第42話 熱血系暴走少女ネル
「フェイ殿、私を、お前の女にしてほしい!」
「…………へ?」
それは、フェイがここ一年でもっとも素直に口にした「へ?」だった。
意味がわからない。
この都市でまだ出会って三十秒も経っていないのに、この少女はいったい何を言っているのだろう。
「――――」
「――――」
パール。そしてレーシェも同様だ。
特にレーシェが目を丸くしてぽかんとしている姿を、フェイも初めて見たほどだ。
「ん? ああ、怪しい意味ではない」
黒髪の少女ネルが、ぽんと手を打って。
「私を部下にしてほしいという意味だが」
「紛らわしいだろ!? また全力で逃げだすところだったぞ俺は!」
「フェイ殿!」
ネルが叫んだ。
大通りに響きわたるほどの、無駄に大きな声量で。
「ウロボロスとの
「……いや配下って。しかも主君って、そんな大げさな……」
「大げさではない!」
興奮で赤くなった顔つきで、ネルがさらに声を張り上げる。
ざわざわと。
大通りの野次馬があっという間に集まってきているのだが、ネルの目には彼らの姿など見えていないに違いない。
「フェイ殿、私は!」
「あの……あんまり声を上げるとまわりに目立つっていうか……」
「配下がダメならいっそ召使いでもいい!」
「俺の話も聞いてくれよ!?」
「炊事洗濯、服のアイロンがけも何でもやろう! の、望むのであれば風呂で背中を流すことだって……!」
「ますます人聞きの悪いことを!?」
「靴を舐めろと言われたのなら舐めようではないか!」
「俺がいつ言ったんだよ!?」
あ、だめだ。
この少女、頭に血が上ると周りが見えなくなるタイプだ。
「は……ったく。だからいったい何なんだよ。なあレーシェ…………レーシェ?」
振り返る。
その先でフェイが見たものは。
「……フェイ」
「……フェイさん」
曇った表情で、ひそひそと言葉をかわすレーシェとパール。
「……フェイ……わたしという相棒がありながら……」
「……お風呂で背中を流せとか、靴を舐めろとか。まさかフェイさんにそんな怖い嗜好があったなんて」
「そこは俺を擁護すべきじゃないかな!?」
説得する間もない。
なぜならフェイの後ろでは、黒髪の少女ネルがさらに迫ってきていて――
「私をどうにか配下に!」
「だから俺は――」
「土下座をしろと言われたのならしよう!」
「いつ言ったんだよ俺が!? って本当にするの!?」
大衆の路上でだ。
アスファルトの路面に額がつくくらい、それはそれは見事な土下座っぷりで。
「この通りだ!」
「…………」
「フェイ殿!」
沈黙。
いつまで待っても返事がない。
はて? そう思ったネルが恐る恐る顔を上げたそこには――
その場から全速力で逃げていくフェイたちの後ろ姿が。
「あああっ、ま、待ってくれフェ――」
追いかけようと立ち上がる。
そんなネルの背後から、野次馬たちの慌てた悲鳴。そして
「危ない!?」
「逃げろ姉ちゃん! 車が……!」
十字路を曲がってきたトラック。
まさか大通りのど真ん中で土下座する少女がいるなど夢にも思うまい。ネルに気づいた運転手が慌ててブレーキをかけるが、もう間に合わない。
轢かれる。
誰もがそう確信したことだろう。ただ一人、ネル自身を除いては。
「はっ!」
左足で路面を蹴るや、右足を跳ね上げる。
身を
ネルの右足が、猛スピードで突っ込んでくるトラックを蹴りつけた瞬間。その右足と、トラックの接触面が光輝いた。
ネル・レックレスは超人型、さらにいえば脚力特化の使徒だ。
その身に宿った力は。
――『モーメント反転』。
エネルギー・質量を一切問わず、ネルが蹴ったものを跳ね返す。
隕石の落下だろうとミサイルの着弾だろうと、タイミングさえ噛み合えば蹴り返せないものはない。
そしてトラックも。
「あ……」
猛スピードそのままにトラックが蹴り返されて、勢いよく壁に激突。
煙を上げて横転してしまう。
「あ、ああしまった!? つい反射的に……だ、大丈夫ですか運転手さん!」
そしてネルが頭を抱えた時にはもう――
フェイたちは、とっくに走り逃げた後だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます