第594話-2 彼女は王弟殿下と打ち合わせをする
彼女の中では「魔装で代用できる」という発想があり、試合用の槍だけ用意すれば問題ないと考えている。身体強化で持ち上げることもできるだろうし、吊り下げ、受止める金具だけ別途用意すればよいかなどと呑気に考えている。
「魔力の使用は問題ないのよね」
「相手が条件を揃えるなら受けると思うぞ」
「なるほど」
そもそも、女性相手に魔力無で馬上槍試合をするという事自体がおかしいと見做されるだろう。魔力有であれば、純粋な肉体の差は魔力で補える故に対等の条件とすることができる。ならば、魔装も問題ない。
ルイダンに聞いた話を頭の片隅に置き、彼女はリリアルへと戻るのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
リリアルに戻ると、何故かジジマッチョが滞在していた。
「お久しぶりです」
「おお、久しいな。もうじき渡海すると思ってな。顔を見ておきたいと思ったのだ」
加えて、ニース辺境伯家経由で伯姪の実家に連絡があったのだという。
「渡海の為の壮行会の前に、結団式というのがある。大使・副使の任命と、連なる貴族が集まるだけだ。リリアルも、騎士爵持ちは参列するから、正装を整えておかねばならぬ」
大事な話だが、宮中伯からも王弟殿下からも話がない。既に、伝えたつもりなのだろうか。
薬師娘二人組は、騎士学校の卒業時に正式に王国の騎士として叙任されるので、騎士用の正装は整えてあるので問題はない。
「それと、ほれ」
「何、私に?」
ジジマッチョは伯姪に書状を渡す。王の印がある公文書扱い。
「紋章騎士に叙任……」
「連合王国では準男爵扱いであったが、まあほれ、副使の副官が平騎士というのも語弊があるじゃろ。それに、男爵から副伯に陞爵したこともあるから、その兼ね合いも……というわけだ」
リリアル副伯自体に異論はないものの、ニース男爵令嬢を『紋章騎士』に同時に叙するのは「贔屓」と受け止められる可能性もあり、時機を見ていたということなのだ。
『紋章騎士』は、本来、主家の紋章を騎士は身に纏うのだが、紋章騎士は男爵以上の貴族同様、自身の紋章を身につけることができ、また、正式に騎士を配下として抱えることができる身分でもある。帝国では、平騎士は家士として貴族に従属する者であったが、『紋章騎士』は貴族に準ずる扱いを受ける。古い考えだが、ニース男爵家との兼ね合いもあり、『紋章騎士』とすることになった。
「これで、騎士に命令しても、嫌な顔されずに済むわね」
特に、貴族の子弟の多い近衛の騎士に、伯姪が指示を出したりすることを嫌がる者もいないでもない。副元帥にはさすがに逆らわないのだが、その代わりとして伯姪に逆らう者もいたりするのだ。
貴族の子弟で爵位を継げないものならば、紋章騎士は上位の貴族となり、また、諸侯に仕える騎士も格上と見做される。リリアル副伯の名代としても十分成り立つ。
因みに、騎士・大騎士・紋章騎士となっており、大騎士は騎士団隊長クラス、紋章騎士は騎士団長・副団長クラスとなる。
「それでわざわざ」
「いや、それとな、馬上槍試合……やるのだろ?」
連合王国では未だ馬上槍試合が続いている。そして、催事としては大きなものになるので、王弟殿下を迎えて大々的な仕様になるのではないかとジジマッチョは考えているのだ。
「そんなに大変な事なのね」
「ああ。それは、もうお祭りとしては大きな規模になる」
国中の騎士が集まり、顔見世や交流、天幕を張り食事や茶に招き、良い席を確保することも貴族の権威を示す序列の一つになる。そして、お抱えの騎士や、食客として面倒を見ている騎士が名を挙げれば、その貴族の名誉となる。
「要は、野外で行われる貴族が参加する騎士物語の芝居のようなものだ」
「実際に命懸けな所は違いますが」
「まあの。芝居の最中に事故を起こしてけがをしたり死んだりするものもいないではないから、危険なことには変わりないと思うがな」
ジジマッチョは、むかし誂えた試合用の槍や鞍をもってきているのだという。
「ちょこっと、そこの騎士団の演習場を借りてだな、試しておく必要もある。ルールを知らないと、舐められるからな」
ローカルルールはあるので、試合の際に説明は有るものの、共通部分は細かく説明される事はない。その辺り、彼女も伯姪も知識にない事になる。
「馬上槍試合の会場があるので有名なのは、白亜宮だな。リンデにある女王の父親が建てた趣味の要素たっぷりの王宮だ」
そこでは、馬上槍試合の他にも『ラ・クロス』や『トゥネス』用のコートも整えられているという。
「さて、そろそろ完成しているだろう」
話を先に騎士団に通していたようで、手隙の騎士が本部からもやってきて、年配の騎士達を中心に、馬上槍試合用の試合場が整えられているのだという。手を回すのが早すぎる。
「さあ、いこう」
「……ちょ、準備とか」
「普通の鎧下でで良い。それに、魔装を使うのであれば、余計なものを身に纏わんのだろ」
伯姪は一瞬抗議するのだが、彼女は諦めて後をついていくことにする。傍にいた使用人見習に茶目栗毛を騎士団演習場に向かわせるようにと伝言を伝えると、彼女は伯姪と共に爺マッチョの後に付き従うのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます