第10話「求められる物」

「えっ? あっ……」


 ラクスに気を取られてニーニャの事を忘れていた俺は、バツが悪くなりながら視線をニーニャに向けた。

 すると、結晶の中にいるニーニャは目を開いており、ジッと俺たちの事を見つめている。


 あの中で目って開けられるんだ……と不思議に思いつつ、今度は別の意味でバツが悪くなり、俺はニーニャから目を逸らした。

 先程ラクスに指摘された通り、ニーニャは何も服を纏っていない。

 そんな女の子と平気で目を合わせられるほど俺の神経は図太くないのだ。


 ……後、単純に目を開いたニーニャが凄くかわいかったという事もある。

 ラクスも美少女の部類だが、ニーニャはその上をいく可憐さだ。


 今まで見た事もないくらい――あれ……?


 ニーニャほどの美少女は初めて見た。

 そう思おうとした時、何かモヤモヤとした物が俺の思考を覆ったのだ。

 ニーニャではない、だけどニーニャほどの美少女を俺は見た事がある。

 だけど、名前も顔もはっきりとは思い出せない。

 その事に変な違和感を覚えた。


《ニーニャの目の前でいちゃつくとは中々いい度胸をしてる。そんなに死にたいなら、ニーニャ自らの手でほふってあげるよ》


 あれ、なんだかニーニャめちゃくちゃ怒ってる……?


 違和感に気を取られていた俺は再度ニーニャの言葉でハッとするのだが、なぜか結晶の中にいるニーニャから只ならぬプレッシャーを感じた。

 いちゃついた事がかんに障ったようだが、別にいちゃついていないのだが……。

 ただ、ラクスが危ない状態なわけで――。


 俺は視線を腕の中にいるラクスに向ける。

 ラクスはこの距離でもニーニャの声が届いていないようで、相変わらず顔を真っ赤にしながら両手で自分の顔を押さえていた。


 一応、大丈夫と思っていいのだろうか?

 様子は変だが、頭を痛めていそうな素振りは見えない。

 となれば、ニーニャとの話を進めたほうがいいだろう。

 どっちみちラクスの状態がやばいにしても、ニーニャとの話が進まなければ俺たちは戻れないんだしな。


「気に障ったのなら申し訳ございません」


 よくわからないが怒らせてしまっているようなので、まずは頭を下げて謝罪をする。

 そして頭を上げ、ニーニャから若干視線を逸らしながら口を開いた。


「それで、言われた通りに俺たちはあなたの元に来ました。これからどうすればよろしいでしょうか?」


 ニーニャの元を訪れれば全てが解決する。


 ――そんな甘い考えが通じるような状況ではない事は既に理解していた。

 いったい何を求められるのか、俺は少しばかりの不安を抱きながらニーニャの言葉を待つ。

 ラクスは俺が独り言を言ってるように見えているのだろう。

 両手の指の間から不安そうな目で俺の顔を見ているのが横目でわかった。

 なぜ手をどけないのか疑問に思うが、今はニーニャの指示が優先されるため黙ってニーニャの言葉を待ち続ける。


 すると、数秒の間を置いてニーニャは俺に話し掛けてきた。


《まずはニーニャがこれ・・から出る必要がある》


 これとは、ニーニャを閉じ込めている結晶の事だろう。

 やはり自分で入っているわけではなく、誰かの手によって閉じ込められているのか。

 容姿から察するにニーニャは人間ではない。

 となると、人間に害を加える存在として閉じ込められている可能性もある。


 そんな彼女を簡単に出してしまっていいのか……?


《信じられない?》


 ニーニャを結晶から出す事に一瞬躊躇してしまうと、ニーニャはその反応を見逃さなかった。

 しかし声色は先程までと違い、不思議と安心感を与えられる温かい声だ。

 優しく問いかけている――そんな感じの声だった。


「いえ、信じます」


 ニーニャについては何も知らないけど、こんな優しい声を出せる人間――いや……女の子が悪い奴とは思えない。

 何より、俺とラクスが助かるには結晶からニーニャに出てきてもらうしかないのだ。

 端から選択肢などない。


《んっ、いい子。だったら、手をこれ・・に添えて》


 まるで子供扱いだな、と思いつつ俺は言われた通り結晶に手を添える。


 しかし、何も起きなかった。


 結晶からニーニャが出てくる事も、結晶が消える事もない。

 光るわけでもなく、何か起こる気配もなかった。


「添えましたけど……?」


 何も起きない事に俺は首を傾げる。

 すると、ニーニャが少しおかしそうに笑った。


《添えただけで何か起こるわけがない》


 言われてみればもっともだ。

 駄目だな、俺は今考える事をやめてしまっている。

 ニーニャと会えて気が抜けているのかもしれない。


 というか、俺が目を逸らしているとはいえ、この子は服を着ていない状態で男の前にいても恥ずかしくないのだろうか?

 やはり人間と感覚がずれているのかもしれないな。


「どうしたらいいでしょうか?」


 俺は考えている事はおくびにも出さず、この後の指示を仰ぐ。

 生物が結晶に閉じ込められる事態を知らない俺にはいくら考えても答えが出るはずもないため、ここは指示を仰ぐ事で正解だ。


《そのまま魔力を送って》

「魔力を?」

《そう、今ニーニャの魔力は空っぽ。それでは魔法が使えない》


 魔力を送りさえすれば、後はニーニャがどうにかしてくれるという事なのだろう。

 だが、それならこの役目を担うのは俺ではない。


「ラクス、悪いけどこっちに来てくれ」


 俺はニーニャに魔力を送る役目をラクスに託す事にした。

 俺には送れる魔力なんてないからだ。

 そもそも魔力を他人に与える事が出来るのかは疑問だが、例え普通なら出来たとしても俺には出来ない。

 だからここはラクスの番だろう。


 しかし――。


《その子のじゃだめ》


 なぜか、ニーニャがラクスの事を拒否した。

 誰でもいいという事ではないという事か……?


「ですが、俺には魔力なんてほとんどありませんよ……?」

《そんな事ない。いいから、ニーニャに送って》


 どうしてニーニャに断言出来るのだろう?

 ないものはないのだから、どうしようもないのだが……。


「ごめん、ラクス。ちょっと待って」


 やれと言われればやるしかなく、俺はラクスに待ってもらい、普段杖に魔力を集める感覚をニーニャに集めるよう変えてやってみる。


 だけど、やはり感覚としてはほとんどニーニャに魔力はいっていないはずだ。

 そして、ニーニャも怪訝そうにする。


《まじめにやってる?》

「や、やってますよ!」

《そう……》


 うっ、声から凄く落胆された事がわかる。

 だから最初から魔力はないって言ってるのに……。


《そもそも、そっち・・・の魔力なんていらない》

「えっ……?」


 心の中で少し愚痴をこぼしていると、ニーニャが変な事を言い出した。


 そっちじゃない……?

 魔力にそっちもどっちもないだろ……?


 俺はニーニャの言葉に混乱してしまうのだった。

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