第二章 吸血鬼はネット通販がお好き 12

 ステージ上では、とらが見たことも聞いたこともないバンドが激しいナンバーを演奏しており、彼らを効果的にライトアップするためのスモークの臭いが、熱狂と人間の気配とわずかな酒とタバコの臭いに強烈にブレンドされている。

「まさかここでうちの親知ってる人とハチ合わせるなんてなー。あー」

 ライブハウスのバーカウンターで、ストローの刺さったコーラのグラスを手に、あかは渋い顔をした。

「いや、まぁ、こっちもまさかこんなところであかちゃんに会うとは……」

 とらとしても、アイリスの手伝いで来た吸血鬼の調査で、むらおかの娘に会うことになるとは思いもしなかった。

「ねぇ、お互い会わなかったことにしない? とらさんもデートの最中なんでしょ」

 あかは面倒くさそうな口調で、とらを挟んで反対側にいるアイリスに目をやった。

「で、で、デートなんかじゃありません! 仕事です!」

「は? 仕事?」

「いや、まぁ、デートだよ」

 とらは、アイリスの予想通りの反応に溜め息を吐きながらあかの言うことを肯定する。

「それなら、私はお邪魔だよね。てことで、ここからは無関係でいいよね」

「あーいや、ちょっといいか」

「……何? まさかお説教する気? それともお父さんでも呼ぶの」

 あかは引き留めようとするとらにはっきりと敵愾心を向けた。

「違う違う。そんなことしないって」

 とら的には、色々な意味で今あかに離れられるのは困る。

 単純に高校一年生のあかが一人でこんなところをウロつくのを放置できないし、反面あかがいるおかげで、アイリスも脩道騎士の精神が同じ思いを抱かせたのか平常心を保てている。

 あかの現況を把握することはとらの雇い主の心の平穏に関わるし、アイリスが平常心でこの場にいられるかどうかはとらの今後の生活の平穏に関わるのだ。

「この店のこと教えてほしいんだよ。俺達、初めて来たんだ」

「……ちょっとユラ?」

「……いいから、黙って聞いておけ」

 驚くアイリスを宥めると、とらは殊更に明るい顔を作ってあかに問いかけた。

あかちゃんは、何回か来てるのか?」

「……それを聞いてどうすんの。お父さんに告げ口するわけ」

 全く信用されていないようだが、助け船は意外なところから来た。

「今日で三回目くらいだっけ?」

「えっ、ちょっと相良さがらさん!」

 カウンターの中から店員の男性が声をかけてきたのだ。

 あか相良さがらと呼ばれた店員は、日本人には珍しくTシャツの袖から延びた腕に刻まれたトライバルがサマになっている、ドレッドヘアーの男性だった。

あかちゃん、こういうときは下手に反発するより、素直に話しちゃった方がいい。うちとしても出入りしてる未成年のお客さんについて誰かに聞かれれば、正直に答えざるを得ないからね」

「でも……」

「お二人は家族や学校の先生には見えないけど、親戚の夫婦か何か?」

「ふ、ふ、ふ、ふ、ふっ!?」

 男性と話せないところに夫婦という単語が飛び出してきて、アイリスは今にも窒息しそうになるくらい真っ赤になっている。

「俺、あかちゃんのお父さんに雇われてるんですよ。今日はこっちの彼女に連れられて来て、あかちゃんに会ったのは偶然なんです」

「ああそういうこと。そりゃお互い色々間が悪かったね」

 店員の相良さがらは人好きのする顔で苦笑する。

「でもそれならお兄さん達も、ちょっとは歩み寄らないとね。何にも注文せずに事情だけ聞かせろって言っても、子供は信用してくれないよ」

 なるほど、確かにそれはそうかもしれない。

「それじゃ、ジントニック二つ……ん?」

 とらの注文の声に抗議するように、アイリスがとらの服を引っ張る。

「もしかして酒、ダメか?」

「……日本で飲んでいい年齢じゃない」

「あー、ジントニとコーラで」

「はーい。ジンのお好みは?」

「え?」

 驚いて顔を上げると、相良さがらはカウンターに並んだ酒瓶を指し示し、

「ここからここまで、全部ジン」

「そうなのか。ジンの違いなんて分からないけど……ん?」

 またアイリスが服を引っ張ってくる。

「……青い瓶」

「青い瓶?」

「ああ、ポンペイ・サファイアね。かしこまりました」

 色に反応した相良さがらが、四角く青い酒瓶を手に取ると、慣れた手つきでピルスナーグラスにジンとトニックウォーターを注ぎ、簡単にステアして、最後にカットライムとミントの葉を添えてカウンターに置く。

 トニックウォーターを注いだサーバーからアイリスのコーラも抽出し、カットレモンを刺してカウンターに並べると、

「はい、それじゃあ乾杯して、外の世界のことは一旦忘れて、仲直りしよう」

「「「……」」」

 それぞれに複雑な顔をしながらも、相良さがらの笑顔に逆らえず、あかとらとグラスを合わせた。アイリスのコーラには、届かなかった。

「ん、へぇ」

 深く考えずに一口飲んだジントニックは、とらの知るそれよりもキレとコクが深いものだった。

「美味いな」

「彼女さんのチョイスのおかげかな。ポンペイ・サファイア、良いジンだから」

「かっ、かっかかかかか……はふっ」

「へぇ、こんなに変わるものなんですね。ジンを選んだことなんてなかったから」

 アイリスが余計なことを口走る前に、とらは割り込んで感想を述べる。

「……とらさんもお酒飲むんだ」

「家じゃ滅多に飲まないよ。こういうときだけ」

とらさんも家で発泡酒とか焼酎飲んでる人かと思った」

「……まぁ、飲んだことはあるけどな」

 お酒のチョイスに、何となく具体的なモデルがありそうなあかの話をとらは流す。

相良さがらさん。ポンペイなんとかって何?」

「ジンってお酒の銘柄だよ。ポンペイ・サファイア。こだわる人の定番になるようなタイプ」

 あかの問いにドレッドヘアーが棚から持ち上げた瓶とともに答える。

「ジンの本場はイギリスなんだけど、お姉さんもしかしてイギリス人とか?」

「わ、わ、わ、わたっ……」

「ちょっとまだ日本語うまく喋れなくてね。まぁそっちの方の人だよ」

 あかの登場で忘れそうになるが、一応今日は潜入捜査に来ているのだ。

 何もかも正直に話すのは得策とは言えない。

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