第12話「赤子同然」

「ホワイトオオアナコンダ……!」


 鋭い目で俺たちを見下ろす大きな白いモンスターを前にして、俺は自分の内側から怒りと恐怖が込み上げてきていた。

 今のホワイトオオアナコンダは腹が先程よりも膨れ上がっているように見える。

 もしかしたら逃げたカルラたちが食べられたのかもしれない。

 それで残る俺たちを狙ってここまで追ってきたというところか。


 やっと帰れると思ったのに……本当に最悪だ。

 どうやってこいつを退ければいいんだよ。


 俺は杖を構えて牽制しながら、頭の中でこのピンチをどう切り抜けるかを考える。

 先程のトロルとは違い、ホワイトオオアナコンダが相手では俺が全力で走っても逃げ切れないだろう。


 ましてや今度はニーニャもいる。

 幸い逃げ切れたとして、ニーニャをどうする?

 ここに見捨てていくなど出来るはずがないぞ。

 もうあんな思いをするのは嫌なんだ。


 脳裏に過るのは、先程六年生たちではなく自分たちの命を選んだ時の光景。

 仲間を見捨てるなんて事はもうしたくなかった。

 どうにかここでこいつを討ち取る。

 それ以外にもう残された選択肢はない。


「なんで……なんでこいつがまた来るのよ……」


 ホワイトオオアナコンダが追ってきた事に対して、ラクスが怯えたように俺のローブをギュッと掴む。

 多分思い出しているのは俺と同じような光景だろう。

 ラクスの心はもう完全に折れてしまっている。

 こんな様子で戦えというのは酷だろう。


 俺一人でどうにかするしか――。


 覚悟が決まった俺はラクスを背に庇い、自分の中にある魔力を杖へと集める。

 その時、ある違和感に気が付いた。

 今まで何度も行った動作なのに、今までと全く違う感覚がある。

 不思議と、全身に魔力が満ち溢れているような感覚だ。


 どうして……?


 疑問が頭を過るが、それよりもこの状況はチャンスでしかなかった。


 これなら魔法が使える。

 魔法が使えればこの状況をどうにか出来るかもしれない。


 この異変を好機と見た俺はすぐに詠唱を始めようと口を開く。


 しかし――。


「だめ」


 いつの間にか俺の傍に来ていたニーニャの手によって、杖を下ろされてしまった。

 そのせいで集中が途切れてしまう。


「なぜ邪魔を!?」

「まだ君の魔力はほんの少ししか解放・・していない。それでは食べられて終わる」

「解放……?」


 ニーニャの言葉が引っ掛かった俺は訝しげにニーニャを見る。

 しかしニーニャはそれ以上話すつもりはないようで、俺の前に立つように足を踏み出した。

 ニーニャは何を考えているのか、杖や装備を構える様子もなくホワイトオオアナコンダを見上げる。


 いや、そもそもここに来た時彼女は何も身に付けていなかった。

 だから、最初から戦う道具を持ってないのかもしれない。


 まずい――!


「何をしてるんですか!? あなたこそ食べられてしまいますよ!?」


 このままではニーニャがやられてしまうと思った俺は声を張り上げてニーニャに怒鳴る。

 武器も持たずに前に出るなどいったい何を考えているのか。

 それこそ自殺行為だ。


 だけど、俺のほうを振り向いたニーニャはとても優しく笑う。

 そして、ゆっくりと口を開いた。


「大丈夫、ニーニャは無敵」


 ――その直後だった。

 ホワイトオオアナコンダがニーニャに向かって襲いかかり、そしてそのホワイトオオアナコンダをニーニャが足蹴りで吹っ飛ばしたのは。


「「はっ……?」」


 思わぬ光景に俺とラクスの間抜けな声が重なる。


 いや、しかし、華奢な体つきをしたかわいい女の子が七メートルもあるモンスターを五十メートルくらい蹴っ飛ばしたのだ。

 唖然とせずにはいられないだろ?

 ホワイトオオアナコンダの標準体重、一トンを超えるんだぞ……?


 俺たちが唖然としてニーニャを見つめていると、視線に気が付いたニーニャがニコッとかわいらしく笑みを浮かべる。


「あんな小物、魔法もいらない」


 小物……?

 あれ、小物の定義ってなんだったっけ……?


