第683話-2 彼女はリンダムに到着する

 残念ながら、今回の行道では立ち寄ることができそうにもない都市がある。


 連合王国の軍事面での重鎮であるシドベル伯の領都であり、金属製品の製造で有名な『シーフ』である。カトラリーや錫製食器に加え武具も含まれている。武具製造で有名な工房の集まる街であったが、百年戦争とそれに続く内戦が終わり、平和の時代となった結果、金属食器などの製造に少なからぬ工房が仕事を変えたためである。


 シーフ川の水力、鉄鉱石が近くで採れ、『燃える石』も採掘されることに加え、砥石も産出することで百年戦争期から都市が拡大し有名となる。


 征服王の世に創設された爵位であるが、現在のシルベル伯家は百年戦争の戦功により男爵が陞爵され叙せられたことに始まる。代々、軍の指揮官、軍政家として有能な家系として知られる。聖蒼帯騎士に所属し、父親は財務省会計官を終身務める。


 御神子教徒であるが、父王を積極的に支持し側近として認められる。先代は父王の重臣であり、北部議会議長として北部貴族の取りまとめ役を務めた。


「錫製品ね」

「姉さんはリンデから簡単に離れられる立場ではなさそうだから」


 ニース商会で販売する『錫』のゴブレット。加えて、カトラリーなども手掛ける事を考えている姉。錫製品で有名なのは法国の諸都市だが、近年、連合王国のシーフ製も自国内中心に人気が出始めている。


 銀器を揃えるまで行かない都市の商人や豪農層などが「手掴みはちょっと」という流れの中で、手を出し始めている。貴族用と比べれば装飾は簡素であり、その分値段がお安いのだ。


「リリアルでも、錫製のカトラリーなら人数分揃えられると思うのよ」


 これから使用人として、カトラリーをメンテナンスする機会もリリアル生には増えるだろうし、騎士ともなれば食事の席に招かれる事もある。木のフォークとスプーンでは学べないこともある。


「いいんじゃない? 帰りにでも寄れば」

「ええ。寄れると良いと思うわ」


 北大道から西に逸れるので、行によるのは少々気が咎めるのだ。寄り道している余裕があるかどうかは、帰りにならねば分からない。最悪、海を夜通し魔導船で移動して帰る必要があるかも知れない。余計なことに巻込まれそうな状況にいつ陥るかわからないのだから、寄り道はすべきでないだろう。魔装馬車での爆走は禁止であるから。




 連合王国には『王室森』と呼ばれる場所がある。平たく言えば、王室の森で、元々は耕作地などに適さない森林を王家の所有物として管理するようになったものなのだが、不正に木材を伐り出す者などがいるため、『森林官』という役人を置き、管理所を配置して巡回警備などをさせている。


 リンデ近辺であれば、それは狩猟地となり狩猟宮が父王時代には幾つも建てられ、あるいは建設中であったのだが、この辺りまで来ると単に王室の財産であるにすぎなくなる。


「それで、人狼がその辺りに潜んでいるのではないかというわけね」

「ええ。ワスティンの森も、元は王室のものですもの。管理も行き届かないし、魔物も発生しても問題が周辺に発生するまで放置されているのでしょうね」


『狩猟地』であるから、定期的に兵士を勢子として訓練替わりに投入し、狩りを行えばよいのだが、今代の王は女性だ。その前も。ここ二十年は女王の統治下にある。狩りなど行われるはずがない。


「でもぉ、役人が見回りしてるんですよねぇ」

「同じ人間が同じ順路を定期的に回るのであれば、その場所と時間を避けて活動するのも難しくないでしょう? 人狼なら、いつもは人間の姿で近くの街や村にいるんだもの。情報くらい集められるわ」

「ですわぁ」


 碧目金髪の疑問に伯姪が答える。それに、一人で狩りをするのか幾人かの人狼の群れが存在するかでも話は異なる。山賊のように、見晴らしのいい場所で獲物が来るのを監視し、その獲物が襲いやすい場所を通るのを待っているという事も考えられる。食人鬼あるいは、吸血鬼並みの身体強化がなされているのであれば、発見してから襲撃地点まで移動するのも訳はない。




 魔装荷馬車の馭者台には灰目藍髪と碧目金髪の薬師娘二人が乗り、その他の四人は荷台の中に姿を隠す。巡礼というよりも若い行商人で護衛もいないと見えるようにである。


 リンダムを出てドゥンまで移動し一泊。翌日の夕方にはヨルヴィクに到着できるだろう。その多くの道程で王室森あるいはそれに類似した森の中の街道を移動することになる。見通しも悪いことが予想されるのだが、恐らく、街と街の丁度中間あたりで襲撃があると彼女は予想している。


 森ばかりで、村どころか人家も稀であろう。あるのは樵の休憩小屋や森番の住む小屋程度であり、それも街道から入った場所にあるだろう。そう考えると、逃げるに逃げられない街から最も離れた中間あたりが襲うに適した場所になると考えられる。


 いつもの半分ないし三分の一程度の速度に魔装馬車を抑え、水魔馬が疾走しそうになるのを灰目藍髪が宥めすかしつつ一日かけてドゥンまで移動したのである。


「結構大きな街ね」


 街壁こそないが、都市として自治が認められ、また、定期市が開かれ、川と脇街道の交差する場所であることもあり、街は豊かになったと聞く。修道院が立ち並び、やがて施療院や初等学校などが建てられた。

土塁と濠とを有した街である。


「一先ず、泊るところと狩猟ギルドを探しましょう」


 修道院のほとんどが解散されたものの、その礼拝堂はそのまま教区教会に転用された。また、宿坊も宿泊できるようにいくらかは残されていた。今回もリンダム同様、三人づつに別れ彼女と伯姪、茶目栗毛は情報収集に向かうのである。


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