舟さん、桃華さん、恵君、何であなた達は、そうも、いきなり平気でいられるの?」

 その、あまりの言葉に、僕はどぎまぎしたし、竿漕さんと桃華さんも目を見開いた。しかし、武智君が唯一露にしたのは、当惑ではなく、苛立ちであった。

「箱卸、聞き捨てならないな。僕たちが、大切な仲間であった節のことを悲しんでいないとでも?」

「だって、事実、そうしか見えない態度じゃない!」

「違う! 君は大いに誤解しているよ。いいかい、箱卸、確かに彼女の死を悼み、思うことは大切なことだ。しかし、しかしだよ箱卸! 今、そんなことが何になるというのだ、今僕達は尋常な状況ではないんだよ!」

 彼は箱卸さんに近づき、その小さな肩を、これまで聖具を捧げることで守ってきたものに比べれば、明らかに、そして不釣り合いに弱々しい肩を、しかと摑み、続けた。

「僕たちは、今、哀しみに飲まれている場合ではないんだ。後少しだ、後少しこの戦いを生き残らなければならないんだ。これは寧ろ、節の為にだよ! もしも僕たちが皆彼女の死に引き摺られて、全滅したら、彼女がどう思うだろうか。確かに死者の思いを想像するなど、身勝手で虚しいものだろうけれども、けれども、少なくとも、彼女が喜ぶということだけはないんじゃなかろうか! だからね、箱卸、僕達に塞ぎ込んでいる暇はないんだ、すぐに次の手を考えないといけないんだ、ただでさえ苦しいこの状況で起こったこの悲劇を乗り越える方法を捻り出さなければならないんだ。それが、節への最大の弔いなんだよ、何故それが分からない!」

 ここまで武智君が言い切ると、彼が摑む肩が顫え始め、嗚咽がその上から降り注ぎ始めた。箱卸さんは何かを言おうとしているのだが、しかし、涙を浴びて芽吹いた湿っぽい吃音がそれを阻んでいる。とにかく、彼女がある意味では落ち着いたことだけは分かった。ああ、しかし、武智君達は本当に強いな。体のことだけでなく、精神の面でも、僕よりもずっと強い。そうでなければ、いかにあのような考えを持っていたとしても、節さんの死の直後にして毅然としていられない筈だものな。

 箱卸さんの、その、新しい方の激情の発露、歔欷が収まってきた頃、僕はおずおずと発言した。

「目下の問題はさ、武智君も言っていたけれども、人数だよね。」

「どういう意味ですか?」

「だからさ、竿漕さん、今僕たちは五人になってしまったわけだけれども、これからはどうやって行動したら良いんだろうね。だってさ、これまでは二組に分かれて狩りに出ていたけれども、正直二人じゃ不安なんだよ。」

 箱卸さんも何とか自分の意見を言った。

「うん。そうだよ。だって今回の話は、私と圭人君と美鈴さんで挑んでも敵わなかったってことなんだよ。しかも、しかもだよ、相手は一人きりの逸れだった。皆もさっき聞いたでしょ? つまり、私達が理想的に、三人で、一方的に奇襲の挟み撃ちを仕掛けて、理想的な弱者を叩いたんだよ? こちらの戦力、あちらの戦力、状況、全てが理想的で、なんだよ? なのに二人きりで狩りに回れだなんて、もうそんなの、死ねって言っているようなものだよ! 私は絶対に嫌だから。」

 武智君が宥めた。

「落ち着いてくれ、箱卸。まだ僕達は何も言ってないじゃないか。ええっと、確かに、二人で狩りに出ろというのは酷だろうね。しかしね、箱卸、この問題は一方からのみ考えればいいという性質のものじゃないんだ。具体的に言えば、食糧事情という都合がある。」

