第七話 同じものが二つ
「お宝鑑定というテレビ番組を見たの」
葉子は思いついた話題を語りはじめた。ここは恋人の麗司の住むマンションである。
「もう亡くなったけど、有名な漫画家がいたでしょう」
葉子はベレー帽に黒縁のメガネをかけたその人の名前を告げた。
「彼の初版本が十万円だって。へえ、と思ったら、その本、もし汚れてなくてきれいなら、二百万円の値がつくんだって。びっくりしちゃった」
「コレクターという人種は、一般の人と感覚が違うからな」
上品な顔立ちの麗司は、穏やかな微笑で答えた。高級感のあるこの部屋は、麗司が兄と二人で住んでいるとのこと。葉子がここを訪問するのは、今日がはじめてだった。
「趣味と言えば、ぼくにもあるんだ」
そう言って麗司は、ソファから立ちあがり、サイドボードに近づくと、引出しを開けた。なにかを取り出すと、それを手ににぎり込んでもどってきた。ふたたび、応接用の低いテーブルをはさんで、葉子と向き合う。
「これね、ダンヒルのライターだけどね」
右のてのひらを開けると、金製のライターが光を放っていた。とても値の高いスイス製品という知識が、葉子にもあった。
「不思議なわざを見せてあげよう」
そう言いながら、テーブルの端に置いてあった小物入れのボックスを手元に引き寄せた。
「見てのとおり、この箱にはふたがついている。このふたを動かさないで、ライターを箱の中に入れるからね。よく見てるんだよ」
「麗司さんには、奇術の趣味があったのね」
葉子の声には答えないで、麗司はにぎった右手を箱のふたの上にのせた。そして左手でハンカチを広げ、右手の上からすっぽりとかぶせた。
「えいっ」という麗司のかけ声。すぐハンカチを取りのけ、箱を葉子の前に差し出す。
「さあ、ふたをあけてごらん」
葉子はふたを開けてみた。箱の中には、ダンヒルのライターが、ちゃんと納まっている。
「あらっ、ほんとに不思議。ふたはそのままなのに、ライターだけが箱の中に移動してる」
「は、は、は」と、麗司は軽い笑い声をあげ「種明かしをしよう」と言いながら、にぎっていた右手を開く。なんとそこからも、同じ金のライターが現われた。
「つまりぼくは、同じ金のライターを二つ持っている。一つはこの箱に入れて日ごろから使っている。もう一つは、大切に保管している」
「どうして、そんなことをするの」
「コレクターも通になると、同じものを最初から二つずつ買うのさ。漫画の初版本の例だって、ほんとのコレクターなら、一冊は貴重品扱いで、汚れないよう大切に保存しておいただろう。
ぼくの場合でも、なぜ、と問われたら、趣味だとか、癖だとか答えるしかない。ぼくは、気に入ったネクタイピンも二つ買う。カフスボタンも二組買う。万一、一つ紛失してもすぐ同じものが使えるからね」
麗司さんって、生活にゆとりがあるんだ。葉子は未来の夫の豊かさを知ったように感じた。いい恋人をつかんで幸せだと思った。
その一月後、葉子はたまたま麗司のマンションの近くまで来た。突然だけど、寄ってみようかな。そう思いついて、マンションの前まで来た。
たまたま玄関から、麗司が出てきた。彼一人ではなかった。麗司には若い女性の連れがいた。最初に感じたのは、その女性の年齢、体型、背丈、髪型、それに顔かたちまでが、どことなく葉子自身に似ている点である。
そして思わず「あっ」と言ってしまったのは、麗司の腕がわきに伸びて、その女性の腕にからみついたことだった。女性は幸せそうな表情で、麗司にもたれかかる。肩を寄せ合い、腕を組んで玄関を出ていった二人の姿は、どうみても仲のいい恋人たちである。
(そうだ、麗司さんは、同じものを二つずつ集めるのが趣味だった)
品物だけじゃない、恋人も同じような女性を、麗司さんは二人持っていたんだ。葉子は自分の立場が情けなくて、その場にへたり込みそうになった。
そのとき、後ろから肩を軽くたたかれた。振り返ると、なんとそこに麗司が立っている。葉子の視界の中には、女性と並んだ麗司の後ろ姿がまだ見えているというのに。
「あ、あれはね、ぼくの兄なんだよ。ぼくたちはとてもよく似た双子なのさ。ぼくが同じものを二つ集めるようになったのも、双子に生まれついたせいなのかな」
いつもの屈託のない笑顔で、麗司は言った。
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