第701話-2 彼女は八目鰻と対峙する

『うをぉ!!』


『魔剣』は声に出したが、彼女は内心声を出すにとどめる。牽制をし、囮を務める彼女と、その間に胴体部分を他のメンバーで攻撃し削り倒すという如何にもな作戦である。


『竜』とは言えども、鰐や亀が元になったであろうタラスクスやラ・マンの悪竜こと『ペルーダ』ならば、その硬い外皮で弾かれるだろう。が、目の前のワームの表皮は弾力有る印象だが、魔力を纏った剣が突き刺さらないほどとも思えない。問題は、1mを越える太さでは一閃で斬り倒せないだろうという点である。


 彼女のバルディッシュでも刃は1mもない。魔刃で刃を延長し断てるかどうかといったところだろう。


「始めましょう」

「「「応!!」」」


 人狼の持つ鉈剣ではおそらく役には立たないだろう。周囲の警戒を委ねることにする。また、『水』の大精霊が魔物化したであろうヤツメウナギのワームでは、金蛙も水魔馬も大して役に立たない。また、山羊男も『風』の精霊として碧目金髪に助力するにしても、何ができるだろうかというところである。


 POW!!


 彼女がワームの頭部へと魔装拳銃で魔鉛弾を撃ち込む。命中するものの、喰い込んだ弾丸を弾き出すようにみるみる傷がふさがり、やがて弾丸がポトリと地面に落ちる。


 GWOWAWOOOO!!!


 怒りを滲ませた咆哮を発するワーム。口元からは何やら液体が飛び散り、涎を流しているようにも見える。地面に落ちたそれはジュワッと音を立て不快な臭いがたちこめる。


『酸かよ』


 胃液のような何かなのだろうか、あるいは消化液か。丸飲みにして溶かす為のものだろう。


 彼女は、魔力壁を四枚展開し、三角錐のように組み上げすっぽりとワームの頭部を覆う事にする。これで、溶解液が降りかかることも、噛みつき飲み込もうとすることもできなくなる。まるで『口輪』のようである。


 GAAAA!!


 頭の周りを目に見えない魔力の壁で覆われ、押さえつけられるワームが怒りに任せて頭を振るい体をくねらせる。おかげで、斬りかかる伯姪たちも大いに苦戦している。


 POW!!


 POW!!


 銃手にまわった碧目金髪と赤毛のルミリの弾丸も、多少深く弾丸が喰い込むものの、押し戻され弾丸の穴もみるみる塞がる。剣で斬りつけた傷も、時を置かずして塞がっていく。


「駄目です」

「まだ諦めるには早いわよ!!」

「……尻尾から削り切りましょう」

「それ!!」


 冷静な茶目栗毛は、中途半端な位置の胴体を傷つけても回復されることを踏まえ、尻尾から削り倒す事を提案し、伯姪と灰目藍髪がそれに続く。魔装槍銃をもつ、碧目金髪とルミリも、その手前を押さえつけるように刺突する。


「えぇいぃ!!」

「ですわぁ!!」


 ぐさぐさと魔力を纏わせた魔装銃剣で傷をつけるものの、いくばくかの体液をほとばしらせたのち、傷は塞がってしまう。


 斬り落とされ削り倒された尻尾の先端は、そのまま再生することなく地面に落ちると、塩を掛けられたナメクジのように萎んでしまう。恐らくは、ワームの中にある魔力の供給源からの魔力供給が断たれたためであろう。


『削って間に合うのかよ』

「さあ、でも、効果はあるようね」


 彼女の魔力量からすれば、頭を覆う四枚の魔力壁を数時間維持することは大したことではない。寝ている間でもできうることだ。


 ならば。


「頭が高いわ!!」


 魔力壁を地面へと押付け、ワームの頭を釘付けするかのように抑える。まるで、鰻を捌くために頭に杭を撃つようにである。


『やっちまえ!』


『魔剣』を彼女が持つと、その形をバルディッシュへと変形させ、ドン、と鰓穴の後ろに叩き込むと、力任せにゴリゴリと半身を捌き始める。数m進んではズバッと身を斬り落とし、城に飾るタペストリーのような大きさの皮と身がどさりと地面に叩きつけられる。


