第6話

 背筋を伸ばして深呼吸すると、魔王に近づき話しかけた。


「魔王様、その角、可愛いですね。クロワッサンみたいで」

「不思議な世界だな、ここは。話に聞けばお主が一番強いらしいな。そうは見えないが」


 魔王は俺の精一杯のネゴシエーション術を無視し、赤い瞳で俺を一瞥すると言った。


「笹咲十慈、人からはウーパーシルバーバレットと呼ばれている。魔王様に比べたら、大したことないだろうが、こう見えてもヒーローだ」

「そうではない。一番強いのに偉くないというのはどういうことだ? この世界はどうなっているのだ。非常に興味がある」


 俺の言葉にきちんと答えて自らの興味を伝えてくる。

 圧倒的な力を持ちながらも、怪獣のように破壊と暴力をまき散らすわけでもない。

 確かに魔王は話が通じる相手であり、交渉次第では友好関係を結べるような気がした。

 それだけにプレッシャーは跳ね上がり、手の平にはじっとりと汗が滲んだ。


「そう言われても、ここは普通じゃないから。怪獣出るし。普通の学校じゃヒーローなんていないし、こんな強権を振るう生徒会長もいない。何から話せばいいかわからないんだ。どうせなら魔王様が治めている異世界のことを聞かせてくれないかな。それを聞けば違いもよくわかりそうだ」


 俺の言葉を聞くと、魔王はゆっくりと頷いて脇に立てかけてあるパイプ椅子を目で示す。


「それももっともな話であるな。余の世界は力で決まる。最も強い者が支配者であるぞ」


 魔王の前で椅子に腰掛けるのも怖いし、後ろで見ている二億院たちにも悪い気がして俺は魔王の正面、2mほどの距離まで行ってすぐに動けるように片膝をついた状態で聞いた。


「ということは魔王様が一番強いってわけだ」

「ただ力が強いというだけではないがな。暴力が強くても周りのものを納得させるだけの力がなければ、劣る者達が結託してそいつを倒しに来る。強さとは統べる強さのことである」


 足を組み替え、背もたれに寄りかかり魔王はそう言った。


 目の前にいる姿は同い年くらいの女の子であり、しかもハイレグ水着のような生足が出た状態なので気にならないと言ったら嘘になる。

 しかし、その動きの優雅さや余裕からも、強さはビンビンと伝わってくる。


 考えてみればゲームなどでもラスボスの魔王は最強の存在だ。

 途中の雑魚の方がトリッキーな技を持っていて苦戦したとしても総合的な強さはやはり魔王となるのが筋だ。


「この世界の偉さは強さとは関係ないと思う。頭の良さとも。なんなんだろ、運の良さなのかな。俺にはこの世界を述べられるほどの知識はないんだけど」


 俺は振り向いて二億院や祝桜の顔を見た。


 二人は俺と魔王の話を伺うだけで話しに入ってくる気配は見せなかった。

 実際に人を支配している二億院や祝桜なら、もっとマシな返答ができると思うのに。


「自分の世界なのにわからないのか。余の世界では強さで決まる。だから誰もが強くあろうとする。それは生まれたばかりの存在でも知っていることだ。時折、我が世界の支配構造を変えようと異世界からやってくる者がいる。そう言った者は戦う前に必ず口上を述べ愛だの正義だのを語るのだ。そんなものを大事にしたところで力がなければ何も変わらない。ここもそんな世界なのか」

「似てるかも知れないな。きっと俺も同じようなことを言うよ」

「そのことは気になっていた。愛や勇気や友情を大切にした世界がどれほどのものなのか。しかし、この世界に来てみれば人はそれほど幸せそうでもない。強さで決着がつかないから、延々とどちらが正義だと言い合いをして分かり合おうとしない。強いものが優遇されないから弱いものをいじめる。この世界はそれほど素晴らしい物なのか?」


 そういうことなら二億院の方がもっと考えているはずだ。

 俺は二億院に視線を移す。


 二億院が僅かに身体を前に出し、話に加わろうとしたところを、隣にいた祝桜が手で制した。


 どうも俺が何とかしなきゃらなないようだ。

 でも妙な話だが、俺自身も魔王の話に興味が湧いてきていた。


「俺はそういう社会的なことや人間としての経験がないから良いとか悪いとか言えないけど。でも、その世界に弱く生まれて強くなる才能のない者はどうなっちゃうんだ?」

「弱き生をまっとうする。それだけではないか」

「そうやって決まりきってるのって面白くないよな。ひょっとしたらこの世界は楽しむためにできているのかも知れない。立場も関係もすぐに変わってしまう。強くなったり弱くなったり、なにか一つに決まってない。今まで何の変哲もない人生を送ってたものが、次の日にはヒーローになってるかもしれない。それって楽しそうだと思わないか?」

「そうか、だからあの者たちは世界の構造を変化させたがったのか。お主の考えには訊くべきところがある」


 魔王はアイラインの入ったような釣り上がった目を見開き、感心したように胸の前で腕を組んで頷いた。


 好感触を得て気を良くした所で、二億院が俺の肩をたたいた。


「お話中の所悪いのですが、怪獣が出ました」

「なんで、このタイミングで!? せっかくいいところだったのに」

「ええ、非常にいところだっただけに、いいタイミングでした」


 二億院はわずかに唇を尖らせてそう言った。

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