第571話-2 彼女は一階でレイスと出会う

「大丈夫なのでしょうか?」

「平気平気、駈出し冒険者の頃とは全然違うから」

「いや、あの頃だって際立ってただろ?」

「その後、竜も討伐しているし、強力なアンデッドだって山ほど倒しているんだもの。一騎駈の話も伝わってるでしょ?」


『ミアンの一騎駈』は、三千のアンデッドをただ一騎で彼女が迎え撃った話であり、因みに舞台化されている。題名は……『ミアンの大聖女』である。いつのまにか大聖女にされていたらしい。


 リリアル女子達も「聖女」「聖女見習」扱いのようであり、王都の孤児院でのリリアル熱は女子の間で高まっているらしい。いや、実際は地味な貫頭衣をきて毎日薬草畑の手入れをしてるだけです。


 剣を持つ手が掻き消え始めている。すでにレイスとしての『エル・ライド』はその姿を保てなくなりつつあるようだ。


『あの剣が触媒なんだろうな』

「乗り移られたりしたら気持ち悪いわね」


 いや、素手で触らなければ大丈夫だろう。魔装手袋越しなら……多分問題ない。言い換えれば、他の兵士や騎士が体を奪われれば『ワイト』として復活する可能性もある。なので、『エル・ライドの剣』は回収必須となるだろう。


 やがてレイスは明滅すると、煙のように消えて行った。カランと音を立てて床へと落ちる今は見ることのない幅広で身の厚い剣。その柄頭には、おそらくレイスを封じていたであろう、魔水晶が嵌め込まれている。


「往生際の悪い死霊だったわね」

「ぅお、まだ目がチカチカするぞ」


 封じた板戸の隙間から光が差し込むものの、一階の広いホールは十分に薄暗い。そして、その奥にある円塔に当たる小部屋にはレイスの気配がする。


 剣を回収し、伯姪と確認する。


「先に、このホールに明かりを入れるのはどう?」

「正面入り口を開けたとしても、奥の小部屋までは光が届かないけれど、それでもいいのであれば、開けてしまいましょう」

「いや、こっから何か逃げ出さないように封じてあるんだろ?」


『戦士』が確認するが、彼女と伯姪は「そうではない」と言い返す。


「明るい時間であれば問題ないでしょ?」

「吸血鬼もレイスもワイトも太陽の光の下では基本的に活動できません」

「つまり、お二人の中では、この陽が落ちる間に決着をつけると考えているわけですね」


『女僧』の解釈に再び二人は頷く。夜にはお家に帰りたいのだ。


「埃臭いし、黴臭いし、さっさと終わらせましょう」

「待機している騎士団に近衛連隊の兵士だって緊張感を維持するには限界があるものね」

「ちげぇねぇ。突っ立ってるんだって意外と疲れるんだぜ」


 そんな依頼を思い出したのか、足を摩りながら呟く『戦士』。


「さて、では次はあなたの出番ね」

「さっさと終わらせるわ。大体要領はつかめたから」

「俺達はもう一度見る機会があるってわけか」

「そうですね。まだ、掴めていませんから、今度こそ見極めなければ」


 奥に進む前に、彼女は正面入口の封印を解除する。長らく開けられていなかった大扉の金具が軋みを上げて開かれる。しかし、太陽は既に頭上にあり、奥まで光が差し込む事はなかった。


「この正面ってどこ向きだっけか」


 西向きなら日が差し込むかもしれないが、その時には夜の闇が迫っているということだ。さっさと終わらせるとばかりに、伯姪は右奥の小部屋へと向かう。


 本来は、明り取りを兼ねた矢狭間・銃眼があるのだが、大きく塞がれている。そこに、薄っすらと浮かび上がる鎖帷子に白いサーコート、胸には赤い十字が描かれている。修道騎士団の高位聖騎士の装い。


『Diabolus perdere』


 水滴のような『エキュ』と呼ばれた細長い騎乗用の盾を左手に、そして、腰に吊るした直剣をスラリと引き抜き正面に立てるように掲げる。


「お手柔らかに、私は王国の騎士『マリーア』。王国に仇為す貴方を討伐するためにここにいます。あなたのお名前を伺いたい」


『十八代目総長ヴぃる・そにっく也』


 十八代目総長『ヴィル・ソニック』は、サラセン軍との戦闘で二度の戦傷を受け盲目となりながらも指揮を取り捕虜となった後、斬首されたと記録されていた。


『こいつの仇は王国じゃねぇだろ。なんでここにいるんだよ』


 レイスには生者への嗜虐性が強く残っているだけで、あまり攻撃する理由に頓着しないのだろうと彼女は考えた。


「おい」

「……どうしたの。良く見ておかないと」


『戦士』が何か言いたげに彼女に声をかけてきた。


「いや、メイの本名って『マリーア』 だったんだなって」


 ニース男爵令嬢マリーア。マリーアの名前は聖母からとられたのではなく、マレスの別名にあるという。聖エゼルと聖マレスは共闘関係にあり、その為、当時のマレス騎士団からニース男爵に贈られたのだとか。なので、マレスの聖騎士からは「我が妹」や「我が娘」などと呼ばれることもあったとか。妻子を持つことが表向き無い彼らにとって、『マリーア』は心を慰める存在に写っていたのかもしれない。


「では、始めましょう」

『Non sapio. Post te』


 ソニックはギュイエの貴族の子弟であったと記されている。百年戦争以前において、ギュイエ大公国として王国とは一線を画していた地域であり、修道騎士団の修道院も多かった。その分、聖騎士団内で大きな派閥を形成し、聖征後半はギュイエの出身者が幹部に多くなっていく。


 左半身を細長い盾で覆い、半身で構えるレイス。彼女のように、魔力の刃で攻撃するのであれば正面から力押しで削り倒してしまえばよいのだが、伯姪は魔力が増えたからと言って、『魔刃剣』はおろか、『飛燕』でさえ削り倒せるほど放つことはできない。


「昔の剣術と今の剣術が違うかどうか、試させてもらいましょうか」

『Ab usquam』


 一目見た所で、責められる場所は全て盾で覆われている。どう短い片刃の曲剣で攻めるのか、彼女にも想像できないのであった。


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