第657話-2 彼女はリリアルの騎士を肯定する
「流石リリアルというべきか」
思わず漏れる王弟殿下の言葉。魔力で強引に槍の穂先を合わせさせるという方法も驚きであったようだ。
「リリアル副伯。少し聞きたいのだが宜しいか?」
女王陛下の向こう側から、ジロラモが彼女に声をかける。失礼だと周りは空気を醸し出すが、女王も何を聞くのか気になるようだ。
「リリアルの騎士は、あのような奇抜な戦い方をするのが常なのかな」
「奇抜……でございますか。魔力の遣い方に工夫を凝らす事が『奇抜』であるとするのであれば、その通りでございます」
ジロラモは少々気まずそうな顔をしたが「褒めているのだ。奇想天外と言うか、その、神のご加護を感じる」等と言い始めた。厳信徒の多い女王の側近が周りに沢山いるのだから、少しは気にした方が良いのではと彼女は考える。
「人事を尽くした結果にございます」
「なるほど。勝利の女神は、微笑むわけか」
「確かに、その通りであるな」
女王陛下も同意したようで、一先ずジロラモの神発言は問題なさそうである。
「しかし、見れば見るほど騎士とは何かと考えさせられる戦いだな」
「それは、騎士を下馬させ長弓兵と並んで戦列を組んだ『善領王』陛下の戦いから学んだのでしょう」
彼女が引き合いに出した『善領王』とは、百年戦争を始めた際の連合王国の国王であり、黒王子の父親に当たる。王国は彼の王に三倍の戦力で当たりながら大敗を喫し、万を超える兵士、千を越える騎士と十一人の諸侯がが命を落とした。善領王の軍は兵の損失だけで五百程度であったという。
王国にとっては長い屈辱の歴史の始まりであり、言い換えれば連合王国にとっては栄光の勝利の始まりでもあった。百年戦争の結果、王国は諸侯の力が弱まり、王領・直轄領が大きく増えることになった上に、王権が強化された。王国から連合王国の領土も駆逐されることにもつながった。
とはいえ、百年間断続的とはいえ戦場となった地域は枯黒病の影響もあり大いに苦しめられたのではあるが。
『善領王』は血縁的に王国の王孫に当たった。母が王女であったからだ。また、『ギュイエ公』位を有しており、当初は連合王国の王でありつつも、王国に大しては「ギュイエ公」として臣下の礼を取っていた。
同じことが、王弟殿下が連合王国の王配となった際に発生しないとも限らない。一時、姉王が当時の神国王太子である現在の神国国王を王配とした際には、王太子は連合王国国王位を有していたこともある。王太子と姉王の間に子が生まれていれば、神国の一部に連合王国はなっていたかも知れなかったのだ。
今回の二人の王弟訪問も、三者三様に思惑があるとはいえ、誰も本気で婚姻が成立するとは思って……多分思っていない。はず。
馬上剣での戦いは、わざとらしく見えない程度に剣を取り落とした灰目藍髪の負けであっという間に終わる。
「この程度か」
「所詮は偶然の勝利であったか」
等と聞こえよがしにわざとらしい大声の独り言が聞こえるが、これも策のうち。
「力尽きたというところか」
「ええ。余計な一戦を戦っておりますから」
横車を押し込んだのは彼の伯爵、言い換えれば女王の側の問題だ。忖度して余計な負担を受けたリリアル側にとっては迷惑以外の何物でもない。
「けれど、それを言い訳には致しませんわ」
「であるか」
女性だから、身分が低い魔力の低い騎士だから、年齢や経験が不足しているからと負ける理由は幾らでもつく。が、それで負けを認めるわけにはいかない。
「ここからが勝負ね」
伯姪もこの後何が起こるかを想像し、楽しみだとばかりに微笑む。
「大丈夫なのだろうな」
王弟殿下は不安を感じ、彼女に問いかけるが、ニコリと笑い自信があるという風に小さく頷く。
「魔力も年齢も経験も男女の差も、最初から計算の内です」
「……そうか」
王弟は自信ありげな彼女の表情を確認し、やや落ち着きを取り戻したようで静かに正面を向く。
最後の徒歩剣の試合が始まる。
馬上鎧から徒歩鎧に着替えた『伯爵戦士』が、帝国で流行の『トンレット』と呼ばれるベル型のフレアの付いた下半身の鎧を装着している。安全性は高いのであろうが……
「女装?」
「異性装は異端ではないのかしら」
「……その方らも騎士服を着用するではないか」
騎士が騎士の格好をして何が悪いのか。とはいえ、領主の妻が領主の名代として鎧を着て指揮を執る場合など、外見から「女性」とわかる胸鎧の形のデザインすることで、『異性装』ではないとわざわざ主張することが有る。
神国あたりでは厳しいのかもしれない。
一勝一敗五分の星。決してどちらかが圧倒的なわけではない。いや、正統派の『伯爵戦士』に対し、灰目藍髪の戦い方は異端であると言えなくもない。魔力体力技術経験の違いがそれを必要とさせる。
「さて、どちらが勝つか」
「当然私たちですわ」
「自信があるのだな」
女王陛下の独り言。敢えて聞き流さず、彼女ははっきりと勝利を明言する。
『始め!!』
剣を構え距離をズンズンと詰める二人。灰目藍髪の剣の異様さに気が付いた
者が声を上げる。
「なんだあの剣は」
「柄がえらく長いではないか」
両手剣を摺り上げた片手半剣ほどの長さの『
振り下ろされる『伯爵戦士』の剣を踏み込んで剣で跳ねのける。両手ではあるが、間隔の詰まった片手半剣と異なり、柄の長い分、鍔元と柄頭を槍のように間隔を開けて握り込み、力を上手く架け相手の切っ先を剣で逸らす。
腕力魔力の差を剣で埋めたと言えば良いだろうか。
「防御一辺倒か」
「魔力切れを狙っているのであろうが、リドル卿の魔力は無尽蔵だぞ」
『伯爵戦士』の正体がロブ・リドル卿、あるいはレイア伯ロブ・ダディであることは観覧席に居る貴族達には既知のこと。高位貴族の子弟として生まれ、相応の魔力の扱いを学んできた故に、「無尽蔵」と称される魔力を有するらしい。
恐らく、リリアル式の節約魔力を用いても継戦時間は同程度。ならば、素の力の優れている『伯爵戦士が』有利なのは自明であると言えるだろう。
だが、リリアル生は、最近得た力がある。
「水の精霊フローシェよ我が働きかけの応え、我の盾となり我を守れ……
『
パン!! とばかりに灰目藍髪と『伯爵戦士』の間に、水煙が上がる。相手を魔術で攻撃するのは反則だが、目くらましの類はそれに当たらない。
「「「「なっ」」」」
パンパン!!パン!! 水煙を上げ乍ら、灰目藍髪は剣を往なし反撃を試みるも、『伯爵戦士』はものともせずに前に出る。
「何の効果もない」
「ええ、あれ自体にはそれほど意味はありません」
彼女は黙って見ていろとばかりに正面を向いている。その向こう側で、伯姪がニヤニヤしつつ顔を魔装扇で隠している。
「始まるわ」
「ええ」
二人は灰目藍髪が次の段階に入るのを確信する。
『
『
『
時計回りに回避をしつつ、『伯爵戦士』との間の地面に水の塊を落としていく。それをものともせずに前進するのだが、やがて足元が徐々にぬかるんでいくことを彼女達以外誰も気にしていなかったのである。
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