007 最高のラーメン屋
俺が行きつけのラーメン屋はとにかく旨い。
いや、旨いという一言で済ませてはいけないレベルだ。
お勧めはベーシックな醤油ラーメン。
程よい背油が食欲を沸かせ、中太の麺がスープによくなじむ。
具は少量のネギと刻んだ焼豚のみ。
焼豚から染み出る旨味がスープの味に深みを増す。
常日頃食べ続けている俺が食す度に感動で涙する程なのだ。
今日もいつもの席でラーメンを食べているといかつい男二人が喧嘩を始めた。
「てめぇ、人の女に手を出しやがったな」
今にも掴みかかりそうな男に俺は食べかけのラーメンを手渡す。
「はぁ!? なんだてめぇ! 食いかけのラーメンなんか寄こしやがってよぉ。このや、ろ……う……?」
ラーメンから立ち上る湯気が男の鼻腔を駆け巡る。途端男は割り箸を取り出しラーメンをすすり始めた。
「うっ……うまい! 何だこのラーメンは! すげぇ……すげぇよ」
ラーメンをすする男の頬には一筋の涙が伝っていた。
その男がラーメンで落ち着き始めた頃、虚ろな表情をした女が入ってきた。
俺は追加で頼んだラーメンを女に手渡し『食べてみな』と目配せする。
女は最初訳が分かっていない様子だったが、香りにやられ割り箸を手に取った。
「……何これ……めちゃくちゃおいしい……うっうっ……」
突然泣き出した女から話を聞いてみれば、
「おいしいよぉ、おいしいよぉ……ほんとにおいしいよぉ」
泣きじゃくりながらラーメンをすする女にさっきまで暴れていた男が近寄る。
「そうかい、嬢ちゃん。大変だったんだな……ほらっ、俺が借金なんとかしてやるよ。だからもう泣くな」先程のいかつい男が女の肩にポンと手を乗せ微笑みかける。
「ほんとに? ほんとに? ……ありがとう」
さっきまで悲しげな涙を見せていた女はもういない。彼女の瞳から流れる涙はいつしか暖かいものに変わっていた。
暫くすると今度は顔色の悪い青年が入ってきた。
俺は追加注文したラーメンをその男に手渡す。
食欲のなさそうな顔をしていたが匂いにやられたのだろう。泣きながらラーメンをむさぼり始めた。
「おいしい……本当においしい……生きててよかった」
話を聞くと、彼は難病で余命僅かと宣告を受け、せめてもの思い出としてこのラーメン屋に立ち寄ったのだそうだ。しかし、先ほどまでの死んだ目はもうなくなっている。最後においしいものを、と思い口に付けたラーメンは彼に生きる希望を与えたのだ。
気が付けば店にいたお客さん全員が幸せそうな顔を浮かべている。このラーメン屋は全ての人間を幸せにする。手を取り合い笑顔を見せあうお客さんはさながら昔からの親友のようだった。カウンターの向こうを覗き見れば店員もラーメンをすすりながら涙を浮かべている。俺は店長を探す。店長は厨房の隅でスープをすすっていた。俺と店長の目が合う。二人の間に麺と言葉はいらない。湯気とスープがあれば
鳴りやまぬ拍手、止まらぬ涙、湯気で曇る眼鏡。
俺は泣いた。
皆泣いた。
そして俺らは至福の余韻に浸りつつ、肩を組み合い店を後にした。
店はつぶれた。
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