第551話-2 彼女は私掠船と遭遇する

「追いつかれる時間は?」

「……今の風のままなら……一時間くらいでしょうか」


 目視できる距離が数キロ、帆の数と船型、速度差から一時間と掌帆長は数字を割り出したようだ。


「どどど、どうするのだ副伯」

「迎え撃ちます。私掠船ですから、相応に戦闘員も資材も、資産も持っているでしょう。宝箱が迫ってくるようなものです殿下」

「……そ、そうなのか。わ、私たちは」

「操舵をお願いします。近衛は殿下の護衛を」

「「はっ!!」」


 操船を王弟殿下とニースの水夫(騎士)に委ね、リリアルは戦闘体制に入る。突入組は彼女・伯姪・茶目栗毛の三名。薬師組は、見張櫓から狙撃するメンバーが二人、船尾楼から狙撃するメンバーが二人。船尾の二人は牽制、もしくは移乗しようとする敵船員を狙撃することが目的となる。


「これを渡しておくわ」

「……はい。お預かりします!!」


 ラ・マンの悪竜を倒した『魔装笛』を船尾に位置する藍目水髪に渡す。薬師組で唯一魔力量中のメンバー。十分砲撃が可能だろう。


「並走されたなら、船尾楼にでも叩き込んでやりなさい」

「船首は駄目よ。拿捕して曳航するのに沈んじゃうから」

「「「拿捕……」」」


 そう、今回は拿捕し、私掠船の性能を分析するために曳航し、王国へと持ちかえるのが目的だ。沈めてはいけない。


 この場にいるのは王族とリリアル生とニースの水夫(騎士)。ガレオン船に詳しい者はいない。が、帆船であるならば、共通の弱点はあるだろう。


「教えて欲しいのだけれど」

「私がお応えできることであれば何なりと」


 ニースの騎士に戦闘方法について教えを乞う。


「帆を張る縄を斬るのが一番ですな。その次に、可能であれば帆柱を圧し折ることです。帆が無ければ浮かぶ木の箱にすぎませんから」


 大砲でも、船を沈める事は困難だという。木は水に浮かぶからであり、衝角で喫水線の下に穴を開ければ可能性はあるものの、帆船では衝角を装備する船は少ない。故に、機動力の源泉である『帆』を破壊することで機動力を奪い、移乗しての白兵戦で決着をつけることになる。


「船には、予備の帆柱も縄も帆も備えていますが、戦闘中にこれを即座に回復する事は出来ません」

「帆を燃やす事は?」

「潮風にしっかり馴染んだ帆は容易に燃えてくれません。団長の奥方様の『大魔炎』であれば別ですが……」


 彼女の姉の得意技、巨大な魔力により形成されるただの『炎』の塊。無駄な技だと思っていたのだが、船を焼くという攻撃においては、火薬や油樽を積んだ小舟に火をつけ突入させる『火船攻撃』と同程度の破壊力を持つという。旗艦を単身襲撃し、撃沈することも可能な姉。聖エゼル海軍では軍神アテルナの化身と呼ばれているとか。随分と俗な女神である。


 正直、無駄魔力を火力に替える『大魔炎』を彼女は使う事が出来ない。強制的に効率化されてしまうのだ。その昔の癖毛や黒目黒髪ならば用いることができたかもしれない。


「簡単よ」


 伯姪が彼女たちの会話に割って入る。


「私たちで乗り込んで、縄を斬りまくる。帆を割きまくる。余裕があれば帆柱を斬り倒す。それでおしまい」

「移乗するのも、先生の魔力壁の踏み板があれば、一気に走り込めると思います。三人で制圧できるかどうかは不明ですが、動きを止めることは可能だと思います」


 茶目栗毛も会話に加わる。動きを止め船上の敵を魔装銃で攻撃し、抵抗出来ない状態にして制圧するというのがこちらの被害もなく良い提案であるかもしれない。ある程度数を減らせば、降伏する可能性もある。


「それでいきましょうか」


 いつもの展開に決まったのである。





 点のような大きさであったガレオン船は既に握りこぶしほどの大きさにまで大きくなりつつある。速度を生かし、こちらの頭を押さえるように前に出ようとしているように見える。


 こちらは、魔導推進を止め帆走だけに専念し、如何にも必死に逃げている風を装っている。既にリリアル銃手は配置についており、射程距離内に入れば、見張楼の二人が狙撃を開始する手はずとなっている。距離200mといったところだろうか。


「先生!!」


 楼上の碧目栗毛が声を張る。彼女はひょいッと空中を蹴り、魔力壁の足場を駆け上がり楼上へと至る。その姿を見て甲板上から嘆息が聞こえる。


「何か気になる事でもあるのかしら」

「……何を最初の的に選べばいいか……確認しようと思って」


 甲板には数十人の船員がいるはずである。その誰を狙えばいいのかというのは、確かに定めておくべきだろう。


「操舵手を狙ってちょうだい。それと。立派な帽子をかぶっている者が士官か船長クラスだと思うわ。操舵手をニ三人倒したら、次はその目立つ帽子野郎を狙撃して。生死は問わないわ」

「了解です!!」


 殺す必要はないが、生かすために心配りする必要もない。頭に当たれば死ぬだろうし、胸や腹でも長くは生きられない。船長クラスであれば騎士や貴族の子弟の可能性もあるので、生かしてやらないでもない。その方が身代金の分ダメージを与えられる。


「王国とリリアルの旗を高く掲げよ!」

「「おう!!」」


 掌帆長の号令で、帆柱に二つの大旗が高くはためいていく。帆にはリリアルの百合の紋章が大きく描かれている。どこからみても、王国の船であると分かっての襲撃となるだろう。


「どのくらいの距離に接近したら突っ込むの?」


 伯姪が喜色満面とばかりに目を輝かせて彼女へと問う。


「人の顔が見えるくらいでいいでしょう。それと、魔装のフード付きマントを被って突入しましょう。銃撃除けと、正体不明の魔物と誤解させたいの」


 魔装糸のフード付きマントを被れば、遠目にはレイスのように見えるだろう。それが海上を一直線に突き進んできたらどうなるか、相手の反応を想像し二人はニヤリと笑ったのである。




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