第611話-2 彼女は『赤帽子』に出会う

 ギルバートを出て、再び街道を東へと向かう。リンデに行くならここから北に向かうべきなのだが、今少しこの国を見て回りたいと彼女は考えている。


「そういえば、魔物と全然合わないわね」

「……出てこないんじゃない?」


 伯姪の言葉に彼女は気配隠蔽をしていないことを思い出した。確かに、魔力の多い人間がぞろぞろ歩いていれば、弱い魔物は逃げてしまう。強者のオーラを纏った彼女がいるのであれば、なおさらである。


「やっぱりゴブリンとかでしょうか?」

「……出会いたくありませんわ」


 馭者を相変わらず務めるルミリが、碧目金髪の言葉を嫌そうに否定する。


『いるわよ』

『いるんだが、ちょっと毛色が違う』


『魔剣』と『金蛙』がそう答える。『金蛙』は蛙の精霊『フローチェ』の事だ。

 

 曰く、フローチェのようにアルマン人の部族が三々五々、蛮王国のある島に移り住んで来る際に、元の地から精霊を伴っていたものと、在地の精霊が入り交ざっているのだという。


 ゴブリンは、王国や帝国とその辺り姿かたちが独特であるという。


『あの赤帽子ってのは、こっちの奴だな』

『ああ、あの性悪でしょ! あいつらは、ほら、あんな感じの場所に湧くのよ』


『フローチェ』は、街道と集落の入口にあたるT字路の突き当りの場所を示している。


「あそこは何かあるのかしら」

『処刑場。もしくは、晒し場ね』


 人間の『悪霊』と血の精霊が交わって産まれるのがゴブリンとされるので、恨みや無念を残した人間の魂が生まれる場所であればゴブリンは生まれやすい。王国の場合、古戦場や賊軍に滅ぼされた集落跡などから発生する。その場合、とうに放棄された集落であるから、森に飲み込まれている結果、森にゴブリンがいる状態になると推察される。


『ほら、いるじゃない』


 T字路の奥の森から、確かに赤い帽子をかぶった三匹のゴブリンらしき小鬼が現れる。手に持つのは片手斧。


――― この国においては、極めて危険な妖精の一種とされる。


『あれ、結構、いろんなところにいるみたい。廃墟とか古い城塔とかね』


 過去に凄惨な事件が起こった場所、墓地などにも出没する悪鬼なのだ。


 とはいえ、装備の整ったゴブリンが最初からあらぶってらっしゃるという程度だ。


 彼女は、良い機会かと思い、ルミリを指名する。


「一人で三体、できるわね」

「む、無理ですわ!!」


 確かに剣では難しい。そもそも、ルミリは冒険者としての鍛錬をさほど行っていない。身体強化と気配隠蔽はできるものの、それ以外はほぼできない。


「がんばれー!!」

「誰にでも初めてはあるのよ」

「フォローするから、まずやってみなさい!!」


 誰も庇ってはくれない。女ばかり五人ほど集まっていると気が付いた赤帽子が勢いよく走って来る。


「時間が無いので端的に。動きを止めて、これで喉を切裂きなさい」


 彼女が取り出したのは、姉から貰って放置してあった『聖エゼル』の兵士が使っているという長柄。


「『ランデベヴェ』という短槍です。突けば槍と同じですが、剣のように斬り裂くこともできます。これで、首元を狙って突き、斬りなさい」

「できません」

『できるわよ。何のための加護なの。一瞬動きを止めればいいんでしょ?

簡単よ』


『フローシェ』に言われ、半信半疑ながらルミリは前に出る。既に10mまで迫ってきている。


『いい、こう唱えるのよ!「水の精霊フローシェよ我が働きかけの応え、我の盾となり我を守れ……『aquafumus』」』

「わかりましたわ。「水の精霊フローシェよ我が働きかけの応え、我の盾となり我を守れ……『aquafumus』」」


 前方に向け、真っ白な水煙が広がっていく。視界を遮る煙に、赤帽子は一瞬動きを止める。


『足元を見て、足が見えたら、槍を突き出す!!』

「はい!!」


 身体強化をしたルミリが前に出る。『ランデベヴェ』は全長2mほど、剣や手斧よりずっと間合いがとれる。赤帽子の背丈はルミリよりやや小さいくらいであるから、振り回しても体に当たることはない。


「やあぁ!!」


 足を確認したルミリが掛け声とともに腰の高さに構えた槍を下から自分の頭の高さほどに向けてつき上げる。


GUEE……


 かすかな抵抗と、目の前の霧の中から断末魔の声。


「すぐ動く!!」

「はい!!」


 伯姪が声をかけ、一瞬で元居た場所から後退する。


ZASHU!!


 水煙の中から、元居た場所に向け手斧が振り下ろされる。


「えいぃ!!」


 その手斧の位置から推察した場所へと再び穂先を突き刺すと、スッと刃が通る抵抗を感じ、ガツっと骨に当たる。


「直ぐ引く!!」

「はい!!」


 槍を突き出したままでは、剣や斧で斬り落とされる可能性がある。突いたら元の位置まですぐに戻すのが基本だ。めちゃくちゃに手斧が水煙を掻きまわすように振り回され、ルミリは勢いに硬直する。


「叩き斬りなさい!!」


 思い余った彼女が強く声をかけると、ルミリは高く穂先を掲げ、振り回す手の持ち主の頭のあるあたりに向け、エイエイと叩きつけたのである。


GSHI!!

GUEE……


 頭をたたき割られた赤帽子が一体、残り一体は茶目栗毛がルミリに近寄る前に一撃で斬り倒し、ブロードソードの錆となったのである。

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