第24話 vs無限神ウロボロス① ―ゲーム???―


 無限神ウロボロス。


 体長十メートル――

 この神が登場するまで、人間が挑んだ神の最大全長が約600メートルであることを考えれば、どれだけ規格外か想像つくだろう。


 こと巨大さにかけては桁が二つ違う。


 そして攻略不可能レベルの遊戯ゲーム


 過去には総勢百人以上のチームがこの神を「引いて」壊滅した。誰一人、攻略の糸口も見つけられずにだ。


「もうおしまいですぅぅぅぅぅぅっっっっ!?」


 パールの悲鳴が、真っ青な空に響きわたった。


「万策尽きました。……ああ、こんなあたしを誘ってくれてありがとうございます

フェイさんレーシェさん。そしてごめんなさい」


「さすがに諦めるの早くないか?」

「だ、だってだって! 下を見て下さいってばぁぁっ!」


 雲海めがけて落下していく二十二名。

 そこには巨大な大地――


 否。

 雲海をおよぐウロボロスの背中が、広大な運動場のごとく広がっている。


「よかった、ちゃんと着地場所がある」

「墜落場所ですよ!? あたしたち、あのウロボロスの背中に落下したとたん跡形なく潰れちゃいますってば!」


 落下距離およそ七百メートル。

 百階建ての超高層ビルに迫る高さだが、その屋上から飛び降りた人間がどうなるかなど、言うまでもない。


「……たぶん俺は何とかなるか。意識失うけど」


 フェイの神呪アライズは「神の寵愛を授かりしメイユア・ゴツド」。

 超人型に分類されるこの力は、巨神タイタン戦でも見せたように「フェイを再生」するものだ。擦り傷から致命傷まで、その回復能力に際限はない。


 ……ぺしゃんこになるけど。

 ……数秒で意識を取りもどすくらいにはなる。めちゃくちゃ嫌な光景だけど。


 レーシェは言うまでもなく無傷だろう。

 つまり問題は一人だけなのだ。


「パールも何とかならないか? お前の空間転移テレポートで」


「あ、あたしの空間転移テレポートは最大距離が三十メートルで……落下距離を三十メートル縮めてもどうにかできる高さじゃないです!」


 なるほど。

 これが高さ三十メートルのビルならば、屋上から地面まで空間転移テレポートできる。

 だが数百メートルもの自由落下では、たとえ三十メートル縮めても墜落の結果は変わらないというわけだ。


「それよりフェイさんは!?」


「俺はたぶん平気」

「おおっ!? ってことはあたしも助けられるわけですね!」


「それは無理」

「ちょっとぉぉぉっぉぉぉっっっ!?」


「いや努力はするよ。ただお前を庇って俺が下敷きになっても、この高さからの衝撃じゃクッション代わりにもならないし……」


 超人型といえば強力な身体能力が特徴だが、フェイはその恩恵が極めて弱い。

 この高度からの落下、それもパールを助けるような力は――


「やっぱ無理かも」

「いやぁぁぁぁっっっっっっっ!?」


「掴まえた」


 そんなパールの襟首を掴んだのはレーシェだ。


「まーったく。人間の身体ってホント弱いんだから」

「……レーシェさん!」


「空に浮かぶことくらいはできるって言ったでしょ」


 落下しながら器用にパールを背中に担いで、こちらにも手を伸ばしてくる。 


「はいフェイも」

「何とかなるのか?」

「要するにゆっくり落ちればいいのよね」


 ふわりと。

 レーシェの手を握ったと同時、落下速度が緩まった。フェイの両足に、見えない手に下から支えられるような感触が。


念動力サイキツク?」

「うん。神呪アライズの中でもよくある力でしょ」


 まるで気球が高度を下げるようにゆっくりと。フェイたちは巨大な神の背中に着地した。鋼鉄のように硬い鱗の上へ。


「……い、生きた心地がしませんでしたぁ」


 パールがペタンと座りこむ。

 隣に立っているのがフェイで、レーシェは眼下の雲海を愉快そうに眺めている。


「ねえフェイ、この空きっと無限に続いてるのよね」


「俺はむしろ、こんなでっかい神がいることに驚きだよ」


 無限神ウロボロス――

 頭から尻尾の先までが全長十キロ。これは過去に挑んだ使徒が実際に計測した数値で、背中のだけでも三百メートル。

 マラソンや徒競走ができる大きさである。


 ……あまりにデカすぎて、地面の上に立ってるのと変わらないな。

 ……全然、神さまの背中に乗ってるって気がしない。


 空を漂うウロボロスがまるで動かないため、大地に立っているのと何ら変わらない。


「……あのぉフェイさん?」


 恐る恐るパールが立ち上がった。

 レーシェと同じように、ウロボロスの背中から雲海を見渡して。


「あたしたち無事に神さまの背中に乗り移れましたよね。これ、あたしたち攻略成功ってことでしょうか……」


「そこは俺も気になってたけど」


 高度七百メートルからの不時着は、難易度こそ高いが不可能ではない。

 レーシェがやってみせたように超人型の念動力サイキツク、魔法士型であれば風の魔法で落下を緩めることができるだろう。 


「まだ序盤も序盤だと思う。カードゲーム、たとえばポーカーで喩えると――」


「カードを配られたところです?」

遊戯場カジノの席に座ったところ」


「まだ始まってもないじゃないですか!?」

「多分そんなもんだろ。他の神さまなら神秘法院の情報も多いんだけど、ウロボロスは何から何まで謎だらけだし。まずは情報交換かな」


「え? 誰に?」

「向こうに」


