二人で一つの指定席@合流時刻は午前七時四分

 車内は微かな揺れを感じる度に圧迫感すら覚える程に混んでいる。

 昔の人間は恐ろしい程に根気よく頑張り、人々に様々な物をのこしてくれた。

 電車もまたその一つだ。

 過去むかし未来いまはいつもすぐ傍にあるのだ。

 俺は電車の中でふとそう思った。

 もう間もなく、俺は始発を乗り継いで確保したこの席を立つ。降りる駅はまだ三つ先だが、席を立つ理由が俺にはある。

 郊外から都心へと向かうこの車内で俺は席を共有している。共有と言っても一緒に座るのではない。俺の席を譲るという意味だ。

 俺は間もなくこの席を特定の人物に譲る。

 俺とその人物は毎日同じ席を使っている。場所は日によって区々まちまちだが、携帯で場所を知らせることで共有を可能にしている。

 その人物とは…


「おはようパパ」


「ああ、おはよう。さあ、座りなさい」


「ん。ありがと」


 俺は就職を機に独り暮らしを始めた娘と席を共有している。

 席を共有したこの日々の記憶が俺が娘へ遺したものの一つになることを願う。

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