第44話 世界最強のゲーミングチーム
マル=ラ支部ビル、八階。
事務長の執務室のあるフロアまで上ってきたフェイたちが目にしたのは、何十枚という写真が飾られたホールだ。
いずれも映っているのは使徒たちだが、儀礼衣のデザインがそれぞれ違う。
「昨年の都市ツアーだ。その隣は一昨年の分だな。俺が事務長に就任して以来、この都市ツアーは毎年恒例になっている。この集合写真は、いずれも他都市からゲストとしてやってきた使徒たちだ」
「ふぅん? 服の色がどれも違うのね」
レーシェのまなざしが興味津々そうに写真へ。
神秘法院は所属支部ごとに服の色が違う。それを初めて知ったのだろう、ホールの写真を一つ一つじっくりと見ていって。
「あ、ねえねえフェイ! これ何?」
レーシェが最後の写真を指さした。
映っているのは四人の男女からなる使徒だが、レーシェが目をつけた理由は服だろう。
――黒の儀礼衣。
フェイをはじめ他の使徒たちが白を基調にしたデザインなのに対して、この四人だけはいかにも厳かな黒地に金色の刺繍入りなのだ。
「なんか色が違うよ?」
「ああ、それは神秘法院の審査で『AA』以上を取ったチームの特権だよ。取るの大変なんだよな。神さまとのゲーム勝率とかチームの運営状況とか規律遵守とか、大抵のチームは『A』を死守するので精一杯なんだけど」
審査『AA』の基準はおおよそ各支部につき一チーム。
つまりどの支部でも、最上位チームは黒の儀礼衣を着る資格がある。
その一方で――
「ほらレーシェ。この四人って肩のラインが金色だろ。これってつまり……」
「本部」
そう答えたのは事務長バレッガだ。
「黒の儀礼衣はいわば『その支部の最優秀チーム』でしかないが、金色の刺繍はちと違う。神秘法院本部だけの特権なのです、レオレーシェ様」
「……えっと?」
「一年前、レオレーシェ様が氷雪地帯から掘り起こされた時も、神秘法院本部から何度となく遣いが寄せられたはずですが」
「覚えてないわ」
「元締めですよ。神秘法院という組織の統轄部門です。もちろん本部も使徒養成を行っているほか、世界中の支部から優秀な使徒をかき集めています。……この写真は二年前の。ちょうど『彼女たち』が我が都市にやってきた時の記念撮影です」
事務長バレッガが、サングラスのブリッジを指で押し上げる。
四人の使徒――
金の刺繍で飾られた、黒の儀礼衣をまとう者たちを見上げて。
「神秘法院本部、筆頭チーム『
本部の筆頭。
それすなわち現世界最強という意味である。
「へえ? ねえそれって――」
と。
硬い靴音が、レーシェの言葉の続きを遮った。
「見慣れない服の色だな。青のライン……ルイン支部か」
ホールに現れた一人の使徒。
鈍色の銀髪に、意思の強さを感じさせる鋭い眉目。あたかも一流の映画俳優のように整った顔立ちと鍛え抜かれた長身。
その男が、こちらを一瞥した。
「事務長、彼らが例のゲストか?」
「ダークスか。お前らしいな。早くもゲストへの挨拶とは」
事務長が振り返る。
そこに現れた銀髪の青年を顎で指し示して。
「ちょうどいい。紹介しましょうレオレーシェ様、フェイ氏、パール」
「あたしだけ敬語なし!?」
「この男は――」
「俺はダークス」
黒の儀礼衣をまとったその青年が、威厳ある声音でそう口にした。
「ダークス・ギア・シミター。このマル=ラ支部に一昨年配属された使徒だ。お前たちのことはよく噂に聞いている」
「お、お前たちだとっ? おいダークス、この女性は元神さまで――」
「今は人間だろう」
事務長が慌てて訂正に入ろうとするのを、さらに言葉をかぶせて。
「特別扱いする気はない。元神だろうが何だろうが、俺が特別扱いする条件はただ一つ、『ゲームが上手いか』どうか。ただそれだけだ」