 僕はその言葉に空腹を思い出し、辛くなった。武智君は続けている。

「もし二人での狩りをやめるとしたら、例えばだ、五人で狩りに出ることになるよね、二人での待機も危ないって言うのならさ。そうしたらどうなるかを、冷静に考えてみてくれ。ただでさえひもじい今の食事情が、更に悪化することになるんだぞ? なぜなら、喰い扶持が、すなわち、狩りの効率が約半分に落ちるからだ。だってそうだろう? 狩りに出かける目が六個から十個になったところで、獲物を見つける効率が1•67倍になるか? ならないだろう? つまり、これまで出来る限り常時二班走らせていた狩りを一班にまとめてしまえば、仮にその班の構成人数が1•67倍になっても、班を減らしたことによる減益は全く補填されないんだよ。君の言う通りにしてしまえば、我々はますます餓えて行くんだ。故に、君のその、健気な訴えも、しかし、単純に肯んずるわけにはいかないんだ。」

 この言葉を聞き終わってからの身振りからするに、箱卸さんは反駁しようとしたようだったが、その身から発せられた、、という腹の音が、彼女を蹴躓かせ、また、彼女を強烈に説得した。結局箱卸さんは、頬を少し紅くしただけで、振り上げた拳を下ろす。しかし結局一言だけは言った。

「じゃあ、どうしろというの?」

 竿漕さんが優雅な仕草で手を挙げる。

「効率と、安全性を両立せよと言うのですね。」

「何かいい考えでもあるのか、竿漕。」

「はい、武智君。しかし、この問題は非常に厄介ですから、全ての面での解決、というのは恐らく不可能です。極めて数学的あるいは機械的な議論を行えば、その不可能性を示せるであろうと、私の自然科学的直感が訴えております。しかし、不可能性を証明することが理論上可能であることと、その証明の手間が現実的であるということとの間には大いなるギャップがあり、これまた私の科学的直感は、今回の問題は、この、理論と現実の間の深いクレヴァスに落ち込んでいるものだと訴えております。ですので」

「何言ってんのか全然分かんないんだけど。」

 そう遮った筒丸さんを、竿漕さんは一目見て、溜め息をついた。そして、いかにも心にもなさげ謝罪を、続ける言葉の頭にそっと添える。

「私の弁が至らぬようで、失礼しました。噛み砕きましょう。

 今回の問題はしんどい。

 しんど過ぎるからきっとどっかで我慢しないといけない、気がする。

 この『気がする』は消去出来る気がするけど、めんどい気がするので省略。

 ……これであなたでもお分かりですか?」

「ええ、分かりやしゅうございましたわ。竿漕大先生。」

 ああ、流石の筒丸さんでも嫌みくらいは理解するんだな。

 竿漕さんは更に続けた。

「とにかく、一つだけ、我慢して頂きたいのです。何故なら、いかなる完璧な采配を行おうとも、この問題上では一つ以上の我慢が不可避であると、私の直感が、言い換えれば、私の理智が、そう訴えているのです。宜しいでしょうか、手持ちの石の数以上の鳥を捕らえられるのは、非現実の象徴たる、諺の世界だけです。今全ての我慢を排除するには、我々の石が不足しているのです。」

「具体的に、」武智君が促した。「どうしろって? 竿漕。」

「ここまでは私の論理、つまり、誰にとっても正しい、謂わば、真理である筈のことでした。さて、ここからは私の提案ですので、御反駁を歓迎します。

 私は、『常に三人以上で行動する』というのが事実上不可能だと思うのです。だって、これを守るには、五から三を引くと三より小さい数字が残るという、5 – 3 =2 < 3という一般公理系における数学的真理がある以上、結局常に五人全員での行動が必要となってきますが、これが、実に非現実的と言わざるを得ない、あまりに贅沢な要求だからです。これを我慢して頂きたい。つまり、これが私の提案の肝ですが、狩りではなく待機の際は二人で居て欲しいのです。なにせ狩りと比べて、待機は安全なところに隠れていることが出来る以上、比較的安全でしょうから。例えば、箱卸さん、今回のケースも、あなた達が最初から逃げていれば、被害はなかった可能性が高いと思いませんか。」

「な、何を言ってるの美舟さん、逃げるわけにいかないじゃない、だってそもそも」

「ああ、反駁を思う存分して下さいと確かに私は言いました。ですが、いえ、だからこそ、後生ですから箱卸さん、議論を引っかき回さないで下さい。今論じているのは、狩り故の危険性です。私は確かめたいだけです、命を守ればそれで良い待機と、そうでない狩りとでは、危険性がまるで違うのだと。どうですか?」

