まで、とも、ら、れ。@帰る場所

 俺には帰るがない。

 日々を過ごす場所はあるが、それは家ではなくだ。

「いってきます」も「ただいま」もない。

 機械の様に、機械の様に


 昔はそうじゃなかった。

 昔はその箱は箱ではなく家で、家の中には「いってらっしゃい」と「おかえりなさい」があった。

 でも、今は違う。

 流れる時は残酷な変化をもたらし、二人で暮らした家は一人で過ごす箱となった。


 死が二人を別つ


 そんな言葉はまやかしだった。


 死が二人を別つ


 そんな想いが胸を締め付ける。


 二人で暮らした日々よりも独身に戻ってから過ごした日々の方が長くなってもまだ変わない。

 二人で暮らす家が一人で過ごす箱へと変わったあの日から俺はまだ変わない。

 愛した妻はもういない。

 

「お先に失礼します、先輩。これどうぞ」


 部下が帰り際にブラックコーヒーを置いていった。


「ブラック苦手なんだよな……棄てるのも悪いし、今日はケーキでも買ってか」


 俺はポツリとそう呟いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る