第612話-2 彼女はこの国の姿を考える
村から離れた林間の草地。街道からも見て取れない場所を選んで、彼女達は野営を行う事にした。
「カンタァブルまでは大きな街以外、野営で済ませましょう」
「街中で警戒するよりは魔力走査しやすいですから、むしろ安全かもしれませんね」
「季節的にも問題ありませんし、遠征用の荷馬車であれば宿と大して変わりません」
「むしろ、視線を感じない分気が楽かも」
「「「確かに」」」
宿の食堂などで若い娘ばかりの一行は注目されるのだ。護衛の茶目栗毛も優男なので、気安く話しかけてくる者も少なくない。これが、ジジマッチョあたりが同行者なら全員姿勢を正して視線すら送ってこないのだろうが。
「こう何度も襲撃されると嫌になるわね」
「ギルバートは平和でしたわ」
「あそこは、ちょっと独立した街だからでしょうね。領主やその係累が力を発揮しにくい場所だから」
半ば王領であるから、勝手なことをする代官もいない。また、学生やその世話を焼く使用人も地元の人間ではないので、まとまっていないと言えばいいだろうか。故に、安全なのだと言える。街ごと牛耳る存在がいないからだ。
その点、田舎の街や村は『支配者』が存在する。好き勝手余所者にやらかしたとして、その住人は余計な口を差し挟まないし、見て見ぬふりをするだろう。とても治安が悪いのだが、百年戦争期の王国もそんな感じであったと伝えられる。
「王国みたいに、騎士団が行き来して治安を守ったりしていないんですね」
「王家の騎士団や王国の騎士団が存在しないからでしょうね」
「「「存在しない……」」」
『聖蒼帯騎士団』『聖赤帯騎士団』といった名称の騎士団は存在するが、これは有力な地方貴族や高級官僚・宮廷貴族に与えられる名誉の席次であり、『騎士団』として活動しているわけではない。
連合王国には、各貴族の有する『諸侯軍』、各地の州総督が指揮する『徴募軍』、そして主に帝国から来る『傭兵』が戦力となる。
諸侯軍は『領軍』とも言われる常備の戦力であるが、諸侯の私兵である騎士達と、その諸侯を旗頭とする州や郡の地主層『郷紳』が主な戦力となる。何度か絡まれているのは、原神子信徒の多い貴族の所領にいる『領軍』なのだろう。囲んだ兵士には『徴募軍』として参加させられた者も含まれていたかもしれないが。
「じゃあ、女王陛下の警護は誰がしているんですか?」
「護衛隊が存在するけど、せいぜい百人くらいだと聞いているわ」
「近衛騎士と同じくらいね。まあ、どの程度の実力かは知らないけど」
王国のように貴族の子弟というわけではないだろう。そもそも、貴族の数がとても少ないのが連合王国だ。騎士は貴族ではないので、そうなってしまう。
「ああ、だから色々勝手なことをする奴らが湧いてくるんですね」
「露骨な反逆行為でもなければ、捜査もできないでしょう。利益誘導して人気取するくらいしかやりようがないかもしれないわね」
王国の場合、王家の直轄領となっている都市も領地もかなり多い。そこに、王家の官吏である代官たちが赴いて統治をしている。領主としての貴族も存在するが、年々数を減らしている。貴族の多くは、王から与えられた爵位と王領の管理を委ねられたものが多数を占めている。
対して、連合王国の貴族は、大貴族であれば女王に匹敵する経済力
を有している者も少なくない。リンデに在住することなく、それぞれの領地で『王』のようにふるまうものも少なくない。百年戦争前の王国もそのような姿であったし、神国・帝国も名目上「国王」「皇帝」を頂いているものの、実際は小邦の集合体に過ぎない。
「百年戦争の頃とはまるで逆ね」
「こっちはあの後、『三十年内乱』があったでしょう? あれで随分と王家の力が落ちてしまったのね。関わらなかった地方の高位貴族が相対的に力を残したという事でしょうね」