 箱卸さんは少し考える素振りを見せてから応じて、

「認めるよ。確かに、最初から全力で逃げていれば、あのクソ女に誰も殺されずに済んだ筈。だって、先に、しかも一方的に気が付いたのは、こっちの美鈴さんだったし。」

 竿漕さんは満足げに頷いた。

「どなたか御異論はありますか? ……御座いませんね? では、そうです。やはり待機は狩りよりも安全なのですよ。ですから、二人での待機を了承して頂きたいのです。」

「ちょっと待ってよ、それを認めるかどうか決めるには、」僕がさしはさんだ。「まだ材料が揃っていないんじゃないのか?」

 竿漕さんは少しだけ目を見開いた。

「どういう意味ですか?」

「竿漕さん、君が言ったんじゃないか。一つの我慢をしなければならないのは論理の果ての真理らしきことだが、その我慢をどこに求めるのは提案であり、確からしいとは限らないと。君はまだ、その二人での待機という我慢によるリスクが少ない、ということしか語ってくれてない。これだけでは結論を出すことなんて出来ないだろう。少なくともどちらかを君は示すべきだ。このリスクが、単に少ないだけではなく最低であるということか、若しくは、相応のリターンがあるということか、どちらかを。」

 竿漕さんはとても楽しそうになって、

「素晴らしいですよ、簑毛君。そう、その通りです。ああ、何て素晴らしいのでしょう、私の語りを妨碍してまで分かり切っていることをわざわざさしはさんだという憾みはありますが、それでも、尚、あなたがそのような論理だった御指摘を可能にしていたということを、私は嬉しく思います。」

 彼女の人柄に慣れてきた僕は、余計な一言か二言を意に介せずに先を勧めた。

「それで、竿漕さんは何を語ってくれるんだい?」

「はい、そろそろ具体的にものを申し上げましょう。これまで私達は、武智班と簑毛班に分かれて狩りを行ってきました。ある時間は両班が共に出張り、ある時間は武智班のみが、ある時間は簑毛班のみが出張る、という按排です。しかし、私はこの方式、ロスがやや大きいのではないかと常に思っていたのですよ。そこに、今回の、仲間の人数が六を下回るという悲劇です。前向きな改善への要求と、後ろ向きな状況からくる要求の運命的な衝合、これはつまり、今こそ抜本的改革をすべき時でないかと私は思うのです。」

「やっぱり何を言ってんのか途中から分からないのだけど。」

 そんな文句をいう筒丸さんへ、今度は、一瞥もくれずに竿漕さんが勝手に続ける。

「つまりですね、〝班〟というのをやめるべきと思うのです。宜しいですか、すなわち、ある時間は三名、例えば武智君、筒丸さん、私が狩りに出て、残る二人がどこか安全らしい部屋で、片方は睡眠を取り、片方は見張りをする形で待機する、と。そして数時間後に、待機中の二人のうちの片方、例えば簑毛君が狩りに復帰して、代わりに、例えば武智君が待機に回って休養すると。言うなれば、〝シフト制〟で、常に三名が狩りに出る体勢を作れば、最も効率が良いのでは思うのです。」

 聞き終えた筒丸さんが反論を始めた。

「面白いけれども、メンバーが不定というのは不安要素じゃない? 例えば、アタシら三人――武智、竿漕、アタシ――はこれまで危なっかしいことなく狩りの収穫を得てきたわけだけれども、それは、この三人が長いこと一緒に戦ってきたとか、あれとか、そういうものから得られる一体感とかチームワークとかがきっともたらしてくれたわけで、毎回メンバーが変わるようじゃ、そのうち、」