 フェイが指さしたのは、百メートルほど後方に着地したチーム『華炎光インフェルノ』の面々だ。落下時の負傷で何人かがうずくまっているが。


華炎光インフェルノの皆さんに!? え、え、そ、そんなのできる立場じゃ……」


「俺が先頭で行くよ」

「だいじょーぶよ。わたしとフェイが話したげるから」


 先頭にフェイ。

 続くレーシェに背を押されてパールも怖ず怖ずとついてくる。照り輝く巨大な鱗の上を歩いていって。


「あの、どうも。俺はフェイ。こちらはレーシェって言います」

「…………」


 ぎろり、と。

 パールの元同僚の使徒たちが振り返った。敵対とまではいかないが、明らかに友好的とは思えない形相でだ。


「さっきは挨拶もできなかったんで、あの、一緒に頑張るわけですし」


「昨年の新入りルーキーフェイ・テオ・フィルスと竜神レオレーシェ様。支部うちでいま最も熱い二人だ。こちらとしても協力は願ってもない」


 十数名の部下たちの奥で――

 背を向けていた隊長格の男が、溜息とともに横顔を向けてきた。


「……久方ぶりだな」

「ごめんなさいぃぃぃっ!?」


「まあまあ。彼女パールはワケありで。俺らが誘ったんで、どうかお手柔らかに」


 レーシェの後ろに隠れるパールにかわって、フェイは手を横にふってみせた。


 ……ああ、隊長ってことはこの人か。

 ……パールが位相交換シフトチェンジを発動させて入れ替わった当人だ。


 その結果、神に踏み潰された。

 ただしフェイにとっての意外は、不愉快さを隠そうとしない部下たちと比べて、

隊長自身は苦々しい顔をする程度に留まっているということだ。


 ……もしかして隊長本人は、もう過ぎたことだからって半ば納得済みで。

 ……まだパールを許せないのは部下たちの方か。


 今もこの嫌われようだ。

 当時はさぞかし険悪な雰囲気だったに違いない。


「失礼します。ええとオーヴァン隊長?」

「オーヴァン・ミスケッツだ。チーム『華炎光インフェルノ』の四代目隊長。これで三年目になる」


 歳は三十手前だろう。

 彫りの深い目鼻立ちの、厳めしい形相。十代から二十代前半が多くを占める使徒の中で、最年長格にあたるベテランと言える。


 そんな隊長と、そして彼を囲む部下たち。そして――


 

 華炎光インフェルノの参加は十九人だったはず。それが隊長を合わせても十五人しかいないことにフェイは気付いた。


「あの……」

「四人敗北リタイアだ」


 フェイが尋ねるより先に、隊長が溜息を吐きだした。


「高度七百メートルからの自由落下。対応できる使徒は私を含めて五人いたが、その五人で救えるのは十五人が限界だった。……結果、墜落に耐えられず三人が脱落して現実世界に戻された」


「それで三人ってことは、あとの一人は?」

「――――アイツらだ」


 オーヴァンが指さしたのは眼下の雲海。その雲をじっと見つめていると、一瞬、何かが雲の中から姿を現した。


 雲海と溶けこむような銀色の鱗。

 蛇のようだが、その身体には退化したらしき小さな四肢もある。


「な、何ですかあの空飛ぶクジラは!?」


 パールの声が裏返った。


 空を泳ぐ真っ白いクジラ。


 尾びれと胸びれが飛行機のように大きく、空を悠々と泳いでいる。

 雲海を泳ぐのはウロボロスだけではない。ウロボロスの周りに何百体という巨大モンスターが付き従っていたのだ。


「神秘法院では天空鯨リヴァイアサンと呼んでいる。ウロボロスと比べれば小さいが体長十メートル以上、十分なバケモノだな。奴らは人間がウロボロスの背から転落するのを待っている」


「っていうとまさか……」


「獲物が落ちてきた瞬間、奴らはクジラから獰猛なピラニアに早変わりだ。一人だけ落下位置がずれて雲海に落ちて……後は察しのとおり」


 隊長が、弱々しく首をふってみせる。


「それで計四人が敗北リタイア。残りはここにいる十五人だ。他に何か?」

「……いや、大丈夫です」


 フェイが言葉を濁してしまうほど華炎光インフェルノのメンバーは表情が暗い。

 早くも戦意喪失。

 その場に座りこんでしまっている者もいる。


「……無理だよ。あのウロボロスだなんて」


 部下の男がぽつりと呟いた。

 高度数百メートルからの落下という試練からも生還し、いよいよ遊戯ゲームも本番とは思えない擦れた声で。


「最悪だ。よりによってこんなのが……」


「私たちもう二敗だし、あと一回負けたら引退だから悔いのないよう頑張ろうって思ってたのに。よりによって……なんでこんな……!」


 涙ぐむ少女まで。

 それを慰める者がいないのも空気が重たい理由の一つだろう。

 

 「無条件降参」が認められる最悪の神。


 

 たとえ全員がリタイアしようとも、それを咎める観客もまずいまい。ウロボロスはそれほどまでに絶望的な相手なのだ。 


「……皆、顔を上げろ!」


 そんな部下たちを鼓舞するように、隊長オーヴァンが手を叩いてみせた。


「これが配信ストリーミングされていることを忘れるな。世界中が我々の戦いに注目している……ウロボロスは確かに凶悪な相手だが、まずは遊戯ゲームの分析だ」


「どうすればいいんですか……」


 部下が唇を噛みしめた。


「このとんでもなくでかい神の背中の上で、!」




 そう。

 無限神ウロボロスは語らない。


 ――これはいったいどんな遊戯ゲームだ?






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