コーヒーとサイダー

東美桜

コーヒーとサイダー

「ヒロキ」

「……なんだよ」

 憮然とした表情。妙にスタイリッシュな部屋着姿で旅館の休憩コーナーに佇む三白眼に、満島みつしま幸人ゆきとは缶コーヒーを差し出した。受け取られたはいいが、手をつけられる気配はない。プルタブを押し上げ、幸人は自分のサイダーをあおる。弾ける炭酸の心地よさを味わい、ふと眉根を寄せた。

「お前さ、最近キャラ変わったよな?」

「……そうか?」

「変わったよ。なんか前より落ち着いてきたような……っていうかどう考えても暗くなったぞ。急にコーヒー飲みたいなんて言い出すし。なんかあったのか?」

「ないよ、何も」

 ふっと視線を逸らし、麻生あしょうヒロキは自販機の前の階段に視線を向けた。色とりどりの私服姿の女子高生たちが、高い声を上げながら通り過ぎていく。ピンク色のジャージワンピースの裾に視線を奪われかけ、慌てて幸人に視線を戻した。幸人はどこか心配そうに眉を寄せたまま、彼の肩をぽんと叩く。

「折角の修学旅行なんだからさ、隠し事はなしだぜ」

「……別に、何も隠してない」

「嘘つけ。目ぇ泳いでんぞ」

「……」

 もはや否定するのも面倒で、ヒロキは肩をすくめて視線を逸らした。しかし、その肩はかすかに震えはじめている。それを見つめ、幸人は深く溜め息を吐いた。

「お前、昔はもっと幼稚っつーか天真爛漫っつーか、なんかそんな感じだったろ?」

「……」

「それが急にこんな暗くなったら、誰だって心配するだろ。急に飲めもしないコーヒー頼みだしたりさ、絶対おかしいぞ、ヒロキ」

「……っ!」

 くどくどとした声に、ヒロキは思わず顔を上げた。素早く瞳を動かし、周りの様子を確認する。そして両の拳を握りしめ、大きく息を吸って――


「うるせーよ幸人! 本性押し殺さないと生きてけねーの!」

「はぁ!? お前、何急にキレてんだよ」

「だって考えてもみろよ!」

 当惑する幸人をビシィッ! と指さし、先程までのクールさが嘘のように、小型犬のようにキャンキャンと吠え立てる。

「女子ってもんはさぁ、落ち着いた包容力のある男が好きなもんじゃん!? オレはモテたいの! そのためには本来の幼稚なオレじゃダメなの! わかるだろ幸人、オレのこの気持ち!」

 旅館の休憩スペースに小型犬のような叫びが反響し、消えていく。肩で息をしつつ、ヒロキは幸人を指さしたまま彼を睨んだ。その顔は子供のように赤く、その指先は細かく震えていて。数秒のむなしい沈黙ののち、幸人はぽつりと呟く。

「……い、いや、さっぱりわかんない」

「何でだよ!」

「いやだって、そうじゃん?」

 あっけらかんと言い放ち、幸人は腰に手を当てた。サイダーの細長い缶に口をつけ、一気飲みする。彼の喉仏が上下するのを呆然と眺め、ヒロキは伸ばした指を下ろした。徐々に幸人の表情が苦悶に歪んでいき、不意に彼は缶から口を離した。

「げっほ! げほっごほぉっ!」

「お、おい、汚ねぇ! 吐くな! むせるな!」

 大騒ぎしつつ、ヒロキは幸人の背を乱暴に撫でた。通りかかった女子が冷めた瞳で二人の姿を眺めていく。長い時間をかけて幸人は荒い息を整え、顔を上げた。にへらっとした笑みがその表情を満たす。

「いやぁ、ごめんごめん。むせちまった」

「炭酸一気飲みするからそうなんだろ! てか、飲み込んだ後でマジでよかったよ。じゃなかったらキレてたぞ! オレの服にかかるとこだったぞ!」

「マジでごめんて。……でも、ありがとな、ヒロキ」

「はぁ?」

 不意に藤の花のようにふわりと微笑む幸人に、ヒロキは怪訝そうな視線を向ける。そんな彼の背中を派手に叩き、幸人は屈託のない言葉を口にした。

「だってお前、俺がむせてた時、フツーに背中さすってくれてたじゃん」

「……それが?」

「だからお前はそのままでいいってこと! 変にキャラ作ってコーヒー飲んだりしなくていいんだよ。お前オレンジジュース好きだろ、奢るぞ!」

「マジで? サンキュー!」

 屈託のない幸人の笑顔に、ヒロキもつられて口元を綻ばせる。無駄にスタイリッシュなパーカーを脱ぎ、子供のように笑ってみせた。

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コーヒーとサイダー 東美桜 @Aspel-Girl

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