The Daily Life of Liar ーあるウソつきの日常ー
―嘘をつく基本その1―
それはまず、それが『真実』だと自分に言い聞かせる事である。
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「アンタ納得して商品買ったんですよね?今更返却したいなんて冗談じゃないよ。」
ある晴れた午後の昼下がり、鳴り響く電話のベルと怒鳴り声の喧騒の中、その男は椅子にもたれ掛かって眉間にシワを寄せていた。
「はぁ!?そんな言い分が通る訳ねぇだろが!!あんまり聞き分けないと、ウチの若いのお宅に伺わせんぞ!?」
モウモウと立ち込める煙草の煙を振り払い、怒鳴りながら机をブっ叩いている。
それから数分して、男は電話を切り、机に放ってあった煙草に火を付け、煙を吐き出した。
「いや~、いつもながら鮮やかだね宇野君は!」
その様子を見ていた、太った黒スーツの男が、ニコやかに彼の肩を叩いた。デップリと肥え、全身に高級装飾品をまとっている。
「チョロいもんすよ。素人なんて。一発怒鳴れば、それまでっすからね。」
吹かした煙草の灰を、吸い殻で溢れる灰皿に落とす。
スーツの男は、嬉しそうに頷き深いシワが刻まれた顔で笑う。
「君のお陰で、仕事が早く片付いたよ。…それで、どうだい?そろそろ、ここに落ち着かないかい?」
男は苦笑いして煙草の火を灰皿に押し付けると、椅子から立ち上がった。
「社長、嬉しい話しっすけど、もう次の仕事入ってるんすよ」
椅子に掛けてあるスーツに袖を通し、苦笑う。
スーツの男は、大げさに残念そうな面持ちで渋々頷いた。
「そうかい…それじゃ仕方ない、君は人気者だからな。」
「まぁ、また仕事あったら声掛けて下さいよ。」
「ああ、そうするよ。最近また法律が変わっただろ?その煽りで、うちもヒイヒイ言ってるからね。」
そしてニヤリと唇を引きつらせ笑った。
男の笑顔は、ガマガエルが鳴いている時の顔にソックリだ。
―このカエルオヤジ…ヒイヒイじゃなくて、ゲロゲロだろアンタは。
男は一緒になって笑いながら、心の中で舌を打った。
どこの世界に、ヒイヒイなのに片腕一本だけでも数百万はする腕時計やら、悪趣味なゴツい指輪してる社長がいるんだ。
「じゃあ、金はいつもの通りにお願いします。」
心の中とは打って変わって、ニコニコしながら言った。
「ああ、わかった。また宜しく頼むよ。」
スーツの男はもちろんそんな事には気付きもせずに、腕時計を光らせ彼を見送った。
落書きだらけのエレベーターで一階まで降り薄暗い通路を抜けると、春一番の風が吹く空は雲一つない快晴だった。
この男の名は、宇野真。
彼の職業は、いや、果たして職業と呼べるのかどうか判断しかねるのだが…
いわゆる、詐欺師である。
***
この俺、宇野真の日常は、嘘で成り立っている。
名を名乗る時は常に偽名。財布の中にある十枚以上の名刺やカード類には、一つとして同じ名前が記載されてない。
ある時は『鈴木一郎』、またある時は『佐藤太郎』など。
俺は実に、数百以上の偽名を日常で使い分けている。
それと同様に、俺は名前と同じ数の職業を持っている。
『政治家の秘書』から『遊園地で風船配る人』まで、ありとあらゆる業種が俺の職業なのだ。
俺には、嘘つきとしての3つのポリシーがある。
まず第一に、仕事は選ばない。
依頼者との条件さえ合えば、保険金詐欺にも、結婚サギにも振り込め詐欺にも手を出す。
次に、依頼は必ず達成する。
まるでゴルゴ13の様に、俺の依頼達成率は、120%を常にマークしている。
そして最後に、もう一つ。
これが一番重要な事だ。
それは、いつ、いかなる時も『マジにならない事。』だ。
これが、俺にとって一番重要な信条だ。
一つのものにマジになると良いことがない。恋愛なんかがイイ例だ。
全ての人間、出来事から一線を画し、常にクレバーに徹する。
これが俺の世間一般で言う所の嘘つきとしての、いや、俺という人間に課した3つのルールだ。
