第595話-2 彼女は馬上槍試合の準備を進める
そして、当然のごとく現れる筋肉達磨系老騎士。教官登場……いや、ずっといるでしょう。
「……お忙しいところ大変恐縮です」
ジジマッチョが現役騎士時代は……先代王の時代であり、女王陛下の父王や、神国国王の父親である皇帝陛下の御世であった。
「戦場で時間を持て余せば、即席馬上槍試合という時代であったからな」
「貴婦人にモテるためにも、ジョストで目立つことは大切だったと聞いているのよお爺様」
「儂と、我が妻の出会いも……まあ、そういうことじゃな」
ジョストの前に観戦する夫人からスカーフなどを貰い、身につけ勝利を捧げる誓いをするなどという騎士物語風の愛情表現が為されるのが当たり前であり、貴族の子弟の所謂告白イベントでもあったのだという。
「捧げてお断りされないのかしら」
「……妹ちゃん……」
「なにかしら姉さん」
「会場に足を運ぶ時点で、騎士が招待しているんだよ。だから、告白されるって分かった時点で、気が無い令嬢はお断りするんだよ。予定があるので、とか、そういうのね」
恋愛偏差値の高い姉にとって、彼女の言動は「まだまだおこちゃまね」とでもいいたげな空気を纏っている。初心者以前の彼女である。
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「こんなもんかのぉ……」
騎士学校の演習場を借り、今日はジョストの練習を行う事になっていた。
「この案山子は何でしょうか」
「おお、これは、練習用の的じゃよ。ほれ、この盾の部分に槍を当てると」
案山子はグルんと回転し、盾と反対の腕を突き出してくる。腕には槍の
代わりの棒である。
「これ、稽古用に二期生三期生に誂えたいわね」
剣を振るって盾で受止め流す練習を一人で出来るということになる。とはいえ、相手がいれば問題ないので、そう沢山必要ではない。薬師組や年少組には良い稽古相手になるだろうか。
修練場にあるものの騎乗バージョンと言えばいいだろうか。
仮設会場が設営されているそれは、百メートルほどの長さに木杭を撃ち込んだ上に縄を張る。本番では馬の背の高さほどの木の衝立を並べ、左右に別れすれ違いざまにランスをぶつけ合うのである。戦場の前哨戦時代は、もちろん縄を張って仕切ったのだろう。
「本格的にやるなら、『チルト・バリア』という衝立を設置しておくな」
ジジマッチョが解説する。
安全を期する為、競技用の安全具というものを幾つか防具に追加する。その一つが……
「頭の周りが蒸れるわね」
「仕方ないでしょ。なければ不審に思われるんだから」
『裏打ち』と呼ばれる、キルティング製のインナーヘルムである。これを装着したうえで、兜に革紐で固定する。さらに、兜の面も間違ってランスの先端や砕けた破片が飛び込まないよう、水差しの口のように作られている。
突進中は斜め前に頭を向け上目遣いに外を確認し、交差直前で首を上げて完全に正面から内部が守られるよう開口部が真上を向くようになっているのだ。
「これ、いらないわよね……」
「形だけ必要なのよ。これもね」
まるで外が見えないように見える面が様式美である。
『お前らの場合、相手が魔力持ちなら、目で見ずとも魔力で把握できるけどな』
魔力持ちなら強敵であり、強敵なら位置が把握できる。魔力を常時発動する必要が無い分、討伐より馬上槍試合の方が楽かもしれない。
馬は騎乗用の馬をリリアルから連れてきている。本来は馬鎧も煌びやかなものを纏わせるのだが、今日は魔装馬鎧で代用。この時点で無敵な感じが漂っている。
「魔装か」
「これ、ネデル遠征用に誂えたんだよね。どうだった?」
彼女の場合、魔力壁を展開して突撃するので、魔装馬鎧の防御効果はあまり良く分からない。
「聞いた話だと、マスケットの銃弾は余裕で弾くみたいね」
「……魔力量によると思われます」
茶目栗毛は魔装馬鎧の効果を十全に発揮させられるほど魔力量に余裕がないので、控えめな回答である。
「これに、リリアルと王国の紋章の入った飾り布をかける形か。まあ、それほど細かく数を入れずとも良いだろう。左右に前後にそれぞれ入れればいい」
刺繍でいれるのであれば、祖母の友人の刺繍屋に特急で依頼する必要があるだろう。
「二人の分と、そこの若いのの分は必要だろうな」
茶目栗毛、若いの扱いされる。いや、事実若いのだが。
「お姉ちゃんも知り合いに頼んでみるよ!!」
「ええ。こんな時ぐらい役に立って欲しいものね」
「もう、素直じゃないんだから、妹ちゃんは」
などと、憎まれ口を叩きつつ、姉も巻き込んで装備を整えねばならない。本来であれば、ウォレス卿から王宮、そして王弟殿下から彼女へと馬上槍試合への正式な要請があってもおかしくはないのだが。
「間に変な輩が入っているのかもしれんな」
「そうそう、妬まれるのは仕方ないよね。親善副使とか、紋章騎士への陞爵とか、ちょっとこの先ない名誉だからね」
平和な時代になりつつある……ように思える今日、先代の時代と比べ戦争で手柄を立てて将軍や元帥、大騎士や紋章騎士へとなり上がる事は中々難しくなりつつある。故に、彼女達の陞爵は守旧派にとって面白くないであろうし、いままでの功績を理解していない貴族からすれば腹立たしく感じているだろう。
「有名税ってやつだよ妹ちゃん」
「これ以上、課税されたくないのだけれど」
姉は、子爵令嬢如きがと言われ風当たりの強い社交界で、悠々と味方を増やして来た過去がある。既に、王宮に出仕している高位貴族の間では、姉が次期ノーブル女伯となることは伝わっているのだが、それを知らない反主流派というか、守旧派は未だに揚足を取って姉を批判している。
「やられたら倍返し!! って考えないとね。外交は」
「それは、もう少しわかりにくい方法で仕返しすることにするわ」
王国の中にも彼女の存在を面白くないと考えている者は当然いる。伝わらない連合王国での想定される事象に、彼女は思考を巡らせるのである。
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