第601話-2 彼女はリリアル学院にしばしの別れを告げる

 海のど真中、大型船のマストの上に乗れば水平線の向こうの両岸が見て取れるかもしれないが、小型船の海面と大して変わらない高さでは、精々数キロしか見る事は出来ないので、もう大海原の真っただ中な感じしかしない。


「新大陸へ向かうのは、こんな感じで何カ月もかかるのよね。正直、冒険心と強固な信念が無ければできそうにもないわね」


 神国の騎士上りの冒険商人や修道士が向かうのは、その国の人となりがある気がする。また、法国の中でも独立心反骨神旺盛な『ゼノビア』商人がその片棒を担いているという事も頷ける。


 正直、まともじゃないと彼女は思うのである。


「ほら、聖征とかと同じだと思うわ」

「男のロマン的な何かかしら」


 新大陸で異民族相手に無双する冒険譚も知らないではない。相手は石の槍や斧でマスケットや大砲を用いた神国冒険商人という名の傭兵に蹂躙されるという話だ。


 正直、魔物相手に無双するリリアルも似たようなものだが。だが、人と魔物は全然違う。


「あなた酔わないのね」

「ええ。身体強化の賜物ね」


 魔力量小の三人は荷馬車の中でえづく以外なにも出来なくなっている。


「このマストの上に、見張台もあっていいわね」

「追加できるように依頼しておくわ」


 高さ10m足らずの帆とはいえ、高所を取れることに意味はある。大型船に接舷するにも梯子代わりに使えなくもない。銃手を配置することもできる。誰がその任につくかは……考えないでおこう。


すると、茶目栗毛が声をかける。


「先生、海豚が並走しています」


 見ると数頭のイルカの群れが魔導艇の左右に並んで、背びれを時折水面に出しながら同じ方向に向け進んでいる。


「あ、気が付いた?」


 伯姪曰く、内海でも良くある光景らしく、特に気にしていなかったらしい。


「驚いたわ」


 海豚、意外と大きいなどと彼女は思うのである。




 日が沈む時間となり。帆を下ろし魔導外輪だけでの航行へと移行する時間となる。帆走のお陰で魔導だけの場合よりかなり早く進めたと伯姪の談。明日の早朝には対岸に到着するので、それまでは岸に近づかない様にしようと言われる。岩礁もあるだろうし、夜に進むのは気が引ける。


「本来は、錨でも降ろして停泊するものよ」

「けど、この場所だと」

「東に流されるから却下ね。進む方がましよ」


 西から東に海流があるため、カ・レの方向に進んでしまう。なので、夜中も交代で舵を握り対岸へと進む他ない。




 彼女は夜中まで舵を握り予定通り伯姪と交代する予定であったが、明け方には対岸が見える可能性を考え、茶目栗毛に交替し、早朝に伯姪に舵を預けることにした。


 魔装荷馬車の中は……ちょっとエグイ事になっている。全体的に……据えた臭いが充満している。


「風の魔術でも使えれば良いのだけれど」

『水でなんとかならねぇか』


 水の精霊の『祝福』を受けた彼女であれば、今まで以上に出来る気がしないでもない。『魔剣』にそそのかされ、彼女は『水球』を作り出し、荷馬車の床をコロコロと回転させ吐しゃ物を水球の中へと取りこんでいく。


 やがで汚水色となった水球を荷馬車から船外へと放り投げて無事解決……まではいかないが、かなりましになった。


「もうし……わけ……ありま……せん……」

「「……」」


 三人が謝罪する雰囲気をにじませつつ、苦しみも抱いているのに若干申し訳なさを感じつつ「あと少しの我慢よ」と気休めを言い、彼女は睡眠をとるのである。




 顔面蒼白の灰目藍髪に体をゆすられ、彼女は覚醒していた。船の揺れが何とも揺り籠めいていて気持ちよく熟睡していたのである。


「先生……流石です」

「……そうかしら。それで?」

「連合王国の岸が見えています」


 しばらく岸沿いに進み、やがて入江の奥にある『サウスポート』へと到着することになるという。昼前には到着するだろうという事で、兎馬車を使わなかった場合の旅程とほぼ同じとなる予定だ。


「今日は、サウスポートで宿泊でしょうか」

「いえ、折角なので古都『ベンタ』まで移動します」

「……そのように皆に伝えます」


 昼すぎに到着するのであれば、サウスポートで一泊する事とも考えたが、この時間ならば余裕をもって『ベンタ』に移動できると思われる。


 古都『ベンタ』は、海からの襲撃に対応するため、内陸に遷都した先住民の時代から続く王都であった都市であり、巡礼路の起点となる場所だ。ロマンデ公がこの地に侵攻した時、最初に王都とした場所であり、この地から進んだ騎士達が、当時のカンタァブル大司教であったトマスを処刑したことから、この古帝国以前から存在する東西を結ぶ古道が『巡礼路』と見做されるようになった。


「さて、どんな国なのかしらね」

『国王が変わったくらいじゃ、国は早々変わらねぇからな』


 王は一人で王となり得るわけではない。王国は王国に住む全ての人間によって形作られているのであって、国王も女王もその扇のかなめの如き存在に過ぎない。なければ、バラバラになってしまうのでとても大切な存在だが、かといって、要だけでは用を為さない。


「女王陛下の治世、とても興味深いわ」


 同じ女性としてどのように政を行っているのか。彼女はとても興味深く、また、参考に出来ることがあるのではないかと考えていた。



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