「じゃあ私達はどうしろって! 美鈴はもうこの世に居ないって言ってるでしょ!」

 突然のさしはさみに深い動揺をみせながら、筒丸さんは続ける。

「もう、やめてよ箱卸、毎回って言ったじゃない。ああ、確かにちょっと気遣いが足りなかったかもしれないけれども、ええっと、何と言ったらいいか、」

「筒丸さんが仰り、心配したのは、毎度狩りの人員が変わることによる、メンバー間の連携の不成熟といいますか、散漫であり、これは未来への御懸念です。今あなた、箱卸さんが仰ったのは、これまでのメンバーを維持出来ないことによる、連携の喪失であり、これは、過去、あるいは今の問題です。箱卸さん、お気持ちは勿論私も分かりますが、しかし、それは筒丸さんの取り上げているところと次元が異なる問題です。議論上のこの手の手法あるいは事故を〝燻製鰊の虚偽〟と人は呼びますが、故意であるならば狡猾な詭弁で、不随意であるならば気の毒な誤謬です。いずれにせよ箱卸さん、あなたのように聡明な方のすべきことでは御座いません。」

 こうして勝手に喋り始めた竿漕さんは、箱卸さんの反応を待つことすらせず、そのまま止まらなかった。

「さて、筒丸さんの御懸念と箱卸さんの懸念、それぞれに対して回答致します。前者には否定、後者には阿りという形で、ですが。

 まず、筒丸さんの御指摘する、毎回メンバーが変わることで連携が得られなくなる、という問題ですが、ああ、先程私が『不成熟といいますか、』という表現を使ったことに注意して頂きたいのですが、寧ろですね、毎回にメンバーが変わるというのは、望ましい連携の成熟をもたらすとすら私は思うのですよ。つまり、成熟が得られなくなるのではなく、散らばるだけなのですから、飽和しかけている今の各班に更なる成長を求めるよりも、実りが期待出来るのではないか、と思えるのです。

 そして箱卸さんの仰る、これまでに得た熟練が失われるという御懸念ですが、寧ろですね、私の提案致しますシフト制への移行によって、これは解消されていく筈なのです。宜しいですか、そもそも、皆で一人も欠けずに生き残る、というのは、勿論素晴らしい考えではありますが、しかし、はっきり申せば少々夢見が過ぎるというと思うのです、これは、節さんが命をもって証明して下さいました。

 つまり、これからも我らの中から欠員が出るという忌まわしい可能性が十分にある以上、これまでのような、固定されたメンバーのみで狩りを行うというのは、合理的でないと思えるのです。これは丁度、後先考えずに、事故や大病という突然の出費に対する備え、つまりは貯蓄をせずに人生を過ごすようなもので、そうです、これからの我々は備えなければならないのですよ、仲間の喪失という、最悪の事故に対して、多少の毎月の出費を伴ってでも。つまり、班員を固定化しないことで、どの人員間でも一定以上の連携が取れるようにすべきなのです。」

 これを聞かされた皆は、己がじし納得したようで黙っていた。その沈黙の中を、堂々たる竿漕さんの視線が横薙ぎ、武智君の顔にぶつかることで彼の発言を促す。

「ああ、では、竿漕の言う通りにするということで良いかな、なら、実際にどういうシフトを組むのかという話だが、」

「そこは是非とも私にお任せ下さい。」

「……まあ、君が適任だろう。任せるぞ、竿漕。」

「はい、最良の采配を求めて見せましょう。」

 これで、これ以上竿漕さんの長弁舌を聞かずに済むと僕が安心したところで、武智君が神妙そうな面持ちを用意してから話しかけてきた。

「ところで、その、……節の遺体ってどうしたのかな。」

 僕は、特に何も考えずに応じた。

「え? 僕と手負いの箱卸さんとでは運ぶなんてとても考えられなかったから、その場に放置してきてしまったけれども。」

「ああ、それもそうだろう。いや、何、僕達三人はその、節の最期に直面していないからさ、遺体が回収される前に、一目会っておきたいなと思って。」

 僕は躊躇ってから言い添える。

「節さんは、その、……が、とても良くないよ。」

「ああ、お構いなく。こんな生活をこれほど続けていれば、もう、慣れてしまったからね。」

 ああ、僕もそうだった筈なんだけれども、しかし、いざ節さんの死と対面して見ると、全くもってそういう非日常の鎧が崩れてしまったのだよな。そんなことを考えるぼくを尻目に、武智君がその細い腕を使って立ち上がり、手振りで両脇の女性にも起立を促した。筒丸さんは素直に従ったが、しかし、もう一方の竿漕さんは動かない。

