第626話-2 彼女は姉の手に入れた館を探索する
男爵邸の門衛は、彼女と姉の事を覚えていた。
「巡礼者ではなかったので?」
「魂の巡礼者なのだよ」
「……巡礼もしているのですが、今はリンデで商売を始める準備をしているのです。これからよろしくお願いしますね」
「「はっ!!」」
正門をくぐり中へと入る。最初にあるのは正門と一体化されている小門楼のような建物。ここは管理事務所と守衛の詰所を兼ねている建物だ。
「この呂の字型の部分が元の修道院だね」
「確かに、中庭に全て面している僧房がそのようね」
二階建てとなっているが、本来は平屋であったのだろう。二階の部分は増築されたものであると思われる。質素な建物ものであり、こちらは公的なスペースとして使われているようだ。採光用の窓が小さいのは古い建物の形式であると言える。ガラスが使えず、また、僧房として相応しい間取りを形作る故に、開放部は小さめにしている。ガラスが普及したのは、この百年ほどであり、元となる修道院が建築された時期には未だステンドグラスのように作られるものがメインであり、板ガラスは普及していなかったからだ。
二つの部屋の中央に煙突用のスペースあり、それぞれ二階の屋根の上に煙突が突き出ている。
「ここは後回し」
「そうね」
奥の追加で建てられた城館を先に確認したいのだ。この区画は礼拝堂のあったスペースを改築し、今風の城館に建て直したものだ。総三階建てで、窓も多い。
「日常遣いはこの区画だよね」
「そうね。僧房部分は来客用のスペースにする方が良いかもしれないわ」
入ってすぐであり、開放的な間取りと言えば聞こえはいいが、生活感のない間取りになりそうだからだ。無駄に広々としている。
手前が館の主とその関係者の間取り、奥は使用人用の区画であるだろうか。凹形のレイアウトとなっている。この奥の区画が生活区画となるだろう。
「あっちはなんだろうね」
「恐らく……病院区画でしょうね。その奥に恐らく墓地があるのでしょう」
館のある一画の奥、幾何学的な庭の先に二階建ての建物が建っている。質素な建物で、恐らくは病院として使用された建物であると思われる。その奥には、畑と馬房・馬場と思われる区画。
病院棟の区画と旧僧房区画は渡り廊下的な回廊で繋がっている。元は三階建て城館区画がなかったので、僧房と病院を繋ぐだけで十分だったのだろう。
「なら、問題が起こるのは、僧房と病院棟。その奥の墓地だよね」
「そうでしょうね。正門の門楼と僧房は比較的近いから、その辺りを目にしている可能性もあるわね」
処刑された修道士の霊がでるのであれば、僧房区画であろうか。
「書庫もあるのでしょうね」
「そういうのは後ね」
「……勿論よ。修道士の方達の蔵書は見てみたいもの」
五十年ほど前までに揃えられている本と言えば基本は『写本』であり、修道士が手書きで書き写した者である。挿絵は、専門の絵師である修道士が書き記した麗美なものであろうか。
残っていれば一財産である。原神子信徒であった父王とその配下の郷紳たちの触手が動かなかったのならば、未だにあるのだろう。
「幽霊騒ぎは最近なのよね」
「だと思うよ? 初代男爵がここを建てたのは女王陛下の戴冠前だし、その前の姉王時代は男爵干されていたから」
姉と彼女、そして姉のお供であるアンヌが同行しているだけ。伯姪らリリアル組は、リンデの街を観光している。という建前で情報収集しているのだ。冒険者ギルドは『商人同盟ギルド』の内部にあり、リンデの市内の情報を収集するには適していない。
「メイちゃんたちはどこ行ったのかな?」
「橋の上の商店街にはいくと言っていたわね」
「あそこの中の宿に泊まってみたいよね」
「……私は遠慮しておくわ」
川の上の宿には、川に突き出たトイレが存在する。過去に何人かが川に落ちそのまま行方不明になっていると聞く。真夜中に川に落ちたらと考えると、あまり泊まりたいとは思えないのが彼女。「落ちたら面白そう」と考えるのが姉なのである。
