第四章 吸血鬼の気配
第723話-1 彼女は『特別会員』の依頼を聞く
『ラ・クロス』学内大会の活動に注力していた彼女だが、同行していた人狼は、食料の買い出しの他、
「それで、この件の依頼を受けたいというのね」
「そうだ」
珍しく相談事があると言われ、時間を作ったのだが、どうやらウィックの狩猟ギルド経由で魔物の討伐依頼を受けたいのだという。
「男爵領の騎士団がいるでしょ? 国境近くなんだから、数も質もそれなりだとおもうけど」
「アンデッドだと勝手が違う」
彼女と伯姪も腑に落ちる。アンデッドの場合、魔銀の武器を用いて魔力を纏わせて討伐する必要がある。この地の騎士・兵士に魔銀装備を持つ魔力持ちは相当限られているだろう。立場的に、アンデッド狩りに出て良い身分ではない。
「それで何で引き受ける必要があるのかしら」
「お前たちは臨時会員だろう。今回の特別依頼を受けて依頼達成となった場合、『特別会員』になることができる。立場としては、各地の狩猟ギルドにおいて、巡回賢者と同様の特別な支援が受けられることになる。討伐報酬では報えない場合の実利での対応だな」
ギルド施設での宿泊や、武器装備の整備の無償提供、地元の有力者など必要な場合は狩猟ギルドのギルマスから紹介状・推薦状・身元保証などを行うことができる。余所者であるリリアル勢にとっては、何かの時に利用できる伝手となるだろう。
「ですが、相応の危険のある討伐対象なのでしょう」
「でなければ、このような条件を付けるとは思えません」
茶目栗毛と灰目藍髪が人狼の心底を探るように視線を定める。諦めたような溜息をつき、人狼はその対象を告げる。
「
ギャリーベガーは、斬り落とされた首を手にもつグールのようなアンデッドで、相応に強いと言われる。先住民は敵の戦死者や捕虜の首を刎ねる風習があり、それがアンデッド化したものであろうと言われている。
行きがけに偶然討伐したことのある魔物である。同じ手段で討伐できるのであれば、大した手間ではないはずなのだが。
この周辺は、古帝国の統治以前から戦場となる機会が多く、今でも北王国との戦争が繰り返されている地域でもある。帝国の統治が消失したのちも、小さな王国同士の戦い、あるいは、入江の民の襲撃などが幾度もあり、ディズファイン島の修道院も聖職者が皆殺しとなったこともあるのだ。
アンデッドが湧いてもおかしくはない。また、その対応をするべき統治者も、不安定な状態が続いているので、放置されたままなのだろう。
「デュラハンってなんですかぁ」
「騎士の姿をしたギャリーベガーだ。二輪馬車に乗り、死をもたらす死神と言われている」
「要は、強いアンデッドってことね」
吸血鬼も、首を落とせば死ぬアンデッドである。しかし、最初から首を斬り落としてあるアンデッドというのは、討伐の難易度が高いと言うことになるかもしれない。
死者をよみがえらせない為に、首を落とす風習があったことを考えると、首を落としてもなお蘇るほどの強い思念を残している厄介な相手だと考える方が良いだろう。
『特別会員』の価値は相応に認めるが、賢者学院を抜けてしばらく依頼を受けるというのは、賢者学院の訪問の意味を考えると肯定できるものではない。
「練習に付き合うのも全員じゃなくて問題ないのよね」
「それはそうね。時間も限られている中、何を磨くべきかはそれぞれ定まったのですもの」
「では、依頼を受けるのでしょうか?」
彼女の中では受けても良いと考えている。だが、誰を残し、誰を連れて行くのかという判断が悩ましい。
ルミリは当然残す。彼女は討伐に向かう事になる。そう考えると、伯姪に残ってもらい、魔銀剣を使える茶目栗毛と水魔馬も利用できる灰目藍髪を連れ、人狼を加えた四人でなら問題ないかもしれない。
「あなたには残ってもらう事になるわね」
「仕方ないでしょうね。精々、彼奴らをしごいておくわ」
「お留守番だぁ!!」
「ですわぁ」
伯姪・碧目金髪・ルミリは賢者学院で練習に付き合ってもらうということになる。
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『主、想定通りになりました』
「そうね。あなたの調査も無駄にならずに済んだわ」
『敵か、あるいは敵か』
「その物言いなら、敵確定ではないかしら」
人狼・ルシウスの行動に不信感を持ったのは賢者学院について早々のこと。同行して賢者学院に到着したのはともかく、何故か同行者としてそのまま滞在するかのような言動。いつのまにやら仲間面である。
そして、別行動は当然。やがて、独自に交渉し寮の使用人扱いで学院内に滞在し始めた。もう、彼女達とは関係ない存在となったのだ。
その寮は、
ファンソラスと人狼はたびたび顔を合わせ、何か話し合っている事は『猫』を通じて知っていた。ファンソラスには太い後援者がいる。北部貴族の重鎮とされる『北ハンブル伯』。
連合王国の重鎮であり、北王国との最前線を任されている存在。征服王の遠征に従軍したロマンデ人に端を発する家系であり、当初男爵であったが、百年戦争期に伯爵へ陞爵される。
先代の甥が今代の伯を務めている。先代伯は、父王統治末期の反教会・修道院に抵抗する反乱に参加し処刑された。
その後、姉王の治世下で名誉及び爵位領地を回復。また、北王国との国境防衛担当の将軍に任ぜられるが、北王国に敗北している。
女王陛下の治世において、原神子派に与する政策が可決される間、北ハンブルに留まりつつも女王に対する忠誠を示したことで『聖蒼帯騎士』に叙せられる。
しかしながら直近では国境防衛担当を辞し、他の北部諸侯と北王国女王の擁立について策謀を巡らせていると噂される人物だ。
「北王国と北ハンブル伯は、連合王国を教皇庁の元に戻すことで協力しているということね」
『正確には、御神子教徒として神国や王国と手を結んで利を得たいってとこだろうな』
連合王国と神国は戦争手前の状態でもある。私掠船による度重なる襲撃、ネデルへの原神子派支援など表立っては否定しているが、実際は行われている神国への戦争行為である。
今すぐに戦争を行わない理由は、一つはネデルにおける原神子派の弾圧と叛乱発生が収束していないからであり、今一つは、女王と神国国王の庶弟との婚姻による統治である。庶子との婚姻は困難かもしれないが、教皇庁の統治下に戻れば、神国はどうとでもするつもりなのである。
そして、最も神国が事を荒立てたくない理由が、内海におけるサラセンとの武力衝突の可能性の高まりである。
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