 森の支配者とも呼ばれるホワイトオオアナコンダを取るに足らない存在だと言うニーニャに対して、俺はどう反応したらいいのかわからなかった。

 ただ一つ言える事は、この子がやばいという事。

 確かにこの強さの上に魔法も使えるのならこの子は無敵だ。

 敵に回してはならない、全身がそう叫んでいた。


『――シャーッ!』


 ニーニャの笑顔を見つめていると、吹き飛ばされたはずのホワイトオオアナコンダが奇声を上げながら戻ってきた。

 やはり森の支配者という名は伊達じゃないのか、あの蹴りを喰らってまだ動けているのが凄い。


 しかし動けるのなら逃げればよかったものを、わざわざニーニャに向かっていくのは支配者としてのプライドだろうか?

 ニーニャの実力を測りきれていない俺でもわかる。


 ニーニャの前ではホワイトオオアナコンダなど赤子同然だ。


「はぁ……せっかく手加減してあげたのだから、大人しく巣に帰ればいいものを……じゃあ、死んじゃえ」


 めんどくさそうな視線をホワイトオオアナコンダに向けたニーニャは、突如俺の目の前から消える。

 そして次に彼女が現れたのは、ホワイトオオアナコンダの頭の上だった。


「ばいばい」


 ニーニャはつまらなさそうに言うと、振り上げた右腕を目にも止まらない速さで振り下ろした。

 直後、スパンッと大きな音を立ててホワイトオオアナコンダの首が切り落とされる。

 首を失った体は数十秒暴れたが、その後はピクリとも動かなくなってしまった。


「すご……」


 あまりの凄さにいつの間にか見入っていると、相変わらず俺にしがみついているラクスがボソッと呟いたのが耳に入った。

 視線を向ければ俺の体から首だけを出してニーニャの事を凝視している。


 ラクス、俺の事を盾にしてやがるな……と思いつつも、ラクスが呟いた言葉には同感だった。


 凄い。


 一連の流れを見ていて思う言葉はただそれだけ。

 圧倒的な力を見せ、そして一切の無駄がない動きでモンスターの命を絶つ技術。

 俺やラクスでは到底理解出来るような強さではない。

 正直、腕を振り下ろしただけでどうしてニーニャの腕の長さよりも太いホワイトオオアナコンダの首が切れたのかさえ理解は出来ていなかった。


 故に、《凄い》の一言しか出てこないのだ。


「――んっ、終わった」


 俺とラクスが呆然として眺めている中、何事もなかったかのようにニーニャは歩いて戻ってきた。

 見た感じ息も切らせておらず、彼女にとって運動にすらなっていない事が窺える。


 いったいニーニャは何者なのか?


 その疑問が俺の脳にはこびりついてしまう。

 あんな簡単にホワイトオオアナコンダの首が切れるなんて、相当な実力の持ち主――って、ちょっと待て!


「ちょ、ちょっとナギ!? 急にどうしたのよ!?」


 急に走りだした俺に対してラクスが驚いた声を出す。

 そして、俺の服を掴んだままのせいか半ば引きずられるようにしながら一緒に走っていた。

 多分、色々あって俺の服を掴んでいる事が意識から抜け落ちているのだろう。

 だけど、今はラクスよりも優先しないといけない事があった。


「助けられるかもしれない!」

「はぁ!?」

「食べられたリーダーを助けられるかもしれないんだよ!」

「あっ……!」


 俺の考えが伝わったのだろう。

 ラクスは俺と同じように視線をホワイトオオアナコンダに向ける。


 今、ホワイトオオアナコンダの首から上は切り落ちていた。

 そのため、リーダーがいるであろうお腹への道が開けたのだ。


「でも、もう生きてるかどうか……それに、体の中になんて入ったら、消化液で溶かされるわよ……?」


 ラクスが言ってる事はもっともだ。

 正確な時間はわからないが、リーダーが食べられてから結構時間が経ってしまっている。

 ホワイトオオアナコンダの消化液がどれだけ強いかはわからないが、まだ生きている望みは薄い。


「だけど、助けられるかもしれないなら行かないと! それに、カルラたちも食べられてるかもしれないじゃないか!」


 もしかしたらカルラたちだけでも助けられるかもしれない。

 そう思ったら足を進めずにはいられなかった。

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