第726話-1 彼女はデュラハンと対峙する
馬車の突進。その馬車の姿が間近に見えてくると、非常に危険なものが見えてくる。
「やはり死神の類なのかしらね」
『似ているっちゃ似てるけどよ』
アンクーあるいは『死神』は、レンヌに伝わる『死を司る精霊』とされるもの。その姿は「死の擬人化」されたものと言われる。
主な役割は死者の魂をあの世に導いたり、墓守を担っている。元々は人間であり、亡くなった後に精霊(死者の魂)となり、それ等の役割を与えられた存在。
外見は襤褸の黒衣に身を包み、古い鍔広帽を被り馬車に立ち乗りして死者の魂を求めさ迷う、背の高い、骸骨のようにガリガリな男の姿をしている。魂を刈り取る大きな鎌を手に持っている。
基本的に立ったまま馬車に乗り、移動する。
デュラハンは既に自分の首を取り戻しており、より多くの人間の魂を道連れにするために彷徨している。その為に、『ワイルド・チェイス』を主宰する強力な魔物として現れることがある。
レンヌには「先住民」の文化が多く残っている。白亜島から逃げ出した先住民が海を渡り森深いレンヌの地に隠れ住んだためではないかと言われるが果たしてどうなのだろうか。
砂塵を巻上げ(ているはずなのだが、月のない夜なのでイメージとして)突っ込んで来るデュラハン。その手に持つ武器は刃の長い長柄。恐らくは、サクスの刃を長柄に組んだものであり、グレイブに似た能力であろうか。
『頭手に持ってたら……乗せてるじゃねぇか!!』
デュラハンは片手に手綱、片手に頭のはずなのだが、いつのまにやら頭が肩の上に、正しい位置に乗せられている。
草を薙ぎ払うようにグレイブを構えるデュラハン。体が大きいこともあり、脇に柄を挟んで、片手で振り回すのであろうか。
近くで見て一瞬、彼女の目が馬車の車体に釘付けになる。
「悪趣味ね」
人の骨と皮で作られたかのような異形の二輪馬車。腹立たしく感じた彼女は、目標をデュラハンから馬車へと切り替える。
「くっ!」
馬車が接近する直前、身体強化からの魔力壁で足場を作っての横っ飛び。長柄を構えた右側から手綱を持つ左側へと一瞬で移動し、すれ違いざま長柄のメイスを馬車の左車輪の辺りに叩きつけた。
DASHAAAANNNN!!!
車軸の付け根あたりと車輪が激しく破損し、勢いのまま馬車は地面を削りつつ進み、やがて躓いたかのように跳ね上げられ地面へと叩きつけられる!!
デュラハンはアンデッド、馬もアンデッド、だが馬車は作りものであった。
「ふっ、狙い通りね」
『嘘つくんじゃねぇよ』
背後で横転し半ば土に埋まっている馬車を、彼女は『聖魔炎』で滅却する。
「雷の精霊タラニスよ我が働きかけに応え、我の欲する聖なる雷の炎で浄化せよ『
車体を舐めるように青白い輝きを持つ炎が燃え広がっていく。
GWOOOOO……
転げ回った首なし馬が立ち上がり、その鞍無首無馬に、デュラハンが……首を探しているので、中々乗ることができないぃぃ!!
『今日は月もないからな。落とし物を探すのはちょっと大変だぜ』
そんなことはない。どうやら、馬が咥えて拾い上げてくれたようである。ようやく落とした頭を上に乗せ、槍を拾いあげると、デュラハンは首無馬にまたがるのである。
「先生!!」
背後に風を感じ、彼女が一瞬飛び去ると、地面を穿つ馬上槍が通り抜ける。
『良ク躱シタナ!!』
視界の悪いであろうグレートヘルムの中から、くぐもった声が聞こえる。三体のうちの一体の騎士姿の魔物が、彼女を背後から不意に襲ったのである。
「馬……いいえ、バイコーンね」
馬の姿をした魔物であり、その性格は獰猛かつ肉食である。伝説のユニコーンと呼ばれる一角馬の魔物が乙女を好むのに対し、二本角のこの魔物は穢れたものを好むと言われる。不死者の乗馬に相応しい魔物であるだろう。
水魔馬の二人乗りから降りた茶目栗毛が、バイコーンの顔をメイスで思いきりカチ上げる。下から顔を跳ね上げられ、ぐらりとよろける隙に、背後から思いきり水魔馬に乗った灰目藍髪がメイスで吸血騎士を叩いた。
『ぐぼおぉ!!』
槍を手放し、盾を持っていた騎士だが、乗馬から落とされまいと手綱を操っている隙に殴りつけられたので、思わぬ大ダメージを受けてしまう。とはいえ、直接、メイスに込められた魔石の魔力を流されることはなく、鎖帷子の表面を魔力が流れ去ったようで、薄く焦げたような臭いが周囲に漂っている。
馬上の吸血鬼より、先に乗馬を仕留めることを指示する。身につけている装備と剣技からして、馬上の騎士を低い位置から仕留めるのは無理がある。茶目栗毛の剣技は伯姪に比べればいくらか落ちる。まして、慣れない長柄のメイスでは不利になる。
「下馬して、バイコーンを先に仕留めなさい!!」
「「はい!!」」
見ると、
彼女は背後のデュラハンに視線を向けると、ようやく首無裸馬に乗れたようで、グレイブ擬きを掲げ彼女に迫ってくる。その持ち方は、肩に掲げ突進する形の古式のもの。
『ロマンデ公が王国から持ち込んだ、腰だめに構える馬上槍の姿勢じゃねぇんだな』
ロマンデ公の騎士が精強であったのは、何も戦慣れし装備も良かっただけではない。ロマンデ公は元は入江の民の族長の一人であったが、王国で領地をもらい王国式の戦い方を身につけた。祖父の代にロマンデの領地を王より賜り、三代目。その戦い方は、すっかり王国の騎士の戦い方を身につけていたと言えるだろう。
白亜島に住む、アルマン人の先住王国の騎士・戦士は、馬上で槍を肩の上に掲げ突撃し、刺突することで攻撃をしていた。その構えでは、馬の突進力を槍に乗せることは出来ない。おそらくだが、鐙が生まれる以前において、腰だめで槍を構えると相手とぶつかった際にそのまま転げ落ちることになるためであろう。
当然、突撃の衝撃を受け止められるよう、鞍も腰をしっかりと抑える形のものに変わっているのである。
構えからして、ロマンデ公に征服された、あるいはそれ以前の入江の民やアルマン人に征服された小国の将軍か王族なのであろうと彼女は推測する。
「先ほどの戦士たちと同じく、この世から送り出してあげなければならないわね」
『まあ、御神子教徒とは限らねぇからな。先住民は生まれ変わるって死生観だったと思うぞ』
確かに、生まれ変わり・転生というのは御神子教では異端の考えだ。やり直しができるのなら「次は幸せな人生を送りたい」と、教会で免罪符等買わずに済ませるだろう。金持ちしか救われない免罪符に、聖典原理主義者も目くじらを立てないに違いない。
「次の人生があるかどうかは分からないけれど、それは死んでから考えましょう」
『そうだな。いつまでもこうして魂だけ世に留まる俺とかアレとかいるわけだしな』
『魔剣』もアンデッドの一つの形であると言えばそうなのかもしれない。彼女の魔力を通しても滅しないのであるから、不浄ではないのだろう。
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