 彼女がそのまま喋り出す。

「私は残りましょう。いえ、箱卸さんは、二人だけで待機するのが心配なようですから、ここでお守りせねばなりません。」

 一方的に立ち上がっている武智君が目線を下げて応じた。

「ええっと、竿漕、いいのか?」

「はい、ですが、まあ、今度の機会には私に融通して頂けると」

「行って来なよ。美舟さん。」

 遮ったのは箱卸さんだった。

「行って来なよ。だって、今度からは二人きりで待っているのが当たり前になるんでしょ? だから、私達は大丈夫。行って来て。」

 こう言われた竿漕さんは、少し考えてから立ち上がった。

「有り難う御座います、箱卸さん。では、出来る限り早く戻りますので。」

 彼ら三人が去った後、再び二人ぼっちになった部屋の中で、その静けさに耐えかねた僕は何となく箱卸さんに話しかけたのだが、

「しかし、あれだね。君が竿漕さんを気遣うとは、意外だったよ。」

「何言ってるの!」どうにも軽薄な行いだったようだ。「私が、あんな、頭でっかち女のことを、気遣うですって!」

 彼女は、すぐにはっとした。

「ご、御免なさい、圭人君。」

「いや、気にしないで箱卸さん。ただ、いや、君が竿漕さんを、どちらかといえば好いていないというのは知っていたつもりだったけれども、まさか、そこまで嫌っていただなんて。」

「あ、ええっと、そういうわけじゃなくて、ただ、さ、」

 彼女はちょっと間を置いてからいきなり立ち上がり、訝る僕を置き去りにしたまま、部屋の扉を開けて廊下の様子を窺った。戸を閉めて戻ってきた彼女に僕から話しかける。

「どうしたの?」

「いや、アイツらがそこら辺に居ないかどうかを一応、……まあ、大丈夫だったよ。」

 彼女は元の位置に座り、僕がその言葉の意味を汲み取りきらぬうちに切り出した。

「圭人君、私さ、君と二人きりで話したくて。」

 もしもこれが平時の学園生活であれば、他に誰も居なくなった高校の教室で同輩の女子生徒に話しかけられたことで、嬉しい期待が僕を襲っただろう。しかし、残念なことに、僕はまるでそのような甘美な予感を感じることが出来なかった。この世界の陰惨な空気と、箱卸さんの無残に痛めつけられた鼻筋と、そして、節さんが僕の鼻腔に残して未だ去りきらない血の香りが、目の前の暗く真剣な闇深い表情を強調し、一切の夢見を僕に許さなかったのだ。まもなくその彼女が切り出した。

「あの三人、怪しくない?」

 意味が分からなかった僕はそのまま間抜けに返した。

「どういうこと?」

 彼女はふと目を伏せがちにする。すると、その長い睫毛が、部屋の中の密度の薄い光を執拗に捉え、照り返し、日頃十人並みである彼女の顔に俄な艶なるものを与えた。暗い空気の中でこそ、その、突然萌芽した美しさがよく映えている。彼女は、おずおずと、自分の罪でも告白するかのような調子で、言葉を何とか発してきた。

「あのね、言いにくいのだけれども、あの三人、不正というか、卑怯なことをしているんじゃないかと思うんだ。」

 僕は驚いたが、相変わらず、彼女の言わんとするところが摑みきれなかったので質問を繰り返し、

「突然君は何を言うんだい?」

 彼女は思い切り、たっぷりと時間を使って躊躇い、それから続けた。

「あの三人さ、自分たちが稼いだポイントを、自分たちだけで使っているんじゃないかな? そうは思わない?」

 僕の驚きはいよいよ頂点に達した。何だって?