***
互いに無関心な人々が行き交う都会の雑踏を歩き、賑わう駅前にある、一件のカフェに入った
「いらっしゃいませ!」
威勢のイイ店員は、彼の目の前に立ち並ぶ、無表情な客達の頭越しに挨拶して来た。
混雑する店内で、キョロキョロと辺りの客の顔を見渡す。
探すまでもなく、ごった返したカフェの中で、一際目立つガタイのイイ男を見つけた。
男は、しきりに腕時計を気にしている。
「待たせたな、拓造。」
後ろから声を掛けると、男は首だけ向けて、真を睨んだ。
「…遅いぞ真。」
男は不機嫌そうに言いながら、隣の椅子に置いてあった、黒い鞄を自分の足元に置いた。
「悪いな、思ったよりも仕事が立て込んじまってな。」
悪びれる様子もなく、その椅子に腰掛ける。
真のその言葉に、男はイカつい顔をしかめた。
「真…もう、そういう仕事は辞めたらどうだ?」
真は鼻で笑いながら、胸ポケットにある煙草を取り出し、口に加えた。
「いい加減お前もイイ年だし、違う職やってける能力もあるんだし……それと、ここは禁煙席だぞ。」
そんな忠告などお構いなしに火を付け、煙を吐き出した。
周りにいた客達は顔をしかめ真を睨んで、何も言わずに席を立った。
コイツの名は丸山拓造。イカツイ顔面と体格に似合わず小心者で、クソ真面目な男である。
俺とコイツは、小学校からの付き合いだ。
柔道バカで、単純バカ。
一つの事にのめり込むと周りが見えなくなる猪突猛進タイプで、その上女に対して不器用ときてる。
コイツが女に振られる度に、いつも泣きつかれるのだ。
そういう面倒くさいヤツだが、まぁ、気のイイ男だ。俺にとっては唯一の『友人』であると言っていい。
しかしコイツ、どーにも真面目すぎる所がある。
世間一般的にあまり自慢出来るものではないという俺の仕事が気に入らないらしく、事あるごとに小言を言ってくるのだ。
「お前、俺に説教するためにこんな所に呼び出したのか?」
真は不機嫌そうな目を小うるさい友人に向けた。彼は黙ったまま、下に俯いている。
そして、飲みかけのコーヒーを一口煽ると、急に彼は真剣な瞳で真を見た。
「…好きな人が出来たんだ。」
ガヤガヤと騒がしい店内で、消え入りそうな小声で呟いた。
しかし真には、彼がそう言うだろうと最初からわかっていた。
だって毎度の事だもの。
「またか…?今度は誰だよ?OLか?図書館の職員か?」
これでコイツからこの手の相談を持ち込まれたのはなん十回目だろう? とりあえずもう耳にタコができた。
頬杖をついて、伸びた煙草の灰を拓造の飲みかけのコーヒーカップの中に払った。
「いや、小学校の先生だ」
のぼせた感じで顔を真っ赤にする、丸山拓造28歳。
真はため息をつくと、呆れた様子で言った。
「お前なぁ…。中坊じゃないんだから、そんなコロコロと女変えんなよ」
「今度は本気なんだッ!!」
突然、バンっ!と机を叩き、肩をいからせて立ち上がった。
一斉に店中の客と店員の白い視線が、顔を真っ赤にしている拓造に向けられた。
彼は恥ずかしそうに椅子に座り込み、でかい図体を丸めて小さくなった。
「今度は…本気なんだ…」
か細い声でもう一度言う。
チビた煙草を冷めたコーヒーの中に放る。ジュッ、と火の消える音がして、吸い殻が褐色の水面に浮かんだ。
「わかったわかった…今回はマジなんだな。」
「ああ……。」
「で、どこまでいったんだよ?AかBかCか…まさか...Hか?」
「………それが、まだ名前もわからないんだ……。」
言いにくそうに、そう告げる。真は、また呆れ返った。
「名前もわかんない女に惚れたのか?相変わらずバカだな。」
「…何とでも言え。…とにかくお前に頼みがあるんだ。」
「その女の素性探れってか?」
拓造は子供の様に、何度も大げさに頷いた。
「礼はするからさ……頼む!」
パンッと手を叩いて、真に向かって頭を下げた。何というか、一つ一つの動作が大げさなヤツなのだ。
面倒そうに煙草を取り出すと、火を付けた。フゥと、ため息まじりに白い息を吐き出す。
「仕方ねぇな、やってやるよ」