百年戦争の戦場となった王国は、その間に王家内部の闘争を含め貴族の集合離散が何度も行われ、やがて高位貴族が淘汰されてしまったという経緯がある。一部、ネデル・ランドルに力を持っていた大公家は独立してしまったが。戦争を期に、いや、戦争に勝つために王家の力を財政面や統治能力の面で強めたということがある。
賢明王の時代、王家の税収はそれ以前の三倍となった。でなければ、王国を護る軍事力を王家が持てなかったからである。
海に囲まれた連合王国では、北王国との戦いもあるとはいえドングリの背比べであり、国境線で争う事がほとんどだ。なので。北部の諸侯は戦慣れしている反面貧乏だ。南部の諸侯はリンデの商人たちと同様、ネデルなどとの貿易で稼いでいる為、自身の利益を優先する傾向が強く、女王にその為に協力している。が、戦力としては怪しい。
武力の北部、経済力の南部という関係に挟まれ、女王陛下はそのバランス取に懸命なのだろう。保守的な北部は御神子教徒が多く、南部はその逆だ。
「王太子殿下が自らに忠節を誓う王立騎士団を南都で立ち上げる理由が良く解るわ」
「いるか隊」
「海豚騎士団」
「可愛らしいですわ」
王太子=ドルフィンなのだから仕方がない。おでこが可愛いところが少々似ていなくもない。
王太子が選抜し教育し叙任した騎士達は、王太子個人に忠節を誓う存在だ。王家に誓う『近衛』、王国に誓う『騎士団』とは異なるのだ。
王太子に対抗する勢力が生まれたとしても、王立騎士団と同等の戦力を持つ貴族は王国には生まれない。故に、王太子が王となるならば、さらにその力は強まりこそすれ弱まる事は考えられない。
「護衛隊とまた模擬戦させられるんじゃない?」
伯姪は思い出したかのように話をする。レンヌへ向かう王女の護衛を引き受けた際もそんなことがあった。そもそも、ニースでもジジマッチョの前で腕試しさせられたのではないか。
「私は参加しないわよ。お願いするわね」
「畏まりました」
「ええ……えええ!!」
薬師娘二人とも王国の正騎士であるから、当然、女王陛下の前で腕試しをすることになるのだ。彼女は、流石に遠慮したい。
「剣でしょうか?」
「剣か、馬上槍か」
「あるいは『ラ・クロス』」
「熊と戦わされるかもしれません」
「「「あ……ああぁ……」」」
古帝国時代の見世物に、剣闘士と猛獣を戦わせるというものがあった。熊と剣闘士と言う組み合わせもあり、当時はまだ野生の熊が棲んでいた『大島』からも運ばれた記録があるとか。いまは、子熊を輸入して育てたものを見世物として虐めている。主に、犬を嗾けるそうだ。
「けど、熊虐めの熊って、目を潰されたり短い鎖でつながれて動きが制限されているみたいですよ」
「ひどい話ね」
「流石に、五体満足の熊なら、犬のニ三匹じゃ相手にならなさそうですもんね」
熊も魔熊も彼女は見たことも討伐したこともある。まあ、竜よりだいぶマシであるから問題ない。
「けれど、『牛舌槍』なら熊でもバッサリいけそうね」
「殺したら駄目でしょう」
「可哀そうですわ」
目を潰され、日々犬を嗾けられ見世物として生きながられるのと、いっそ殺されるのとどちらが幸せなのだろうかと思わないでもない。
「まあ、この国色々歪んでるわよね」
「人はそれぞれ、それなりに歪んでいるのでは?」
伯姪の言葉に珍しく茶目栗毛が反論めいたことを言う。
「確かに」
「あなたは、食欲方面に歪んでいるかもしれないわね」
「うう、だって、騎士学校時代はそれくらいしか楽しみなかったじゃない?ふ、太ってないから、筋肉が付いただけだから」
「それは筋肉太りというのではありませんの?」
私は太っていない!! と連呼する碧目金髪。因みに、魔力の操作が上手な魔術師は基本的に体が魔力の運用に最適な体型・体質に整えられるので長く変化しない。彼女の場合……十代前半で体型が固定化された気がしている。
『人間、あきらめが肝心だ』
『魔剣』の言葉に「ああ、何も聞こえないわ」と彼女は内心反論するのである。
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