第605話-1 彼女は『フェルハネム』に到着する

 街道をさらに東へと進む。


 すると、丘の上に城塞が見えてくる。街道を護る為の部隊を配置している要害であるのだろう。何人か壁の上で動く人影が見て取れる。


「あれがフェルハネム城ね」

「なんだが、見たことがある不吉な城塞に似ているわ」


 伯姪が意味するところは、騎士学校の遠征で立ち寄った『ジズ』の城塞だろう。ロマンデ式の丘の頂を囲むように円形の城壁を築き拠点とする姿が似ているのだ。


「あれ、何なんですか」

「ロマンデ式城塞。王国にも、ロマンデ公の領地であった場所には割と残っているわ」

「そして、大概、いらないものが出るのよ」

「いらないもの?」


 アンデッドとは、死霊の類であり、死んだ人間の成れの果てである。つまり、用が無くなった者なのだから「いらないもの」で間違いない。




 街道に向かい、騎馬が先導する分隊程度の兵が下りて来る。恐らくは、街道警邏の部隊だろう。


 このメンバーで蛮国語が話せるのは、彼女と茶目栗毛、赤目のルミリだけであり、他の三人はあいさつ程度である。巡礼なのだから、誰もかれもが会話をする必要はないので問題ない。


「すれ違う時に誰何されるかもしれませんね」

「話は任せるわ護衛さん」

「はい」


 一行の先頭に出る茶目栗毛。対応を任される。





 暫くすると、城塞を下ってきた部隊とすれ違う為、街道を譲り道の端へとよる。


「どこまで行く」


 先頭の指揮官らしき騎兵が、馬上から彼女たちに声をかける。


「私どもは巡礼者でございます。カンタァブルへ向かっております」


 じろじろと一行を見て、再び指揮官が声を上げる。


「して、どこから来たのだ」

「私どもはルーンからでございます」


 指揮官はやや驚いた顔となる。とはいえ、ルーンとサウスポートは貿易で交流があり、連合王国の占領下にあった期間も長いため、この地に巡礼が訪れることもおかしくはない。


「ルーンから」という言葉も嘘ではない。王都を出てルーンには一泊しているのだから。全部を説明せず、省略しただけである。


「そうか。最近は巡礼者を襲撃する不届き者もいると聞く。夜は出来る限り街中にいる方が良かろう。野宿は危険だ」

「心得ました」

「では、良い旅をな」


 最後は笑顔で隊を進める指揮官。どうやら、彼は厳信徒ではないようだ。戦闘部隊ならまだしも、警邏・防衛には極端な信仰心を持つ物は不適切だからだろう。





 暫く進んでいると、背後から騎馬が接近してくる。何事かと視線を向けると先ほどの指揮官であった。


「この先、暫くは街はない」

「……『フェルハネム』は街ではないのでしょうか」

「そうだ。村で、家も十ほどしかないし礼拝堂も小さい。なので、野宿することになる。なのでな……」


 指揮官は、良ければ『フェルハネム城』で一泊すると良いと勧めて来る。


「兵士が寝起きする場所が多少余っている。本来は軍の駐屯地として

整備されているが、今は見回り用の部隊が少しだけいるだけなのだ」

「ですが、御迷惑では?」

「なに、旅人の安全を確保するのも我々の仕事。野宿を避ける事もまたその範疇であろう」


 一応筋は通っている。「無理強いはしないが、次の街に行くなら、明日の朝早朝に城塞を出る方が良い」と言われ、茶目栗毛が彼女に視線を向ける。


「騎士様のご厚意、ありがたく受けましょう」

「はは、騎士ではない。領軍を預かってはいるがな」


 と言われる。騎士は国王に叙任されなければなれないもので、相応の謝礼が必要であるようだ。要は金で買う身分の一つ。もしくは、王に仕えた際にいただく報奨の一つであるのだろう。



 彼女らは城塞へ上る道を進んでいき、先ほどの指揮官から預かった身分証になる短剣を見せ、城塞に一晩滞在することを告げる。


 よくある事のようで、一行は空き部屋となっている兵士の宿舎の一室へと案内される。


「水場はあの中央にある井戸だ」

「川は近くにありますか?」

「街道と反対側の斜面を下ったところにある。なんだ、洗濯か?」


 兵士はぶっきらぼうではあるが、親切に教えてくれる。寝具も寝床も粗末ではあるが、さほど困ることはない。昨日の廃墟よりはずっとましだ。



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