「本当かッ?ありがとうッ!」
周りの客達が一斉に鼻頭に指を当て、「しぃーっ!!」と怒りの視線を飛ばしてくる。
「お客様!他のお客様にご迷惑ですので騒がないで下さい!!後、そこ禁煙席ですッ!!」
威勢のイイ店員の兄ちゃんは、店内の人間を代表してレジの方から怒鳴った。
「…ショバ変えんべ。」
真がそう言って立ち上がると、まだ興奮冷め止まぬ拓造は手元にまだ残っていたコーヒーを、慌てて口に運んだ。
「あっ、お前それ…!」
口に入れた瞬間、
「オエッッ~!!!」
煙草入りコーヒーを隣の席のサラリーマンのハゲ頭に、思いっきりぶちまけた。
「ウワァ~!!?」
サラリーマンは突然の悲劇に奇妙な悲鳴を上げる。
周りの客達は、まるで引き潮のようにその場から離れていった。
真はいち早く、一時騒然とした店内から飛び出した。それを見た拓造も、鞄を抱いて出口まで一目散に走り出す。
カウンターの上に置いてあった紙ナプキンを鷲掴みにして。
*
店から少し離れた所まで逃げると、真は肩で息をしながら、右の胸ポケットをまさぐって煙草を探した。
「おいっ……ヒドいヤツだな!置いてくなよっ…!」
顔を上げると、顔中汗だらけの拓造が恨めしそうに睨んでいた
「お前が悪いんだろ?」
体中のポケットに手を突っ込んだが、見つからない。
「拓造、金貸してくれ。煙草落としちまった。」
「いいけど……約束忘れないでくれよ?」
そう言うとズボンのポケットに入っていた小銭を渡す。
「わかってるわかってる。で、どんな女なんだ?」
受け取った小銭をしまい問いかけると、拓造は興奮した様子で眼を輝かせた。
「髪が長くて、少し茶色い。目元がパッチリしてて、唇はほのかにピンクで柔らかそう。腰回りは細くて、足もスラリとしてる。ウエストもくびれてて、それでいて胸が……」
「ちょ、ちょっと待て……!」
鼻の下を伸ばし、すっかり自分の世界に入り込んでいる拓造を制止した。
別にそんな子細な情報は聞いていない。
「お前なあ、そんなに詳しいんなら本人に直接話しかけてみろよ?」
拓造は、また真っ赤になって大げさに首を振った。
「とっ、とんでもないっ!そんなの恥ずかしくて無理だよ!通勤途中のバスの中で、彼女を見つめるのが精一杯さ…!」
試しに真は、朝の混み合うバスの中で、鼻の下を伸ばしてその女性を見つめる拓造を想像してみた。
だが、すぐに頬が引きつったので考えるのをやめた。
「頼むよ…このままじゃ仕事もまともに手が付かないよ…!」
今にも泣き出しそうな情けない顔でそう呟く。
「やってやるってば。お前と一緒に、お前の通勤バスに乗ればいいんだろ?そこできっかけ作ってやるよ。」
そう言うと拓造は、パアッと顔を明るくして真の手を取った。
「ありがとう真!持つべき物は頼れる友達だよっ!」
―マジで分かり易いヤツ…
真は心の中で笑っていたが、そんな子供みたいな拓造の事が嫌いではなかった。
その後拓造は仕事のため、慌ただしくその場から走り去った。
手持ち無沙汰になった真はポケットに手を突っ込んで、タバコを買うために、駅前のコンビニに入った。
「ぃらっしゃいませー。」
金髪で小太りなギャル風の店員は、退屈そうに気のない挨拶をしてきた。
駅前通りの混雑とは裏腹に、店内には2、3人の客しかいなかった。
「LALKの9ミリ、ロング。」
ポケットから小銭を取り出しレジに放ると、店員は下目で真を睨み、無言のまま陳列棚からタバコを取った。
―態度悪いなコイツ…。ミートローフみたいな顔しやがって。
真は忌々しげに、心の中でそう思った。彼は気にくわない人物と接すると、心の中で悪口を言う習慣があった。
もちろん、口には出さないが。
「ぃらっしゃいませー。」
その店員がレジ打ちをしてると入口から客が入ってきた合図のチャイムが聞こえた。
反射的に入口を見ると、そこにいたのは、ジャージにメガネのいかにもイケてない女だった。
その女は店内に入ると、レジに並ぶ真を見て立ち止まり、彼の事をジロジロと見てきた。
―何だ、この女…?
