第743話-2 彼女は海豹人の登場に驚く
「さて、始めましょうか」
領主館の周りを『土壁』で補強し完全に塞ぐ。その土というか砂であるが、回りを『壕』のようにえぐっているので、直接建物の躯体にたどり着けるのは大型の魔物……巨大蛸くらいであろうか。
そのまま、流れるように『
「あの方達にクラーケン接近の情報は伝わっているのかしらね」
「さあね。少なくとも、漁村の人達は本島に逃げちゃったみたい。漁船がほとんどないわね」
彼女は『猫』に伝令役を依頼する。首に通信筒を付けて、中に賢者学院で伝えられえているであろう一般的な「魔物接近」の情報を記す。
「入口を塞いで、防御に徹すれば生き延びれるでしょう」
「下手な兵士意識は手放してもらえればよいのですが」
灰目藍髪と茶目栗毛が呟く。この辺りで兵士をしているのは、さほど意識が高いと思えない。彼女は追記で「守りを固めて様子を見る方が良い」と助言を加えることにする。
「お願いするわ」
『承知しました』
『猫』が立ち去るとさほど間を置かず、何かが海岸によじ登ってきた。
「あれは……」
「海豹でしょうか……え……」
海豹は次々と姿を現し、やがて背中から毛皮の防具を脱ぐようにすると、中から人が現れた。
『まじか。シルキーが海豹の皮被った海人というのは本当だったんだな』
北の海にしか済まない海豹人であるシルキーを直接見るのはリリアルの誰もが初めて。そこには『魔剣』も当然含まれる。
領主館を無視してそのままシルキーたちは賢者学院へと歩いていく。背後の海面を幾度か振り返りつつ気にしている。
「半魚人休息接近!!」
「ですわぁ」
休息ではなく「急速」である。水平線に黒い点がポツポツと見てとれる。それが徐々に形をとるようになり、海面いっぱいの半魚人の群れ。
「あれ、なんで水面から半身を出してるんでしょうか。目立ってますよね?」
「水の抵抗を減らしたいんじゃない? 船も喫水線が深い船は船足が遅くなるからね」
「なるほどぉ」
「ですわぁ」
恐らく関係ない。蛮族が気勢を上げるのと同じだろう。手には短槍、恐らくは銛のようなものを装備している。
『半魚人の鱗はそこそこ固いぞ』
「けれど、たしか……『海の
『違げぇねぇな』
海を埋め尽くすかのような半魚人の群れ。その後方には小山のような蛸の頭が見え始めていた。
「来ました」
「来ましたわぁ」
「ですわぁ」
半魚人の先頭は既に海岸に上陸、隊列を作ることもなく目の前の漁師小屋、あるいは学院防護壁へと向かい、一部は舗装された道を内陸へと向かっている。大した広さの島ではないので、おそらくはもう一つの城門楼へと向かっているのであろう。
完全に開放部を塞いでしまった結果、半魚人は領主館を建物だと認識していない可能性がある。
「どうする?」
「少しは引き付けないといけないわね」
領主館から防壁に向かう半魚人の背後に向け、ルミリと灰目藍髪、碧目金髪による魔装銃の射撃が始まる。
「弾丸は普通の鉛弾で良いわ」
「はい」
「了解です!!」
「はいですわぁ」
魔力を込めた魔鉛弾を放つほどの魔物ではない。所詮は小鬼並。
「俺も弓を射るか」
「通るの?」
「わからん。だが、試してみよう」
半魚人の体表は鱗で覆われている。弾丸なら貫通する可能性が高いが、狩人の用いる返しの大きな鏃では刺さらない可能性がある。鎧通しのような錐状の鏃なら良いのだが。
「各自、射撃用意。放て!!」
POW!! POW!! POW!!
GYAAAA……
背中を撃たれた半魚人がばたりばたりと倒れる。背後の高所からの射撃。直線距離ならば100m程だろうか。予想通り、狩人の矢では距離が遠く直接狙ったのでは刺さる様子がない。とはいえ、海岸を埋め尽くすほどの半魚人の大群である。角度をつけた射撃で頭上から狙うと、多少のダメージが入るようになる。角度の問題だろうか。
半魚人は大半が上陸し、賢者学院の防護壁沿いをずらりと包囲している。そして、いよいよクラーケンが上陸してきた。
「私が斬り込んでみるわ」
「そうね。あなたのそれで削れなければ、私たちの剣では難しいものね」
一当たりすると同時に、「痺れ薬」をまき散らす予定である。彼女の象徴とも言えるサクス……ではなく、『バルディッシュ』。その極大の曲刃に魔力を込めて斬れねば、他のリリアルの魔装剣で削ることは難しい。
「その場合はどうなるんでしょうか」
「逃げるわ」
「逃げるのね」
所詮は余所事である。
魔力壁の階段を蹴り、海岸線へと降り立つ。バルディッシュを一閃、魔力を込めた刃が半魚人を数体纏めて斬り倒す。突然の出来事に大いに驚き、円形に彼女の回りに空白ができる。
『魔力に鈍いのかこいつら』
『気配隠蔽』を使ったとはいえ、彼女が移動してくることに気が付かないというのは群れているとはいえ鈍い。
「水中での環境に適応し過ぎているのかもしれないわね」
振動や音に敏感であっても、魔力には感応性が低いのかもしれない。銛や短槍を繰り出し、彼女に突きかかるが、魔装で弾かれ刺さる気配もない。
穂先はささくれており、あるいは錆びてボロボロのものもある。海中にあるので錆びるのも早いのか。あるいは、最初から捨てられたものを拾い再利用しているのか。水かきのある指で鍛冶ができるとも思えない。
『ゴブリン並たぁいえ』
「ゴブリンよりは少し強いわね」
蹴散らしつつ前進。纏わりつけば一閃し、前へ前へと進む。海岸線にクラーケンは到達しており、今は体のあちらこちらから海水を流しつつ砂浜へと乗り上げてきた。
魔力壁の足場を駆けのぼり、クラーケンの頭上へと到達。痺れ薬の入った薬液容器を反して中身を粘液まみれの巨体へと振りかける。
一本、二本、三本、四本……
『どうだ、効いてきたか』
「まだわからないわね。少し運動してもらいましょうか」
違和感を感じたクラーケンが鞭のように腕を振るい、空中の彼女めがけて振り下ろしたのは、正にその時であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます