第624話-2 彼女は二人の勝負を見守る 

 第二枠は、長身の神国の剣士風の男が勝利していた。カトリナに似た雰囲気のレイピア遣いだと彼女は感じていた。こんなところに、サボア大公の婚約者がいるわけないのだが。


「第二枠の決勝ではなくて助かりました」

「そうかな?」

「剣技で勝負なら、勝てないと思います。ここは、何でもありの戦場ではありませんから」


 茶目栗毛は、何でも使いこなせるタイプだが、剣技だけ磨いた試合形式の戦いで必ず勝てるほどの身体能力でも技術でもないのだ。敢えて、斧のような相手と噛み合わない装備で決勝に出向いたのは、相手が多少とも混乱し戦い方が単調になることを期待していたからだという。


「斧と剣なんて、今時、まずない戦い方ですから」

「ロマンデ公の戦争の頃は結構使われていたんじゃない?」

「五百年は前じゃない。それに、あの頃の斧は、生活道具と兼用でしょう?」


 剣を授けられるのが騎士の証明となるのが今時だが、その昔の一人前の男は、斧を授けられるのが成人の証であった時代もある。剣を作る製鉄の技術が未熟であった頃は、すぐ折れる剣より叩きつける斧の方が実戦に適した武具と考えられていた節もある。


「斧で殴るのもいいよね」


 メイスは王杓のような存在もあるので許容できるかもだが、斧はいかんだろう。


「……姉さん」

「何かな妹ちゃん」

「返り血を浴びながら斧を振り回す姿は、とても貴婦人とは言えないわよ」

「「「確かに」」」

「えー」


 斧の背中にピックがある方が、剣を絡め捕るときや鎧を引き倒すのに便利だと姉は熱弁し始める。そういう物は、老土夫にでも聞くべきだろう。土夫と入江の民は斧を持って戦う種族だからだ。


「いよいよ第三枠めですね」

「負けてもいいわよ。気楽にね」

「駄目!! ぜぇーったいダメ。五十五枚ちゃん!! ガンバレェ!!」


 姉、金貨の枚数で呼ぶのはいい加減にしなさい。


 灰目藍髪の相手は、恐らく斥候系の傭兵ではないだろうか。騎士の物語の騎士よりも実際にネデル辺りで神国に雇われている軽装騎兵といった趣だ。


「よろしく頼むねお嬢ちゃん」

「……こちらこそ……」


 軽口を叩きつつ牽制をする。得物はブロードソードに左手用の短剣。一回戦の灰目藍髪と似ているだろうか。対する本人は、バスタードソードを選ぶ。これでリーチは互角。刺突系の剣技を用いなければ、左手の『受け』用の短剣はあまり意味がないかもしれない。バックラーのような視線を隠し、剣先を往なす方が良いだろう。


「チクチク系の剣技だと左手短剣は生きるけど、それは対策するでしょう? 何の意味があるのかしら」

「恐らく、何か仕掛けるつもりなのでしょうね。対人戦はあまり経験がないから、読めないわね」


『腕試し』や『遭遇戦』での対人戦ならともかく、「試合」形式というのは難しい。魔力頼みでゴリ押しできるわけもなく、相手に会わせて攻め手を考えることになるというのが、彼女自身も経験不足なのだ。





「始め!!」


 本来、馬上槍試合の徒歩の戦いにおいて、双剣、それも平服用の片手剣と左手用短剣の組合せはありえない。板金鎧を切裂く事は出来ないし、動きが止まった時以外では、刺突を綺麗に決めることができないからだ。


 素早く動き回る全身鎧の騎士の鎧の継ぎ目や隙間に剣先を差し込み、ダメージを与えることなどできるはずがない。剣は、馬から降り装備を失った場合の最後の護身用の武器であり、剣を失えば組打ちで勝って武器を奪うまでが騎士の嗜みであると言える。


『動きを止める秘策ありってところか』

「魔術の使用は身体強化以外禁じられているのだから、一瞬でも動きを止める手段と言うのは……何を用いるのかしらね」


 この場が土の鍛錬場であれば、土煙砂煙で眼潰しをして怯ませるという手段が考えられる。魔術を使えばもっと容易である。例えば……『雷』魔術とか。


「何を仕掛けるつもりかしら」

「楽しみだねぇ」


 姉は相手の様子を伺いながら楽しそうである。


「スライミィ!! お前は勝てよぉ!!」

「頭潰されても絶対かてぇ!!」


 どんなアンデッドだよ。


『スライミィ』というのも綽名・それも蔑称に近いだろう。ドロドロ・ヌルヌルした物といったニュアンスだ。転じて、「卑怯」「低俗」「胸糞悪い」といった意味になる。仮に、その傭兵としてのスタイルであるなら、正攻法ではなく反則じみた奇策を行う事だろう。


 双剣を立てやや斜に構える『スライミィ』。オーソドックスなスタイルだが、剣士のそれであり、騎士が全身鎧でするスタイルではない。


「……」

「さあ、どこからでも来なさい!」


 胡散臭い笑顔で誘うスライミィ。灰目藍髪も剣を中段に構え躊躇しているように思える。


 やがて心を決めたように剣を振り、連続した浅い斬撃を繰り返す。


「はは、腰が引けてますぞぉ!!」

「くっ!」


 腰が引けているわけではない、こちらの間合いは相手からすれば遠いのだ。距離がかみ合わない。左右の剣で斬撃を往なし、軽いカウンターを合わせるように曲剣を繰り出す。


 間合いを詰めれば、往なされ距離を取られるの繰り返し。焦れてきた灰目藍髪が思い切った踏み込みをする。


 BWWWW!!


『スライミィ』の口元から何か液体のようなものが飛び出し、灰目藍髪の顔にかかる。兜はしているものの、面貌はない『キャバセット』型であったのが裏目に出た。視界を確保するための工夫を逆手に取られたのだ。


「ううぅぅ」

「どうした、俺はここだぞ!!」


 ここぞとばかりに剣を叩きつける『スライミィ』。


「審判!! 反則だぞぉ!!」

「いや、吐しゃ物は反則じゃねぇ!! いけぇ!! 俺の金貨あぁ!!」


 一気に攻勢に出る相手に、打つ手なしとなったのである。




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