第561話-2 彼女は『泉』と『湖』に案内する

 一先ず領都『ブレリア』の街(の予定地)までは魔装馬車で侵入できる。癖毛が頑張って整備したので、速度も前回の遠征時より改善している。


 そこから城塞都市のある丘の尾根伝いに遡った森の奥に存在する泉に向かった。距離は数㎞と離れていない。とはいえ、足の悪い『戦士』にとってはかなりの距離に感じる。


そこにおわすのは、『水妖オンディーヌ』である『泉の女神様』ブレリア様。


「おお、あんな下に城塞が見えるな」

「それに、マジで神聖な気配がする森だな。これなら、装備も気にせずに済みそうだ」

「剣士は元々軽装なんだから、関係ないではありませんか」

「いや、俺じゃなくってだな……」


 彼女は『戦士』の装備を外させ、軽装に改めさせている。その装備は勿論、彼女が収容しているので、何かあれば出せばよいだけのことだ。


「あの街を流れる川の水源と言うところか」

「ええ。あの泉の水が飲めるだけでも、領都に住む価値があると思います」

「確かに。王都の水はなぁ」


 人口が増えすぎ、また、王都を流れる川には排水が流れ込むために、わざわざ湧き水を汲んで売り歩く商売人が現れる始末だ。王宮もその為、郊外に移転させようかという提案まででているとか。


 上水をどこからか引くか、水の魔術で加工した魔石から純水を汲めるようにかする必要があるのではと言われている。そういう意味で、魔石はともかく魔水晶であれば作成できるので、水晶が確保できるノーブル領の価値は今後高まる事も予想される。


 その辺り、子爵家に管理させたいという思惑も王宮にはあるのだろう。


「ネデルも海に近い場所は水が不味いらしいから」

「そうだろうね。海水が混じったり、深く掘らなきゃならないから井戸掘るのも一苦労だって聞いた」


 三期生の誰かがそんな話をしていたのだと言う。


『水の魔水晶な……ニース商会で売り出しそうだな』


 姉なら専売扱いで儲けたそうではある。食料もそうだが、水の確保も軍の遠征では重視される。どうしても、水の確保が容易である場所を移動しなければならないからだ。もし、水の魔力による供給が安定化されれば、進軍速度も改善され、王国軍の戦争に有利に働くかもしれない。




 久しぶりに来る『泉』である。空気の清浄さが一段と増した気がする。


「ご無沙汰しております女神様」

「ブレリア様、会いに来たよー」

「そ、そんないい方したら失礼じゃないかな?」


 赤毛娘はいつも通りの無礼講な言い回しで声をかけ、黒目黒髪が横でアワアワしながら窘める。赤目銀髪は何故か、掌をパンパンと二度叩き銅貨を池に放り投げた。


――― 『今、ヌシが泉に落としたのは、金貨かえ、それとも銀貨かえ』


「銅貨を投げ入れただけ。それに、それは喜捨だから返したらだめ」

『なら、わっちの祝福を与えて返しましょう』


 泉の女神の祝福、それは、若干幸運が上がる程度のものであった。それでも、数ミリで命拾いすることだってあるのだから、侮れない。


「あー つぎ来たときはあたしもやろう!」

『一度に一回だけじゃ。同じ者もだめじゃから、順番に受けるが良いぞ』


 オホホとばかりに鷹揚に笑う泉の女神。


「今日は、新しくこの森に住まうものを紹介いたしたく伺いました」

『そうか。この森の為に、みな励むが良いぞ』

「「「……」」」

「は、はいぃ!! この剣にかけてこの森を守ります!!」

「「「……ちょろい剣士がいる……」」」


 どうやら、『剣士』的には熟女っぽい女性が好みのようである。女神様に過剰反応し過ぎだとリリアル生は思うのである。





 どうやら、『猫』が一通り森を見たところと同じ判断を女神はしているようで、ヌーベ領に近いワスティンの森にゴブリンが出入りしているようだが、一時期のように住み着いたり、森を抜けて王都近郊に進出する集団や個体も見られていないという。


『わっちの使いは、小鳥が多いから、夜はみえておりゃんせん』

「ゴブリンは夜目が利くとはいえ、昼間も多少活動しますから、小鳥たちがみえていないのであれば、その通りなのでしょう」

『まあ、何か連絡手段があれば、ヌシらに伝えられるのでありんすが』


 彼女は、定期的にワスティンに修練場から冒険者を引率して泉の周りの薬草など採取させて頂くので、その際に、気付いたことや良くないことがあったなら、リリアル生に伝えて欲しいと伝える。


 冒険者たちはあくまで王都の住人であるので、姿を見せていただく必要はないという事も伝える。有名になれば、森が荒らされる可能性も否定できない。今しばらく、領都が完成し彼女たちが移り住む数年後までは、リリアル関係者以外にこの場所を伝えないこととした。


 人が増えれば相応に森も荒れる可能性があるからだと。





 その後、その昔王都の沼に潜んでいた『ガルギエム』と顔合わせに更に森の奥の湖に向かったのだが、暫く様子を見ても出てくる様子が無かったので、『魔導船』の試乗をして、リリアル生には魔力の多いものを中心に、魔装外輪を動かして操船の練習をする事にした。


 当然、小型の河川用の魔導船になる。


 操船はやはり人柄が出る。やたら速度を出したがる……赤毛娘と青目蒼髪、慎重に慎重を重ね川の流れのような速度でゆっくり進む黒目黒髪。こうした時間が長かった赤目銀髪は、彼女の操船に最も近かった。彼女が不在の間、赤目銀髪が黒目黒髪を指導して彼女の操船に近い動かし方を身につけて貰えればいいのではないかと思うのである。


 ガルギエムはどこかに外出していると判断した彼女は、ワスティンの森入口の修練場まで全員で引き返す事にした。赤毛娘が「もっと操船したい」と駄々を捏ねたのは言うまでもない。


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