第574話-2  彼女は『貴種』と出会う

 振り下ろされる騎士の剣に、被せるように切り上げる伯姪。そして、そのまま腕を振り下ろす。


『ガアァ!!』


 剣で弾かれ開いた腕の内側、肘の裏あたりを叩き斬られる。鎖帷子は魔銀製ではない。故に、肘の内側、膝の裏側は魔銀の剣で斬る事ができる。サラセン兵にはできなかった芸当。


「結局、技術じゃなくって、力と装備で……勝ってただけじゃない。骨董品ね、装備も中身も」

『侮るべからず、見下すなよ』

「それは勿論。敬意を表すわ、こんなになっても、自分の意思が残る事に固執する執着心にね」


 吸血鬼になってまで生き残る理由。アッカを異教徒から守り抜くためであっただろう。しかし、その目的を果たせぬまま、サラセンの兵士の魂を幾重にも奪い、結果、高位の吸血鬼となった。安息するには故郷の土を納めた棺で寝なければならない。そして、守るべき騎士団も今は無いのだが。


「いつまで、生き恥晒すのかしら」

『なにを!!』

「二百年寝てたあんたに現実を教えてあげるわ。聖母騎士団はあんたが寝ている間も、ずっと戦い続けているわ。ロドス島を失い、マルス島に本部を移して、サラセンの海軍から御神子教徒を守るために戦い続けている。もう誰も、修道騎士団なんて覚えてないわよ」


 古い家柄の貴族や、その家系に騎士団に寄進をしたことを覚えているものはいるだろうが、聖王国が失われ、カナンの地を訪れる巡礼も今はいない。だれが、巡礼者を守ると称して作られた聖騎士団を覚えているだろうか。


「カナンの地で死んでおけばよかったのよ。だからヌーベに利用されてしまってるんだわ」

『ヌーベ伯か』

「今は公爵、そして、王国の敵よ!!」


 剣戟の応酬、しかしながら、その分は伯姪に傾きつつある。再生能力が落ちているわけでもなく、魔力量は吸血鬼の方が潤沢。しかしながら、伯姪が言葉にする、二百年間の変化、そして修道騎士団は無く、誰かに、恐らくは王国に敵対する勢力に己が利用されているという不信感。


 なにより、死に場所、死ぬ時を失った事への後悔が、元騎士団総長を迷わせていた。長く務めた総長の役職、そして、最後には聖王国を失う場に居合わせてしまった。


『ぐぅ』

「戦う意味なんて、あなたにはもう残っていないじゃない!」

『……黙れ』

「黙らない!!」


 行き遅れ扱いされて許せるはずがない!!(逆恨み)




 『ヴィル・ボジュ』の動きは吸血鬼として十分納得できる強さと速さであったが、伯姪は余裕をもって対応できているように見えた。戦う意味がないとう揺さぶりに、動揺しているからだろうか。


『もう、やめよう』

「は?」

『ここで、終わらせてもらおう』


 剣を納め、観念したかのように兜を脱ぐ聖騎士。


『最後は、騎士らしく死なせてもらいたい』


 騎士らしく『斬首』ということでよいのだろうか。


「わかったわ」

「ちょっと、待ちなさい!!」

 

 その一瞬の油断、彼女が止める前に吸血鬼は動いた。貫手で伯姪の腹を突いたのだ。


 DOGONN!!


 四頭立ての馬車に跳ね飛ばされたような音がして、伯姪が跳ね上げられ、アーチ状の天井に跳ね上げられ叩きつけられる。


「任せろ!!」


 落下地点に『戦士』が走り込み、床に叩きつけられる前に抱え込み、自らをクッションにして衝撃を吸収する。


『女僧』が回復魔術を使うために二人へと走る。


『死んだか』

「まさか。やはり卑怯な所は、協力者同士? それとも、修道騎士団の伝統かしらね」

『黙れ!!!』


 事実を言われた時ほど人は激昂する。そもそも、異端とされた理由も、根拠がないわけではない。長く聖王国に滞在し、サラセン軍と対峙し続けた修道騎士団は、聖王都陥落時にサラセン融和派を無視して決戦を挑んだ頃と随分と性格が変わっていたと言える。


 後発の駐屯騎士団が最も好戦的であり、また、病院を運営することを中心としていた聖母騎士団は戦闘に対する関心が低かったのに対し、常に最前線で戦っていた修道騎士団は、その実、敵であるサラセン軍とそれなりに情報を取り交わす関係となっていた。


 教皇庁により各国からの新たな援軍が到着する迄、聖王国の残された都市を守る必要から、修道騎士団は戦闘に対して消極的、サラセン軍とも融和的であった。現実を知る者ほど、サラセン軍を撃退し聖王都を回復することが難しいと理解していた。


 その結果、サラセンに対する理解度が高まるにつれ、聖征を継続しようとする教皇庁や、聖征による財貨の獲得を目指す諸王国と対立する事になる。また、寄進により得た各地の荘園・領地や聖征に参加する諸侯への貸付に対する利得により、「サラセンと密かに結んで利益を上げている」などと、当たらずとも遠からずの評価を得ていた。


 この吸血鬼はその最たる時期に二十年近く総長を務めていた権化でもある。


 表裏卑怯の者であるのは言うまでもない。伯姪の言葉に動揺したふりをし、油断をさせていただけのことだ。


 背後の伯姪をちらりと確認すると、『女僧』はその視線を受けて問題ないとばかりに頷く。弱い魔力であるが、伯姪が受けた胴の辺りに手を宛がい、回復の魔術を施している。魔装胴衣を着用しているはずであり、その分、並の板金鎧程度の防御力は持てているので、致命傷ではないだろう。


 ただ、暫くは安静が必要となる。つまり、この探索では戦力外になったということだ。


「つまらない手を使うのね」

『必要とあればな』

「そうやって、言い訳しているから異端扱いされるのではないかしら」

『黙れ!!!』


 修道騎士団は、どうやら、存在する意義を失い更に自分たちの存在を維持するために、余計なことを考えていたというのは間違いないのではないかと彼女は感じていた。王国を新たな根拠地として、自分たちの支配下に置く。

王も諸侯もだ。


 しかし、あの当時すでに教皇庁は聖征の失敗により求心力を失い、庶民も諸侯も見限り始めていた。過去の栄光のままの教皇であると思い込んでいた修道騎士団は、結果として王国との権力闘争に敗れ滅亡することになる。


 誰が国を守るのか。民を守るのか。それを示したのは、王国においては修道騎士団ではなく、『サラセン』『入江の民』『蛮王国』の侵攻から守った王家と諸侯であった。百年戦争を経て、王家の威光は確かなものとなった。


 いまさら、過去の亡霊が現れた所で揺るぐものではない。が、亡霊により王都が荒らされるのは彼女が好むところではない。また、その仕掛けをしたヌーベや連合王国の年増女王を喜ばせる気も全くない。


「さっさと滅びなさい。灰になって。後輩の総長と同じに、王都の川に汚水と一緒に流してあげるわ」


 そういと、彼女はオウル・パイクに魔力を込め、吸血鬼の周囲にある矢狭間を塞いでいる板を魔力で弾き飛ばした。


『この程度、どうということはない』


 貴種の吸血鬼は日に晒されても、いささかも困らないとばかりに、口角をあげると威嚇するように尖った巨大な犬歯を見せて笑った。


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