第591話-2 彼女は『賢者学院』について考える
そして、何より驚くのは『賢者』は武器を用いてはいけないのだという。特に、『剣』は魔術を行使したり精霊を使役する際に利用する象徴として掲げるものであり、武器として用いるのは厳禁だという。
「自衛のためでもだめなのね」
「そうそう。そういう時こそ、修行した魔術でえいやぁって感じなんだろうね」
武器を用いる、嘘を言うのも禁忌とされる。用いれば魔術師としての能力を封印するのだとされる。
「でもさ、考えてみればこれも強力な魔術師を縛る枷だよね」
「どういう意味かしら」
姉曰く、そのような強力な人間が集団を形成すれば、間違いなく王家を凌ぐ勢力となるだろう。しかしながら、魔術を使う事のみに専念させられれば、武人として立つわけにもいかず、また、貴族として官吏としてもしくは商人として活躍することも難しい。
「賢者を縛る為の方便ということね」
「まあ、王国の宮廷魔術師もそんな感じだね。とはいえ、王の側近として相応の力を与えられている人もいるし、人によっては戦場で活躍する人も少なくないしね」
姉の大好きな『大魔炎』は、百年戦争期に活躍した王宮魔術師の一人が開発した無駄に大きな魔力を消耗する火球の魔術である。が、威力は大きく、その心理的効果もあなどれないのだ。
近づく事に躊躇し、また、長弓兵の射程外から攻撃することも可能だからだ。
『大魔炎が発動できれば一人前(使用できるとは言っていない)』等と言われる魔術であり、基本、賑やかし、威力偵察の際に用いられる一発芸的なものなのであるが。
そもそも、自然界で希少な『火』の精霊を馬鹿魔力で無理やり集めて発動するのだから効率が悪い。その昔、獣脂を魔力でなげつけ小火球で着火する方が圧倒的に効率が良いのだ。見た目が地味だが、効果は高い。
「そう考えると、外征に参加しないのはその場所にいる精霊に力が左右されるからなのでしょうね」
「地元であれば無双できるから、防衛戦になら活躍できるんだろうね」
その昔、古帝国の時代よりさらに古い頃、東方には様々な思想家が生まれたというのだが、その中でも専守防衛を旨とする主義の思想家集団がいた。『鉅』と呼ばれる集団である。賢者を名乗る集団は、手段や思想の差は有れどこれに近いものだと彼女は考えていた。
『まあ、そういう美談風にまとめた賢者像を押付ける事で、反抗しにくい便利な「道具」に仕上げたんだろうな』
野戦ではあまり活躍する余地がなさそうであり、もしかすると、百年戦争で野戦陣地を築いたのは、これら『賢者』の能力を有効に利用する為の仮設の築城であったのかもしれないなどとも思う。
賢者学院とは研究機関でもなく、教育施設でもなく、精霊魔術師を育成管理し、統治の為に活用する施設のようである。王都大学のように、王家と王国に仕える官吏や学者を育てるものでもない。
「連合王国にも大学はあるんだよね」
「ええ。『ブレフェルト』『グランタブ』の二つが有名ね」
「ウォレス卿はブレフェルト出身だって聞いた気がする」
大学の授業は古代語で行われ、その読み書きができる事が前提である。王国語も広く使われているのだが、古代語は教会で用いられる国際的言語であり歴史のあるものである。多くの大学が、教会・修道院の分館として始まった面もあり、また、今でこそ多くの貴族や裕福な市民の子弟が教育を受けているものの、その初期においては修道士が多くの学生であった時代もある。
その為、今でも学生は『聖職者』としての特権を有している。例えば、他国を訪問する事に制限が少ない。課税も免除される。これは、外国で活動するのにとても有利に思われる。
王国の大学が大聖堂や独自の理事会により運営されているのに対し、連合王国の二つの大学は王宮により運営されている。学生に対する王家の関与がより強いと言えばいいだろうか。王都大学の学寮が、その出身地域への貢献を考えた有志による運営であり、学生は王都で学んだ後地元への貢献を期待されるのに対し、連合王国においては、王家そのものに貢献する事を期待されると考えられる。
「訪問することもないでしょうね。そもそも、王都大学にも私は縁がないのだし、学問的な話は、まるでわからないもの」
学問に興味がないわけでもなく、古代語の読み書きもある程度は出来る彼女にとって、リリアルがなければと考えないではない。とはいえ、大学で女性が学ぶことは今の所ありえない。修道士は通えても、修道女は通う事はできないからである。女性の司祭・司教がいないように、女性の教授も学生も大学には存在しない。
であるから、呼ばれる事もないだろう。
『修道女学校』と呼ばれる物が存在するが、数が多いわけではない。そもそも、受け入れているのは貴族の子女だけだ。ちなみに、連合王国においては修道院の解散と共に消失している。
『共立学校』と呼ばれる下級貴族や騎士・郷士の子弟を教育する学校も存在するが、これは実家が困窮している子弟の教育のために設けられている学校で、家庭教師が雇えない場合の救護策でもある。『共立学校』の上位の場所として、王都大学の『学寮』が存在すると考えられる。
地元の共立学校での優秀者が王都の学寮でさらに高度な教育を受け、王家の代官などとなり地元に貢献するといった仕組みである。
これも、女性は受け入れていないので、以下同文である。
姉は、はっとした顔をして彼女に話しかけた。
「賢者学院ってさ、魔術師なわけだから、魔術師の杖は持っていても問題ないんだよね」
「そうでしょうね」
杖と言っても、様々な用途と種類がある。
一番小さなものは、ダガーほどの長さの細い棒『
「『ラ・クロス』のクロスも杖と言えば杖ね」
「籠付いているけどね。どっちかといえば網じゃないかな」
いやいや、クロス自体が『杖』という意味だし。籠じゃないよ。
「杖でもいいけど、剣でも魔力を操作する精度を上げるために使うことはできるんだよね」
「けれど、精霊は種類によっては金属を嫌うのではないかしら」
「……確かにそれはあるかもしれないね」
『火』の精霊はともかく、水や土といった自然に豊富に存在する精霊に対し、人間により生成された金属により形成された武器は『反自然』の最たるもの。それを身につけて精霊魔術を行う事自体が難しいということもある。
魔銀製の装備はともかく、一般的な鋼鉄製の板金鎧や剣を身につけるのは精霊魔術師的にはだめなのだろう。例えば、金属で補強されたメイスやクラブも身につけることは悪い影響を与えると想像できる。
「なので姉さん」
「何かな妹ちゃん」
「メイスは形は似ているけれど、クラブのように全木製ではないから精霊魔術師には向かないわよ」
「そ、そんなの知ってるよ!! お、お姉ちゃん、知ってたからぁ!!」
姉、メイスやフレイルは魔法の杖にならないと漸く気が付いた模様である。とはいえ、魔銀製なら干渉しにくいのではないかと彼女は思うのである。
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