「待ってよ箱卸さん、思うも何も、そもそも、君はどうしてそういう発想に至るんだい?」

「寧ろ私から君に訊きたいよ。一体全体、どうして今まで訝らずに済んできたの? あの三人、明らかに元気過ぎるじゃない、私達、その、私と君と節さんが、あれだけひもじげに、餓えながら何とか過ごしていたのに、どうしてアイツらはあんなに血色がいいのさ!」

 僕は狼狽えながら自分の持っていた考えを披露する。

「それは、僕たちよりも彼らの方が、人間として頑強ってことなんじゃ」

「何を言ってるの! ……あ、御免。どうも今日の私、ぴりぴりしていて。たださ、やっぱり圭人君の言うところはおかしいよ。同じ人間なんだよ? 同じ高校生二年生なんだよ? 気持ちの面とかはともかくさ、何であの三人だけ、あんなに餓えに耐性がある体をしているのさ。私、『どうしてアイツらはあんなに血色がいいの?』って訊いたよね? 圭人君は、一切の悪徳の介在なしに、これと、そして、もっと言えば、さっきの美鈴さんの死に対するあまりにも、単に気丈故にというには恐ろしく出現の早い、あまりにも淡泊な態度を説明出来るの? アイツらが密かに享受している悪徳の可能性無しにさ。」

 そう言われた僕が答えに窮していると、彼女は、箱卸さんは、いきなり立ち上がって僕に身を預けてきた。前半身を突然襲う柔らかい感触に、人生経験の希薄な僕は目を白黒させる。彼女の、湯気のようにか細い声が、宙へ消え入る前に、あまりにも間近から僕の耳朶をくすぐった。

「怖いんだよ、圭人君。助けてよ、死にたくないんだよ。」

 あまりにも近い距離、彼女はそれすらも憾むかのように、体重をよりこちらへ寄越してくる。

「圭人君、お願い。あなただけは、私の味方で居て。あの三人がいつか私を見捨てて、……いえ、見捨てて行くだけならまだいいけれども、もしかすると、私を殺して、糧にする気なんじゃないかと思うと、もう、心が万力で絞られるかのような気持ちになって、夜も眠れないの。だからお願い、約束して。あなただけは、私の味方で居て。どうか、お願い。どうか、どうか」

 箱卸さんの言葉は、そこで止まった。それは、腕を下げっぱなしであった僕が、徐ら、彼女を抱きしめたからだろう。そしてあまりに僕が力いっぱい抱きしめたものだから、彼女の身は圧力に耐えきれず、目元から涙を数滴零した。その弱々しい嗚咽へ編み込むように、僕は箱卸さんに言い聞かせる。

「誓うよ。僕は絶対に、君を裏切らない。君を守る。」

 すると彼女の歔欷はいよいよ深く激しくなり、僕もますます力をこめざるを得なくなった。

 しばらくそうして、落ち着き始めた僕は箱卸さんの体温を感じるまま考え始める。僕は本気で、このを守るつもりだ。しかし、この状況はまずいだろう。いや、抱きあっている状況が見られたらまずいとか言う野暮ったい話ではなく、もっと真面目な話だ。箱卸さんは、病的なまでに仲間のことを疑っている。確かに彼女の論理ももっともらしいのだけれども、しかし、僕は彼らを疑いたくない。そもそも、仮に彼らが裏切り行為を働いていたからといって、彼ら三人と縁を切るわけにも戦うわけにもいかないのだ。僕一人だけじゃ、きっとこの先箱卸さんを守りきれない。だから、彼らが万が一――僕は万が一だと思いたいのだが――間違いを犯していたとしても、僕がすることは糾弾ではなく、説得と容赦だ。彼らが罪深かろうと無垢であろうと、僕は、僕と箱卸さんは、彼ら共にとこれからも戦わないといけないのだから。さて、その為に、僕がまずすべきことはなんだろう。おそらく、単純なことだ。それは、本来なら大いなる勇気が要求される行為な気もするが、しかし、今僕の腕の内にある暖かで柔らかな熱源は、それこそ太陽の如く、無限の果敢さを僕に与えてくれるのではないかと思わせた。


21 大海組、頗羅堕俊樹

 俺と須貝は獲物を探していた。共に廊下を歩いていたわけだが、少し前を歩く須貝が突然立ち止まる。

「おい、どうし」

 俺は最後まで言いきれなかった。こちらへ突然振り向いた須貝が俺の肩に腕を回し、そのまま数メートル後方へ拐かしたからである。

 俺が状況の把握を試み始めるよりも早く、それは明らかにされた。先程まで俺達が立っていた地点を、斜め前方からの極小さな飛翔物が一瞬で横切りきり、それは、軌道の終末で壁と融合すると、あまりにも喧しい破砕音と共に巨大な虚穴へ姿を変えたのだ。

