第625話-2 彼女はノウ男爵と邂逅する

 ノウ男爵枠で馬上槍試合への出場が確定した二人。恐らく、王弟殿下の従者の中からも出場枠が設定されている事だろう。


「ねぇ、妹ちゃん」

「……何かしら姉さん」

「あの屋敷の買取を打診に商業ギルドに行こうかと思ってるんだけど、どう思う」


 ノウ男爵が手放す前に問題を解決して値段を吊り上げたいと考えているのであれば、そこに掛かる問題の解決依頼料分を値引いて価格提示をしてもらえば、手元に残る金額は同じになるのではないかと姉はいうのだ。


「それはそうよね」

「でしょ? まあほら、あぶく銭も手に入ったし、短刀直入にね」

「単刀直入でしょ? 危ないわよそれじゃ」


 金貨八十枚ほど稼いだ姉。売り出し価格が金貨五十枚まで下がっていることから、あと十枚ほど引いてもらって買い手に打診をお願いしてみるつもりなのだという。


「長い間解決できないから、依頼料も跳ね上がっているみたいだし、そもそも、ギルドとしてもほとんど塩漬けみたいなものだしね」


 商人同盟ギルド配下の『冒険者ギルド』は、リンデの不動産を扱う商業ギルドとは関係ないのだが、関わりはある。男爵と商業ギルド、冒険者ギルドで話をしてもらえば、『現状渡し』による値引きは問題ないだろう。


「住んじゃった方が、一々通ったりしなくていいじゃない?」

「……屋敷の警備はどうするのよ」


 ニース商会経由でリンデ駐在の商会員を手配中だが、二月程度はかかるだろう。ジジマッチョ繋がりの、聖エゼル騎士団を退役した元騎士達に打診をしているのであるから、早々にリンデに到着するとも思えない。


 姉曰く、ノウ男爵の使用人を暫く借り受けるなりして、人の手配が付くまで対応することも契約に含めればよいのではないかという。


「働いている人も、雇用主が一時的に変わると思えば問題ないじゃない?」

「あの場にいる人たちは累代の家臣と言う事もないでしょうしね」


 そもそもノウ男爵は先代が叙爵されてできた家系であり、元はリンデの商人上りの郷紳だ。


「サンライズ商会に居座るのも、ほら、お互い負担だしね」

「確かにそうね。鍛錬する場もないから、二人の馬上槍試合の練習場も確保できそうなあの屋敷は早めに手に入れておきたいわね」

「またまた、妹ちゃんも出たいんでしょ? 歓迎馬上槍試合」


 王弟殿下を迎えるイベントに、副大使の彼女が盛り上げる側で参加するというのは如何なものか。王弟の従者が参加するのは、王弟側の配慮といえるだろうが、副大使参加、尚且つ女性副伯であることを考えると、却って盛り上がらないのではないだろうかと彼女は考える。


「エキシビションなら有かもしれないじゃない?」

「それそれ!! ほら、女王陛下のお気に入りのおっさんとかも、目立ちたいんだと思うんだよね。手合わせしてあげればいいじゃない」


 催し物への飛び入り参加も貴族の嗜みだよなどと、寝言を言う姉。伯姪も自身が参加したいのだろうか、積極的に話に加わる。しかし、彼女はさほど馬上槍試合に興味はない。


「魔力勝負なら、相手が可哀そうでしょう」


 身体強化に魔力壁迄用いれば、あとは蹂躙するだけなのは戦場で経験している。一方的な戦いは、実戦ならともかく催し物であれば返って水を差す事になる。力が拮抗している方が盛り上がるからだ。


「面子をつぶしかねませんからね先生の場合」

「確かにそうですね。負けて良いことはありませんが、勝てば勝ったで親善に悪影響があるでしょうから」


 既に『竜殺しの英雄』と称される彼女の存在は、王国では半ば神聖化され、「聖女アリエル」などと呼ばれているが、『救国の聖女』が連合王国にとっては『魔女』とされ火刑に処せられたのと同様、彼女の存在も立場が変われば見方も変わる。


 何度も連合王国の協力者である王国商人や盗賊を捕らえもしくは討伐し、数々の工作活動も潰してきているのであるから、表立って主張できないとしても、好意を持たれるはずがない。


 とはいえ、『救国の聖女』は文字も読めない農民の少女であったが、彼女は歴史ある王国貴族の子女であり、自身も騎士となり今では副伯の爵位を賜る有力貴族家の当主であり、かつ、多数の魔力持ち・魔騎士を有するリリアル騎士団を抱えている。個としても集団としても、『救国の聖女』とは比較にならない連合王国の潜在的な敵対者なのだ。


「目立たないようにしたいのよね」

「それは無理!!」

「「「ですね」」」


 姉の言葉に異口同音に同意するリリアル勢。何もしなくても目立つのが彼女の存在であるし、何かすればたちまち目立つことは間違いない。


 であれば、エキシビジョンでリリアル勢同士が手合わせする程度で納めるのが良いだろうか。あるいは、王国の同行者同士であれば。


「兎に角、なる早であの館を手に入れて、妹ちゃんに改修してもらおうと考えているのだよ」

「姉さんも精霊魔術の鍛錬をするのにちょうどいいかもしれないわね。商会の持ち物なのだから、自分でやってみるべきよ。幸い、鍛錬の時間は沢山あるわ」


 姉は仕舞ったと思うのだが、時すでに遅し。姉も土魔術の鍛錬をする事が強制的に決まったのである。



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