「――へえ」
レーシェが、わずかに口角を吊り上げた。
「
「……あれ? あのぉ事務長さん?」
その横で首を傾げたのはパールだ。
「この人、一昨年の
「そういうことだ」
事務長バレッガが小さく首肯。
自らの顎先で、目の前の青年を再び指し示して。
「
「へっ!? 神秘法院に加入して一年未満にチームを!?」
「そう。前代未聞だ。……事務長の立場としては到底進められたものではなかったがな。結果にねじ伏せられた」
やれやれと事務長が嘆息。
「この
「……す、すごい。まるで――――っ……」
何かを言いかけたパールが、ハッと慌てて両手で口を塞いだ。が。何を言いかけたのか、パールの心境がフェイには手に取るように理解できた。
まるで
そう言いかけたに違いない。
境遇がまったく同じなのだ。
……確かに似てるっちゃ似てるな。
……俺たちも、ちょうどチーム作りを考えていたところだし。
さらには
こんな変わり者の凄腕
フェイが内心そう感じた矢先に。
「フェイ・テオ・フィルス」
黒の儀礼衣を大きくはためかせて、使徒ダークスが足を一歩踏みだした。
「やはり俺たちは、互いに運命に導かれる存在だったようだな!」
「……はい?」
「お前の戦いは
「え? ああどうも」
いきなり褒められた。
上から目線なのが気になるが、おそらく本人の地の性格だろう。
「褒めてもらうのはいいけど、俺としてはその『互いに運命に』ってくだりが妙に……」
「ゆえに告げよう、俺のチームに来い」
「……………………はい?」
二度目の「はい?」は、一度目よりも数倍溜めが長かった。
何を言っているんだろう?
隣ではレーシェとパールも不思議そうに首を傾げている。唯一、事務長バレッガだけがはぁと大きく溜息をついているのだが。
「俺はいま、世界中から有力な
ダークスが後方へと振り向いた。
鋭い眼光が見上げたのは、先ほどレーシェが見ていた巨大な写真。金の刺繍で飾られた黒服をまとう四人の使徒たちへ――
「神秘法院本部がほこる世界最強チーム『『
ダークスが右手を突き出した。
まるで映画の一シーンのような大ぶりな仕草で。
「フェイよ! 俺は、俺のチームにお前の存在が不可欠だと確信した。
「――――」
「俺と共に来い。史上最強のチーム結成のために!」
しんと静まるホール。
熱いまなざしでこちらを見つめる若き野心家と、まっすぐ見つめ合い――
「なあパール」
「は、はい!? え、ええと……」
「この都市の使徒は、なんていうか面白い奴が多いんだな」
先にふっと表情をやわらげたのはフェイの方だ。
まさか――
聖泉都市マル=ラに来て早々、まったく反対のリクエストを受けるとは。
〝私をどうにか配下にして頂きたい!〟
〝俺のチームに来い!〟
黒髪の少女ネルから、チームに入れてくれと懇願されて。
このダークスから、俺のチームに来いと勧誘されて。
「あいにくだけど」
レーシェ、パールに目配せ。
二人のまなざしを受けながら、フェイは、ダークスに肩をすくめてみせた。
「俺らは世界ツアーのために来てるんで。そういう話のためじゃない」
「そうか」
「……あ、あれ? いいんだそれで?」
「俺の用件は済んだ」
踵を返し、銀髪の青年が足早に去っていく。
あまりに呆気なさ過ぎて、断った側のフェイの方が拍子抜けしてしまったほどだ。
「……つくづく面白い奴が多いな。この支部は」
その後ろ姿を一瞥し、フェイは苦笑したのだった。
「諦めたって表情じゃなさそうだったのが、なおさらな」
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