第720話-2 彼女は精霊魔術を用いて策を巡らす


『ラ・クロス』の演習だけをしているわけにもいかない学院生。彼女たちは、精霊魔術の講義を聴講しつつも、やはり深奥の部分に関しては触れることができないこともあり、初歩的な講義に参加するのみである。


「ここに二か月も滞在する意味ってあるのかしら」

「そうね。でも、リンデで王弟殿下の社交に協力するのとどちらが良いかと考えると」

「ましね」


 という結論に達する。賢者学院にみる『賢者』の在り方が、精霊ありきで成り立っている事。実際、巡回している賢者の活動を目にしているわけでもなく、人狼の話に聞くところの狩猟ギルドを通しての活動から推測するに、宣撫に近いものであるとみられる。


 つまり、国の治安維持に協力する存在であるということだろう。より正しくは

宥めすかして、ガス抜きする為の存在である。王国では王家の権限が強力

であるのにたいして、連合王国においては各地の有力諸侯・貴族の

合議により統治が為される「連合」の要素が強い。


 故に、賢者学院も独立した立場を維持できるのであり、また、それぞれの勢力と内部の派閥が結びつく事で学院全体は「中立」として存在している。ある意味、それぞれの勢力の代理同士で情報の交換、打診などが行われる場にもなっているのだろう。


「そう考えると、ラ・クロスの大会は良い機会になるかも知れないわね」


 伯姪の言葉に彼女も頷く。正直、講義を聴講しているだけでは、学院の中に人間関係を形成することは難しい。とりわけ、東部諸侯と結びつく火派、北王国・北部諸侯との関係の深い水派に入り込む事は困難でもある。また、それをして下手に取り込まれても問題となる。


 風派は王宮との関係が深いとされ、当初は様々に世話を焼いてくれていたこともあり、それなりに関係が築けている。加えて、クリノリら土派木組と大会を通じて交流することで、今一つの関係が築ければよいと考えている。


 政治的打算で世話をした風派一党よりも、脱『負け犬』を目指して同じチームとして活動する『クラン寮生』達との関係の方が、リリアルにとって好ましい。風派の判断は女王陛下の王宮の判断に準じるであろうし、それは異口同音の内容となるだろう。複数の情報源に値しない。弱小・中立派閥であるクラン寮生たちの方が、より実直な関係となると彼女は期待している。


「ですが、精霊魔術をこんなに取り込んで問題ないのでしょうか」


 ラ・クロスの話題から、灰目藍髪が懸念を示す。どうやら、賢者学院のラ・クロスの試合において、精霊魔術はさほど使われていないのだということから、そんな考えに至ったようだ。


「流石に、マリーヌやフローチェが参加するのはだめでしょうけれどね」

『オイラ! ガンバるぜぇ!!』

「呼んでないですぅ。顔がきもいですぅ」

『ひでぇな、マイスウィーティーィィィ!!』


 この場に山羊頭が実体を消して、精霊として漂っている。この形であれば、試合に紛れ込めるというアピールである。水魔馬・マリーヌや、金蛙・フローチェの場合、使い魔扱いされかねないし、さすがに蛙や馬を試合場に連れて来るわけにもいかない。鳥の使い魔で視野共有とはわけが違う。


「そういえば、ルシウスはどうしているのかしら」

「彼奴は偶に、狩猟ギルドに顔出して依頼受けるつもりなんだって。あと、兎狩りに出ているわ。肉が足りないみたいね」


 人狼は迎賓館では「従者」として振舞い、供応を受けていたが、領主館に移動して自炊するようになってから、食材調達などで本土に足を運んでもらっている。ついでに、狩猟ギルドで許可を取り、兎狩りで肉を調達しているのだという。


「島に、海豹がいるみたいなんだけど、狩って良いかどうかわからないって言ってたわね」

「うみひょう?」

「あざらしですわぁ」


 上半身は獣、下半身は魚の生物である。豹というよりは丸顔の犬のような顔立ちなのだが。どうやら、島の北部の岩場に棲み、魚を獲って暮らしているようだ。


「聞いてみましょうか」

「いいんじゃない? 海豹を狩る猟師って聞いたことないもの」

「美味しいかどうかだが大事ですぅ」

「ですわぁ」


 彼女は狩に賛成のようだが、味に関してはどんなものかという疑問がある。兎よりも脂がのっているような気もするのだが。


「海豚は狩れないわよね。まあまあ美味しいわよ」

「うみのぶた?」

「イルカですわぁ」


 伯姪はニースにいる頃、海豚を食べたことが有るらしい。豚ではなく猪に近い味だという。とはいえ、魔導船で狩りに行くのでなければ、漁師の領分である。猟師ではない。


『オイラもラ・なんちゃらにきょうりょくしてぇんだよぉ。スウィーティー』

「その話まだ続いてるのね」


 山羊男曰く、『風』の大精霊(仮)として、碧目金髪を守りたいのだという。


「具体的には?」

『た、例えば、門衛? あのゲートを守るならよ、オイラ、飛んでくる球全部、風で弾き飛ばしてやるぜぇ!!マイスウィーティーが望むならよぉ!!』


 一瞬、その気になる碧目金髪。何故なら!!


「門衛って、走らなくていいんですよねぇ」

「そうね。門を守るのだから、立ちはだかる仕事ですもの」

「大きな網の付いた杖と、防具着けて守る仕事だものね!」

『どうよぉ!』


 暫く考えた後、「却下」と呟く碧目金髪。


『な、なんでだよぉ!!』

「だって、その間ずっと背後に居座っているんでしょ? 試合中」

『じゃ、じゃねぇと守れねぇよマイスウィーティー』


 最近めっきり減った役に立つ機会を逃すまいと、必死になる山羊男。しかし、碧目金髪は厳然と言い放つ。


「モジャ男が背後に纏わりついているなんてぇ、キモくて無理でぇーすぅ」

「ですわぁ」


 薄っすら半透明のまま、山羊男は両手をつくのである。


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