タバコをポケットにしまうと、その女をさり気なく観察する。
真っ赤なジャージに、黒縁のダサいメガネ。
センス0、色気0。ブサイク決定。
俺の世界で一番嫌いなものは、クソガキ、口うるさいヤツ、それと『ブサイク』だ。
その女の横を通り過ぎ自動ドアから出る時、横目でチラリと見ると、彼女はまだこちらを見ていた。
タバコの箱を開きながら、真は首を傾げる。依頼人と騙したカモの顔は全員覚えているし、今までに寝た女でもない。
第一、あんなブスとは寝ない。
―もしかしたら、一目惚れってヤツ?
タバコに火を付けて、肺に吸い込み苦笑いした。
―まぁ俺の魅力に掛かればそんなもんか。
どうにも自意識過剰な発言である。だが実際、今までにもその容姿と巧みな話術で女性に好かれ、想いを告げられることが何度もあった。
真はその女性達を利用するだけ利用して、結局あっさりと捨ててしまうのだが…。
―たまにはブスの相手でもしてみるか。
真は、先程の女性に声を掛けて利用する事に決めた。多分あの女なら、五分もかからないだろう。
タバコを地面に放って、足で踏み潰す。すると後ろから声を掛けられた。
「あの、すみません…」
―おっ、向こうから来たか。
軽く咳払いして振り返ると、その女性はビニール袋を片手に目の前に立っていた。
しかし中々どうして、近くで見ると、彼女は綺麗に整った顔立ちをしている。
磨けば光る、ダイヤの原石って感じだ。不覚にも一瞬、胸が高鳴ってしまった。
―こりゃ自分がカワイイって気付いてないタイプだな…。
「あの、すみません…!」
その言葉に真は我に返った。女性は不機嫌そうな表情で彼を見ていた。
「あ、はい。何でしょう?」
しまったとばかりに、とっさに笑顔を作る。
あくまで紳士的に、それでいて爽やかに。第一印象は人付き合いの全てであるから、失敗は許されない。
友達とか彼女が出来ないヤツらは大概、この第一印象で躓いてるケースが多い。
よくある話で、第一印象最悪でもその後なんやかんやで仲良くなるみたいな展開は、例えば二人に共通の接点(ex.同じ職場、同じ学校、一つ屋根の下etc.)がある場合は有効だ。何故ならその後挽回するチャンスが幾らでもあるからである。
むしろ、ソッチの方が『意外にイイヤツ』などと後々の好印象に繋がったりする訳だ。
だからそういう場合の第一印象は、一概に好感を与えれば良いと言う訳ではない。
相手の性格、態度、趣味嗜好、身体的特徴または性癖諸々を考慮し、相手に応じて使い分ける必要がある。
しかしながら今回の様な場合、基本的に一期一会である事を意識して努めて好感を相手に与えなければならない。
ナンパや合コンなどがこれに当てはまる。
相手の警戒心を解き、短い時間で相手の情報を聞き出さなければ次はないのだ。
社交術のプロである真が、そんなヘマは絶対にしない。
「私に何かご用でしょうか?」
今、真の頭の中では、彼女が何を言っても答えられるように100通り以上の適切な回答が次々と浮かんでいた。
この機転の良さこそが、詐欺師宇野真の才能であると言える。
事実、真は今の今まで一度たりとも詐欺師として、失敗らしい失敗をした事がなかった。
しかしどうやら今回は、少しいつもとは勝手が違うようだ。
彼女はニコリともせずに、黒縁メガネの奥から、大きな瞳を光らせた。
「あなた、さっきカフェでタバコ吸ってましたよね?一体何考えてるんですか!?」
思いも寄らない方向からの先制攻撃、真の思考一時停止。
「……はいっ??」
「周りの人は迷惑していたんですよ!?今後一切、そういう事はしないで下さい!」
彼女の怒鳴り声に、真の思考回路は機能再開し、この場を切り抜けるための、素晴らしい答えを導き出した。
それは、『素に戻る。』
「何だと!?俺がどこでタバコ吸おうが俺の自由だろうが!」
「ふざけないで下さい!公の場でそんな言い訳が通る訳ないでしょう!?」
先程までの作戦はどこへやら、真と女性は、天下の往来で怒鳴り合った。
「大体、ここだって路上喫煙は禁止なんですよっ!それに、吸い殻を道に捨てないで!」
「やかましいッ!ここはお前の道路じゃないだろッ!」
道行く人達は興味深そうに、今日初めて顔を合わせた二人の言い争いを眺めていた。