「ねえねえ、泊まろうよ」
「私は遠慮しておくわ」
姉、解っていて何度も押してくる。正直うざい。
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敷地の奥には仕切りはなく、屋敷の建物の壁が敷地を隔てる存在となっている。修道院である時には不要であったであろうし、男爵も城館以外は大して手を入れていなかったのだろう。
「ここ、土塁と壕でぐるっと仕切れないかな」
「姉さんのやる気があるならできるでしょう?」
姉、彼女に施工させるつもりであったのだが、彼女は姉が『土』魔術を使えるようになる方が姉自身の為だと熱心に語り始める。
「姉さん」
「何かな妹ちゃん」
「姉さんの魔力量なら、最初は魔力の力で少しずつ施工できると思うの」
「でも……大変じゃない」
「それが人生よ姉さん」
どや顔で煽る彼女。
「それにね、『土』魔術をこの地に沢山流し込むと、おそらく、この地の土の精霊から姉さんが『祝福』なり『加護』を得ることができると思うわ」
「そうかなー」
連合王国のある『大島』には、土の精霊由来の「屋敷精霊」が存在すると言われる。ブラウニーであるとか、シルキーと言った存在がいるとされる。
「幽霊付きが当たり前?」
「古い屋敷には屋敷霊が存在するのが当たり前の土地柄だと聞いているわ」
『シルキー』とは、衣擦れの音のような気配だけがすることから名づけられた綽名のような存在。音は擦れども姿は見えずといったところか。住み着いた家の家事を手伝う事もあるが、一度怒らせると住人を追い出そうと様々な嫌がらせ悪戯をするのだとも言う。
家が荒れている時には手伝い、平素は悪戯するとも。
「不思議なものはいくらあってもいいよね」
「ワインを酢に替えるとも言うわね」
「そりゃ困るよ。商売にならなくなっちゃうじゃない? そんな悪い妖精は討伐対象だね」
姉、お金に敏感である。ワインを酢に替えられたら堪らない。
「魔水晶があれば、土塁なり防御壁の中に魔力を込め入れておくと、魔物除けになるんだよね。聖エゼルでは採用していたよ」
聖エゼルの団長である伯爵令嬢の実家の領都を改修する際に、そのような技法を取りこんで効果を出したと姉は言う。
「あそこ、ワームも出たからね。大山脈は伊達じゃない」
「白亜島もドラゴンが多いとされる土地でしょう?」
「海に近い土地か湖沼の多い領地じゃないの? リンデの周辺じゃ聞かないと思うよ」
リリアルが関わった『ガルギエム』などは、元は王都のある場所にあった沼の主であったものが、御神子の司教に説得され今の山奥の湖に潜むに至っている。教区ができたばかりの頃の司祭・司教は、自分の教区の中に潜む魔物を討伐し、あるいは説得して人々の安全を護る事で信仰に帰依させるよう務めたのだろう。
古くから教区のある都市より、教化の及ばない辺境にこそドラゴンのような強い魔物は潜んでいると考えられるのだ。ワスティンの森も、王都から近いものの土地柄としては『辺境』にあたる。
「魔水晶の在庫はそれなりにあるから、それも姉さんがやるべきね」
「いやいや、ここは聖女アリエルさまの魔力でお願いします!!」
「……」
彼女自身は耐えているものの、本質的に『聖女』等と呼ばれる事は嬉しくない。姉の言い回しは明らかに揶揄が含まれているからなおさらである。
「一つ辺り、金貨一枚を頂きます」
「そこは、身内価格で負けてちょ!」
姉は全力で値切り、魔水晶込みで一個小金貨一枚まで値切ったのである。とはいえ、一周400mはある防塁であるから、単純に四十個は必要となるだろうか。金貨四枚、なかなかのコストである。
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