第4話

「死神にとりつかれたような顔して、さては悩んでると見たぞぃ!」

「ハァ……。ニントモには関係ないよ」


 ニントモとバクヒロは、秘密基地という呼び名の日当たりの悪いベンチでいつものように話し込んでいた。


 部活もやってない、友達もいない、そもそも同世代と話なんか合わない。

 スーパーヒーローが好き、なんていうマイノリティな趣味のバクヒロたちは、こうやって楽しくもささやかな傷の舐め合いっこをしてすごしていた。


「関係ないことあるか! ニンは弟者を立派なスーパーヒーローに育てる義務があるかんな。聞いてやるから、願い事を言うがよいぞぃ」

「告白したことある?」

「そういうのは、スーパーヒーローとか関係ないぞぃ。別のにして」


 ニントモは1ミリ秒も考えることなく、あっさりとバクヒロを突き放した。


「そんなちょうどいい悩みなんか用意してないよ。ニントモに聞いたボクがバカだった」

「じゃ、それでいいかんな。そのバカの願いでいいぞぃ。教えて、バカの悩み」


 日本語しか話せないくせに、日本語の使い方にトゲがある。

 そう思いつつもバクヒロは、誰かに話したかった。

 自分では処理できない問題なのだ。

 誰かといっても、ニントモしか友達はいないのだが。


「もし、女の子に告らなきゃいけないとしたらどうする?」

「可哀想に。本当の告白を知らないからそんなことで悩むんぞぃ。『超絶倫人セクシャリオン』を見れば解決だかんな」

「無理やりスーパーヒーローにからめて解決しなくてもいいよ。ちなみにそれどんなの?」

「おっぱいモミモミ揉み捨て御免! だぞぃ」


 ニントモは短い手足で、どう見ても格好良くない変身ポーズをする。


「うぇ~。ひどいな。悪役じゃない」

「80年代のお色気コメディ要素たっぷり、悪には強いが女に弱いセクシャリオンが、溢れる愛と勇気で戦う、涙なしでは見れない物語なんだぞぃ」

「時代感じるなぁ。そういうのが受け入れられてた時代もあったんだね」

「なかった! 悲しいことに、猛烈な抗議のせいで半年の予定がわずか17話で打ち切り。最後は火山の噴火を止めるために『地球を愛撫してくる』と言い残して火口に身を投げるんだぞぃ」


 ニントモは語りながら掘りの深い二重の目に涙を浮かべ身を震わせる。


「そりゃそうだろ。昔のヒーローモノって、やっぱりところどころ倫理観が雑なんだよね」

「VHSで持ってるから貸すぞぃ」

「ビデオの機械ないもん」

「じゃ、今度うちで見るぞぃ。半日かけてぶっ通しで!」

「それはまぁ、おいおい。というか肝心の悩みが解決してない」

「セクシャリオンの言葉にこういうのがあるぞぃ。『恥はいつか未来のもの。今は愛に委ねるだけ』」

「はっ! 格好いい。……ような気がする」

「男の胸の奥深くには、いつだって超絶倫人セクシャリオンが住んでるぞぃ」

「ボクの胸の奥には住んでなかったよ」

「きっと引っ越したんだな。そのうちまた来るぞぃ。告白なんてたいしたことない! 悪と戦い世界の平和を守る使命と比べれば」

「世界平和と比べたらほとんどの悩みは大したことなくなっちゃうよ」


 バクヒロがそう答えると、ニントモは赤毛の眉毛の間に皺を寄せ、真剣な表情を作る。


「忘れちゃダメだかんな! 弟者はスーパーヒーローを目指す男だぞぃ。ニンが弟者を真のスーパーヒーローに導いてやるかんな。そうと決まればおっぱいモミモミの修行だぞぃ!」


 ニントモの熱意を持った言葉が、バクヒロには冷えた金属に触れるような痛みを感じさせる。

 かつては二人でそんな他愛もない妄想を話したっけ。


 でも、バクヒロはもう、スーパーヒーローにはなれないことを知ってしまった。

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