第576話-1 彼女は一人三階に向かう

 変形した兜、破壊された頭蓋。たぐいまれなる再生能力で頭蓋は形を取り戻してく……ひしゃげた形の兜に合わせて。


『グワアアアアアアアァァァァ!!!!!』


 脛当や肩当なら毟り取ればよかったかもしれない、できたかもしれない。しかし、頭部をすっぽり覆う兜が激しく歪み喰いこんでしまったなら、『オーガ』程度の腕力で引き裂くことができるはずもない。


 絶叫が続く中、彼女は伯姪の元へと足を運ぶ。『女僧』『戦士』の雰囲気からして、状態は悪くないと察する。


「お見事でした」

「……相変わらずえげつねぇな」


 そういえば、ブルグントの盗賊の城塞に潜んだ時も、割と手厳しく討伐した記憶がある。あの時は、ジジマッチョが大暴れして印象に残っていないとおもっていたのだが、そうでもなかったという事だろうか。


「油断したわ」

「いいえ、吸血鬼の『貴種』の力を侮っていた私の落ち度よ」

「……いや、お前、あそこで喚いているのがそうだろ?」


『戦士』の言葉を無視し、『女僧』に話を聞くと致命傷ではなかったものの、あくまで魔装胴衣のお陰であり、防御とポーションを飲んだ際に自身の魔力も相当に消耗しているので、今すぐ探索に復帰するのは良くないだろうという見立てである。勿論、今でも『女僧』が回復魔術で痛みを抑えている

故に、意識が保っていられるだけであり、動き始めれば痛みで失神する可能性があるとのこと。


 彼女は新しいポーション、そして『女僧』用に魔力回復ポーションを渡す。


「だい、大丈夫よ」

「そんなお腹がポーションでタプタプなあなたを連れて行けるわけないじゃない」

「けど、この後まだ二階あるでしょう? 一人で行く気じゃないでしょうね」


 伯姪……良くわかっている。今回はリリアル生抜きの探索。まして、伯姪が遅れをとるような行為の吸血鬼相手に、一期生と言えども戦力となるとは思えないレベルだと考えている。故に、増援は呼ばないし、このまま『猫』だけを連れて上に向かうつもりだ。


「俺達は付き合うぞ」

「いえ、二人はここで待機を。下から別の魔物が現れる可能性も……」

「ないでしょ? 魔力走査しても、上からしか反応ないもの」


 然りである。





 しばらくの押し問答のうち、太陽が沈む前に戻らなければおりて外部に知らせリリアルに応援を依頼するという事で落ち着いた。王太子宮を封鎖し、湧き出る魔物を討伐するのには、リリアル生の応援があった方が良い。


 銃座が確保できるのであれば、薬師組や二期生も戦力として十分に活用できる。可能であれば騎士学校生も従軍させるよう、騎士団に提言するようにと伝言を残す事にする。


「既に二次動員に入っているでしょうけれどね」

「あの二人が加わるだけで戦力はアップするでしょうし、オラン公弟主従も当てになるからね」


 前者はともかく、後者は……何事も経験だ。




 やかましい吸血鬼の口に、何かの役に立つと思って魔装網に入れておいたニンニクの束をねじ込む。


『MUGOGOGO!!!!』

「黙らないと、刻んで鼻と耳にも詰めるわよ」

『!!!!!!』


 吸血鬼は臭いのキツイものを苦手とすると言われるが、嗅覚や聴覚が生身の時より強化されている……動物に近い感覚になっているからと言われている。狼・鼠・蝙蝠などを眷属として従えるという事も影響しているのかもしれない。


「あまり動き回られても面倒ね」


 彼女は、オウル・パイクを取り出すと魔力を纏わせると一気に吸血鬼を蹴り転がしうつ伏せにして胴に突き刺し、床の石材へと深く差し込んで留めた。


『MUGOGOGO!!!!』

「黙らないと、刻んで鼻と耳にも詰めるわよ」

『!!!!!!』


 無駄に魂を消耗させても死にかねないため、急所をできる限り避けたものの、無理に引き破れば致命傷になる傷となる。うつ伏せなので、眼で何かするという小細工も難しいだろう。


『念のために目も塞ぐか』

「兜で首も動かせないから大丈夫でしょう」


 拉げた兜で首も動かせないようになってしまっているので、問題ない。


「じゃあ、行ってくるわ」

「……無理しないで、引くべき時には引くのよ」

「あとはお任せください」

「待ってるぜ」


 三人に暇を告げ、三階へ向かう螺旋階段へと足を進める。既に、散々大騒ぎをしているので、十分警戒はされているだろう。『猫』が先行し、彼女が松明を左手に、剣を右手に進んでいく。


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