「逃げるぞ、頗羅堕!」

 須貝の声に気を持ち直した俺は、身を翻して、続いての銃撃から逃れるべく、全力で駈け始める。幸い追撃はなく、俺はそのまま須貝と共に、右へ左へと無茶苦茶に角を曲がり、辿り着いた適当な部屋に駈け込んだ。ざっと見回し、その部屋が安全であることを確かめると、俺達はほぼ同時に腰を落とし、息を整え始める。最初に口を開いたのは須貝だった。喘ぎ混じりの声が聞き取り辛い。

「クソ、彼方組の蛆虫野郎め!」

 俺は須貝を宥めようと思い、

「助かったよ、須貝。お前のお蔭で命拾いした。」

 須貝は意外そうな顔をして、

「おう、そう言ってくれるのか頗羅堕。では、これからは一人での出回りは自重してもらえるか。危なっかしいからよ。」

 俺は努めて即答する。

「ああ、善処しよう。」

 重ねて何かを言ってこようとする須貝の気を逸らすべく、俺は先程得た疑問をぶつけた。

「しかし、彼方組はどうなっているのだろうな。」

「あぁ? どうなるも何も、ああやって、鼠取りみたいに湿っぽく待ち伏せつつ、卑劣に相手を撃ち殺して日銭を稼いでいるだろ? 全く、こすい連中だぜ。」

 俺は手を大袈裟に振った。

「俺が言いたいのはそういうことではないのだ、須貝よ。アイツら、ああやって使う銃弾はどうやって補給しているのだろうかな。」

「おいおい、何言ってるんだ頗羅堕。お前だって、電気式の聖具が電源もなしに平気で動いているのを何度も見てきているだろう。良くは知らないが、銃弾だって補充出来ても良いんじゃないのか?」

「いや、どうなんだそれは。ほらあるだろう、ナントカ保存則というのが、」

「エネルギー保存か?」

「いや、それは電力が無から沸いている時点で、聖具においては破れるのだろうと思っているのだが、」

「じゃあ、あれか。質量保存則。」

「おお、それだ。とにかく、何もないところから、聖具の〝不思議パワー〟だけで銃弾を造ると言うのは、いくらなんでも難しいんじゃないのか?」

 須貝は彼の聖具、両手のボクシング・グラブをぼしゅぼしゅつけ合わせつつ、少し考えてから、

「わからん、わからんぞ。証拠がなにもないし、そもそも、こんな聖具なんていう訳の分からん話に、中学理科の朧げな知識を使って立ち向かおうというのは無茶が過ぎるぜ、頗羅堕よ。」

 こういう場合に須貝が簡単に納得しないのは分かり切っていることだ。だからこそ俺はもう一押しした。

「では、何故あの彼方組の連中は、もっと派手に撃ってこないのだろうな。」

「あぁ? どういう意味だよ。」

「例えばさっきの状況だ。まあ、一発目を中々撃ってこなかったのは、俺達をもっと引きつけようという試みだったのかもしれないが、しかし、二発目三発目を何故さっさと放ってこなかったのだ? 俺はな、これは、銃弾を節約しようとした為、あるいはもっと極端に、一発しか持ち合わせがなかった為ではないかと思うのだ。つまり、アイツらの聖具は銃弾創造の能力など持ち合わせていないのではと思えてな。」

 須貝はすぐに頷いて、

「成る程、そうかもな。それで?」

「もしそうだとすると、奴らは何らかの手段で銃弾を手に入れていることになる。その補給手段を叩ければ」

「そうか、あの蛆虫野郎共をポンコツ集団にすることが出来るというものだな!」

 須貝に良いところを――しかもお世辞にも上等は言えない言葉で――取られた俺は、ほんの僅かだけむっとして続けた。

「これについてはもう少し考えてみるべきだろう。上手くいけば、彼方組を大いに弱体化させることが出来るかもしれないからな。」

「それは結構だがよ、頗羅堕。」須貝の反駁は速やかだった。「俺とお前の不足気味の頭で考えても埒が明くまい。それは後に、皆で集まった時にでもしようぜ。今は狩りに集中しよう。」

「ああ、それもそうだな。」

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