第4話 直撃

 二日後、冴木所長は溝呂木チーフを伴いアルゲンマスクの製造販売を一手に背負っている企業、大永たいえい医器いき株式会社を訪問する。


 大永医器本社は築三十年は下らない三階建ての古い建物で、オッター号(※)から降りた二人はそれを見て少々戸惑った。


「これが今をときめく大永医器ですか。何だか意外です」


「もう半世紀以上も古くから細々と医療機器を開発販売していた企業でね。それにしても随分と古ぼけた社屋だ」


 薄汚れた社屋を眺めまわす冴木所長と溝呂木チーフ。


 受付で用向きを伝えると、既にアポイントメントを取っていただけにスムーズに部屋に通される。入り口には「第4応接室」と記されたプレートが貼られていた。


 驚くほど狭い第4応接室で二人が待ち受けていると、ほどなくして一人の男がそそくさと入室する。年の頃五十四、五。坊主頭で卵型の顔に満面の笑みを浮かべた彼はコメツキムシのように頭を上下させながら二人に名刺を渡す。そこには宇田川事業本部長とあった。


「宇田川部長――」


「え、事業本部長です、へへっ」


 溝呂木が声をかけると宇田川はにやにやっと粘りのある笑みを浮かべ溝呂木の誤りを訂正する。


「――では宇田川事業本部長。私どもは大永おおえ社長ご本人との面会をお願いしていたのですが……」


「え、いやいやそれがですなあ、今朝突然厚労省からの呼び出しがありましてですな。え、あまりに急な話だったのでお宅へのご連絡も間に合いませんで。え、いや申し訳ないです。え、いや本当に、ええ」


 宇田川は後頭部をさすりながら何度も頭を下げるが、その薄っぺらい笑みに悪びれる様子は微塵みじんも見られない。


「え、それで、冴木先生ほどのお方が一体どのようなご用件で、わざわざうちに直参なさったんです? え、いやいや勿論承知しておりますとも冴木科技験のお噂はかねがね! 謎解きから人助けに人探し、果ては怪獣怪物怪人宇宙人退治に怪盗捕縛までなんでもござれのご活躍! いやあ感服します! ええ」


 宇田川は一気にまくし立てるとぬるくて薄いお茶をゴクリと飲み下した。やはりその表情の中には来客に対する敬意をうかがわせるものはなかった。


 終始浮かない顔の冴木は、抑揚のない声で切り出す。


「いや、やはり今回はやめておきましょう。またいずれ社長とじかにお話しできる機会を設けていただいた上でご用件をお伝えいたします」


「いやいやいやいや! 社長は多忙ですので、お話は私が! え、どうぞ私をお信じになって下さい。さ、どうぞどうぞおかけ直し下さい、ええ」


 立ち上がった冴木とそれにならう溝呂木を見て、慌てる素振りの宇田川。しきりに二人を薄いソファに座らせようと勧める。


「いや、これは大変重要なお話なので社長と直接お話をさせて下さい。ことは日本全土に関わることなのですから」


「日本? 全土?」


 厳しい目つきの冴木に、初めて宇田川の表情にうっすらと緊張らしきものが浮かぶ。


「そう、アルゲンマスクについて、我々はある疑念を抱いておりましてね。では」


 冴木と溝呂木は回れ右をして出口を目指す。


「え、いや、お待ち下さい。それは一体どういったことでしょう。えぇ、疑念とはまるで寝耳に水の――」


「そのお話は大永社長ご自身とさせていただきます。失礼」


 冴木に続きつかつかと第4応接室を出た溝呂木がガタついたドアをぴしゃりと閉じる。その音に驚くと宇田川は忌々しそうな表情になった。


 かび臭い部屋を出ると、二人はまるで違う清浄な空気を吸っているような気分になってほっとした。冴木と溝呂木は小さな深呼吸をする。目を見合わせ頷くと二人は駐車場のオッター号に向かった。



▼用語

※ オッター号:

 ベースはロシア製軍用車輛を市販車両化しEUや日本などで販売している4ドアSUV(Sport Utility Vehicle)車。これを改造し、EV化するほか様々な観測機器を搭載したため、左後部座席は搭乗できない三人乗りとなってしまった。右後部座席に座った者が観測員となる。その他にも様々な機能を備えている。

 オッター(Otters)とは英語でカワウソのこと。

 このほかSSTLは軽自動車SUVを改造したラナトラ(Ranatra:ミズカマキリ)号も所有している。

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