原稿用紙の裏@オキテガミ

『さよなら』


 それだけだった。

 十年以上を共に過ごしたあの人との日々はたった四文字の言葉で終わりを告げた。

 いつかこんな日が来ると思っていた。

 いつからだろう?

 別れの瞬間ときが来ることが怖くなくなったのは…


『さよなら』


 あの人がいつも小説を描いていた机の上に置いてある一枚の原稿用紙の裏にその四文字の言葉はいた。

 幾千幾万の文字と言葉を用いて何もない世界に物語を生み出してきたあの人が、世界で一番身近で物語を共に創ってきた私に残した最後の言葉は『さよなら』だった。

 私はふと視線を左に移した。

 右利きのあの人の執筆の邪魔にならないように机の左端に置いてある写真立ての中の二人は今も幸せそうに笑っていた。


 カタン…


 私はそっと写真立てを伏せた。

 そして、写真の中の二人の時が止まるように願いながら原稿用紙に一文字書き加えた。


『さよなら』


 あの人が描き、私が添削した作品はもう二度と世に出ることはない。

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