第8話「怪しい痕跡」

「ちょっとナギ!? あなた正気なの!?」


 森を全力で駆けるなか、背中に背負っているラクスが泣きそうな声で話し掛けてくる。

 彼女が泣きそうになっている理由は恐怖からだろう。

 そして正気を疑ってきた理由もそれに関わる。


 現在俺は頭に直接話し掛けられる声に従って南に向かっていた。

 モンスターがいるらしき場所は避けているため左右にも走っているのだが、方向からして俺が南の森を目指している事はラクスにわかっただろう。

 危険だから立ち入り禁止と言われている南の森を目指すなど自殺行為。

 ましてやホワイトオオアナコンダと鉢合わせするかもしれないのだ。

 ラクスがここまで取り乱すのもおかしくないだろう。


「ごめん、今はこうするしかないんだ」

「わけわかんない! わけわかんない! やだやだ! 南の森に行きたくない!」


 ラクスは俺の頭をポカポカと叩いてくる。

 表情は見えないが聞こえてくる涙声から必死な事が窺えた。


 だけど俺は足を止めない。


 正直俺も南の森には行きたくないが、そこに呼ばれているのだから仕方がない。

 幸いモンスターを避ける事が出来るというのは本当らしく、かれこれ走り出して十分くらいは経っているがモンスターと出会う気配はない。

 となれば、彼女の言葉を信じて向かうしかないだろう。


《んっ、素直でいい子》


 俺が指示に従っているからか、聞こえてくる声は何処か嬉しそうだった。

 言葉的には完全に子供扱いだが、相手はいったい何歳なのだろうか。

 声的には俺とそう変わらないと思うのだが……。


「――うぅ……ナギのばかぁ……! あほぉ……!」


 南の森に向かって走り続けていると、とうとうラクスが泣き始めてしまった。

 まるで駄々をこねる子供のような反応だが、それだけ怖いという事なのだろう。

 まぁでも、強引に止めようとしてくるよりは遥かによかった。


「大丈夫だから、な?」


 さすがに泣かれてしまうとほっとくわけにはいかないので、俺はなるべく優しい声を意識しながら首に回されているラクスの手を握った。


「あっ……」

「絶対に助かるから、俺の事を信じてほしい」

「う、うん……」


 手を握った事で落ち着いてくれたのか、ラクスの泣き声がやむ。

 その際に首に回される腕にギュッと力が込められたが、首が絞まるほどの強さではないため何も言わなかった。

 落ち着いてくれたのならそれでいいからだ。


 ――走り続けていると、恐らく南の森の境界線らしき場所にたどり着いた。

 どうして境界線だと認識したかというと、結界らしき物が張ってあった痕跡があるのだ。

 おそらく南の森に棲むモンスターを閉じ込めておく結界だったのだろう。


 しかし、結界は何者かの手によって壊されている。

 これにより南の森からホワイトオオアナコンダなどがこちらの森に雪崩れ込んできたのかもしれない。


「これ、誰かが悪意的にやってるわよね……? こんなに大きな結界を壊しただなんて、いったい何十人の魔法使いが束になって魔法を使ったの……?」


 結界の痕跡は見通せる範囲全てにある。

 多分南の森全体を囲むくらいの大きさで張られていたのだろう。

 それを壊そうと思ったら高位な魔法使いが何十人も力を合わせないと不可能と言える。

 ラクスがそう思ったのも当然だ。


 ――しかし、違和感があった。


 辺り一面には何かしらの魔法が使われた痕がある。

 きっとそれがこの結界を壊した魔法の痕跡だろう。


 ここで疑問になるのが、その痕跡がある一点を中心に広がっているという事。

 そしてもう一つ気になるのは、高位な魔法使いが数十人でこの場を訪れていたのなら、道中の街などで噂になって学園側に連絡が入るはず。


 この学園には多くの貴族の子供が集まっているのだから、学園側は常に怪しい人物などを警戒している。

 だから学園の近くで集団行動などしていれば、学園側が見逃すはずかないのだ。


 考えられる答えは一つ。

 この結界を壊したのが一人の人間だったとしたら?

 魔法の痕跡が一つだけなのも、学園側に気付かれる事なくこの森に侵入した事も辻褄が合う。


 ただ、この結界をたった一人で壊せるのだろうか……?

 もし本当に壊せたとしたら、その人物はとんでもない力を持つ事になるが……。


「――ナギ?」

「あっ……」


 考え事をしているとラクスに声をかけられ、俺はハッと我に返る。

 どうやら俺は深く考えこんでしまっていたようだ。

 今は一刻を争うというのに、こんなところで考え事をしている暇はなかった。

 今優先すべきは声の主の元に行く事だ。


「ごめん、行こうか」

「う、うん……」


 やはりラクスはまだ南の森に入りたくないのか、言い淀みながら頷く。

 だけどちゃんと付いては来てくれるようで、俺にしがみつく腕にギュッと力を入れてきた。


 俺はラクスを落とさないようにしっかりと腕で支えながら、声の主の元を目指して走るのだった。

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