「あなたみたいな常識の無い人初めて見ましたっ!」
女は怒りすぎてずり落ちたメガネを上げて、鼻を鳴らした。
「そりゃどうも。」
真は少し冷静になって、彼女の言葉を受け流した。
「アンタ、男がいないからってそんなにイライラするなよ。」
そう冷たく言うと、彼女は真っ赤になって、突然、真の頬に思いっ切りビンタした。
その乾いた音は、忙しい人々の歩みを止める程に、大通りに響き渡った。
「…失礼な事言わないでッ!」
彼女は、肩で息をしながらワナワナと震えながら、凄まじい形相で真を睨む。
真は叩かれた頬に触れて、鳩が豆鉄砲をくらった様な表情のまま、彼女を見ていた。
彼女は何か言いたげに唇を振るわせたが、何も言わずに真に背を向け、足早にその場を去ろうとした。
しかし慌てていたのか、手に持っていたビニール袋の中身を通りにぶちまけてしまった。
慌ててそれを拾う彼女を、通りの人達は、ただ面白そうに見ているだけで、誰一人手伝おうともしない。
足元に転がってきた幾つかを放心したまま拾い上げると、それはスポーツドリンクやら二日酔いの薬などであった。
道理でさっきから酒臭いわけだ。
彼女は引ったくる様に真の手からそれを取り上げると、軽く頭を下げ、通りに向かって足早に去っていった。
一人残された真は、呆然とその後ろ姿を眺めていた。
***
コンビニで買った煙草を吹かし春の夜風を感じながら、愛車を走らせる。
ふと、昼間叩かれた頬に触れてみる。少し腫れたみたいだ。思い出しただけでもムカつく。
―大体、何で俺が叩かれなきゃならないんだ?いくら顔が良くても、あんな性格じゃ男が出来る訳ないって…。
しかし、何となしにモヤモヤとした気分が胸に留まっていた。
今回、普段冷静な真にしては珍しく本気で怒りを露わにしてしまった。
何故か、彼女に対してムキになってしまったのだ。
こんなにムキになったのはいつ以来だろうか?最近の真の記憶にはあまりない事だった。
―これだから、口うるさいブスは嫌いなんだよ…。
全ての出来事に理由付けしなければ気が済まない真が、今回は強引に答えを出し、考えるのを止めた。
すると、胸ポケットから陽気な着メロが聞こえてきた。
俺の着メロは、今流行りの人気演歌ポップバンド『サブチャンズ』の最新曲、『Yosaku cuts the tree』。
日本のワビサビである演歌と、Jポップが1つになってる真のお気に入りの1曲だ。
携帯を開くと、非通知からの着信だった。
出るまでもなく相手はわかっていた。
「…ジュンか?」
『あれ~?何でわかったのぉ?つまんないなぁ』
携帯の向こうから、おっとりとした女の声が返って来た。
「毎回非通知で電話掛けてくるのやめろよ…それにお前、何で俺の新しい携番知ってるんだよ!?」
『ふふぅ。まーちゃんの事なら何でも分かるよぉ。』
「…それで?何の用だ?」
これ以上問いただした事で回答を得る事はできないと踏んだ真はとりあえず要件を聞き出す事にした。
どうせ面倒事だろうと解りきっていても。
『まーちゃん、ポーカーって出来るぅ?』
「ポーカー?何でだよ?」
『エロ島が誘ってきたんだけど、あたし今日は仕事があって行けないのね。だからエロ島に『まーちゃんが代わりに来ます』って言っといたぁ。』
「あっ?!お前、ま~た勝手に人の名前使ったな!?」
『ごめんねぇ、まーちゃん。今度お礼に一発やらしてあげるから許してぇ~。』
「お前なあ……!」
いつもの卑猥な常套句に反論しようとすると、畳み掛ける様にジュンはそれを遮った。
『場所は川島ビルの地下、時間は10時から。いっぱいお金貰えるみたいだから頑張って~じゃあねぇ~。』
「おいっ!待てジュン…!」
一方的に喋ると、一方的に電話を切られた。真は乱暴に携帯を閉じると、助手席にそれを放った。
「全く…これだから女ってヤツは…!」
車の時計を見てみると9時半。ここから目的地まではそう遠くない。
狭い路地から大通りに出ると、他の車が飛び出してくるにも関わらず、交差点の上で派手にドリフトを決める。
やかましく鳴り響くクラクションのBGMを背に、ネオンの街を疾走した。
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