神様を信じる強さをボクに

亞泉真泉(あいすみません)

プロローグ

 ペアボクシング。

 男女ペアになって戦うボクシングのことである。


 賢明なる諸兄姉においては周知の事実であるが、その起源は遥か神代かみよにまで遡る。


 アダムとイブが蛇につながれたまま暮らしたという聖書における記述。

 イザナミとイザナギがお互いを括って国を産んだという伝承。


 また、ラスコーの壁画に描かれている二人の人間が繋がった姿は、ペアボクシングを表したものであると最新の研究で判明している。


 他にも世界中ではるか昔から、神事として似たようなものが行われてきた記録は多い。


 世界最古のスポーツであることは明白である、と専門家の間ではまことしやかに囁かれている。



 そのペアボクシングも現代では飽和したわかりやすい娯楽にされ、かつての熱狂からも凋落ちょうらくし、ひっそりとマニアの間だけで楽しまれる寂れた興業に成り果てている。


 ボクシングの名を冠しているものの厳密な階級はなく、身長体重も選手のパラメーターを推し量る程度の重要性しかない。


 競技の特殊性としては、その名の通り男女二人の選手が離れることなく戦うことにある。


 『バンド』と呼ばれる、デジタル化された装置を男女各々につける。

 この装置のセンサーの距離が60cm以上開くと警告アラームが鳴る。

 そのまま2秒以上離れていると反則になる。

 つまり選手二人は離れること無く戦い続けなければならない。


 『バンド』は皮膚に接触していれば首でも足でもかまわず、それにより肩車をした状態で戦う選手や、逆立ちをしたパートナーとトリッキーな技を繰り出す選手など、様々なスタイルが現れたが、もっぱら最近では手首同士を繋ぐ伝統的なスタイルが主流となっている。


 『バンド』という名称は、かつて実際に60cmのヒモで繋がれていたことの名残である。

 デジタル化され、物理的なヒモはなくなったが、呼称だけは変化せずに呼ばれ続けている。


 『運命の赤い糸』という言葉をご存じの方もいるかも知れない。

 これは、血に染まったペアボクシングのバンドが起源とされる。

 男女を結びつける、これ以上ない強い絆として象徴化されたものが、時代を下りロマンチックな恋の逸話になったというわけだ。


 人類がもつ原始的な狂乱、神事や祭り、そして残酷な生贄などの風習を競技化したものなので、スポーツとはかけ離れている部分は多い。


 似たような存在としては日本の相撲を思い浮かべる方もいるだろう。

 神に奉納する催事から興業になったために、慣習などに強く縛られ、身体能力を競うだけでなく精神的なあり方を重視する。

 単純にスポーツと割り切れない部分が多く、文化的観点を共有してない者から見れば、髪型や体型や不透明なランキングシステムなど理解の及ばない部分も多いことだろう。


 ペアボクシングは、その母体となる風習が世界各地にあったことや競技化される際にボクシングと融合したことで不明瞭な部分はなくなっていった。

 ただし現代においては世界の文化的な成熟と共に、男女が一組になって戦うという競技システムそのものが非難されることも増えた。


 それでも人々はペアボクシングから離れることはなく、時の権力者は密かにその血を絶えさせないように図ってきた。


 なぜ人類はペアボクシングをするのか?


 その謎を解く鍵は、遥か彼方の宇宙に隠されていた。


 これはその一端を覗く物語である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る