教師という職業

光河克実

教師という職業

 高校を卒業して五年、私は初めて開かれる同窓会に出席することにした。かつての友人と会うのも楽しみだが、それ以上に担任だった先生にお会いするのを楽しみにしていた。

 先生は私にとって恩人のような方だ。二年の時クラス替えがあったのだが、私は新しいクラスに全く馴染めず、不登校児になってしまった。その際、度々私の家まで訪問してくださり、話を聞いてくださったのが担任の先生だった。先生は黙って私の話を聞くだけで、後は帰り際に学校からの便りや各科目のプリントを置いていくだけだったが、私には、それがありがたかった。もし、あの時、先生が正論をぶって説得してきたなら、頑なに登校を拒んでいただろう。程なくして私は再び登校するようになり、新しいクラスにも馴れていった。その後、無事高校を卒業し大学に進学できたのは先生のおかげなのだ。

 大学に入った後、私は教師になる勉強を始めた。将来、あの時の先生の様に、不登校で悩む生徒を親身になって助けられるような教師になりたいと思ったのだ。そして念願かない来春、地元の中学校の教師に決まった。

今日はその報告と改めての御礼を言いに来たのだ。


同窓会会場に着いた。和風の座敷にコの字型に座卓が置かれ一番奥中央に初老の紳士が鎮座していた。少し老けたが、担任の先生だ。軽く会釈してかつての友人たちが固まっている場所の辺りに座った。

乾杯の後、歓談になったので早速、先生のところへ瓶ビール片手にご挨拶に行った。 

「先生、ご無沙汰しております。渡辺です。憶えてらっしゃいますか?」 

やや、緊張しながら、そう言って先生のグラスにビールを注いだ。

「勿論、憶えているよ。君は○○大学に進学したんだったね。」

と言って一口、ビールを飲んだ。

「はい。その後、教職課程をとりまして、来春から地元の中学校で英語の教師をする予定です。」

「ほう、それはおめでとう。良かったじゃないですか。」

と言うと、先生は近くにあった新しいグラスを私に待たせ、ビールを注いでくれた。

「これも先生のおかげです。先生が不登校だった僕を救って頂いたおかげで、今の自分があります。その節は本当にありがとうございました。」

「いやいや、大したことしてないさ。」 

先生が謙遜して言った。

「私も先生の様に親身になって生徒に接する事のできる教師を目指したいと思っています。それで、是非、先生にアドバイスなど頂ければ。」

そう言って、又ビールをついだ。先生は少し驚いたようで

「うーん。」

と唸った。そして、言った。

「私は今迄、そんなに親身になって生徒に接したおぼえはないよ。」

「えっ?」

「君の所に何度も伺ったのも、当時の学年主任が厳しくね、欠席の多い生徒に関して報告を毎日しなくてはならなかったからなんだ。」

「そうだったんですか。」

「まぁ、その結果、君は不登校でなくなったんだから、学生主任が正しかったんだな。」

そう言って先生は卓上の枝豆をつまんだ。

「それに、こういうことを言うとなんだけど、私は教師という職業にあまり向いていないと思っている。」

「はぁ。」

「そもそも、なんで教師になったかと言いうと、私の父が厳格な人で、家業の病院を継ぐか教師にでもなるか、二つに一つ、どちらか選べと言うんだ。それで教師を選んだに過ぎない。そんなもんだよ。」

「そうなんですか。」

私はこの先生を勝手に美化し過ぎていたのだろうか? 


自分の席に戻り、リラックスして手酌でビールをグラスに注ぎ、一気に飲み干した。そして改めて先生が私に言った最後の言葉をかみしめた。

「そんなわけで君にいいアドバイスなんて、できないけどね、いいかい、これだけは言っておく。先生なんて、そう大そうなモンじゃないよ。教科は教えるけど、それ以外じゃ案外、生徒から教わる事の方が多いぐらいだ。だから俺は先生と呼ばれて偉そうにしている同僚を見ると、後ろから蹴とばしたくなるんだ。」

その言葉を思い出して僕は笑い、肩の力がすっと抜けたのを感じていた。

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