第19話 この世界の天文学と諸国

 次の日、早速家庭教師の授業が始まった。昨日ほどではないが外は大雨が続いている。前世の地球においては6月が梅雨の時期だが、こちらはまだ4月だ。

 和暦の旧暦では5月下旬から7月上旬が陰暦5月をさし、その際に長く続く雨のことを 五月雨さみだれと表現し、俳句の季語にもなった。この世界にもそのような文学的な文化があるのだろうか。


「雨が気になりますか?」


 家庭教師のエーヴェ先生はふと窓を眺めていた僕に声をかける。今は抜き打ちテストの最中だ。まさか昨日彼が先に置いていった20冊の教科書をもう読んだかどうか確かめるなんて……。ルナは諦めたのか解答用紙にお絵かきしている。


「えぇ、この雨がいつまで続くのかなと思いまして」


「ほう。昨日はかなりの豪雨で今日はまぁ大雨。たった2日の雨を眺めてこれが続くかどうかを憂いてるのですか?君は面白い子だね」


「僕がいた元の世界において、僕が住んでいた地域では6月が年間を通して一番の降水量でした。ただ、『 春の嵐メイストーム』と言って3月から5月にかけては冷たい空気と温かい空気がぶつかりあうことがあり、天気が大荒れすることがあるのです」


 文学好きだったらどちらかというとヘルマン・ヘッセの小説『 春の嵐ゲルトルート』が出てくるなぁ。日本語訳も多数出ていた。


「なるほど。こちらの世界でも似たようなことがあります。初期は雷を伴う大雨・暴風が吹きあれ、その後3,4日はこのように大雨が続きます。5日目には一瞬の静けさの後、同じく大雨・暴風・雷が激しく吹き荒び、翌日からはからっとした晴れ間がしばらく続くのです」


 もう抜き打ちテストは体を成してないと把握したのだろう。エーヴェ先生はお絵かきに夢中になっていたルナの肩を叩くと前を向かせ、黒板を取り出して解説を進めていく。


「この世界には2つの恒星……太陽があります。君がこの世界に来たのは3月と聞いていますので、まだ太陽は1つしか見ていないでしょう。この嵐が終わる頃、小さな太陽が1つ現れるのです。そして秋の嵐を迎えるまでは太陽が2つ空に浮かぶのです」


 僕は天文学に関しては詳しくないが、2つの恒星からなる連星系ということは、この惑星の軌道はけっこう傾いていそうだが、どうなのだろう。


「太陽が2つある、ということは何か影響するのですか」


「暑くなります」


 なんじゃそりゃ。小学生の理科授業みたいだ。「予想」「考察」「結論」「まとめ」ってやつ。


「暑くなるのは太陽のせいなのですか?」


「おそらくはそう考えられていますが、星々の仕組みに関しては未だ解明されていません」


 この世界では天文学は発展してないならしい。となると自転軸の話とか天動説、地動説は通じないだろう。天文学的チート物語の主人公でもないし、人工衛星打ち上げて内政・インフラチートするわけでもないから触れないでおこう。なにしろ僕も詳しくない。


「うーん、そうなんですね。空の上には何があるのでしょう」


「綿菓子……?」


 ルナがボケみたいな一言を差し込んでくる。てかこの世界にわたあめがあったのか?


「……ルナさん、あなたは初等部を出ているでしょう。空の上は天、神が住まう世界があります」


(本当かよ)


(本当ですよ。でも正確には神界につながる手前の天界というのがあり、そこにつながる時空の入り口が僅かに存在するだけです。その先はあなたが居た世界と同じ宇宙が広がります。あ、この話は広めないでください。ヒトが自ら答えを導くべきですので)


 なんと食物の神であり、女神ウカーが正解を教えてくれた。そして言っちゃいけないらしい。


「なるほど、天には神がいると。では、世界の端は?」


 世界は平のお盆で端までいくと海水が奈落へ落ちてるのではないだろうか。少なくとも現時点でこの星が丸いかどうか確かめられていない。というかどうやって地球が丸かったのかを証明したのか、宇宙空間に出る以外で理解していない。


「世界の端まで行くと……また端とつながっていると考えられています。世界はつながっているのです」


 世界の端まで行くと端がつながっている?変な表現だな。


「つまり中心点があるのでしょうか」


「えぇ、人類では到達できないため周囲を迂回するに必要がありますが、この世界には中心があり、我が国はやや中心寄りに位置しています。かつて世界を旅した旅人・冒険者達の話をつなぎ合わせると、端と端がつながっていると考えられています」


 中心の定義があるのは分かった。しかし『端』と表現するからには、何かしら壁か境界線に感じるものが存在するのだろう。そして、それぞれの地域へ到達した者達や、『端』を越えた者達の話から検証していくと、世界は端でつながっているという話になったようだ。

 この惑星が丸い、もしくは丸いかもしれないということまでは行き着いていない。


(……。…………)


 女神は答えない。教えてくれることと教えてくれないことの境目がよく分からん。



 それからしばらくして世界の国に関する講義が始まった。封建制の王国であったり、絶対王政であったり。連邦制や共和制、帝国などもあって中々バリエーション豊かだ。国と言える訳ではないけど少数の民族が集まる地域もあるらしい。

 これだけ様々な政治体制や国の形があるということは、どこかのタイミングで異世界からやってきて内政チートしたやつもいそうな気がする。


「ところで来月には入学する学園ですが、お隣のヘヴェリウス帝国より第六皇女殿下が同じ学年にいますよ」


「お姫様!すごい!」


「第六皇女……って序列何番なのか微妙なとこだな」


「お生まれになった順番で言うとお兄様とお姉さまが五人ずついらしたようなので、11番目ですかね。いや、何名かは亡くなられてるはずだから、おそらく7番目あたりかなぁ」


 んー、微妙!『帝国の姫に生まれたけど序列が低いので自由に生きることにしました』みたいなラノベ主人公にありそうだな。これが公爵令嬢とか侯爵令嬢とかだったら婚約破棄展開の末にこっちへ他国へ来た、とかありそう。


「まぁとは言えかのヘヴェリウス帝国のお姫様です。本来は学園内で一番身分が高いのはシエルナ領主であるシエルナ伯爵の娘エリー様ですが、今年はちょっと難しいところですね。まぁ失礼の無いようにお願いします。何かあったらシエルナ伯爵でもお助けできません」


 おおう、いきなりとんでもない爆弾抱えてきたな。まったくどういう人か知らんが優しいことを願おう。そしてなるべく変なフラグたてたりイベントに巻き込まれないように……巻き込まれないよね?異世界転生したら巻き込まれるってド定番だけどないよね?


 やだなぁ……。平和に料理を作りたいよ、僕は。


「あぁ、そう言えば、第六皇女殿下は学園の食堂に不満をお持ちでしてね……」




 え?



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