第二章 吸血鬼はネット通販がお好き 13
「それで、と。
「……この店っていうか、イベント。
「
「ああ、それは大丈夫ですよ。うちのイベントは基本無料。ワンドリンク注文してもらったからそれでOKです」
「へえ……気前がいいんだな」
ライブハウスでイベントが行われる場合、チケット代にライブハウスのワンドリンク分の料金が事実上セットになっていて、チケットの半券やライブハウスが用意したトークンなどとドリンクを交換するのが一般的だ。
「このイベントはルームウェルの
「っ!」
「……へぇ、ルームウェルってのは、バンドの名前?」
ルームウェルの
その言葉にアイリスの顔が険しくなり、
「元はバンドやってたんですけどね、今はこのイベント取り仕切ってるんで、イベント会社の名前みたいなもんかな。実は俺もこのライブハウスじゃなく、ルームウェルの人間なんです。これよかったら見てやってください。ウチがやってるイベントの動画のコードです」
「始まった! 私行くね! バイバイ
半分以上残ったコーラを残して、
「今やってるのが
「……へぇ」
百人強はいるだろうか、リズムに乗って熱狂している観客の中に
スリムフォンで
「これが、無料か」
だからこそ、そこが引っかかる。
高校生の
若者と繁華街の組み合わせは単純に風紀の乱れに直結させられがちだが、夜はまだ浅く、未成年に対するアルコールの提供は厳に戒められており、客層の九割以上が女性であることから、男女の風紀を乱すようなこともなさそうだ。
「……なぁ、本当にここなのか」
「……そのはず」
本当にこのイベントを取り仕切り、
全ての出演者の演奏が終わり、最後のバンドのボーカルが観客の拍手に礼をすると、その横からスーツ姿の男が壇上に上がって来た。
『本日も大勢のお客さんにご来場いただきありがとうございます! 皆! 今日も楽しんでもらえたか!?』
スーツの男の呼びかけに、再び会場が沸く。
「あれがうちの代表の
「へぇ」
イベンターという職業のイメージを裏切りすぎない程度に明るい色合いの、だがチャラチャラしているとギリギリ言われない程度のスーツと髪色、そして眼鏡。
端正ながら愛嬌のある顔つきと豊かな表情。他人の目に映る自分の姿を計算しているタイプだ。
彼が
『それではお待ちかね! お楽しみの投票タイムです!』
「なにあれ、ファンレターかしら?」
ステージに殺到するほぼ全員の手にあるのは、なんと封筒だった。
普通に見ればアイリスのその感想が正しいのだが、
その瞬間だけは
封筒は
「いや……あれは多分……」
「え?」
「……いや、何でもない」
ほかにもルームウェルとやらのスタッフがどこにいるかも分からず、迂闊なことは口走れない。
だが、
しばらくして、先ほどトレーで封筒を持ち去ったスタッフが
『さてさて集計結果が出ました! やはり強い! 本日も
歓声と拍手、そして
『今日のイベントも会員の皆にだけ、アーカイブで配信するからもう一度楽しんでくれよな! 次のイベントの告知の動画も忘れずに高評価よろしくぅ!』
最後まで盛り上げに盛り上げた
「……帰ろうか」
「え?」
「イベント自体は、今日はもうこれで終わりなんですよね」
「んー、まぁステージはね。この後出演者がフロアに来てファンの子達と飲んだりするから、完全に終わりじゃないけど」
「なるほど。でも、もう時間も十時ですし」
「……ああ」
「俺もこういうとこであんまヤボなこと言いたくないんですけど、
「じゃーしゃーなしかな。でも、あんま騒ぎにならないように連れ出してね。ヤボだから」
「どうも。行こう」
「え、ええ。って、ちょ、ちょっと、どこに行くの」
カウンターから離れる
大半が女性客とは言え、中には少数ながら男性もおり、アイリスはおっかなびっくりと言った様子だが、
「
「は? 何言ってんのこれからじゃん!」
「俺が
「お父さんは関係無いでしょ!」
「そこでお父さんが関係無いなんて言いきれるようなら、君は君を置いて出て行ったお母さんと何も変わらないってことになるが」
「っ!!」
激昂した
「サガラさんにも、連れ出していいって言われてるわ。ここで騒ぎを起こすのは、あなたも本意じゃないでしょう」
「……!」
「……お父さんに告げ口するつもりはない。でもそれは、
「……世間とか、くだらない! 大人の許容範囲とか、知らないっての!」
怒りを飲み下すように言いながらも、
アイリスがそれを追い、
ちょうどそのとき、出演者が何組か現れ、ホールがまた沸き上がる。
出演者に殺到するお客が彼らに差し出す封筒は『投票』のときとは打って変わってきらびやかで色とりどりの封筒ばかりだった。
「……クソ」
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