 さらに、次の胴を斬り落とし、削り落としていく。その背後では、懸命にワームが身を再生させているものの、大きく削り落とされた肉と皮をあっという間に再生させることはできない。


『並の鰻なら、美味そうなんだがな』


 どうやら『魔剣』は八目鰻は苦手なようである。彼女も好きではない。

むしろ、気持ち悪い。


 彼女が胴体を削りに削っている間、尻尾から斬りおとしている伯姪たちも、ワームの動きが鈍っていることに気が付き、その削り落とす速度も加速していく。


「先生!! 何やってるんですかぁ!!」

「いいから、手を止めないで!!」

「ですわぁ!!」


 伯姪が檄を飛ばし、五人は尻尾から削り倒し、刺し貫き、その再生が限界を迎えるまで手を止めるなとせきたたせる。涙目になりながら、碧目金髪も遮二無二銃剣を突き刺し、動きを押さえようとする。


『手伝うわよぉ』

「お願いしますわぁ」


 体の小さなルミリでは魔装槍銃を上手く扱えないので、『金蛙』がサポートし始める。背後にしがみつき、背中の筋肉を補うように支えている。動きが軽やかになったので、身体強化のような効果があるのだろう。見た目はデカい蛙が背中に張り付いているので間抜けであるのだが。





 全身の三分の一も削り倒すと、さすがにワームも弱り始める。とはいえ、その斬り落とされた身のお陰で、野営地の野原は異臭が漂う場所になり果てているのである。


『なんか、干からびてきたな』

「ええ、もう少しね」


 ワームの肉を削り落とし続けた効果か、再生能力は最初の頃の数分の一となっている。恐らく、他の体の部分からも再生するための力を送り込んでいるのだろうか、全体的に弾力と艶を失い、力も弱くなりつつある。


 頭を激しく動かそうとする力も弱まり、胴をくねらせる程度も大人しくなった。伯姪らは、粛々と尻尾から三分の一ほど削り倒している。随分と全長も短くなったものである。それでもまだ、30mはあるだろうか。


「おーい、そろそろ止めさせるんじゃない!!」


 疲れてきたのか、伯姪が彼女に声をかけてきた。最初は1mを越える太さであったのが細くなり、また、回復も鈍くなっている。今なら可能かもしれない。


 それに、身体強化と魔力纏いを継続してきた灰目藍髪がそろそろ魔力の限界に近付いている。碧目金髪とルミリも似たようなものだ。


『お前が頑張るしかねぇな』

「勿論よ。みんな、離れなさい!!」


 彼女以外をワームから離脱させ、魔力の少ない三人には魔装兎馬車の土塁まで後退させる。


 退避を確認した後に魔力壁を解除し、ワームを自由にする。


 頭を押さえつけられ、下半身?を削りに削られたワームは、憔悴しながらも怒りに全身を振るわせ、彼女に向かって自分の半身を鞭のように撓らせ叩きつけた。


 DWWUUNN !!


 ぐちゃぐちゃになった地面が跳ね上げられ、泥混じりの土が爆ぜる。


 魔力壁を足場に、中空へと退避した彼女は、そのまま高所から魔銀の

バルディッシュの刃を『魔刃』で倍ほどに伸長させ、前宙しながらワームの

胴体へと遠心力を掛けて叩きつけた。


 二回転程の勢いをつけた魔刃の斬撃がワームの頭部から5m程の位置に命中し、胴を寸断する。激しく跳ね回る斬り飛ばされた半身と、うねる様に体を震わせる頭のある半身。彼女は魔力走査で、その頭から2mほどの位置に魔力の塊があることを確認していた。


「いやぁ!!」


 体の大半を失い、動きも鈍くなった状態で、最後の一撃はその魔力の塊の部分を石突で突き押し、その反対からは彼女の頭ほどもある魔石が飛び出した。そして、ワームの体は完全に再生を止め動かなくなったのである。

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